宮中晩さん会 天皇陛下のおことば(全文)4月25日 1時55分
この度、アメリカ合衆国大統領バラック・オバマ閣下が、国賓として我が国を御訪問になりましたことを心から歓迎いたします。
ここに今夕を共に過ごしますことを、誠に喜ばしく思います。
まず大統領閣下に、3年前に起こった東日本大震災に際し、米国政府及び多くの米国国民からお見舞いと支援を頂いたことに対する、私どもの深い感謝の気持ちをお伝えしたく思います。
この地震と津波による災害では、死者、行方不明者が2万人以上となり、建物は壊され、美しい海や山に囲まれた町や田畑は、がれきで覆われました。
2万人を超える貴国の軍人が参加した「トモダチ作戦」を始めとし、貴国の多くの人々が被災者のために行った支援活動は、物のない厳しい環境にあった被災者にとり、大きな支えとなりました。
歴史を振り返りますと、貴国と我が国との交流は、我が国に来航したマシュー・ペリー提督と徳川幕府の交渉により、1854年日米和親条約が調印されたことに始まります。
我が国はそれまで200年以上にわたり鎖国政策を行ってきましたが、開国を決意し、欧米の国々より、当時日本にとり未知であった領域分野の学問や技術については、これを鋭意学び、国を発展させることに努めました。
貴国の人々に負うところ、また大なるものがありました。
私が貴国を初めて訪れましたのは、1953年、エリザベス二世女王陛下の戴冠式に参列した機会に、貴国を始めとする欧米諸国を訪れた時のことであります。
1960年、日米修好100年の年には、現在の皇太子を出産して間もない皇后と共に、初めて公式に貴国を訪問し、アイゼンハワー大統領御夫妻主催の晩餐会にお招きいただき、また多くの米国国民と触れ合う機会に恵まれる中、ホノルル、サンフランシスコ、ロサンゼルス、ワシントン、ニューヨーク、シカゴ、シアトル、ポートランドの各地を約2週間をかけて訪問いたしました。
私どもにとり今も忘れられないのは、ニューヨーク訪問の際、貴国政府及びニューヨーク市が大型船によるマンハッタン島巡りを計画し、船上に当時貴国で勉学にいそしむ大勢の日本人留学生を招いてくださったことです。
当時学習意欲にあふれつつも、余裕のない戦後の生活の中でそれを十分に満たせなかった我が国の有為な若者に、更に学ぶ機会を与えてくれた貴国の奨学生制度は、実に有り難いものであったと思います。
その後も国賓としての訪問も含め、貴国を何度か訪れておりますが、その都度貴国民から温かく迎えられたことが心に残っています。
貴国が多様な人々を包容し、民主主義の理想を求め、より良い社会を築こうと常に努力する姿には深い感銘を覚えます。
貴国と我が国の両国民は、先の戦争による痛ましい断絶を乗り越え、緊密な協力関係を築きました。
両国民が来し方を振り返り、互いの理解を一層深め、相携えて進んでいくことを願ってやみません。
両国の友好の象徴となっている桜とハナミズキの季節に行われる大統領閣下のこの度の御滞在が、実り多きものとなりますよう願っております。
ここに杯を挙げて、大統領閣下及び御家族の御健勝と、アメリカ合衆国国民の幸せを祈ります。
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