第八十三話 ミズホ伯国観光。
「いきなり何を頼むのかと言えば。でも、良く受け入れたわね」
「だって、許可は無料だもの。利益もあるし」
到着したミズホ伯国においてテレーゼが行った援軍の要請は無事に受け入れられ、俺達はミズホ城を辞してミズホ観光に赴く事にする。
夜は露天風呂がある高級温泉宿を貸し切りにして提供してくれるそうなので、これも楽しみである。
温泉に、美味しい和食にと。
一体何年ぶりの贅沢であろうか?
その代わりに一晩しか泊まれないので、今は急ぎミズホ伯国観光とお土産物のチョイスを始めないといけない。
美味しい物も食べないと駄目なので、今は一秒でも時間を無駄にしてはいけないのだ。
急ぎ、両替所でヘルムート王国の貨幣をミズホ貨に両替する。
銅貨は丸くて穴が四角の銅銭で、銀貨は江戸時代の一分銀に似て長方形、金貨は小判その物で金貨十枚は『十リョウ』大判と呼ばれて大判その物であった。
形と単位名称に差はあるが、使用されている金・銀・銅の量に差は無いのであまりややこしくはない。
さて何を買おうかと街中を歩いていると、イーナが先程の報酬について聞いてきたのだ。
「どうせ勝たないと履行されないし、履行しても帝国には損は無いし」
俺が申し出た条件は、バウマイスター伯爵領とミズホ伯国との直接貿易の許可である。
距離や魔導飛行船の数もあって暫くは俺が『瞬間移動』で買い物に行くだけであろうが、その行動に合法性を持たせたというわけだ。
勿論、ミズホ上級伯爵は無条件で受け入れている。
売り上げが増えて万々歳なのだから当然だ。
「そんなにミズホ伯国の産物が欲しいの?」
「欲しい! 出来れば買い占めたい!」
気合を入れて一億セント分を両替したのが、思うにこれから出兵があるので食料や物資の大量買占めは良くない。
その代わりに、なるべく量を抑えて種類を増やす必要があるであろう。
「まずは、逃した茶屋だな」
「拘りますのね」
「朝から何も食べていないからな。カタリーナは食べないのか?」
「食べますけど……」
峠の茶屋ならぬ町中の茶屋に入るが、町の様子も茶屋の中もまるで時代劇の風景のようであった。
町人や行商人などが、お茶を飲みながらダンゴなどを食べているのだ。
「いらっしゃいませ」
店内から、着物によく似たミズホ服姿に前掛けをした看板娘が姿を現す。
年齢は俺達とさほど違わないであろう。
腰まで伸ばした黒髪を後ろで束ねている、正統派和風美少女であった。
看板娘というやつだ。
「ご注文は?」
「あなたの愛をください」
「ええと……」
「ふんっ!」
「痛ぇ!」
相手が美少女なので早速エルがナンパを始めるが、俺とブランタークさんが拳骨を頭に落として強引に席に座らせる。
「俺に恥をかかすな!」
「だって、愛が欲しい……」
「その男。何かあったのか?」
「少し前に失恋しまして」
「なるほどの」
テレーゼは、ナンパなエルに少しだけ同情的な視線を向けていた。
「顔は良いのに、ガッツキ過ぎるから引かれるのじゃな」
テレーゼの指摘は120パーセント正しかった。
ただし、他人の事はあまり言えないと思う。
「すいません。ご注文は?」
看板娘は、この手の客のあしらいに慣れているようだ。
気にした様子もなく、俺達に注文を聞いてくる。
「全員に茶を! あとはメニューの端から端まで全部である!」
「全部ですか?」
「左様! 全部である!」
導師は別の意味でフリーダムであった。
お店のメニューを全て注文してしまうのだから。
看板娘もこの展開は読めなかったようで、かなり驚いている。
「導師。そんなに食えるのか?」
「心配ないのである!」
「大丈夫」
ブランタークさんが心配そうに聞くが、導師にヴィルマまでいるのだ。
茶屋のメニューくらいなら心配無いであろう。
「ダンゴからお持ちします」
シンプルな白ダンゴに、餡子が載った草ダンゴに、みたらしダンゴと。
久しぶりに食べる甘味が、俺を感動の渦に巻き込んでいく。
「美味しいですね。あなた」
「やはり、プロには負けるか」
「今度、私も挑戦しますね。材料を買って帰りましょう。気候や土質が違うと同じ作物でも味が違うと言いますし」
確かに米や小豆などは、冬に寒冷になるミズホ伯国の方が味が良いかもしれない。
さすがは、料理が得意なエリーゼである。
鋭くそれを指摘していた。
「ヴェルがたまに作る物ってミズホ料理だったのね。どうやって知ったの?」
「ブライヒブルクの図書館で」
イーナに鋭い質問をされてしまうが、ブライヒブルクの図書館は領主の梃入れもあって蔵書数ならば王都スタッドブルクに次ぐ規模を誇る。
さすがのイーナも、図書館の蔵書全てを把握していないので俺の嘘に気が付かなかったようだ。
「ヴェンデリンは本と食に興味があるのか。妾と気が合いそうじゃの」
「テレーゼ殿は料理とかするのですか?」
「たまにじゃがの。あまり色々とは作れぬが、そうバカにしたものでもないぞ」
テレーゼはそう言うが、俺は彼女の料理の腕など知らないので何とも答えようがなかった。
実際に作らせると、とんでもない物を食べさせられる可能性がある。
今はそんな時間もないし、ここはスルーするのが賢明であろう。
「お汁粉が美味しいけど、砂糖とかはどうしているのかな?」
「砂糖はテンサイから取りますね」
ルイーゼの疑問に、看板娘さんが答えてくれる。
サトウキビ由来の砂糖は輸入品で高価なので、ミズホ伯国では砂糖はテンサイから取るのが普通らしい。
絞りカスは、家畜の餌として利用されているそうだ。
「サトウキビの砂糖と変わらないな」
「同じく甘いので、また太ってしまいそうですわ」
「カタリーナは良くそう言うけど、あまりガリガリなのも……」
甘い物を食べると、カタリーナは必ず太るとかダイエットをしないとと言う。
王都の有閑マダム達のように太っているわけでもないのに、本当に不思議だ。
「そうですの?」
「主に抱き心地の面で」
「ヴェンデリンさん……」
カタリーナに呆れられてしまうが、これは譲れない点でもある。
太り過ぎも良くないが、痩せすぎの女性に魅力がないのも事実であった。
しかし、女性が多いと姦しいとは良く言ったものだ。
エリーゼ達は話をしながら美味しそうに食べていたが、その中で異様な風景を作り出している二人がいた。
「どれも美味しいのである!」
「もう一回りいける」
「確かにそうであるな。お姉さん! もう一回メニューの端から端まで!」
「もう一回ですか!」
大量の皿を重ねながら導師とヴィルマは大量の甘味を食い尽くし、挙句にお替りまで要求していた。
看板娘も、全メニューを二回頼んだ導師に思わず声をあげてしまう。
「二人とも、大丈夫か?」
一人羊羹を小さく切って食べているブランタークさんが、胸焼けでも起こしたかのような表情を浮かべながら二人を本気で心配していた。
「問題ないのである!」
「全然、余裕」
「そうかよ……」
羊羹を食べ終わったブランタークさんは、二人の食欲に呆れ顔であった。
多分、早く酒を飲みたいという気持ちも合わさっているのであろうが。
「初めて食べる物も多く、大変に美味しかったのである!」
「満足した」
「そりゃあ、あれだけ食べればな……」
茶屋で甘味を味わった俺達は、次のお店を目指して移動する。
恐ろしい量の甘味を食べた導師とヴィルマにブランタークさんは呆れていたが、俺からも色々と言いたい事がある。
「食事はまだなんだけど……」
確かに茶屋で出た甘味は、調理スキルが低い俺が作った物に比べれば美味しかった。
思えば、ボッチな子供時代に未開地で苦労して試行錯誤を重ねた物であったが、やはり餅は餅屋。
これは、ミズホ人のお抱え料理人を雇う必要があるかもしれない。
あとでミズホ上級伯爵に相談しようと、俺は決意していた。
「安心せい! まだ腹は半分以上も空いているのである!」
「私も、全然余裕」
「ならいいか」
「いいのかよ!」
看板娘のナンパに失敗したエルが俺にツッコミを入れるが、まだ食事があるのでそこで食べられないとか言わなければ問題ない。
店内に入って注文しない奴は失礼なので、食べられれば問題ないわけだ。
支払いなど、さほどの額でもないのだから。
「次は……。あった!」
暖簾には『蕎麦』と書かれている。
この世界に来てからようやく蕎麦を食べる事ができる。
あまり騒ぐとみんなにおかしいと思われるので、自然にこの店を見付けた風に装って店内に入る。
「かけと盛りを両方」
俺は両方頼んだが、エリーゼ達は片方しか頼まなかった。
「メニューの端から端まで」
「楽しみ」
「全部ですか? お客様」
「問題無く食べられるので安心するのである!」
「わかりました……」
この二人は、また注文を取りに来た蕎麦屋のお姉さんを驚かせていた。
「美味いなぁ」
蕎麦は南方にもあったので入手して打ってみたのだが、俺の腕では太いパスタのようになってしまう。
麺つゆも試作はしてみたのだが味がイマイチで、ある程度の知識はあっても蕎麦は美味く作れない食べ物であった。
それが、このミズホ伯国では普通に食べられるのだ。
この様子だと、他の和食も大いに期待できるはず。
ただ、一つ問題がはある。
「せっかくのミズホ料理も、明日の朝までしか食べられない」
夕食はミズホ上級伯爵が準備した高級温泉宿なので、酒と食事は期待できるはず。
だが、夕食と朝食を固定されてしまうという罠も存在している。
出来れば戻るまでに色々と食べたいが、あまり食べ過ぎると夕食が入らなくなってしまう。
大変に悩ましいところだ。
「限られた胃袋で、何を食べるのかが問題だな」
「何で、そんな事で深刻に悩むんだよ……」
エルは俺に、わけがわからないという表情を浮かべていた。
「俺も、導師やヴィルマくらい食べられたらな」
「あの二人を真似するのは危険だ」
エルに変な奴だと思われてしまうが、この蕎麦屋でも女給さんにナンパして無視されているエルには言われたくなかった。
「じゃあ、ヴェルもナンパしてみろよ! 絶対に失敗するから!」
そんな事をするはずがない。
食事をしに来ているのに、なぜナンパなどをしないといけないのだ。
それはそれ、これはこれであろう。
そして、エルは一番大切な事を忘れている。
「お前は、何をバカな事を……」
しまったと思って止めたのだが、既に手遅れであった。
「エルヴィンさん。他国で伯爵様がナンパなどをしては風聞に関わります」
「エル。それで本当に誰か引っかかったらどうするのよ」
「奥向きの騒動を増やして欲しくないね」
「駄目家臣。ナンパも成功していないし」
「ヴェンデリンさんがナンパなどしたら、多くの女性が押しかけると思いますけど……」
「畜生! 俺の愛はどこにあるんだぁーーー!」
エリーゼ達にボロクソ言われたエルは、蕎麦のヤケ食いを始めていた。
「麺つゆと乾麺が売っていれば、いつでも食べられるのに」
「そんなに気に入ったのか?」
「ええ。ブランタークさんはお酒ですか?」
「この冷酒。美味しいわ。買って帰ろう」
ブランタークさんは、蕎麦よりも追加で注文した日本酒らしき酒を気に入ったようだ。
ツマミにソバガキを食べながら、冷酒をお替りしていた。
「(こういうオジさん。休日の蕎麦屋で見たことがある)」
勿論、日本での出来事である。
「伯爵様。何か失礼な事を考えなかったか?」
「いいえ(鋭いな……)お姉さん。このお酒ですけど」
誤魔化すため、若い女給さんに酒について聞くと、米を原料としたミズホ酒というらしい。
「(そのまんま、日本酒だな)」
味見をしてみるが、味は日本酒その物であった。
「さてと。某は大変に満足である」
「ご馳走様。腹八分が健康に良いと聞くから、この辺で止めておく」
ヴィルマが何か凄い事を言っているが、聞こえなかった事にした。
蕎麦屋での食事を終えて店を出ると、ここでも大量に食べたヴィルマと導師は腹をさすりながら満足そうな表情を浮かべていた。
「あれだけ食べれば当然だと思うけどな」
この点に関しては、エルの言う事はごもっともである。
「次は、買い物だな」
女性が多いのでまずは服になってしまうのだが、ここはミズホ伯国である。
基本は着物と同じ着方をするミズホ服と呼ばれるもので、これは着付けを覚えないとどうにもならない。
『呉服店』と書かれた高級そうなお店で、エリーゼ達が綺麗な柄のミズホ服や高価な宝石がついた簪などを楽しそうに見ているが、購入は次の機会にする事にした。
「残念だなぁ。着付けが出来るメイドも雇うか」
「贅沢な話だな」
「金はありますから」
着付けの出来るメイドも、後でミズホ上級伯爵と要相談であろう。
「伯爵様は、普段はあまり贅沢しないからな」
ブランタークさんの言う通りで、俺達の普段の生活はさほど贅沢でもない。
伯爵家一家なので最低限の外面は整えているが、中身はそうでもなかったりする。
冒険者稼業もしているので、野営の時には他の冒険者と大差無いし、チョコや魔の森産フルーツや魔物肉などの食材も、実は自己調達しているのでお金は払っていなかった。
食料の輸入や購入が、一番お金を使っている項目であろう。
「ヴェンデリンは、嫁達に優しいの」
「そうですか?」
「妾など女公爵故に、妙に傅く連中ばかりでつまらぬわ。試着した服を褒めるのは、まさか似合わぬとは言えぬ家臣や買って欲しい商人ばかりでの」
せめて服を着た時に、普通に似合う似合わないを言ってくれる男性が欲しい。
今のテレーゼの立場では、まず望めない願いでもあったが。
「ミズホ服は無理でも、小物なら買えるか」
隣のお店には、漆塗りで高価な装飾の施された櫛や小物入れなどが売られていた。
他にも、高価な茶器や、漆器、掛け軸など。
いかにも和風な品が多数売られている。
「エリーゼ。この櫛とかどう?」
「使いやすいですね。髪がすっと入ります」
それほど高くもないので、エリーゼ達が気に入った品を次々と購入していく。
「時にヴェンデリンよ。妾には買うてくれぬのか?」
「いや……。無理でしょうに……」
いきなり他国の貴族に、しかも恋人や妻でもない女性に物など贈ったら、周囲が妙な噂をしかねない。
それに、今の俺の立場はテレーゼに雇われた魔法使いでしかないのだ。
偉い人にプレゼントなどするはずがなかった。
「別に噂になっても、妾は一向に構わぬがの」
「俺がとても困るんです!」
もしヘルムート王国の貴族に知れたら、『バウマイスター伯爵はアーカート神聖帝国の選帝侯に籠絡された』とか、『色香に迷わされた』とか言い始める奴が絶対にいるのだから。
「次は、魔道具の店か……」
別の魔道具店に入ると、そこには多くの品が並んでいた。
外見が和風なのに、まるで大型家電ショップのように広いのだ。
「いらっしゃいませ」
陳列されている品を見ると汎用品が多く、どれも王国の物よりも小型で値段も二割ほど高い。
だが、店員に説明を聞くと魔力消費効率も良いようで、同じ魔力を込めても王国製の物より三割ほど稼働時間が多いそうだ。
小型化と省エネ技術に長けている。
まさしく、メイド・イン・ジャパンのようであった。
「ミズホ伯国製の魔道具は、帝国製の物よりも高性能でございます」
帝国産と王国産の魔道具にそれほど性能差はない。
つまり現時点で、大陸一と呼んでも過言ではなかった。
ただ、購入はしなかった。
魔の森の地下倉庫で見付かった魔道具類の方が高性能であったからだ。
「(でも、形状とかスイッチの配置とか似ているな……)」
ミズホ伯国は、帝国が南部の小王国であった頃から存在しているらしい。
ミズホ一族の極一部のみがそのルーツを知っているそうだが、もしかすると魔の森辺りから流れて来たのかもしれない。
だとすれば、独自に高度な魔道具製造技術を持っている事も納得できるというわけだ。
昔よりも技術が落ちているのは、流浪の際に失った技術が多かったのかもしれない。
「買わないの? ヴェル」
「魔の森にあった地下倉庫の産物の方が性能が良いから」
「そう言われるとそうね」
「ああっ! でも買って行こう」
「もしかして、魔道具ギルドに売るとか?」
イーナの考え通りで、彼らに売れば多少は利鞘を稼げるはずだ。
魔道具ギルドは、俺達が魔の森の地下倉庫で発掘した品や、ロックギガントゴーレムの残骸一式など、あり余る財力に任せて大量に購入している。
全ては新しい魔道具技術開発のためであったが、その成果については正直微妙である。
彼らも周囲から成果が無いと言われているのは重々承知で、だからこそ余計にミズホ伯国製の魔道具も見本として高く購入してくれるはずだ。
「一応、外国に持ち出し禁止みたいだよ」
「いいの?」
「帝国には流通しているのだし、王国の貴族で持っている者もいるだろう」
帝国では金を出せば買える物なので、一つも王国に流出していないはずがない。
それに、帝国でもミズホ伯国製の魔道具に性能が追いついていない。
製造技術が秘匿されている証拠でもあった。
「魔道具ギルドの連中。金はあるから買うだろう。ちょっとした小遣い稼ぎだ」
買ってくれなくても、他に転売すれば儲かるであろう。
関税がかからない分、バウマイスター伯爵領内なら安く売れるのだし。
「全種類」
「あのお客様?」
「だから全種類」
「あの……。本当にですか?」
「本当に」
「実は、展示品以外にもお勧め品がございまして」
俺が大量の大判を店員の前に置くと、彼は満面の笑みで応対してくれた。
店頭に並んでいなかった物まで出してきて丁寧に説明をしてくれる。
「またの来店をお待ちしております」
魔道具屋の商品を全種類購入した俺達は、その足で食料品店へと向かう。
実は、魔道具などどうでもいいのだ。
ここは日本風な文化を有するミズホ伯国であり、ならば俺が求める物はこれしかない。
「やはり、負けているか……」
「あっ。ヴェルが作っている『ミソ』と『ショウユ』がある」
ルイーゼが、沢山の種類がある醤油と味噌に驚いていた。
「ヴェルって、ミズホ伯国の調味料を再現したんだね」
「ミズホ伯国製だったんだな。図書館のボロい本に記載されていたから気が付かなかった」
もう一度言うが、勿論嘘である。
ルイーゼの場合、図書館に行って本を読むなどという趣味は無いので永遠に気が付かないであろう。
「『濃口』『薄口』『溜まり』と種類豊富だな」
醤油もそうだし、味噌も甘口から辛口に白味噌や八町味噌に似た物まで、俺は当然全種類を購入していた。
「昆布、カツオブシ、麺つゆ、ポン酢、漬物、海苔、米も品質がいいなぁ……」
ここは宝の山であった。
もうすぐ戦争なのであまり大量には買えないが、自分達で消費する分だけなら暫くは大丈夫であろう。
「乾麺もあるじゃないか!」
蕎麦と饂飩の乾麺も販売していたので、これもある程度購入しておく。
「おっと! ミリンも忘れては駄目だな!」
酒もミズホ酒に、米・麦・芋などの焼酎も多数販売されていた。
飲むばかりでなく、これは料理にも使える。
なるべく購入しておきたいところだ。
「お師匠様。ヴェンデリンさんは、どうしてこんなに喜んでいるのでしょうか?」
「昔っから、こういう男だから。女漁りをしているわけでもないし、良いじゃねえか」
「そうですわね。可愛らしいとは思いますけど……」
後ろでブランタークさんとカタリーナが何かを話しているようだが、気にしない事にして、それからも大量のミズホ伯国製の食材や調味料を買い占めるのであった。
「バウマイスター伯爵殿は、ミズホ伯国が気に入られたようだな」
「ええ。だから、自由に来られるようにしてください」
「フィリップ公爵殿や帝国との調整もあるが、買い物でお金を落としてくれる分には大歓迎であるよ」
「景気を良くして領民の生活を守りたいでしょうしね」
「バウマイスター伯爵殿は、理解が早くて助かるな」
夜になり指定された高級宿に向かうと、そこではミズホ上級伯爵主催の宴会が開かれていた。
温泉宿なので、俺達も宿が準備した浴衣に着替えている。
風呂は源泉かけ流しの天然温泉で、効能は神経痛とリウマチ。
加えて子宝に恵まれるという伝承もあるそうで、エリーゼ達も早く入りに行きたいと言っていた。
露天風呂もあり、今日は混浴も可能だそうだ。
まずは食事という事で、畳敷きの宴会場に入るとお盆に載った数々の料理が並んでいた。
刺身、天ぷら、高価な牛や豚の肉を味噌で焼いた料理に、一人一人に小さな魚介類の鍋も付いている。
前世の社員旅行で温泉宿に行った時に出たメニューの豪華版である。
「料理人も欲しいなぁ……」
「人の移動は、帝国政府の領分だからな。何とも言えんよ」
「テレーゼ殿?」
「ヴェンデリンは、拘る部分が貴族的に変わっておるの」
とは言われても、これからエリーゼ達に着物や浴衣を着せたり、腕の良い料理人にミズホ食を作らせるにはミズホ人を雇う必要があるのだ。
これだけは譲れない。
いや、このために俺はまた人を殺すのだ。
もしその事実を知れば、俺は間違いなく鬼畜扱いされるであろう。
少なくとも、表面上は両国の安定のために動いているのだから。
「では、乾杯といこうか」
ミズホ伯国では、あまり格式ばった晩餐会などは行わないらしい。
誰が来ても、こういう形式で宴会を行うそうだ。
「妾は気に入っておるのじゃが、皇帝陛下を床に座らせるのかと騒ぐ者が多くての」
座布団があるのに、帝国の中枢では畳は床扱いらしい。
土足厳禁なので、俺はそうは思わないのだが。
「どうせ来ても堅苦しいだけだ。それで来ないのなら逆に好都合」
ミズホ上級伯爵が隠しもせずに本音を語る。
そのせいか、皇帝のミズホ伯国行幸は行われた試しがないらしい。
半独立国なので警備なども面倒であり、計画がその都度立っては結局消えてしまうのだそうだ。
「選帝侯も同じよな。妾くらいであろう。ここに来た事があるのは」
熱燗のミズホ酒を飲みながら、テレーゼが続けて語る。
「観光で、ここほど面白い場所は帝国にはないからの」
帝国は多民族国家なのだが、意外と文化的に差異がある地域は少ない。
ここ二千年ほどで、かなり同化されてしまっているからだ。
その中で唯一独自性を保ち続けるミズホ伯国は、庶民や選帝侯以外の貴族から見ても人気の観光スポットであった。
「うちは観光も主産業なのに、今回の戦乱で客が目に見えていなくなっていったわ。まったく、あの若き野望家である公爵殿は空気が読めぬの」
実入りが減ってしまったと、ミズホ上級伯爵は愚痴を零していた。
今日の宿泊先がこの高級温泉宿になったのも、クーデター騒ぎのせいで富裕層の客が来なくなってしまったかららしい。
この状況で、そういう階層の人達は観光どころではないので当然であったが。
「戦乱が長引けば、逆に帝国は衰退しますよね?」
「短期的には、どう動いても衰退するであろうな。ニュルンベルク公爵には高度で精密な長期計画があるらしいがの」
テレーゼも、ニュルンベルク公爵に辛辣であった。
中央集権が強い一つに纏まった帝国など、そう簡単に作れるはずもない。
ニュルンベルク公爵が無茶をすればするほど、帝国が衰退する可能性もあるのだ。
「面倒な人ですね」
「やる気が余っているのであろうな」
宴会とはいえどうしても話す内容は、クーデターや首謀者であるニュルンベルク公爵の話題になってしまう。
だが、じきに話す事もなくなって次第に宴会はお開きになっていく。
「明日は早い。早めに風呂に入って寝るとするかの」
温泉、しかも露天風呂とは前世ぶりである。
子供時代に未開地で岩を掘って張った水を温めて風呂にした事もあるが、あれは厳密には露天風呂ではない。
ただの野外風呂なので除外する事にする。
「エル。風呂に行くぞ」
「おっ、おう……」
夕食も満喫できた事であるし急ぎ露天風呂に向かおうとするが、誘ったエルの視線がまた上の空であった。
視線の先を見ると、そこには一人の女性が立っている。
「エル。彼女?」
「うん」
これだけで通じてしまうのが、何とも言い様が無い。
つまり、エルはまた出先で会った女性に一目惚れをしてしまったようだ。
「(あいつは、行く先々で女に惚れるな)」
「(若いのであろう)」
ブランタークさんと導師が小声で話をしていたが、間違いなくまたフラれると思っているのであろう。
確かに、良く見るとかなりの美少女であった。
身長は百六十センチほど、水色の袴下と羽織姿で姿勢良く部屋の隅に立っている。
腰まで伸ばした黒い髪をポニーテール状に纏め、年齢は俺達とそう変わらないであろう。
和風女剣士風美少女で、俺はその顔を見てカルラを思い出していた。
それほど似ているわけではないが、雰囲気が良く似ていたのだ。
「彼女かえ?」
「護衛ですか?」
「妾達は女性が多いからの。ミズホ上級伯爵が付けてくれたのじゃ。見よ、三本刀であろう」
『魔刀』持ちで抜刀隊に所属しているという事は、かなりの腕前のはず。
そう、彼女は美少女剣士様だったのだ。
「『抜刀隊』は、基本的に男所帯じゃからの。女性は三名しかおらぬと聞いている。その三名の中でも、彼女が圧倒的に強いそうじゃ」
テレーゼの説明によれば、彼女は『フィリップ公爵様御一行』を護衛するために明日から同道するそうだ。
まあ、俺達の事なのだが。
「あの娘は、ハルカ・フジバヤシという名で十六歳だそうじゃ。妾くらいの年齢になれば、なかなかの美女になるであろうな」
雰囲気がカルラに似た和風女剣士美少女なので、エルが惚れるのも仕方が無いかもしれなかった。
「ヴェンデリンよりも、エルヴィンが惚れたのかえ?」
「かもしれません」
「悪くない組み合わせじゃの。共に剣を使うし、ハルカ・フジバヤシの実家は小身の陪臣家だそうじゃ。類稀なる剣の腕前で抜擢されたわけじゃな」
テレーゼ様の言葉が耳に入った瞬間、エルの全身に気合がみなぎってきたようだ。
彼女ならば、自分が嫁に貰っても何の障害もないはず。
それがわかると、エルの目に再び闘志が燃え始める。
「初めまして。私は、バウマイスター伯爵の警護をしているエルヴィン・フォン・アルニムと申します」
脈があるとわかるやいなや、エルは脱兎の如くハルカの元に駆け寄って自己紹介をしていた。
俺の護衛のはずなのに、既に俺は眼中にも入っていない。
「共に警護で協力する者同士、少し打ち合わせをしましょう」
「打ち合わせねぇ……」
勿論ちゃんとやっているのだが、女性陣にはチャランポランに見えてしまう部分もあり、ルイーゼに言わせれば打ち合わせ目的のナンパにしか見えていないようだ。
「ハルカ・フジバヤシと申します。アルニム様」
「共にフィリップ公爵様を警護する者同士、様なんて付けないでください。あと、親しい人達は私をエルと呼びます」
「エルさんですか?」
「はいっ! 宜しくお願いします。ハルカさん。早速ですが、警備の打ち合わせを。この宿内の警備は万全でしょうが、ミズホ伯国を出れば警戒を強める必要が」
「そうですね」
ハルカという美少女剣士は、基本的に真面目なようだ。
エルからいきなり名前で呼ばれても、仕事の話が出ると全く気にしていない。
仕事の打ち合わせ名目だと言われると、素直にエルと打ち合わせを始めていた。
「こんなに真面目なエルって、初めて見たわ」
「俺も」
イーナの指摘に俺も賛同する。
ハルカという少女が大役に抜擢されて真面目に頑張ろうとしているのに気が付き、それをフォローする事で惚れられようという作戦なのであろう。
素晴らしい観察眼と作戦だと思うが、それが恋愛の成就に結び付いた事は今まで皆無である。
「ところでハルカさんは、フジバヤシ家の長女なのですか?」
「いえ。嫁いだ姉がおりまして、後継ぎの兄もおります」
「そうですか」
途端に、エルの顔に満面の笑みが浮かぶ。
彼女ならば、何の問題もなく嫁にできると思っているのであろう。
まあ、気持ちはわかる。
俺から見ても、そう滅多にはいない美少女であったし。
「(しかし、ここに来て美少女剣士か……)」
しかも彼女、何気にスタイルが良い。
剣を習っているので姿勢が良く、着ているミズホ服の胸の部分はかなり盛り上がっていた。
カタリーナよりも、少しだけ小さいくらいであろうか?
「ハルカさんは趣味などは?」
「えっ? それが警備と何か関係が?」
「直接は関係ありません。ですが、警備というのは永遠に緊張が続くわけではありません。合間に共に警備する人間とのコミュニケーションが大切なのです」
「なるほど。そういう事ですか。お休みの時は料理などを……」
「なるほど、ハルカさんは剣だけではなくて女性としての嗜みも心得ているのですね」
「そこまでは上手ではありませんけど……」
ハルカは、エルから褒められて満更でもない表情を浮かべている。
もしかすると、あまり男性に免疫が無いのかもしれなかった。
「口説きの経験値が増してきましたわね」
剣の腕は認めるが、基本彼をナンパ野郎だと思っているカタリーナは呆れ顔だ。
ただ、警備に関する発言で間違った事をいっているわけでもない。
それに今まで、エルは俺に何の襲撃もないように護衛役を果たしていたのだから。
「ヴェル。お風呂行こう」
「ヴェル様。お風呂」
「そうだな」
エルとハルカの事は、本人同士に任せておけば良いであろう。
ルイーゼとヴィルマに手を引かれたので、すぐに露天風呂へと移動する事にする。
「男性風呂、女性風呂、混浴とございますが」
「男性……」
「混浴で!」
「混浴よ!」
「混浴だね!」
「混浴」
「混浴ですわ」
男性風呂と言おうとした俺を、エリーゼ達が混浴だと言って塗り替える。
別に導師とブランタークさんの裸に興味など一欠片も無かったが、男同士で入った方が気楽だと思っていたからだ。
「お連れ様なら、先程男性風呂の方に行かれましたよ」
従業員の中年女性によれば、二人は急ぎ男性風呂へと向かってしまったらしい。
「混浴で良いではないか。妾も……」
「テレーゼ様。これからは夫婦の時間ですので、ご遠慮を」
混浴と聞いてテレーゼが割り込もうとするが、すかさずエリーゼが釘を刺していた。
間違いなく導師とブランタークさんは、これを予想して先に逃げたのであろう。
「バウマイスター家の貸切でもあるまいて。妾が入って何か問題があるのかえ?」
「それは……」
「あるではないですか。帝国のフィリップ公爵と、王国のバウマイスター伯爵が同じお風呂に裸で入る。周囲に漏れたら大変ではないですか!」
カタリーナの言う事は正論であった。
外聞が悪いだけではなく、下手をすると俺とテレーゼが組んで帝国を盗もうとしていると、ニュンベルク公爵から宣伝される可能性があるのだ。
「(テレーゼとの混浴は魅力的だけど……)」
下手をすると、王国側にも懸念を抱かれかねない。
テレーゼに、それに目を瞑ってまでの魅力があるとは俺は思えなかった。
内心ではかなり惜しいとは思いつつであったが。
「大切な大義の前ですので、テレーゼ様はご遠慮くださいませ」
カタリーナからピシャリと言われてしまい、俺達は混浴風呂へ、テレーゼは諦めて女風呂へと向かったようだ。
「テレーゼ様もしつこいね」
ルイーゼが露天風呂に浸かりながら溜息をつく。
露天風呂は、さすがは高級宿というだけあって豪華で広い造りとなっていた。
六人で岩で囲まれた露天風呂に浸かっても、まだ広さに余裕がある。
周囲は竹垣で覆われていたが、その上から満月と山々の稜線が見えて美しい風景を形作っていた。
隣接する日本庭園風の庭には、獅子脅しもあって定期的に竹の音を鳴り響かせる。
「もしかすると、テレーゼ様は魔力の増加を狙って…」
「ルイーゼ。しっ!」
イーナが慌ててルイーゼの発言を止める。
既に魔力量が限界を迎えていたはずの五人の魔力が上がり、しかもその原因が俺との夜の生活かもしれないという事実は秘密であった。
同じくそういう事をしているアマーリエ義姉さんには元から魔法使いの素養が無かったようで、一切魔力は増えていない。
だが、初級以下ながらも無意識に魔力を行使して槍や戦斧を使っていたイーナとヴィルマは魔力が増えている。
ブランタークさんの予想によると、今までは千人に一人と認識されている魔法使いの数が、数百人に一人になる可能性を秘めているそうだ。
『ただし、伯爵様とした場合な』
修練や器合わせで魔力量の限界を迎えたはずのエリーゼ、ルイーゼ、カタリーナの魔力量も増えている。
もしこれが世間に知れれば、俺の元に大量の女性が押しかけるであろう。
『へへへっ、五十年ぶりの殿方との逢瀬ではあるが、これで魔力も増えるのだからご褒美よの』
『ほんに、楽しみよの』
八十歳超えの老婆魔法使いなどが、俺に抱かれようと押し寄せてくる。
これはもう、完全に悪夢としか思えない。
それでも、まだ女性ならばいい。
『ウッス! 俺の魔力を上げて欲しいっす!』
男が尻を差し出した日には、俺は確実に発狂するであろう。
教会ではタブー視されているが、魔法使いが増える、魔力量が限界を超えて上がるという魅力の前に、儀式扱いして教会が黙認する可能性だってあるのだ。
ルイーゼが口に出そうとしたのをイーナが止めたのは、ナイスタイミングだと思う。
「ルイーゼ。口が軽いわよ。ここには、目と耳があるのだし」
「確かに失言だね」
ミズホ伯国としては、俺達に何かがあると困るのであろう。
『探知』で探ると、周囲には護衛をする人達の反応が見える。
「(もしかすると、『ニンジャ』とかいるのかな?)」
「覗き?」
警備目的でも、もしかすると裸を見られたのでは?
そう感じたヴィルマが身構える。
「大丈夫だよ。ヴィルマ。全員女の人だから」
「良くわかるな……」
『では、クノイチなのか?』という考えよりも、ルイーゼの超探知の方が気になってしまう。
「男性と女性って、微妙に魔力に違いがあるんだよ」
「知っているけど……」
子供の頃に師匠から教わっているが、実際にそれを見分けられる者などほとんど存在しないと教わっていたからだ。
師匠やブランタークさんでも不可能だと言っていた。
二人は一度魔力を覚えた個人の特定は可能だが、初見の魔力だけで、それが男子か女子かを見分ける技はルイーゼだけの特技であった。
「ルイーゼは凄い。今度、教えて」
ヴィルマは素直に感動していた。
「最近、ますます凄くなってきたな」
もはや導師ともタメを張れそうな能力に、俺は驚きを隠せないでいた。
「でも、最近になって魔力が上がってからだよ。同時に、魔力の探知能力が上がったような気がするんだ」
「その気になれば、独自に爵位を得られそうですわね」
カタリーナも、ルイーゼの実力に太鼓判を押す。
「いらない。領地の運営とか面倒そうだし。ボクはヴェルの奥さんのままで、子供達と共に魔闘流を世間に広めるのさ」
「ヴェンデリンさんとルイーゼさんの子供ですか……。私達の魔力が増えた点も合わせてですけど……」
もしかすると、導師のような子供が生まれるかもしれない。
カタリーナは、そんな風に予想したらしい。
「お話を戻しましょうか。素晴らしい露天風呂ですね」
確かに、他人に聞かれると面倒である。
エリーゼの言う通りに、話題を露天風呂の方に戻していた。
「定期的に来たくなるな」
「今度は、ゆっくりと何泊かしたいですね」
そう微笑みながら話しかけてくるエリーゼであったが、さすがはエリーゼ。
その胸は、湯船にドプンと浮いている。
結婚後に一緒に風呂に入った時から気が付いていたが、胸は脂肪なので浮くというわけだ。
「(素晴らしい光景だな)」
カタリーナの胸も浮いているし、イーナとヴィルマの胸はお湯を通して見ると、直接見るのとは違ってオツである。
きっとこれは、嫌な人殺しまでして生き残った俺に対する神様からのご褒美なのであろう。
罪悪感がなくもないが、あまり気にしているとこの世界では生き残れない。
そう割り切る事にしたのだ。
「ぶぅーーー! ボクの胸はこれはこれで個性なんだぁーーー!」
一番胸が無いルイーゼが俺の背中に飛びついてくる。
さすがに十二歳時から成長はしていたが、やはりルイーゼの胸はAカップであった。
「そうだな。個性だな。俺は好きだよ。ルイーゼの胸」
背中にルイーゼの微乳を感じながら、スケベ親父のような事を言ってみる。
中身の年齢から考えると、そうおかしくないのだが。
「そうでしょう。ボクの胸は希少価値なんだよ。それに誰とは言わないけど、ボクは嫁き遅れてないしね」
「おいおい……」
誰の事かと言われれば、勿論二十歳で未だ独身なあの人の事であろう。
「ほう。誰が嫁き遅れなのか? 是非とも妾に教えて欲しいものじゃな」
しかし、ルイーゼもなかなかに意地が悪い。
俺にちょっかいをかけてくるテレーゼにわざと嫌味を言うのだから。
ルイーゼの実力から考えて、すぐ近くまでテレーゼが来ている事に気が付かないはずはないのだから。
「(おいおい。ルイーゼ)」
「(女性の気配には気が付いたんだけど、テレーゼ様とは思わなかったよ)」
「(嘘つけ)」
などど言い訳をしているが、間違いなく嘘であろう。
彼女は、もうとっくにテレーゼの魔力を覚えているはずだからだ。
「あの……。テレーゼ様?」
「安心せい。初心なヴェンデリンのために、湯着を着てきたぞえ」
さすがは観光地の温泉、他人と裸で風呂に入る風習が観光客のために湯着まで準備しているらしい。
テレーゼは白い湯着姿であった。
「共に命をかけて戦う戦友同士になるのでな。こういう付き合いも必要であろう?」
そう言いながら湯船に入るが、元々湯着は薄くて体のラインが出やすい上に、お湯でテレーゼの体に張り付いて乳首などが透けていた。
俺は慌ててテレーゼから視線を逸らす。
「テレーゼ様。高貴な身分の女性がはしたないと思いますが」
「エリーゼ殿は裸ではないか」
「夫婦が一緒にお風呂に入って何か不都合が?」
「無いの。早く子が出来るかもしれぬの」
エリーゼからの攻撃を、テレーゼは前と同じようにのらりくらりとかわしていた。
さすがは、選帝侯で皇帝候補である。
「妾はふと思うたのじゃが、妾がヴェンデリンと結婚すれば、このエリーゼ殿との不毛な言い争いは消えるの。それなれば、平和じゃな」
「いや、俺の立場と胃袋が常に戦時に曝されます」
間違いなく、両国から要注意人物にされてしまう。
それだけはごめん被りたかった。
魅力的な女性ではあるが、年上属性はアマーリエ義姉さんがいるのでもう必要ないのだ。
「テレーゼ様は、これから集める貴族達に餌を与えないといけないでしょうに」
イーナの言う通りである。
新皇帝アーカート十七世と他の選帝侯の生存を確認できない以上、反逆者ニュルンベルク公爵を倒そうとしているテレーゼこそが次期皇帝候補の最有力者なのだから。
「妾の婿になれるかもと言って仲間を集める。常套手段なので勿論使わせて貰うがの。じゃが、必ず誰かを婿にするという保障も無いの」
「では、テレーゼ様は独身を貫くのですか?」
「女帝の夫君は、扱いが面倒での」
帝国でも男尊女卑の気が強く、下手をすると女帝による統治の邪魔にしかならない。
今までにも女帝は候補にはなったが、実際に即位した例はゼロであった。
必ずこの問題で躓くので、皇帝選挙で勝てないのだそうだ。
「外戚の扱いも面倒じゃ。だからの」
俺の隣で湯に浸かっていたテレーゼは、俺の腕にしがみ付いてくる。
二の腕に感じる豊満な胸の感触が素晴らしい。
ではなくて、これは拙いと思ってしまう。
「たまに妾に子種を提供するだけで良いぞ。ただそれだけでは色気も無いので、夫婦の時間も楽しもうではないか」
「いや、それは……」
「いい加減にしてください! ヴェンデリン様が困っているではありませんか!」
怒ったエリーゼが俺をこちらに引き寄せ、テレーゼは俺と引き離されてしまう。
今度は、エリーゼの胸の感触が二の腕に当たってくる。
「困っておるのかは、ヴェンデリン自身が決める事じゃの。のう、ヴェンデリンよ」
ここで怒って傭兵としての仕事を放棄しても良いのだが、次第にニュルンベルク公爵の危険な思想が公になってくると、彼に勝たせるわけにはいかなくなった。
フィリップ公爵領とミズホ伯国を滅ぼした帝国が、ニュルンベルク公爵の下で一つに纏まり、王国に敵対してくる可能性が高いからだ。
下手をすると国内を纏めるために、わざと準戦時状態に持っていく可能性もある。
内戦で疲弊して増えた民衆や貴族からの不満を敵を作ってそちらに向けるのは、どの世界やどの国でもたまに行う行為であった。
それで常時増員した戦力を国境際に張り付けるとなると、王国全体の経済や未開地の開発状況に影響が出るであろう。
王国貴族としての俺は、テレーゼに勝って貰わなければいけないのだ。
彼女はそれを見通しているだけでなく、もし自分が皇帝になった場合の支持基盤の強化にも乗り出している。
外戚の専横を防ぐために、あえて外国貴族である俺の子を産もうとしている。
もしその子が次の皇帝になってもならなくても、帝国に親王国派という派閥の源流が生まれるわけだ。
彼女はそれを利用して、自分の子孫を守ろうとしているのかもしれない。
「ヴェンデリンが望めば、この湯着を脱いでも構わぬぞえ」
「いえ。いいですから!」
テレーゼの誘惑に、それをけん制するエリーゼ達にと。
そのせいで俺はあまり露天風呂を楽しめず、揚句に長湯だけして逆上せかけてしまうのであった。
「人がえらい目に遭っているのだから、助けてくださいよ」
風呂上りに、ブランタークさんと導師に助けてくれなかった文句を言う。
「伯爵様は誘惑に負けないと思っているのさ」
それもあるが、ブランタークさんとしては十年前に出会った可愛いテレーゼに強く言う事が出来ないのであろう。
年齢的に考えても、娘のように思えてしまうのかもしれない。
「某としては、どちらになってもあまり結果が変わらないような」
フィリップ公爵家に俺の血が入れば、建国以来初の王国による血の侵略に成功した。
大げさではあるが、貴族とはそういう風に考える生き物であるらしい。
「中央の役人貴族共は、前例が無ければ『前例が無い』と断るのであるが、前例が出来てしまえば『前例がある』で物事を進めるのである!」
テレーゼは、クーデター前に進めていた両国間の交易と人の出入りを増やす政策を進めるはず。
ニュルンベルク公爵に勝利しても内戦で国内が疲弊するので、交易の増大によってそれを補うはずだ。
民衆や貴族は一部を除けば、そこまで右左の政治思想に拘らない。
交易によって少しでも金回りが良くなれば、新政権成立後の夢から醒めた彼らを繋ぎとめられるかもしれないのだから。
もっとも、それで職や利権を奪われて国粋主義に走る者が出るのも政治の世界というやつなのだが。
「貴族からしても、娘の嫁ぎ先や息子の婿入りの選択肢が増えるのは悪くないのである!」
両国の貴族の血が混じった子が増えれば、それも戦争の抑止力になるかもしれない。
侵略の理由にするのも人間という生き物であったが、そういうのは後世の貴族に任せるしかないであろう。
「だからって、人を見捨てないでくださいよ」
「ただなぁ。彼女の誘惑をかわすのは意外と簡単なんだぜ」
「是非に聞いておきましょう」
俺は、ブランタークさんの忠告に耳を向ける。
すると、彼は予想外の事を口にするのであった。
「なるほど。そういう手があったか」
「そういう手って?」
オヤジ二人との話を終えて部屋に戻る。
俺達に割り振られている部屋は、六人でも余裕で寝られる広い和室で、この宿では最高級の部屋だそうだ。
大物商人や貴族が、複数の妻や愛人を連れて楽しむための部屋らしい。
どうやら俺は、ミズホ上級伯爵にとって上客だと思われているようだ。
「テレーゼの誘惑をかわす手だ」
「それはいいわね」
早速イーナが飛びついてきた。
彼女も、『諦めない女』テレーゼに辟易していたのであろう。
「それで、どんな手なの?」
「こういう手です」
俺は素早くイーナの浴衣の帯を引っ張って取る。
時代劇のように回転はしないし、イーナも『あ~れ~』とは言わなかったが、浴衣の前の部分が全部開いて前の部分がほとんど丸出しになってしまう。
見えそうで見えない胸が、大変に素晴らしいアングルだと思える。
「ちょっと! ヴェル」
「答えは、全員で夜の時間を楽しむでした!」
二十歳で肉感的な色気の漂うテレーゼであったが、彼女には欠点があった。
未経験の処女なので、そういう現場に堂々と自分も混ざるほど経験と度胸があるはずがない。
だから、彼女が夜に忍び込んで来るのを防ぐには、毎日嫁達の相手をしていろ。
この手の事に経験豊富そうな、ブランタークさんらしいアイデアであった。
「この部屋は、そういう事に都合がいい」
ベットではなく、畳に布団なので布団を繋げてしまえばすぐに準備は終わってしまうのだ。
しかも布団で高級品らしく、恐ろしいほどにフカフカで軽かった。
「ボクは良いアイデアだと思うな」
「だろう? えいっ!」
「あれぇーーー!」
すぐに賛同して俺の傍にきたルイーゼの浴衣の帯を取るとノリが良い彼女はクルクルと回りながらお決まりの声をあげていた。
「それ何?」
「ミズホ式では、こういうシチュエーションもあるんだって」
「なるほど。ヴェル様」
「えいっ!」
「あれぇーーー!」
若干低音であったが、ヴィルマの浴衣の帯を解くと、彼女もお決まりの声をあげる。
しかし、ルイーゼはその情報をどこから得たのであろうか?
「にゃはは。面白いね。じゃあ、次はカタリーナね」
「私ですか? 私は恥ずかしいので……」
「駄目駄目。見せ付けて、テレーゼ様をかわすという崇高な目的があるんだから」
「逃げられない」
カタリーナはノリノリのルイーゼとヴィルマに捕まり、俺の前に引き出される。
「ノリ良く行こう! えいっ!」
「あれぇーーー!」
恥ずかしいと言いながらも、カタリーナもテレーゼの露骨な誘惑に含む物があったのであろう。
素直に帯を解かれて、クルクルと回りながらお約束の声をあげていた。
「ところで、これは何なのですか?」
「ええと。悪代官と襲われる若い娘のプレイ」
俺は、田舎のお爺さんと子供の頃に見た時代劇で、悪代官が宴会でお酌をしている若い芸者に襲いかかるシーンの説明をする。
「帯を解かれて、そう都合よくクルクルと回るのですか?」
「このシチュエーションは、ミズホ服でやるのが普通だからなぁ、あとは、帯を解かれたらノリ良く回るのがお約束?」
「奥が深いのですね」
カタリーナは、妙な部分でミズホ文化の奥深さに感心していた。
「しかし、何でルイーゼは知っていたんだ?」
「これを買ったから」
町に書籍などを売っている店があったのだが、その中に浮世絵に似た絵も販売されていて、更にルイーゼは春画に似た未成年お断りの絵を密かに物色していたようだ。
彼女が開いた春画集のページには、お代官プレイの春画が文章付きで描かれていた。
「前にブライヒレーダー辺境伯様から聞いたんだ。男の人って、飽きる生き物だって」
だから、変わったシチュエーションで男性を飽きさせない事が肝要だと教わったそうだ。
「あの人は、何を言うのかと思えば……」
「そうですね。あなたは、私達の他に……おっと。失言でした。伯爵としての義務に一生懸命ではありますが、子供が生まれるまでは頑張っていただきませんと」
少しエリーゼが怖い。
アマーリエ義姉さんとの関係は黙認という形になっていたが、やはりエリーゼからすると面白くないのであろう。
見事に釘を刺されてしまう。
「最後は私ですね」
エリーゼに促されて帯を引っ張ろうとすると、彼女の隣にりもう一人帯を結び直したイーナが現れる。
「ヴェル。さっきはちょっとイマイチだったから、もう一回……」
顔を赤くさせながらお願いをするイーナは、かなり可愛かった。
「了解だ。えいっ!」
「あーーーれーーー!」
間違いなく、第三者から見れば『何が面白いのか?』という状態なのであろうが、俺が楽しくて興奮できれば勝ちなのである。
テレーゼの横槍を防ぐという大義名分もあり、その夜は六人で貴族らしい夜を過ごすのであった。
「うわぁ。凄いなぁ」
「ちょっと、仲居さんが可哀想」
翌朝、一番早く起きた俺とイーナは布団の上の惨状に絶句していた。
屋敷でドミニクを絶望に叩き落した悪夢の出来事を、旅の恥はかき捨てとばかりに繰り返してしまった。
いやはや、『精力回復』魔法とはなかなかに罪深い物である。
「ヴェル。動けない……」
「ヴェル様。エリーゼ様が目を醒まさないから」
ルイーゼとヴィルマに促されて、俺は治癒魔法を自分も含めて全員にかけていく。
「思うに、俺の治癒魔法ってこういう時にしか使っていないな」
普段はエリーゼに任せているし、まず滅多に負傷しないのであまり使う機会が無かったのだ。
「カタリーナ。起きて」
「ふぁい……。この惨状は……」
いつもの事と言えばそれまでであるが、なまじ環境が変わって新鮮味があったために酷い惨状で、カタリーナも絶句してしまう。
「これは、淑女として見逃せませんわ」
宿の仲居が布団を降ろしにきて、ドミニクと同じ状態になるのは明白であった。
カタリーナからすれば、貴族として恥ずかしいと思ってしまう。
「ヴェンデリンさん」
「『洗浄』くらい覚えなよ」
「私、そういう系統の魔法が苦手ですから」
裸のまま、胸を張って自慢気に言う事ではないと思う。
ブランタークさんによると、カタリーナは生活に密着した魔法が苦手であった。
「まあいいけど。エリーゼ。起きて」
「はい……」
治癒魔法をかけてあげながらエリーゼを起こし、布団一式を魔法で『洗浄』してから、朝風呂へと向かう。
部屋を出ると部屋担当の仲居がいたので、一両小判をチップに渡して部屋の片づけを頼んでいた。
ほぼ綺麗にしたので、ドミニクのようにはならないはずだ。
「伯爵様。お盛んだったようだな」
風呂を上がってから、朝食を取るために昨晩宴会をした部屋に入ると、既にブランタークさんが朝食を食べていた。
ミズホ式の朝食は、やはり日本の温泉旅館の物とそう違いが無かった。
ご飯、味噌汁、焼き魚、お浸し、漬物、納豆、焼き海苔など。
どれも懐かしい物ばかりであった。
「(ミズホ伯国。最高!)」
急ぎ、ご飯を茶碗によそって食べ始める。
米は南部でも盛んに食べられていたが、味はこちらの方が格段に良かった。
ミズホ泊国があるアキツ盆地は夏が暑く、冬は寒くて温度差が大きい。
つまり、四季がちゃんとあって、それが米の味を良くしているのだ。
ここは水も綺麗で美味しいので、良い米が採れる条件を整えているのであろう。
「もっと大きな茶碗でよそって欲しいのである!」
俺達とほぼ同時に入ってきた導師は、丼にご飯を山盛りよそってかき込むように食べていた。
相変わらず、凄い食欲であった。
「お盛んにした結果、テレーゼ様は乱入して来なかっただろう?」
ブランタークさんの言う通りであった。
あそこに加わるには相当の覚悟と経験が必要で、テレーゼには前者はあったが後者は無かった。
無念だと思ったのか?
部屋に入って来たが、大人しく俺の隣の席に座ってご飯を食べ始める。
「年下の癖にやってくれるではないか」
「バウマイスター伯爵。ハーレム伝説のスタートですよ」
「言う割には、数は少ないがの」
色気はあるが、未経験のテレーゼが負け惜しみのように言う。
それと、テレーゼの言う通りに貴族の妻が五人いるくらいだとハーレム扱いされないのも事実であった。
少なくとも二桁は揃えないと言われないと聞いている。
「五人もいれば十分でしょうに」
「ヴェンデリンほどの身代ならば、最低でももう五人は必要じゃの」
「その時は、王国で探しますから」
「そなた。案外、意地悪じゃの」
朝食後、出発の準備を終えた俺達は再び馬車でフィリップ公爵領を目指す。
「フィリップ公爵殿。バウマイスター伯爵殿。兵を整えて待っておるぞ」
ミズホ上級伯爵の見送りを受けて、馬車は北へと走っていく。
アキツ盆地の北方にある山道を抜ければすぐにフィリップ公爵領に入れる。
地理的に考えても、もうニュルンベルク公爵からの追撃は無いはずだ。
「ここでも駄目か……」
『飛翔』魔法で少しだけ宙に浮こうとするが、頭に激痛が走ってすぐに中止する羽目になる。
この北方にまで効果があるとなると、帝国全土はほぼ妨害装置の影響下にあるといって良いであろう。
下手にバルデッシュで稼動中の装置を解析・量産でもされたら目も当てられない。
これは、意地でも破壊するしかなかった。
「しかし、ニュルンベルク公爵はどうやってその装置を手に入れたのかの?」
「未発見の遺跡でしょうね」
俺達だって見つけられたのだから、帝国側でも見つけられないはずがない。
古代魔法文明は、大陸全土で栄えていたのだから。
「戦争になるの。人が沢山死ぬ」
「はい」
嫌な事ではあるが、ここでニュルンベルク公爵を討たなければ戦火が王国にも広がる可能性があった。
だから、俺は人を殺す戦争へと参加する事を決意したのだ。
「フィリップ公爵の地位は重たいの……」
そう言いながら俺の肩に身を預けるテレーゼに俺は何も言えなかった。
正面にいるエッボは何か言いたそうであったが、さすがに邪魔をするとテレーゼの不興を買うと思っているのであろう。
静かに俺を睨んでいた。
彼は、テレーゼが第一の忠犬君なのだ。
「頼り甲斐のある殿方がいると、妾の負担も少ないのじゃがな」
憂いの表情を浮かべながら俺の肩にのしかかってくるテレーゼは色っぽかったが、やはりすぐに現実へと引き戻される。
俺が、反対側の隣に座るエリーゼに引き寄せられてしまったからだ。
「エリーゼ殿。酷いではないか。ここは、重責に苦しむ妾が憂いを見せてヴェンデリンの気を引く大切なところであるのに」
「そういう露骨な部分が信用できないのです。その前に、ヴェンデリン様は私達の物ですから」
エリーゼがそう言うのと同時に、俺とテレーゼの間にルイーゼが割り込み、ヴィルマが俺の膝の上に座る。
更に、俺の後方に座っていたイーナとカタリーナが背中の部分もガッチリとガードしていた。
「テレーゼ様は、同国の貴族様からご自由にお選びください」
「泥棒猫は感心しないね」
「年齢的に釣り合いが取れない」
「人様の物に手を出すのは感心いたしませんわ」
テレーゼが現れてから、エリーゼ達のガードは余計に固くなっていた。
微小でも魔法使いとしての素養があって俺に抱かれると魔力が増える可能性があるという秘密もあるので、余計に女性を近付けたくないのであろう。
「ガードが固いの。こうなれば、作戦の話があると偽って……」
「ご一緒にお供させていただきますわ。従軍神官として」
エリーゼにピシャリと釘を刺され、テレーゼは残念そうな表情を浮かべる。
この様子を見ていたエッボは、ホっとしたような顔をしていたが。
「(しかし、人がこんな目に遭っているのに……)」
ブランタークさんは御者席で警戒に当たっていたし、導師は朝風呂と大量の食事が原因のようでまた目を開けながらイビキをかいて寝ていたし、エルなどはあろう事かハルカと話をしながら楽しそうにしていた。
「(文句は言えないが、何か理不尽だな……)」
テレーゼの家臣達と交代で馬車の窓から周囲の警戒を続けていて、規定の休み時間に入っているだけなので何も問題はなかったからだ。
「南にある魔の森ですか。一度行ってみたいですね」
「この戦争が終わったら招待しますよ。あそこには、南国の果物が沢山ありまして」
「私。甘い物が大好きなんです」
「チョコレートの材料も取れますし」
「『ちょこれーと』というお菓子は、食料品屋の小父さんから噂だけ聞いています」
「少しさしあげますよ」
「本当ですか! ありがとうございます」
「(あれ? 物凄く上手くいってないか? エルって)」
テレーゼとエリーゼ達の対立が続くなか、馬車は半日ほどで無事にフィリップ公爵領へと到着するのであった。
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