福島県相馬市の消防団員…住民を守るために津波が来るぎりぎりまで避難誘導を続けました。
松川浦の南端にあった磯部漁港。
その南には漁師たちの家が立ち並び2,000人が生活していました。
あの日大津波によって住宅は全て流され251人の命が失われました。
遠藤さんは地震の時港の岸壁にあった漁協の事務所で働いていました。
遠藤さんはすぐに屯所に駆けつけ消防車で町の人たちに避難を呼びかけました。
しかし消防団の呼びかけに町の人々の反応は芳しくありませんでした。
「磯部は遠浅だから津波は来ない」という言い伝えがあったのです。
遠藤さんたちは避難を呼びかけ続けました。
港に出た時遠藤さんは向かいの岸壁に分団長と副分団長が乗った車を見かけます。
2人とは町を巡回する間に何度か声を掛け合い励まし合っていました。
その時阿部さんたちの車が突然発進します。
遠藤さんも急いで後を追いかけます。
2人の車はT字路を南に曲がりました。
遠藤さんも曲がりかけた時松林から大音響が襲ってきます。
遠藤さんは住宅の間を走り抜け高台に向かう事ができました。
津波は町を一瞬でのみ込みます。
南に走った消防車は津波に巻き込まれるところが目撃されています。
もし遠藤さんがあと5秒早くT字路に到着していたら南に曲がり津波にのまれていました。
遠藤さんはその後高台から引き返し水の中から子どもを救助しました。
そしてその夜消防団員9人が犠牲になった事を知ったのです。
2014/04/17(木) 10:50〜10:55
NHK総合1・神戸
あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜「福島県相馬市 遠藤一美さん」[字]
相馬市の消防団員、遠藤さん。地震の後、すぐに消防車で町の人たちに避難を呼びかけた。住民を守るため、津波が来るぎりぎりまで避難誘導を続けた。
詳細情報
番組内容
東日本大震災に遭遇した方々の「あの日」の証言。福島県相馬市の消防団員、遠藤さん。地震の後、すぐに消防車で町の人たちに避難を呼びかけた。しかし町の人々の反応は芳しくなかった。遠藤さんたち消防団は避難を呼びかけ続けた。港近くを走っている時にいきなり大きな津波が押し寄せてきた。
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz
OriginalNetworkID:32080(0x7D50)
TransportStreamID:32080(0x7D50)
ServiceID:43008(0xA800)
EventID:15759(0x3D8F)