プレーリー・オイスター、そのまま訳せば「大草原の牡蠣」なんでしょうが、これは俗に「生卵」の意味になるのだそうで。北米方言では「(食用にする)子牛の睾丸」という意味まであるそうですが、ともあれオイスターといえば「海のミルク」と言われるくらい滋養に富むことで有名なものですから、そこにあやかった名前なのでしょう。19世紀末にはすでにその存在を知られていたという由緒正しいカクテルなのですが、この場合のカクテルというのは、飲み物のカクテルというよりは「小エビのカクテル」などのカクテルを連想した方がよいかもしれません。
ともあれ、エドワード・スペンサーが1899年に出したThe Flowing Bowlという本によりますと、このカクテルの起こりはこんな感じだそうな。
昔、海岸から五百マイルも離れたテキサスのプレーリーで三人の男が野宿していたときのこと。熱を出して死の床についていた中の一人が『牡蠣を食いたい』と泣きわめいていたのだそうな。牡蠣さえ食せば回復すると信じていたのでありましょう。残された二人はどうしたものかとさんざん頭を悩ませたのですが、中の一人が手近にあったプレーリー・ヘンと呼ばれるソウゲンライチョウの卵を取ってきて、黄身だけをグラスに取り出し、塩胡椒に酢を少々ふりかけて『おまえの食べたがっていた牡蠣だよ』と言って渡したところ、伏せっていた男は見る見る快方に向かったという。
だから、二日酔いの朝にはこのプレーリー・オイスターを食すのがよろしい――とまでは書かれていないのですが、まあ、かれこれ百年以上もそういう用途に使われてきたのがこのカクテルというわけです。
ちなみに、ターキー・オイスターと銘打って七面鳥の卵を飲ませるのも「スポーツ選手の間では流行した」そうなんですが、卵白は飲まないようにとも言われていたそうで。
ともあれ、時代の変遷とともにケチャップをかけたりウスターソースを加えたり、はたまたブランデーをふりかけたりと、レシピは変わっているのですが、要は単なる生卵ですから日本人なら醤油の一垂らしでもすれば十分でしょう。西洋風にしたかったらソースでもなんでもかけてください。さしものぼくも、二日酔い対策としてこれのお世話になったことはありませんし、お世話になりたいとも思いませんので実験はしません(笑)