明日へ−支えあおう− 復興サポート「未来に贈る 子どもの言葉〜福島・双葉郡〜」 2014.04.20

今は誰も暮らす事ができない福島県大熊町。
町では早ければ4年後を目標に一部の地域で人が住める状態を回復させたいとしていますが原発の廃炉や除染など課題が多く現実にはいつ帰れるか分かっていません

先月行われた大熊中学校の卒業式。
子供たちはふるさとから100km離れた仮設校舎で中学校生活を終えました
「あれから3年の月日が流れました。
目を閉じれば私たちを育んでくれたふるさとの姿があります。
私たちは大熊町で育った幸せを忘れる事なく羽ばたいていきます」。
東京電力福島第一原発のある双葉郡大熊町
原発事故が起きた日子供たちはまず地元の避難所に集まりました。
翌日国の避難指示の範囲が10km20kmと広がるにつればらばらになりました。
大熊町では住民のほとんどが暮らしていた中心部が放射線量の高い帰還困難区域になりました。
今の子供たちの次の世代になっても元の生活に戻れるか分かっていません。
小中学校は町役場が避難した会津若松市で再開されました。
再び子供たちが集まってきました
(一同)おはようございます。
しかし原発事故から3年生徒数は減り続けています。
親が新しい勤め先に就くなどして転居する子供が増えています。
大熊町の小中学校に通う子供の数は震災前の以下に減りました
「このままでは子供たちがいなくなる。
危機感を募らせた大熊町を含む双葉郡8町村の教育長は福島大学などの協力を得て原発事故を乗り越えるためのビジョンを打ち立てました。
「双葉郡教育復興ビジョン」。
郡内に中高一貫校を開校。
人間性を重視し心と命を大切にする教育を進め復興の担い手となる人材の育成を目指します
失った双葉郡をこれから自分たちがどう取り戻してどう新しく作り替えていくか。
そういうような子供たちがなってもらうような教育課程をひとつ組む。
子供たちがイコール未来なんですよね。
去年始まった「子供未来会議」。
中高一貫校でどのような授業をすればよいのか子供たちも参加し教育関係者と率直に意見を交わしてきました
自分がやりたいと思うからやっぱり勉強もできるし…。
一緒に頑張ってくれる先生がほしい。
聞くだけじゃね。
黒板椅子机だけじゃなくて他の所にもっともっと授業が広がるようになったらいいのかな。
話し合いの中から見えてきた子供たちが求める教育の姿。
それが「動く授業」でした。
座学だけではなく野外体験などをしながら学びたいという声。
これを総合的な学習の時間を使い今年度から始める事にしました。
今回この番組では現実の双葉郡の学校に先駆けて「動く授業」を行ってみる事にしました
今日は「動く授業」楽しみですね。
どんな授業になさるんですか?やってみないと分からない事ってあるんですがなるべく言葉と体が同時に動いていくような形で外に出たりとか…。
「動く授業」の先生は詩人の和合亮一さんです。
福島市出身の和合さんは高校で国語を教えるかたわら詩人として活動してきました
日本を代表する若手詩人として活躍しています。
震災後はTwitterでその時々の怒りや悲しみふるさとへの思いをつづった「詩の礫」を発信。
全国から注目を集めています
「放射能が降っています。
静かな夜です。
今これを書いている時にまた地鳴りがしました。
揺れました。
息を殺して中腰になって揺れを睨みつけてやりました」。
原発事故で深刻な被害を受けた双葉郡の子供たち。
そのふるさとへの思いを和合さんは言葉にして残したいと考えています
子供たちは心の内側にこの今回の震災からの生活への思いをみんな秘めてると思うんですよ。
今の子供たちが大きくなってお父さんお母さんになった時に自分の子供たちにそしてその子供たちがまた大きくなってお父さんお母さんになった時に更にその子供たちにきちんと伝えていく事のできる言葉それを長い時間がかかるかもしれませんが私は子供たちと一緒に探していきたいなと思っています。
和合さんが「動く授業」の舞台に選んだのは…
郡山市内では放射線量が低く双葉郡のように自然豊かです。
会場は地域伝統の歌舞伎も披露される広い集会所です。
集まったのは双葉郡の小学生から高校生まで22人。
子供たち自身が提案した「動く授業」が始まります
え〜「復興サポート」今日は福島県の双葉郡の小学生中学生の皆さんに集まって頂きました。
今日は「動く授業」というのを始めようと思っているんですがその前に原発事故から3年たった今みんながどんな気持ちでいるのか聞かせてもらいたいなと思っているんです。
小学1年生の時に震災が起きてこっちに避難してきてから親友とか友達が他の市とかに引っ越して少しつらかったけど大熊の頃よりまた新しい友達ができて熊町小の人たちとも仲良くできて楽しい毎日が過ごせています。
やっぱり元の家に帰れないのがすごい悲しいです。
やっぱり前浪江の時に仲良かった友達に会いたいです。
友達とかが避難とかしてて寂しい。
小学校は1/3くらいに人数が減ったんですけどそれでも友達が少しはいるのでまだそれはうれしいかな。
中学校の人数が少しずつ減っているんですが毎日みんなと過ごせて楽しいです。
おうちにはまだ帰れない状態?はい。
帰ったら地震でいろいろグチャグチャなんで片づけとかしたいです。
帰ってみたい?う〜ん…。
でもなんか壊れかけた家とか見るのは地震の時とか思い出すので見たくないけどでもふるさとだから帰って目で確かめたいみたいな感じ…。
はい。
それでは今日の復興サポーター詩人の和合亮一さん。
どうぞ。
(拍手)皆さんこんにちは。
皆さんの今のお話を聞かせて頂いて率直な感想を言わせてもらうと涙が出そうです本当にみんなの話を聞いて…。
本当に気持ちの中の言葉を初めて会ったけどそれぞれ本当の言葉で話してくれて涙が出そうになりました。
大事です。
その思いをまず持っていて下さい。
その思いを忘れないように胸の中にまず持っていて下さい。
例えば50年後みんなは何歳ですか?60歳70歳ぐらいでしょう。
例えば50年たって3月11日に起きた事ちゃんと説明できるかな?これだけみんないろんな思いを今持っているわけでしょう。
ちゃんとできる?するために何かできる事あるかな。
例えばそれをノートに書いておくとか。
だけどそうしなかったら忘れるよ。
必ず忘れる。
とてもつらい事かもしれない。
だけど何かを残す事。
そこから始めなくちゃいけない事が私はあると思います。
今回の「動く授業」もしも自分の言葉を100年先残したいと考えるのなら皆さんはどんな言葉を探して残していくでしょうか。
その事について考えてほしいと思います。
はい。
それでは黒板の言葉を見て下さい。
この「ふるさと」という言葉なくなる事は絶対ありません。
私たち日本人に一番大事な日本語一番大事な言葉かもしれないね。
だけどもし「ふるさと」という言葉がなかったらどんな言葉になるでしょう。
それを書いてほしい。
「ふるさと」を違う言葉で表現してもらいたいと思います。
はいそれでは始め。
「ふるさと」を別の言葉で表現する。
「動く授業」の始まりです
それぞれのテーブルには双葉郡の高校生がついて授業の進行を手伝います
各班で出し合った言葉をホワイトボードに書き出します
いいかな?はいじゃあねえ〜とみんな前に集まってみて下さい。
「ふるさと」という言葉がなかったらどういう言葉になるのか。
ちょっと見てみると「風情がある」。
「豊かな場所だ」。
「友達がたくさんいる」。
「海がある」。
「思い出がたくさんつまっている」。
「心があたたまる場所」。
「学び舎」皆さんの学校が学び舎になりますよね。
「ずっとわすれられないほどすごした」。
忘れられないっていう事ですかね。
D班はその辺にある落書きみたいな雰囲気が漂っております。
(笑い声)「初心を思い出させてくれる場所」。
「自分の一番のところ」。
皆さんにふるさとについて考えてもらいましたがだけどそこでみんなにもう一回質問したい。
今こうやって見てもらっている中に自分の例えば子供あるいは自分の孫ひ孫ず〜っとこれから子供たちに伝えていける言葉があるんだろうか。
どうかな?その言葉があるのかないのかそこをみんなに考えてほしい。
これらのみんなが考えてくれた言葉が残るだろうか。
みんなはどう思いますか?それをねもう一度考えてほしいと思います。
自分の子供孫ひ孫にまで伝えていける言葉はあるのかないのか。
原発事故のあと国は15歳未満の子供たちに放射線量の高い区域への立ち入りを自粛するよう求めてきました。
そこで和合さんはVTRでその現状を見てもらう事にしました。
子供たちのふるさと双葉郡の中に福島第一原発があります。
原発事故から3年いまだ赤で示した帰還困難区域には特別な許可がなければ立ち入る事はできません。
オレンジの居住制限区域と紫の避難指示解除準備区域には昼の間だけ立ち入る事ができますが住む事は禁じられています。
放射線量の高い区域はどんな現状なのか。
まず大熊町を見ていきます。
原発に近い町の東半分は立ち入る事ができません
町の中心部にある…
震災前は近くの町に通学する高校生や原発などに勤める人でにぎわっていました
店の中には今も地震で落ちた瓶が散乱しています
震災が起きた時大熊中学校では卒業式が終わったばかりでした。
会場の体育館はその時のままです
浪江町では町の西側は放射線量が高く海沿いの東側は比較的低くなっています
津波で大きな被害を受けた請戸地区。
去年昼間の立ち入りが許可されましたががれきの撤去はまだ進んでいません
休校中の…
浪江の役場では3年後の平成29年春から住民の帰還を始めたいとしています
町の中心部に拠点をつくりここから帰し始めようと計画しています。
しかし帰る人の数の予想が難しくどんな町になるのか具体的な姿は描けていません
一方放射線量が比較的低い地域はどのような現状なのか全ての地域で人が住めるようになった広野町を見ていきます
来年この町には双葉郡の中高一貫校が開校します
およそ半分の田んぼで稲作も再開しました。
しかし戻ってきた住民は全体の3割以下。
これからどう町を再生させていくか話し合いが続いています
はいじゃあ休憩をしたいと思います。
見た?見ました。
どうだった?何か変わらないところもあれば草とか生えてて人がいないとこんなに変わっちゃうのかなって。
大熊町があんなふうになってるのを見てすごく悲しいです。
いろいろな事が頭の中に…。
思い出がバーッと浮かんでくるわよね。
ああいうのはあんまり見たくないかなと思うけどこれからの事とか考えたりするとやっぱりああいう現状を見なきゃいけないのかなと思いました。
悲しい気持ちもあるけどそれはみんな同じだしだから自分一人じゃないからこれから前向きに頑張りたいなと思いました。
会場のある柳橋地区は山に囲まれて田んぼと家そして小川の流れる美しい里山です
和合さんは次に子供たちにここを散策してもらう事にしました。
直接自然に触れる事でふるさとを思い出してもらいたいと考えたのです
じゃこっちに並んでみて下さい。
それでは今から外に出てそれで言葉を探してきてもらいたいと思います。
皆さんこんにちは。
地元の町内会長から散策するにあたっての注意がありました
線量は低いんですが川に入る人はいないと思いますが側溝とかですね石を拾ったり野良猫に触ったり土手のふきのとうなどは採らないようにひとつして散策して下さい。
以上ですよろしくお願いします。
(子供たち)お願いします。
ありがとうございます。
それでは出発して下さい。
「動く授業」が文字どおり動きだしました
暖かいね。
いいね「日ざし」いいね書いて書いて。
(犬の鳴き声)わ〜犬だ。
犬嫌い。
怖〜い。
あっち行く。
あっち行こう。
穴がそこにあったから。
お寺マークついてる。
これお寺っぽいよ。
ほんとだあれ何バチなんだろう?感じた事を出そう。
何か超「トトロ」っぽくない?ここの下の…。
(取材者)今何て書いたの?新しく書いたのは「家族」と「ぬくもり」と「田んぼ」です。
こんにちは!こんにちは。
保育所か。
原発事故から3年
子供たちは五感の全てを使って懐かしいふるさとを思い起こしていきます
言葉が一つ一つ子供たちの心に浮かび上がってきました
(うぐいすの鳴き声)「ホケキョ」って。
うぐいす?「うぐいす」って書く?きもいオタマジャクシあれ。
うわ〜。
(市川)あの山は何だっけ?ほんとだ入ってるね中身ね。
クリが入ってる。
あるじゃんどこから見つけてきたの?
その時…
ハハハ…。
クリを蹴った宮本君靴が脱げてしまいました
落っこった最悪。
冷たい!オーマイガー!何か違う村なのにちょっと懐かしい感じ。
制限時間が迫ってきました
帰らないと。
会場に用意された図鑑や詩集を見ながら言葉を探す子供たちもいました
それでは今皆さんに戻ってきてもらいましたがどうだったですか?周りを歩いてみて。
みんなそれぞれね自分が持ち帰った言葉があると思うんだけど先生はこう思います。
100年例えば未来に残す言葉震災を伝えていく言葉それは例えば「学び舎」だったり「思い出のアルバム」だったり耳に残る言葉じゃないかなぁと思うんです。
つまり未来に残す言葉それは耳に残る言葉が心に残るっていう事なんじゃないでしょうか。
それではですね周りの人とちょっと見せ合いっこしてみてそれでこの言葉もいいなとか思えるものはまとめて言葉のかたまりを作ってもらいたいと思っています。
100年後の未来に残せるような耳に残る言葉。
それを集めて言葉のかたまりを作る事が「動く授業」のまとめです
じゃあみんな好きな言葉出していってそれから作っていく?
子供たちは集めてきた単語を文章にしていきます
「風」は「風がさわやか」で「小川」は「小川の水はとてもきれい」。
「子供の声」は「子供の声が遠くで聞こえた」。
「静か」は「どこかなつかしい静かさ」で「友達」は「友達の声が聞こえる」。
すげぇ!すごい!これ採用しようよ。
読んでみて。
「自分は自由だ自分は生きているんだ生きているんだ家族のぬくもり受けとめるんだ受けとめるんだ今地球が回ってるんだ回ってるんだ今生きているんだ…」。
「今生きているということ家族の命みんなの命たくさんの命命があるから」。
「なつかしいメロディーを聞いた生きてるんだ何にでも命があるから今生きられるんだだから感謝できるんだ」。
すご〜い。
全員が言ってるのが「命」なんだよね。
じゃあ「命」と「家族」は絶対に入れるでしょ。
「今」っていう言葉を入れたいなって思ったんです。
自分たちのふるさとを思いも寄らない言葉で表現した班もありました
それも大事だ。
それ大事?
この班では「どぶに落ちた僕のくつ」をテーマに一人一人が詩を作る事にしました
あ〜手がおかしい。
あ〜曲がっちゃった!
班ごとに発表します
せ〜の!
(一同)「生きている」。
「あたたかいやわらかな日ざし」。
「遠くで聞こえる子供の声」。
「どこかなつかしい静かさ」。
「さわやかな風」。
「とてもきれいな小川の水」。
「花や海などの」。
「なつかしい自然の恵み」。
「仲間と過ごす最高の時間」。
「明るく元気な友達の声」。
「多くの自然」。
「たくさんの思い出の中で」。
「私達は生きている」。
(拍手)すばらしい!「川の音が聞こえる鳥の声が聞こえる」。
「時がゆっくり流れている」。
「それは生きていること」。
「いつもの風景が見える」。
「いつもの道を歩く」。
「それは生きていること」。
「命がある」。
「愛がある」。
「生きるのは大切なこと」。
(拍手)いいね〜!「『命』」。
「なつかしいメロディーが聞こえる今生きてるんだ静かであたたかな木もれ日今生きている」。
「家族の命みんなの命たくさんの命」。
「命があるから」。
(拍手)いいね〜。
えっとこの詩の主人公は僕でほんとに行った時にどぶに靴を落っことしました。
「どぶに落ちた僕のくつ近くを見ると落ち葉やキノコがあった落ちてたくりをけったらね僕のくつが飛んでった」。
「くりをけったら飛んじゃった僕がはいてた靴どぶに落ちて汚くなっちゃったどうしようどうしようおうちに帰って怒られちゃうどぶに落ちちゃったけど僕と一緒におうちに帰ろうね」。
「僕のくつがどぶに落ちた土のにおいがするまわりにふきのとうがさきくりが落ちてくりの実が出たあたたかな夕日静かに波を立てながら流れる川みんなやさしい色に染まっていく僕はくつをはいて歩き出したゆっくりゆっくり帰ろう僕の家へ帰ろう僕のふるさとに」。
(拍手)はい頑張りましたね。
本当に短い時間ですけど「ふるさと」という言葉についてその響きについてそれぞれの自分の言葉を見つける事ができたのではないかなというふうに先生は聞いて思いました。
こういうふうに心が通い合って仲良くなれたのは言葉で気持ちを伝えようとしてるからだと先生は思います。
心の底でつながり合う事なんだよね。
これが言葉のすごいところ。
言葉の力です。
そして言葉の前に心があります。
この皆さんの心その心を大事にして下さい。
その心というのは言葉の前にありますから言葉にできない心です。
言葉にできない思いです。
例えばふるさとに対する言葉にできない思いがいっぱいあると思います。
皆さん一人一人す〜ごい豊かな心を持ってます。
すごく豊かで深くて美しい心をみんな持ってます。
それが福島の子供たちだなっていつも思ってます。
みんな今日一日ねどんな事を感じたかしら?みんなと一緒に交流できたりあとふるさとの事について改めて考えたりとか分かち合えたりとかして楽しかったです。
ふるさとを考えるっていってもあんまり考えようって思わなかったんですよ。
だけど今回改めてふるさととかそういうのを考えて何かふるさとって大事だなって感じました。
みんなでこうやって詩作ってやっぱりふるさとってこういうところなんだというのが分かりました。
このみんなで作った詩をさっき言ってたように100年後にも続いてほしいなと思いました。
最後にみんなが見つけてきてくれた言葉をもとに和合さんの詩をお願いしたいと思います。
皆さんが一生懸命書いている時に先生もこの隣で書きました。
みんなの様子を思い浮かべて書いたという事で聞いて下さい。
「春を歩こう歩く先に何があるわたしのあしおときみのあしあと歩く先に何がある春のはじまり光の行く先歩く先に何がある青空のつぶやき川のおしゃべり犬の鳴き声が聞こえた木が風に揺れていた水たまりが笑った飛行機雲が空を広げた蛙の卵まだ黙っているきみのあしおとがぼくのあしおとと重なったぼくのあしあとがきみのあしあとと重なっただからふるさとをもっと探しにいこうそんなふうにみんなで思った春の夕暮れにあしあとはわたしたちに質問する春の夕暮れにあしおとはわたしたちに質問するふるさとはどこにあるふるさとはわたしたちのことばにあるふるさとはわたしたちのこころにあるふるさとはわたしたちの足のうらにあるふるさとはわたしたちのいのちにあるふるさとはわたしたちの息にあるふるさとの言葉の中にあるふるさとをわたしたちは生きるふるさとの言葉の中にあるふるさとをわたしたちは残すふるさとの言葉の中にあるほんとうのふるさとを探すために歩く先に何があるわたしの一歩があるきみの一歩がある歩く先に何があるきみのあしあとがあるわたしのあしあとがある歩く先に何がある春のあしあと春のあしおと」。
(拍手)ありがとう。
4月。
双葉郡富岡第一・第二中学校の入学式です。
原発事故の時小学3年生だった子供が中学生になりました

子供たちと和合さんは奪われたふるさとを言葉の力で取り戻す旅を始めました
東日本大震災で津波地震そして原子力発電所の事故を経験した子供たち。
その子供たちが自ら作った詩の中に「生きている」そして「命」という言葉が何度も使われている事にすごく印象を深くしました。
さてNHKではこれまで東北の魅力をさまざまな角度でお伝えする番組を放送してきていますが今年から始まった「花は咲く東北に咲く」キャンペーンではNHKの番組でおなじみのあのキャラクターがコンビを組んで旅をしています。
春本番を迎えた青森では笑顔あふれる人たちに出会ってきました。
(チャロ)ワン!
(シャッター音)
どーもくんとチャロが訪れたのは日本最大級の菜の花畑が広がる…
菜の花農家のキクチさん。
無農薬で伸び伸び育てているんだって
手作りで丁寧に菜種油を作っているオハラさん
大豆田小学校のトザワ先生は子供たちに負けないくらい元気いっぱい
わ〜っ!
みんないくよ!
(シャッター音)
どーもくんとチャロが横浜町の菜の花畑で出会ったのは花のような笑顔でした。
「花は咲く東北に咲く」
チャロもどーもくんも好奇心旺盛ですね。
どんな出会いがあるか楽しみですね。
「花は咲く東北に咲く」キャンペーンではこの他にも東北の魅力を伝えて復興を応援するさまざまな番組を紹介しています。
総合テレビの「あさイチ」ではおなじみイノッチと有働アナウンサーが明日から3日間宮城から生放送でお届けします。
テーマは「ふるさとの春」。
松島町からは特産物を使ったこんな名物を紹介します。
そして蔵王町からは人気高まるチーズを特集。
岩沼市からは仮設住宅で暮らす人たちの収納などのお悩み解消術を伝授します。
この他にも宮城県各地域の春の息吹をお届けします。
お〜簡単だ!BSプレミアムで放送の「きらり!えん旅」では歌手の八代亜紀さんが福島県新地町を訪ねます。
うわ〜!復興へ向けて前向きに頑張る人たち。
そして震災を風化させないための活動を続ける人たちとの出会い。
八代さんがエールを送ります。
・「おもいでだけがゆきすぎる」・「涙がポロリとこぼれたら」・「うたいだすのさ舟唄を」この他にもさまざまな番組で東北の魅力をお伝えしていきます。
詳しい情報は「花は咲く東北に咲く」のホームページを是非ご覧になって下さい。
さて最後は被災された方々の今の思いです。
今日は福島県田村市都路町の皆さんの今の声です。
ここグリーンパーク都路は除染も終了して安心して子供さんたちが来れるような状態になりました。
私はこの日を夢みて3年間維持管理を努めてまいりました。
ここが再開する事により…私は田村市都路町原発から20km圏内にペンションを経営している者です。
私は早く帰ってきました。
そして皆さんが帰られる準備をなさってると思いますが…都路町で農業を行っています。
原発から20km圏内で初めて米の作付けの許可を得まして秋には安心して食べられるおいしいお米がとれました。
私には農業しかないんで…2014/04/20(日) 10:05〜10:55
NHK総合1・神戸
明日へ−支えあおう− 復興サポート「未来に贈る 子どもの言葉〜福島・双葉郡〜」[字]

帰還と復興には長い時間がかかる双葉郡の子どもたちはどのように故郷を学んでいけば良いのか。詩人の和合亮一さんが、ふるさとをテーマにした詩を子どもと創り上げていく。

詳細情報
番組内容
双葉町、大熊町など8町村の双葉郡に暮らしていた小中高生は、避難先の仮校舎で授業を受けている。帰還と復興には、長い時間が必要だと言われる地域で、子どもたちはどのように故郷を学んでいけば良いか。復興サポーターは福島市に住む詩人の和合亮一さん。和合さんは「もし、ふるさとという言葉がなかったとしたら、ふるさとをどんな言葉で表現するか?」と問いかけ、ふるさとをテーマにした詩を子どもたちと創り上げていく。
出演者
【出演】復興サポーター…和合亮一,【キャスター】畠山智之,山根基世

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
情報/ワイドショー – その他

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
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