April 28, 2014
ツェツェバエのゲノムを解読したとの研究論文が、「Science」誌オンライン版に4月25日付けで掲載された。研究には146名の科学者が参加した。
配列の解読によって一風変わった生態の弱点が明らかとなり、ツェツェバエが媒介する寄生性原虫トリパノソーマが人間にもたらす苦痛や経済的損失を緩和できる可能性が出てきた。
ツェツェバエは、年間約2万人が発症し、サハラ以南アフリカの住民7000万人に感染の危険があるとされるアフリカ睡眠病(トリパノソーマ症)を引き起こす寄生虫を媒介する。家畜にも感染するため、一部の地域では畜産が事実上不可能となり、経済に深刻な打撃を与えている。
奇妙なことに、吸血性のツェツェバエは哺乳類のような特徴を持っている。メスは一度に一匹の幼虫を妊娠し、子宮内で乳を分泌して育てる・・・
配列の解読によって一風変わった生態の弱点が明らかとなり、ツェツェバエが媒介する寄生性原虫トリパノソーマが人間にもたらす苦痛や経済的損失を緩和できる可能性が出てきた。
ツェツェバエは、年間約2万人が発症し、サハラ以南アフリカの住民7000万人に感染の危険があるとされるアフリカ睡眠病(トリパノソーマ症)を引き起こす寄生虫を媒介する。家畜にも感染するため、一部の地域では畜産が事実上不可能となり、経済に深刻な打撃を与えている。
奇妙なことに、吸血性のツェツェバエは哺乳類のような特徴を持っている。メスは一度に一匹の幼虫を妊娠し、子宮内で乳を分泌して育てるのである。メスはこれを一生に8~10回繰り返すと考えられる。
コネティカット州ニューヘイブンにあるイェール大学公衆衛生大学院の疫学教授セラップ・アクソイ(Serap Aksoy)氏は、「メスを一匹でも減らすことができれば、個体数に大きな影響を及ぼすことが可能だ」と話す。
今回の解読により、アフリカ睡眠病や家畜のナガナ病の新たな予防手段が多数得られるかもしれない。例えば、ツェツェバエのゲノムからは乳の産生を指示するLbl(Ladybird late)と呼ばれる調節タンパク質の働きが明らかとなった。このタンパク質の活性を阻害する化学物質を使えば、個体数の抑制につながる可能性がある。
◆ツェツェバエのゲノム
ツェツェバエのゲノムは、ヒトゲノムの約10分の1の大きさしかない。ヒトゲノムには約30億個の塩基対が存在するが、ツェツェバエの場合は3.66億個程度だ。また、タンパク質をコードする遺伝子の数はヒトが2万個であるのに対し、ツェツェバエは1万2308個。
そのうち12の遺伝子は乳の産生に必要なタンパク質をコードすることから、乳の分泌が彼らの生存において極めて重要であることがうかがえる。
また、血液のみを栄養源とするツェツェバエの珍しい生態もゲノムに反映されている。今回の研究では、糖質代謝遺伝子が一つも発見されなかったのだ。
「代謝経路を調べたが、血液のみを栄養源として生存する彼らの能力を裏付けるものだった」とアクソイ氏は説明する。ツェツェバエはさまざまな共生細菌の宿主となり、寄生した細菌が合成するビタミンで栄養不足を補っている。
アクソイ氏によれば、ツェツェバエのゲノムをすべて解読することで、より効果的なわなを仕掛けるためのヒントが得られるという。従来は化学物質や視覚的刺激を用いたわなが主体であったが、効果的とは言えない。
嗅覚や味覚、視覚に関わる遺伝子を知ることで、特定の遺伝子につけ込む疑似餌や防虫剤の開発にもつながるかもしれない。
また、ツェツェバエの消化管や唾液腺に存在するタンパク質に対する抗体を作るためのワクチンを家畜向けに開発できる可能性も期待できるという。実現すれば、ツェツェバエは吸った血液をうまく消化できなくなる。
◆「英雄的な取り組み」
メリーランド州ボルティモアにあるジョンズ・ホプキンス大学ブルームバーグ公衆衛生大学院の国際保健学教授ギルバート・バーナム(Gilbert Burnham)氏は、「素晴らしい研究論文だ。顧みられない熱帯病の分子遺伝学における画期的な成果だと思う」と話す。
アフリカ睡眠病は、世界保健機関(WHO)が世界で最も顧みられない熱帯病と定義した17疾患の一つだ。しかしバーナム氏によれば、睡眠病が最も多く発生しているアフリカの地域には公衆衛生プログラムが及んでおらず、政治家たちが目を向けることもないという。
「実に英雄的な取り組みだ」と話すのは、カリフォルニア大学アーバイン校(UCI)の媒介生物学教授アンソニー・ジェームズ(Anthony James)氏。
現時点では、睡眠病を治療せずに放置すると命に関わるが、治療には多大な苦痛が伴う。用いられる薬の一つが簡単に言えばヒ素であり、寄生虫を殺すには十分だが患者を殺すには足りない量が投与される。ほぼすべての治療法が深刻な副作用を伴うか、進行とともに効果がなくなる。ワクチンはない。
ジェームズ氏は今回の研究について、「これまで挑戦しようとは思わなかったような実験をしようと考える人が増えるはず。それだけの影響力がある」と述べた。
Photograph by Nigel Cattlin. Visuals Unlimited/Corbis