今日も一日お疲れさまでした。
ここからは歴史酒場「知恵泉」で楽しいひとときを!今宵も先週に続き特撮の神様円谷英二の知恵をご堪能下さい。
日本初の大がかりな怪獣映画「ゴジラ」の特撮責任者を任された円谷。
人材不足の壁を乗り越え見事80名のスタッフを集める事に成功します。
しかし円谷の前に新たな制約が立ちはだかります。
それは時間。
与えられた撮影期間は僅か3か月でした。
若き日に憧れた特撮の金字塔「キング・コング」は撮影1年円谷の4倍もの時間をかけています。
制作は不可能と思われたこの状況を円谷は当時の特撮映画の定石を捨てる事で乗りきります。
その奇抜なアイデアとは?「ゴジラ」の成功を受け映画界の重鎮となった円谷が次に目指したステージは新たなメディアとして登場したテレビでした。
しかし当時のテレビは「電気紙芝居」と揶揄される存在。
決して成功を約束されたものではありませんでした。
一目で視聴者を満足させる作品を生み出すために円谷が打った手はある切り札を持つ事でした。
不朽の名作ウルトラシリーズ誕生の陰に欠かせなかった切り札それは一体何だったのでしょうか?円谷の知恵をひもとく仕事人は先週に続き…大平さんは2,200万個もの星を映し出すプラネタリウムを開発。
それまで表現する事のできなかった小さな星々を世界で初めて映し出す事に成功しました。
新たな道を切り開いた大平さんの原点にあるのは円谷同様制約を乗り越えて何でも自分で生み出してきた…プラネタリウム界の改革者と特撮の神様。
両者の知恵が今宵も響き合います。
さあ先週に引き続きまして今宵も円谷英二の知恵を味わって頂きたいと思います。
清水さん前回はですね人手不足は何とか補えたと。
今度は制作期間の問題にぶち当たるわけですよね。
これ3か月。
これどんなふうに捉えていますか?普通ありえないですよね。
ありえない。
「キング・コング」は1年。
資料に残ってるのは「55週間」って書いてあるので約1年ですよね。
円谷英二は若き日に「ゴジラ」を作る年から約20年ぐらい前に「キング・コング」を見てこれはすごいと思って特撮が主役の映画が作る事ができるんだこんな映画がアメリカにはあるんだ絶対日本でもこういうのを目指したいと思ったわけですよね。
それに近い企画がとうとうやって来た。
ここで勝負をかけなきゃと同じ事をやってみたいと当然思うわけですよ。
12か月だから単純計算すると…そこでどうしたかです。
大平さん時間の制約というのもどうでしょう。
体験された事ってありますか?しょっちゅうですね。
基本的に性格的にね追い込まれないと頑張らないタイプなのでそれもあるんですよ。
外からの要因じゃなくて自分でも反省しなきゃなと思うんですけども。
大概そうですよね人は。
でもやはりアウトプットを落としてもしょうがないのでそこでやっぱり工夫ですね。
いかに自動化する事を自動化してとかいろんな道具を使ったり。
僕はまだ若い頃の円谷さん方式なので…そういうふうにして乗り越えると。
何かすみません。
この話はベタになっちゃって。
あちらのスクリーンでご覧頂きたいと思いますよ。
あ〜楽しみ。
よいしょ。
さあ円谷英二の仕事のやり方ご覧下さい。
3か月という時間は「ゴジラ」の撮影方法を根底から覆すほどの短さでした。
当初円谷は「キング・コング」で使われたコマ撮りを用いようと考えていました。
これは人形を1コマずつ動かしながら撮影する手法。
これをつなげると人形が動いて見えるのです。
しかしコマ撮りは大変な時間を要します。
そのためこの方法は断念せざるをえませんでした。
限られた時間で「キング・コング」に引けを取らない特撮を作るにはどうすればよいのか?円谷はこの苦境からある驚きのアイデアを考えつきます。
それがこちら。
(ゴジラのほえ声)そう円谷の秘策とは着ぐるみを使って撮影する事でした。
今でこそ怪獣映画の定石になっていますが当時としては冒険でもある画期的なアイデアでした。
細かい指や手の動き体の動きまで表現できます。
更に…ゴジラの着ぐるみが完成すると早速歩行実験が行われました。
しかしここで新たな問題が浮上します。
原因は着ぐるみが重すぎたためだと振り返ります。
だからそれが一番大変なのね。
無い無い尽くしで作った「ゴジラ」だからね。
もう寄せ集めの。
だからみんな当然重くなるわけ。
ゴジラの着ぐるみはゴムで出来ていました。
そのため想像以上の重さとなってしまったのです。
新たに見つかった重さの制約。
これを解決するには更に時間をロスしてしまいます。
それは何か?まずは実際に上映された「ゴジラ」の映像をご覧下さい。
東京の街に上陸したゴジラ。
着ぐるみの重さからゴジラの動きはとてもゆっくり。
しかしその動きは水爆が生み出した巨大怪獣の迫力に満ちています。
円谷のねらいはここでした。
更にフィルムの回転数を上げる高速度撮影も行いました。
これを通常の回転数で再生すると動きがスローになり重さや迫力をより強調できるのです。
(ゴジラのほえ声)ついに「ゴジラ」が封切られました。
渋谷の映画館に足を運んだ中島さんは驚きの光景を目にします。
何の事だいず〜っと行列だっていうの。
うわ〜って。
いまだかつてこんな事なかった。
これはびっくりしてね。
みんな目をキラキラしてね真剣そのもので見てるわけ。
そりゃあうれしいですよこっちはね。
だから自分で喝采してましたよ。
「バンザーイ!」ってね。
ハハハ!「ゴジラ」は黒澤明の「七人の侍」を抑え…記録が残る日本映画の中でこの年一番の大ヒットとなりました。
三島由紀夫は核の恐怖に対する痛烈なメッセージが込められた「ゴジラ」をこう評したといいます。
円谷は着ぐるみで時間の制約を打破し更にその思わぬ欠点を逆に生かす事で映像に新たな価値を付け加える事に成功したのです。
また話していきましょ。
よいしょ。
禍を転じて福と為すと言うんでしょうかね。
重すぎた着ぐるみが逆に迫力を生んだ。
塚地さんどうですか?僕だったら急いで削って軽くしろという事しか浮かばないですね。
普通その発想ですよ。
どれだけみんなで協力して削って軽くするかという事をしますけどだったらこの重さを出せばいいというほんとに近場にある答えなんですけどみんな見逃しがちなところをもうすぐにパッと気付く機転の速さもあるんでしょうけど結果確かに大成功ですよね。
重い感じとかがやっぱ恐怖をあおりますし。
清水さん今でこそやっぱり当たり前じゃないですか。
今見るとね。
怪獣といえば着ぐるみでしょ。
でも当時としてはハリウッドではストップモーションコマ撮りで撮っている「キング・コング」やその後の恐竜怪獣も主流であって当然それと同じようなイメージがゴジラの動きには付きまとってたと思うんですね。
だから多分ストップモーションコマ撮りを見慣れた外国人からするとゴジラは何でこんなにスムーズに動くんだろうと。
だって「キング・コング」最初見た時にやっぱカクカクしてますもん。
それしょうがないです。
ストップモーションで撮ってるんだったら。
あれでもよくやってるなと思いますけど。
それを時間の制約があるから着ぐるみを着て実際にリアルタイムで動かすって当たり前なんだけどもそこで重量を生かしてというところをね。
そういう事例なんでしょうね。
面白いですね。
意外な効果に着目するというのはまさに円谷英二の真骨頂だったらしいですね。
例えば「空の大怪獣ラドン」という映画をラドンというのは空を飛ぶので翼をピアノ線でつってるわけですよ2か所で。
それがラストシーンに火山が爆発してその熱でもってピアノ線の片方が切れちゃうんですね。
周りのスタッフはNGだと思って止めようとしたのに円谷英二は「このままいけ」と。
どうしてかというと仕上がった映像を見るとラドンが最後落下していく時に急に片方の翼だけカクッと落としたような状態に見えてそれが余計哀感ものの哀れ哀愁を感じさせる効果になっていたという演出になったんです。
普通撮り直しますよ。
ですよね。
「おい何やってるんだ」と言って。
「誰だこれ。
考えろ火の量とか」と言ってるところを「それでいい」って言う…。
柔軟ですね。
柔軟ですねほんとに。
普通の人間であれば最初に計画を立ててこう思ったとおりにやらねばならないとみんな考える。
だから重ければ削る。
ピアノ線が切れたら撮り直す。
でもそこで起きた偶然をうまくひっくり返して使っちゃうんですね。
その場で思考が変わるというかね。
まさに臨機応変。
それが特撮のやっぱりその場でしか起きない事。
そのアクシデントをも取り込んで演出にしてしまう。
だから面白いんやな。
意外な効果を見逃さないというお話なんですがその制約の中で出来た意外な副産物にこれはいいじゃないかと思ったご経験ってありますか?いろいろありますけども例えば面白いのが僕のプラネタリウムって下まで星が映るものがあるんですよ。
これがプラネタリウムですよね。
そうですね。
それで普通はプラネタリウムって丸い球体の形をしてまして実は本来は下まで星が映っちゃうんですよ。
全方向に星が映りますから。
ところが星が見えるのは上半分ですから下に映りそうな星は全部機械の中に組み込まれた「シャッター」で隠してるんです。
理屈は単純なんですけど結構スペースの制約が大きいんですよプラネタリウムって。
それでシャッターをつけないで作ったんです。
それを上映したら一般のお客さんはね「今までのプラネタリウムと比べると大平さんのプラネタリウムすげぇな」と。
「何がすごいって今まで上にしか星が映らなかったのに大平さんのは下まで星が映る。
すごい技術革新だ」と言われて「いやそうだろ」って。
(笑い声)ちょっとした横着みたいな事が結果すごい事だと。
「これは俺の技術だ」と言ってね。
内心笑ってるんですけど。
「下に星映ってごめんなさい」の気持ちだったんですけどお客さんの感じ方って面白いなと思いましたね。
思わぬ効果を生んだんですね。
その後も特撮映画でヒット連発する円谷なんですけれども新しいメディアテレビというのが登場してくるんですね。
これに対してどういうふうに対処していくのか?円谷の知恵爆発しますよ。
こちらの円谷英二の知恵で味わって頂きたいと思います。
テレビにチャレンジする時もう既に60代に突入していました。
どんなチャレンジをするんでしょうか?「ゴジラ」が上映された当時映画は黄金期を迎えていました。
昭和33年には総入場者数が11億人を超えるなどまさに日本人にとって…一方このころ新しいメディアが産声を上げ徐々に広まりつつありました。
昭和28年に放送を開始したテレビです。
映画館に行かずとも家に居ながら映像を楽しむ事ができ全国に情報を発信できるテレビ。
円谷はこの新しいメディアに大きな可能性を感じていました。
昭和38年円谷は特撮を売りとする制作会社「円谷特技プロダクション」を立ち上げテレビの世界に進出する事を決意します。
当時既に62歳を迎えていました。
しかしテレビには課題がありました。
映画に比べ画面が小さく画質も粗いため制作側はこれまで以上の特撮技術を持たなければなりませんでした。
この制約を打破するため円谷はひそかにある計画を進めます。
円谷の計画をひもとくヒントがあると聞き調布にある現像所を訪ねました。
こちらが合成を行うオプチカル・プリンターという機械になります。
どのような仕組みなのか人物と月面の画像を合成する実験を行いました。
まず2台連なった映写機にそれぞれ背景となる月面の画像と人物を黒く塗り潰した画像をセットします。
これを一直線に並べて映写しフィルムに焼き付けます。
黒く塗った部分は光を通さないため…次にフィルムを初めまで巻き戻し今度は人物の画像と人物以外を黒く塗った画像を2台の映写機にセットします。
すると今度は人物の部分のみがフィルムに焼き付けられ2枚の画像が合成されるのです。
円谷は質の高い特撮をテレビで提供するための切り札としてこの機械を選んだのです。
円谷は当時世界に2台しかなかった最新鋭のオプチカル・プリンターの購入を決意します。
ただ一つ問題がありました。
それは当時のサラリーマン平均年収の90年分にあたる4,000万円という破格の値段です。
創業間もない円谷プロには大きすぎる負担でした。
しかし円谷は諦めません。
テレビ局と交渉を行い…「カチン」。
(カチンコの音)特撮は作り物。
しかし最高の形でそれを見せるため円谷には曲げられない信念がありました。
「妥協なき特撮を視聴者に届けたい」。
円谷の思いが結集し生まれたのが円谷プロのテレビ第1作「ウルトラQ」でした。
巨大な怪獣が…オプチカル・プリンターが生み出した不思議な世界が全国の茶の間に届けられました。
「ウルトラQ」は平均視聴率30%を超える人気番組となります。
円谷の特撮がテレビの世界で視聴者に受け入れられた結果でした。
ウルトラシリーズの撮影を担当した佐川和夫さんは円谷の映像に対するこだわりを身近で見続けてきました。
合成をしてますねという映像を作っちゃいけないんです。
必ず自分の納得する映像を何カットかその30分以内のドラマの中に入れていくという…そして半世紀近い映画人生の到達点として世に送り出されたのが「ウルトラマン」です。
毎週テレビで活躍を見せてくれる新たなヒーローは子供たちの圧倒的な支持を受けました。
円谷が極めていった特撮それは人々の心や夢にまで届く新しい世界を生み出していったのです。
60歳を超えて新しい事にチャレンジしたこの姿勢塚地さんはどういうふうにご覧になりましたか?まず安定を求めるならチャレンジなんてしなくてもいい年齢というか僕が同い年だったらもうしませんし更には4,000万でしたっけあの機械を買いたいとなっても諦めるじゃないですかとてもじゃないこの額は無理だって。
年収の90年分ですからね。
円谷さんが若い頃であれば自分で作るみたいなところから今度は投資というできているものの最新鋭の世界に2台しかないというねだいぶ若い頃とかなりアプローチが変わってきて自分一人のものではできない世界最高峰のものを的確に選ぶ。
選んで戦略的に投資する。
そのために人を説得する。
若い頃の円谷さんにはなかった部分がてきめんに発揮されていてやっぱりそうやってフィールドが広がっていくんだなというのがすごく感慨深かったですね。
これが切り札なんだってピーンと来たんでしょうね。
どうなんですか?その時代ってテレビに移行しようという映画監督ってたくさんいらっしゃったんですか?まずいないでしょうね。
もう都落ちみたいな感じでしょうね。
誤解のないように申し上げておくとオプチカル・プリンターというのは映画の業界でももう当然怪獣映画の時代に使われていてだけど新しくて精度がよくてフォーヘッドといってよりブレがなく合成がしっかりできるものを自分たちがテレビに進出する時にまずこれが絶対必要だと言ってるんですね。
テレビというものに目を付けた事ただテレビの目新しさに飛びつくだけじゃなくてそこにオプチカル・プリンターいうものを組み合わせていく辺りが凡人ではないですね。
大平さんにとっての切り札というのはどういうものでしょうか?う〜ん…そうですねただ今の組み合わせというのは切り札になるんだろうなと思いました。
意外な組み合わせ。
0から1を作り出すというのはなかなかできないんですよね。
発明とかっていうと何か存在しなかったものを魔法みたいなものを生み出すという事を考えますけれど…そういう意味では私の仕事で重ねると家庭用プラネタリウムがちょっと該当すると思ったんですが家庭用プラネタリウムって実はその前からあるはあるんですよ。
ただそれは教育用で星を数百個ぐらい映すもので家庭用なんだから星がきれいに映らなくて当たり前じゃないか。
そんなの勘弁してくれよというところがあったと思うんです。
ところがきれいな星を見たいよねというので開発したんですけどそれがもう不思議に売れたわけですよね。
それはやっぱりきれいな星空と家庭というのが自由に見られる。
何かそこの組み合わせが化学反応を起こしたんでしょうね。
円谷英二ですけれども晩年になりますとこういった事にも力を注ぐようになってくるんですね。
そちらをご覧頂きたいと思います。
テレビの作品作りを通して円谷がこだわり続けた事があります。
それは特撮の未来を担う若い力を伸ばす事でした。
主要スタッフの年齢は20代半ばから30代半ば。
円谷は監督ではなく「監修」という立場で若手のチャレンジをサポートしました。
いちいち感性を言うんじゃなくて若い子にチャンスを与えてくれる。
任せるだけじゃなくて責任をオヤジがとってくれたという事がやっぱり大事だと思うんだよね。
とにかく自分たちが楽しまなけりゃ見ている人も楽しくないんだよという事でね何か訴えるとか教え込むという事じゃなくて楽しんでもらおうという事だったと思います。
後進のチャレンジを見守り続けた円谷の懐の深さが名作誕生を支える力となっていたのです。
「後進のアイデアを伸ばす」これが円谷の真骨頂だったようですね。
作り手もやはり感性というものを若ければ若いほど新しいものが出てくるという事が分かっていたんですね。
自分がそういう道を歩んできたから。
なので新たに映画ではなかった巨大ヒーローというのがテレビで新しく始まるわけですよ。
この時にやっぱり若い人たちに自由にやらせる。
これが後年半世紀にも及びその単なる勧善懲悪のドラマではないその同時代の社会の空気を盛り込み批判さえもあるようなドラマがありなおかつ美的にも美しい世界観が培われた。
それが後年こうして残る基礎になっているし下地になっているしそれを円谷英二監修のもとで全部責任をとっていたというのはこれは大きいですよね。
若い感性がそれを作り上げてきたという事なんですよね。
いいリーダーですよね。
どう考えても。
「自由にやっていい。
責任は俺がとる」。
君らは楽しみなさいという事ですよね。
オヤジとか言っていましたね。
そういう位置づけというかね。
俺一生できない気もしますもん。
(笑い声)生々しいわ。
大平さんは後進の育成という事で心がけているところ。
それはねこれはだいぶ前からジレンマとしてあって人って自分にしかできない仕事をいかに生み出すかという事で努力するでしょ?ところが今度は逆に…どういう事かっていうとそのプラネタリウムを納めます。
その時に「でもね大平さんがもし交通事故でどうにかなっちゃったら大丈夫なんですか?」っていう事を聞かれるわけですよ。
それに対する答えを用意するために…ずっとそれを何年間かけてやってきて今それはほとんどできたというふうに思ってます。
自分を積極的に自分の仕事から排除していったわけですよ。
その排除する過程の中で自分らしさが少し損なわれてしまった部分があるかなという気がしていてそこを少し戻すという作業でもそれは排除する事によって自分なしでも通りいっぺんの事ができるようになったからできるようになったかなという気がしてそういう意味では少しこういきながらいってるんだろうなという気がします。
オリジナリティーっていうのとビジネスのバランスはなかなか難しい?難しいですね。
人生は悩みをしょって生きるもの。
皆さんが抱えるさまざまな悩みを共に解決する…さあどんなお悩みが寄せられているんでしょうか?
(物音)ちょっとお客さんが…塚地さん招いて下さいよ。
そんな事聞いてませんよ。
こちらを開けるんですか?おお〜!いらっしゃいませ。
実はですね…怖いなお店出したか。
どうぞバルタンさんもおかけになって。
今皆さんで悩み解決しようと思ってたんです。
初めて近くで見ましたけどでかいですね。
(塚地)わ〜細かいわ。
バルタンさん今「仕事上の制約」というお話をしてたんですが一緒に聞いてみて下さいよ。
その1のお悩みでございます。
50代の男性の方から寄せられました。
「ベンチャーに勤めているんですが悩みは会社のネームバリューが低い事です」。
塚地さんどうですか?ネームバリュー。
そりゃ僕らも若手の頃なんてどこのネタ見せ行ってもまあ全然受かりませんしちょっとテレビとか呼ばれるようになってその当時の全く同じネタやってるんですよ。
それをやると当時ボロクソに言ってた人たちが「おもしろいね〜」と言うんですよ。
もう本当に腹立ちますよね。
手のひら返しというか。
そういう意味じゃネームバリュー。
結構大きな制約ですよね。
清水さんどうでしょう?ネームバリューが低いという理由で門前払いもどうしたらいいでしょう?例えば映画の世界だったらフェスティバルみたいなものに出品する。
例えば最近ではすごい低予算で俳優も2人スタッフも5人ぐらいで…
(塚地)あるんですね。
コンテスト映画祭みたいな所に出して自分の実力を証明しそしてプロデュースされていく。
そういう流れはありますよね。
やはりネームバリューというのは過去の仕事への評価ですからでも必要なのは未来ですよね。
だったらそんなのなくても…出した結果を今だったらインターネットもあるしそういうネットメディアを使って出しちゃえば見る人は見てくれます。
インターネットやSNSが発達してますからそういう人をいちいち探しに行かなくてもとにかくそういう人に勝手に当たるんですよね。
人を説得するのが難しければ。
それでそこからですね。
価値観を変えてみる。
どうでしょうバルタンさん納得?
(バルタン星人の声)さあいい知恵頂きました。
さあそれでは2つ目にいってまいりましょう。
こちら40代の女性の方です。
「私の悩みは予算の制約です」。
これは多くの人が抱えてますよね。
どうでしょう?塚地さん。
まさしく答えを円谷監督が出してるというかその予算の中でどれだけの事ができるかという事を考えて結果すばらしい事に結びつくという事でしょうから。
それを考えてるのかと…円谷監督状態になるにはさあその少ない予算の中で何ができるかを考えれば見えてくると思うんですけどね。
予算とかの制約で結果が明示されてるのはほんとに楽ですよ。
大変なのは例えば矛盾した命題を与えられてどっちにすればいいんだって苦労したりとか上司が2人いて言う事が全然違うとかどっちの言う事聞いても結局干されるみたいな事ってあるじゃないですか?だからそれからしたら予算が少ないぐらい何ですかって。
ごめんなさい説経くさくて。
ねえドーンと。
これを乗り越えた先には大きな収穫があると。
はい。
たとえ乗り越えられなくても別の副産物があるかもしれません。
またそれに気づいていくという事も大事なんですね。
捨てたままいっちゃうともったいないんでちゃんと拾っていくとそれは財産になりますよ。
どうでしょう?バルタンさん納得して頂けましたか?OK!ありがとうございます。
いい知恵頂きました。
2週にわたって円谷英二の知恵見てまいりました。
塚地さんはどういうふうに味わって頂けましたか?月並みな答えになっちゃうのかも分かんないですけどチャレンジする気持ちとかそれから何て言うんでしょうねどんな逆境であろうとその部分をちゃんと逆手にとって好転させられる想像力とか考え方みたいなのを持つと人って強いんだなと思いましたしたとえ自分にないのかもしれないけどもそういう気持ちを持って生きていこうと思いましたね。
勉強になったというか単純にすごいって思っちゃいました。
果たして今21世紀に円谷英二的な人間が映像の世界にいるだろうかという事を考えてしまいますね。
出てきてほしいですよね。
本当に。
最後は大平さん。
う〜ん…そうですね制約に直面した時に結局諦めてバックするか進むかしかなくてでも制約がないと何も生まれないんですよ。
だからその制約をうまく生かす事ですよね。
それは言うのは簡単で実際に行うのは難しいんですが発想を転換したりとかねくだらない事を考える事も大事ですね。
そこを円谷さんが裏付けてくれたような気もしますし今日を機会に大ファンになってしまったのでもっと円谷さんという人物を研究しようと思いました。
ありがとうございます。
本日最後はこちらをご覧頂きながらお開きとさせて頂きます。
今週もどうもありがとうございました。
円谷英二の故郷福島県須賀川も震度6強の揺れに襲われ町は大きな被害を受けました。
あれから3年。
町は復興に向け少しずつ前へ進み続けています。
その後押しをするのが円谷の生み出したウルトラヒーローたちです。
去年5月円谷の故郷須賀川市とウルトラマンの故郷M78青雲が姉妹都市提携を結びました。
震災から立ち上がろうとする町に明るいニュースがもたらされました。
更に募金活動「ウルトラマン基金」で被災地の子供たちを支援する活動も続けられています。
昨年度はM78星雲にちなんで78か所の被災地を巡るヒーローキャラバンが開催されました。
そして先月宮城県女川町で最後の訪問が行われました。
(先生)せ〜の…。
(園児たち)ウルトラマ〜ン!この日は卒園式。
震災を乗り越え新たな門出を迎えた子供たちのもとへウルトラヒーローが訪れました。
かっこいかった。
うれしかった。
楽しかった。
円谷英二の遺産は希望の光となって未来へ向かう子供たちを明るく照らし続けています。
2014/04/29(火) 05:30〜06:15
NHKEテレ1大阪
先人たちの底力 知恵泉(ちえいず)制約を最大効果に変えろ▽円谷英二(後編)[解][字][再]
特撮の神様・円谷英二。あの名作「ゴジラ」も、「ウルトラマンシリーズ」も、大きな制約を乗り越えて生み出された作品だった。制約を糧に傑作を残した円谷の知恵に迫る。
詳細情報
番組内容
どんな仕事でも「制約」はつきもの。時間・予算・人間関係などの厳しい制約を乗り越える秘策はあるのだろうか?そこで指針となるのが特撮の神様・円谷英二の仕事術だ。あの名作「ゴジラ」に与えられた撮影期間は、なんとたったの3か月。円谷はこの大問題をどう解決したのか?そして、テレビへの進出を決意した円谷が「ウルトラマンシリーズ」実現のために出した切り札とは?制約を糧に傑作を作り続けた、円谷の知恵に迫る。
出演者
【出演】塚地武雅,大平貴之,清水節,【司会】井上二郎
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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