(阿川)おはようございます。
阿川佐和子です。
ええ〜今日のゲストは今や世界中に足跡を残していらっしゃるらしい方です。
建築家の安藤忠雄さんにおいでいただいております。
(拍手)どうもこんにちは。
お久しぶりでございます。
なんか中国に最近ちょくちょくいらっしゃってるという…。
割とよく行きますよ。
何を建てようとしてるんですか?上海にオペラハウス…。
オペラハウス!?ホテルと。
でそれから北京で美術館とホテルとか。
中国ではどんな建築にしようかなとかいうコンセプトは…。
例えば日本でできないことでも中国でできることがあるじゃないですか。
まあ日本ではすごくきっちり狭くしてある所が随分大胆に造らせてくれると。
なるほど。
(安藤)大胆にやろうと。
で断られたら断られた時の問題だと思って大胆にやって…。
先にドカンと出すわけですね。
出してこれができるのかなと思っていたら出来ていくのにびっくりしてますけどね。
あっそうなんですか。
さて椅子を選んでいただくという行事がございますがどちらにしましょうか?
(安藤)まああの…私が設計した椅子も2つあります。
あっもう分かっちゃってますか?
(安藤)あとはいろいろありますけれども…。
見てお分かりなんですね。
(安藤)はい。
私はコルビジェの椅子がいいかなと思います。
ご自分のじゃなくて?ご自分のは?
(安藤)まあまだこれからでしょ。
ああ〜これから?あははっ。
(スタッフ)あははっ!
(ナレーション)今日のゲストは…。
卒業後は大学に進学せずまったく独学で建築を学び資格を取ったという異色の経歴の持ち主。
安藤建築の特徴。
それは今までの常識を打ち破る斬新なデザイン。
このスタイリッシュな建物実は幼稚園なのです。
こちらの美術館はコンクリートの建物をガラスで包みました。
そしてもう一つの特徴は建築と自然の光との調和。
こちらの教会は壁に十字のスリットを入れ外からの光で十字架を演出。
香川県直島にある「地中美術館」はその名のとおりすべての展示室を地中に造りました。
地中にありながら光を取り入れる仕組みを随所に設け自然光で作品を鑑賞できるようにしたのです。
そんな安藤さんの作品は世界で評価され建築界のノーベル賞といわれるプリツカー賞を受賞。
また2020年東京オリンピックのメインスタジアムとなる新国立競技場のデザイン・コンクールでは審査委員長を務めました。
今日は建築界の異端児と呼ばれる安藤さんが仕事の流儀を語ります。
では早速ですけれども安藤さんの記憶の中で今でもきらめいている一曲を選んでいただいてると思いますがなんでしょうか?あの〜「テイク・ファイブ」っていうモダンジャズの。
はい。
いつごろお聴きになったんですか?1960年ぐらいに…。
じゃあ高校を卒業…。
(安藤)卒業したぐらいですね。
卒業したぐらいの頃。
当時建築家になりたいと思ってたんですけれども大学にいけてないし建築の専門学校にもいけてないけれどもどうしようかと思ってウロウロしている頃にそれを聴いていてなんかすごい明るい感じがしてねこれはもうアメリカですからねああ〜いいなぁと思ったのと自分の人生の暗いのとがうまく重なった。
おお〜。
じゃあ全然違う未知の世界の新しさとか明るさが感じられたっていうのがこの「テイク・ファイブ」…。
そうです。
じゃあお聴きいただきましょう。
でも今聴いても斬新ですよね。
日本の音楽とまったく違うじゃないですか。
非常に自由っていうのかな?聞くところによると最初高校時代にはボクサーになろうと思ってらしたと?
(安藤)うんそうそう。
ボクサーになろうと思ったそもそもは何なんですか?体力とケンカには自信があったのとケンカしてお金をもらえると。
やってやると。
10回ぐらい試合しましたかね。
それでどこで早くも見切りをつけちゃったんですか?これはねファイティング原田っていう有名なチャンピオンがいるじゃないですか。
彼が練習に来たのを見て到底駄目だと。
だってまだ新人だから…。
だけどね全然違うんですよ。
やっぱり仕事をする時も人と出会う時も見切りが大事じゃないですか。
ですぐに諦めて。
で次に何になるかなって思った時に建築って思いついたのがまた…。
(安藤)それはねもう一つ前に中学2年生の時に大工さんの働く姿を見て一心不乱に働いてると昼飯も食わないと。
こんなに一生懸命働く姿を見て大工の仕事はおもしろいんだろうと思って建築家になりたいと思ってたんですけれども家庭の経済的な理由でどうも大学は難しいなと思いましてならば自分で勉強してやると。
そこですよね。
そのためには本を読むしかない。
で大学生になると4年間で読まなければならない本を1年間で読むと決めて。
そういうことをご自分で決めたんですか?誰かのアドバイスとか相談するとか。
周りは下町ですから文化的なヤツはいない。
いない?
(安藤)話を聞く人もいないから自分で決めなしかたがない。
そしてその現物を見ると。
でそういうふうにしていきながらスタートしていくわけですけどもいちばんつらかったのは同級生がいないじゃないですか建築の話をするヤツがいない。
自分と自分で自問自答しないかんわけです。
この建築は…ってまた自分で答えとるわけですよ。
これがいちばんつらかったですね。
そして建築を見に行くうちにねだんだんと建築が分かってきたような気持ちになる。
何が分かってきたんですか?建築がおもしろいなっていうのが分かる。
東大寺見たらこんな大きなスケールのものを造った人たちが鎌倉時代にいると思ってワクワクするわけ。
そうかみんな建築大学出てないのにね。
(安藤)うん。
朝から晩までその建物の下にいるわけですよ。
見てるんですか?こう。
2〜3回目に行くと坊主が出てきてですね「何をしてるんだ?」と。
これは強盗に入るんじゃないかと思ったんでしょうね。
怪しい男に思われて。
でそのうちに3〜4回になってくると「いやふだんは見せない所だけれどもどうぞ」と。
でまたよそでもそのやり方でやるとまあ2〜3回目にはこれは熱心だと。
だから熱意というものが必要だということはその時に思いましたね。
熱意は必ず伝わると。
1回だけでなんでも言うこと聞くようにしても駄目だと。
(安藤)うん。
徐々に自分の熱意を伝えていくということを体で覚えたわけですね。
(西島)今日僕はパナソニックの工場を訪ねた。
「なぜ?」と問われれば「好奇心」としか答えようがない。
生まれて初めての工場体験。
それは「なぜ?」の連続だった。
なぜマイナス25度の部屋があるのか?なぜこんなに高い場所で作業しているのか?なぜ洗濯機のデザインで高齢者の姿にならなければならないのか?「なぜ?」僕は技術者に聞いた。
彼は少し戸惑ったがやがてハッキリと答えた。
「お客さまにとって使いやすいものをつくるためですよ」とても当たり前の答えだった。
でもその当たり前の想いがこの工場を支えていた。
お客さまにとって、いい家電ってなんだろう?彼らは今日もまたその答えを探し続けている。
建築家安藤忠雄さんはこれまで独創的な建物を数多く造ってきました。
その原点となったのが1976年の個人住宅この家はもともと3軒つながっていた長屋の真ん中を壊して新たに建てたもの。
この奥行きがある家の中では居住スペースを分断し真ん中に屋根がない中庭を設けたのです。
一見不便そうなこの住宅には安藤さんの特別な思いがあるそうです。
0から建てるんだなと思って行ってみたら長屋が建っている。
この長屋をカットして造ると。
真ん中に1軒1世帯の建物を造ってくれっていう注文だったんですね。
それで?長屋を真ん中でカットしますと隣が倒れてくるんですよ。
ああ〜…。
長屋って連続してますから基礎も梁も連続してるからこう切るとこう倒れてくる。
はい。
両隣の人が「倒れてきませんかね?」と言われまして「いや大丈夫だ。
倒れた時は倒れた時ですから」って言うてましたけどね。
ひど〜い。
あははっ!いや若かったから。
倒れてきそうだったんですか?倒れてきましたちょっとぐらいは。
倒れてきたんですか!?そりゃあ梁を切って基礎を切るんですから倒れないはずはないんですけどもでまあ切って造っていったんですけども真ん中に中庭があって両サイドに居間と台所があると。
2階にベッドルームが2つあると。
さあお風呂に入ろうっていうと…。
居間から台所に行こうと思ったら中庭を通らないと…。
ベッドルームから台所に行こうと思ったら中庭を通らないかん。
必ず中庭を通っていかないかんのですよ。
うんそうそう。
つまり天井のない所を通らなきゃいけないんでしょ?外を通らないかん。
どしゃ降りの雨の時はどうするんですか?傘差して行く。
でただ真ん中の中庭から入ってくる光と風だけでいくと。
クライアントが「暖房どうしますか?」と「暖房はない」と。
「寒かったらどうするんや?」って言うから「まあ1枚シャツを着る」と。
「着る」じゃなくて…。
もうちょっと寒かったらもう一枚着ると。
「住めますか?自分で考えてください」と。
やっぱり自分で考えるという家なんですね。
評判悪かったですよこれは。
ふふふっ。
そんなに評判の悪いのを建ててボンボン文句言われて…。
今でこそね本当の究極のエコハウスだと。
冷房も暖房も電気もなかってもいいから。
先取りが早すぎた。
なんですけどもその当時はものすごい評判悪かった。
じゃあ今でも最初に注文なさった…。
住んでおられますよ。
住んでらっしゃるということは…。
もう70いくつかな。
もうこの家嫌だ引っ越そうなんていうことはなかったってこと…。
なかったですね。
で私は冬はあんまりそこへお邪魔しない方がいいと。
文句言われるからね「寒い寒い」って。
だから行かないと。
夏は?夏は快適です。
中庭ありますから。
それでだって安藤忠雄という建築家が注目されるようになったんですもんね。
うんそうですね。
ひどい建物を造るっていう。
変わったヤツがいるなと。
私こないだ聞いたのは三鷹かなんかにあるちょっと変わったマンションでものすごく住みにくそうなんですって。
だけどもなんでも住みやすいとか使いやすいとか入りやすいとか居心地がいいっていう所に住むと人間怠けると。
そうでしょうね。
住みやすいだけでいいかと合理的だけでいいかと考えてみたら少しなんかちょっと余裕のある方がいいんじゃないかと私は思ってるんですけど魅力的な場所があってもいい…だいたいそういう場所があると使いにくくなる。
なるほど。
語り:ネイマールJr.
(子ども)ネイマール!
(カーAVから音楽)
(スタジアムの歓声)
(西島)なんでこんな高い所にいるんだろう?その日僕は冷蔵庫の製造ラインを訪ねた。
その作業は僕のずっと頭上で行われていた。
冷蔵庫の心臓部はコンプレッサー。
そのコンプレッサーは冷蔵庫の誕生以来ずっとその足元の部分にあった。
しかしその足元の部分のスペースは無駄になる。
だから女性の手の届かない頭の部分にコンプレッサーを移動すれば下のスペースが広く使える。
トップユニット冷蔵庫はそんなコロンブスの卵のような発想から生まれた。
それが高い作業現場の理由だった。
だから実現した100%全開のワンダフルオープン。
お客さまにとっていい冷蔵庫ってなんだろう?彼らは今日もまたその答えを探し続けている。
今最近どんどんどんどんこう安藤さんの中でも建物に対するコンセプトって変わってきていますか?できるだけこのいわゆる空調を使わないでおきたい冷暖房もなしでいきたいもうちょっと魅力的な場所を造りたいっていうのはあんまり変わらないですよ。
これはね伊東の幼稚園ですけどこれはねものすごく広い縁側がありまして。
いいでしょ?でこれは縁側で授業をすると。
走り回るのも縁側ですると。
(阿川・スタジオ)あっそっか仕切りがないからもう桜組と梅組と全部ごちゃ混ぜになっちゃうっていう。
だから自然と一体となって授業をするという。
要するに季節とかそういうもので外の風や光や匂いを感じられる子供に…。
(安藤)なると。
そして有名な安田侃っていう人の彫刻なんですね。
この彫刻ね1億円ぐらいするんですよ。
うわぁ〜!彫刻は初めきれいに置いといてもらおうと思ったんですけどもそのうちに子供たちが自由に上に乗る台にする滑り台にするおもしろいですよ。
まさか上に乗ると思わなかったもん。
ほう〜。
あっそう?じゃあ置いてみたらそういう結果が出たわけですか。
それをご覧になって…。
初め先生方はストップストップと言ってたみたいですけどもそのうちにストップできなくなって自由にやってます。
大事なものだから触るなっていうんじゃないんですね。
大事なものだから触れと。
「触れ」と。
うん。
で削りたい人はちょっとぐらい削ってもいいよと。
大理石ですからね。
うん。
だから子供たちの心の中にしっかりその彫刻が残っていくと思うんですよ。
そこに住んでる人とか使う人が…。
心の中に残ると。
つくっていく思い出を。
思い出をつくっていくと。
まあ彫刻っておっしゃいましたけどあれは直島?直島のあの〜島全体がもう美術館みたいな建築をなさって。
これは上空から見た…。
(安藤)これね美術館ですけども非常に行きにくいとこなんです。
岡山から船で20分。
こんなとこに美術館造って。
クライアントの福武さんっていう人はここに必ず人が来ると。
世界中からやってくると。
海の上に浮いた楽園をつくると。
で私見に行ったんですよ。
「福武さん駄目だ」と。
「こんなもん船乗ってくの誰が行くんだ」と。
彼は情熱的で必ず思いがあった…。
人は来ると?「来る」と。
来るか?と。
私は来ないというので断ってたんですけど彼の情熱に負けてやりはじめたんですが初めのうちね1万5千人ぐらいだったんですが10万人ぐらい来だしたんです5年ぐらいたったら。
人間って変わるもんで初め島の人たちも外からいっぱい人が来るのを嫌がってた。
ふ〜ん。
来だすとねだんだん人間欲が出るんですね「うちもうどん屋しようか」とかね「うちも喫茶店する」とかね「うちも民宿する」とか言いだしてね。
自然に活性化されていったと。
で自然にみんな島の人たち元気になって今年間45万人来るんですよ。
へえ〜。
それはやっぱり福武さんの情熱ですね。
結果ですか。
それでこの美術館のコンセプトはどういうとこにあるんですか?
(安藤)これはやっぱり海を見て島を見て自然の大切さを分かれば海を大切にするだろうと。
あの…地元直島の自然の森とか景観をあまり壊さないように造るというのが…。
(安藤)だから景観を壊さないためにもう美術館は全部地下にしましょうと。
階段をずっと下りてって…。
(安藤)中にあるんです。
でも真っ暗ではないと。
(安藤)うん。
あちこちから光入ってくるでしょ地中美術館っていうのは。
だから名前もなかなかよかったですね地中…地下の…。
「地中美術館」。
(安藤)どういうとこかなと思ってで直島行くじゃないですか。
もう島全体が美術館になってるでしょ。
それを歩きながらですよ海を見てきれいやなと。
森を見てきれいやなと。
で現代美術を見て分からないなと。
おもしろいじゃないですか。
ああ〜そうか。
じゃあ安藤さんは斬新な材料と斬新な形で主張したいっていう方だっていうイメージがあったんですけどもほんとは自然をなるべく取り込むっていうことが安藤さんの大原点にあるっていうことですか?やっぱり建築はまあ機能もいるんですけどもやっぱり魅力の方が大事なんではないかと。
機能より魅力。
うん。
引き付ける力みたいなもの。
長い間生き残れる建築というのはだいたい機能のないものですね。
機能のあるものはどんどん消えていくじゃないですか。
ほうほうほう…。
(安藤)そして人が集まる場所を造ると。
人を引っ張り寄せる力のあるものを造らないかんと。
用事があるっていうだけじゃなくてリピーターになりたくなる魅力があるっていう。
そうですね。
ほう〜。
今安藤さんは冒頭でも申し上げたけれども海外にたくさん建築物のプロジェクトが。
もちろん安藤さんのお名前が高くなったっていうのもあるだろうけれどもどうしてそう外国に出ていくようになったっていうのはあるんですか?いちばん最初にね1981年にフランスから展覧会をしてくれと言われたんですよ。
あのコンクリート打ちっ放しの何もない無機質な所に住んでる日本人が禅の空間のようにすごいと。
住吉の長屋のことを見て?以外もいくつかあったんで。
それも含めて自然とともに生きてきた民族の環境に対する考え方を知りたいという人もいるんです。
建築から見る日本人の自然との…。
(安藤)関わり方。
哲学的なものを。
それを知りたい。
それも含めて今地球の中ですべてこう環境に対する意識が高くなってるじゃないですか。
日本人っていうのはそこに価値があると思うんですよ。
えっ違うんですか?今の外国の建築物と日本人の建築物の根本的な違いってなんですか?まあ西洋の建築は全部レンガが石で積んであるから自然と完全にシャットアウトじゃないですか。
日本の場合は外部と内部がこういうふうにして一体になってるじゃないですか。
ああそうか。
溶け込んじゃうんですねその環境と。
一緒になるっていうかこうどっちが偉いっていうようなかたちの建て方はしないと。
うん。
へえ〜。
で今度東京オリンピックが開催されることになって安藤さんはその新国立競技場の…。
審査員。
コンクールの審査員。
もう決まったんですか?私が一人で決めたわけじゃないですよ。
みんなで審査員で決めたと。
ザハ・ハディドっていうロンドンにいる女性なんですけども。
(阿川・スタジオ)何がよかったんですか。
(安藤・スタジオ)この形が非常に流線型の新しい時代を切り開いてくれるのではないかという元気のない日本に対して元気のいい建築でいいじゃないかと言う人もいたりこの形態が非常に新しいと言う人もいたりこれがいいと言う人たちが選んだわけですよ。
でもあれだけのスタジアムが出来ると…私あそこら辺の小学校にいってたもんですから友達がみんな心配してるんですけれども。
結構森とかあるでしょ?それとは…。
ああいうのが潰される。
それはないですよ今の競技場の中ですから。
じゃあそんなにいろんなものをぶっ壊したり取り壊したりっていうことは…。
ない。
ただ大きいですよね確かに。
うん。
今ある競技場じゃ6万人で足りないんですか?足りない。
8万人っていうのは決まってるんですよ。
これはオリンピックで決まってるんです。
へえ〜!じゃあ今から育とうとしている建築家の卵については?今の人はね人としゃべるのが嫌い。
うちの事務所電話の音以外は何もないですよ。
正直もうひと言もしゃべりませんよ。
えっそんなに静かな事務所なの?もうじっとして全然音しませんよ。
安藤さんの怒声が聞こえるとか?それだけ。
それはもう私がおる時は大きな声でしゃべっとるから「なんやこれ!」言うて。
だからよく外から電話かけてる人は私がいるかいないかすぐ分かるらしいわ。
あははっ!今日はいないなってすぐ分かる。
声が聞こえないから?あとの皆さんは静かなんですか?もうまったくしゃべりません。
若い人?うんコンピューターとしゃべってますね。
やりにくくないんですか?やりにくいっていうかまあ違う人間がいるなと思ってます。
昼の食事も全部1人で出ていきますよ。
えっ…。
コンピューター持って出ていくんですよ。
「昼の食事ぐらい人と話しながら飯食わんのか」とこう言ったら「昼の時間まで人の顔は見たくありません」って言うて出ていくんです。
気持ち悪い事務所ですよ。
(一同)あははっ!でもそこで新しいアイディアが生まれていくんだろうなぁ。
どうかな〜。
闘争心ないですから今の若い子。
いちばん人間が生きていくのに大事なのは勇気と闘争心ですよ。
これ全部ない。
ないの?ないような気がする。
そう若者に説教なさっても?「もっと情熱的にやれ!」と言うんですよいつもほんとに。
「なるほど。
そういうことも考えられますね」言うてすぐ出ていきよる。
ええ〜!じゃあ安藤さんの世代の建築家がいなくなっちゃったら今度は全然違うものが出来ていく可能性が…。
そうですよ。
また違う世界が出来るんでしょまた。
だから我々のやつがいいわけじゃなし次のやつが悪いわけでもなしにまた新しい世界が出てくるんだと思います。
ふ〜ん。
(安藤)そのためには今の若い子はやっぱりしっかりと目標をつくってほしいと。
ビジョンを持ってほしいと。
例えば自分はなんのために医者になると。
俺は金もうけするために医者になる。
これまずいじゃないですか。
人の命を俺に任せてくれと。
この医者がおってよかったと思えるような医者になりたいと…いるじゃないですか。
こないだ東北に行きましたら東北の子供が言ってました中学生ぐらいだと思うんですが「俺はあの海を見て一流の漁師になりたい」って。
すごいのもいるなと思いましたよその時。
感動しましたよ。
ほう〜。
この思いの強さは必ず何か役に立つだろうと思いましたね。
じゃあ若者にそんなに悲観するということも…。
だからビジョンのある若者もいるんですよ。
まあ確かに今東北の被災地はそれこそもう一度町づくりをしなきゃいけない…。
うん難しいですよ。
まあ一つずつの建築をみんなで造っていかざるをえないでしょうこつこつと。
まあ時間かかると思います。
だけど諦めずにやれば光は見えてくるだろうと思ってます。
なるほど。
それでは最後に今安藤さんの心に響く曲はなんでしょう?ナット・キング・コールの「スターダスト」っていうのがいいなと。
ちょっとボ〜っとこういうね感じします。
やっぱりあの時代のアメリカのジャズが…。
アメリカがいちばんまあ輝いてたのかなと思ってますけどね。
これを聴いて心を安らかにして。
(安藤)うん…。
やっぱりあの〜声っていうのは芸術ですねもう。
生まれついてこう…。
やっぱり声ほどすばらしい楽器ないですね。
そうですね。
安藤さんご自身は一軒家じゃないんだそうですねマンション住まいだと。
うんそうですね。
自分の家を建てようって思われることはないんですか?実験住宅みたいなもんですから私がやってる家は。
住みにくいでっせ。
あははっ!ちょっと待って。
ええ〜。
だけどそのかわり心に残る場所があるじゃないですか。
事務所は造ってますからね自分で。
そこで十分じゃないかと。
事務所は使いにくいんですか?使いにくいですね。
1階から5階まで吹き抜けてますから。
「お〜い!」言うたら5階から下りてきますよずっと。
(阿川・スタジオ)階段で?
(安藤・スタジオ)階段で。
ねえ。
来る人全部言いますよ。
「使いにくいですね。
安藤さんエレベーターいらないんですか?」って。
エレベーターなんかやってる場合と違うだろと。
格好悪いやろって?ねえ。
それで十分ですよ。
2014/04/26(土) 07:30〜08:00
MBS毎日放送
サワコの朝[字]【建築家・安藤忠雄の型破り人生】
ゲスト・安藤忠雄/建築家▽「もっと情熱的にやれ!」と現代の若者たちに喝!思い入れある音楽とともに、阿川佐和子がゲストの意外な側面や表情を引き出します
詳細情報
番組内容
ゲストは建築家の安藤忠雄。高校在学中にプロボクサーとしてデビュー、卒業と同時に独学で建築を学び、建築士資格を取得したという異色の経緯について語ります。さらに日本建築学会賞を受賞した「住吉の長屋」や「地中美術館」など、代表作からみる“安藤建築”の哲学を阿川が紐解く…「生きていくのに大事なのは『勇気』と『闘争心』」と語る安藤忠雄が現代の若者たちに思うこととは?その情熱の源に迫る30分です。
出演者
【司会】
阿川佐和子
【ゲスト】
安藤忠雄(建築家)
制作
【製作】MBS TBS
【制作協力】TBSビジョン
ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)
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