生字幕放送でお伝えします山本⇒こんにちは。
「ゆうどき」です。
突然ですが皆さんの身近なところにこんな危険が潜んでいるかもしれません。
きょうのニャンカメです。
合原⇒神奈川県川崎市から今井さん今井⇒その危険というのがこの街路樹です。
神奈川県の川崎市で、おととい9mの長さのケヤキの枝が折れて女の子がけがをする事故が起こりました。
私が今いるのも川崎市なんですが、その事故の現場とは別の道路に来ています。
この道では1kmにわたって190本ほどのケヤキが立ち並んでいます。
事故があったケヤキよりは10年若いケヤキです。
ただこの道も夕方になると先ほどまでたくさんの仕事帰りの人が歩いていました。
また隣が小学校になっています。
午後3時ごろには多くの小学生が帰宅していました。
そんな人通りの多い道なんです。
ということで川崎市の市の職員がまさに今こちらでケヤキの点検作業を行っているところです。
現在、市の3人の方がケヤキを実際に目で見て確認をしています。
どんなところを確認しているかというと木に、きのこが生えていないか。
また木の枝の皮が剥がれて、いないかそういったところを見ています。
お話を聞いてみます。
市の高橋さんです。
この木で気になる部分はありますか。
全体的には葉振りがいいんですがあの葉をご覧ください。
葉の育成がいまいちよくなくて活力がよくないから注意が必要と考えています。
ほかの周りは葉が茂っていますがあの枝だけついていないですね。
個体差はあるんですが生育状況があまりよくないのかなというところで今後注意が必要かと思っています。
もしすぐに折れてしまいそうな枝が見つかった場合はどういう対応をされるんですか。
その場合市のほうで、枝を撤去させていただきたいと考えています。
ありがとうございました。
このあと点検作業は続きますし、またけさは市民の方からも、折れそうな枝があると電話があったそうです。
そういった声にも答えていきながらこのあとも、安全を確認していくということでした。
川崎市でした。
木の枝が落ちてくる。
枯れたような木年老いた樹齢の木だと思っていたんですよ、そうばかりではないんですね。
合原⇒高い木でも生育の状況によって注意が必要なんですね。
山本⇒この前、僕たちよりも10年ぐらい若いということでしょう。
なのに葉っぱがついていない。
その辺も気をつけないといけないということなんですね。
私たちの周りケ、ヤキ並木がたくさんありますよね、足元を見ていると木の根っこは、ほとんどアスファルトやレンガ、コンクリートに囲まれて木の栄養分があまりいっていないことが多いんじゃないでしょうか。
葉をつけたくてもつけられないということもあるかもしれません。
もちろん自治体の方も気をつけていると思いますが、上を向いて歩こうですかね。
これから大型連休になりまして新緑のまぶしい美しい季節になります。
上を向いて街路樹に気をつけてみてはいかがでしょうか。
きょうの内容です。
合原⇒きょうの「人生ドラマチック」は女優の司葉子さんです。
「行ってみたい!」はお茶どころ静岡県川根本町を訪ねます。
司葉子さん、女優ことし60周年です。
どういう経験をされたのかお話を聞きます。
5時になりました。
ニュースをお伝えします。
韓国南部の沖合で、修学旅行生など450人余りを乗せて、チェジュ島に向かっていた旅客船が沈没し、これまでに男子高校生1人を含む2人の死亡が確認されました。
また、行方が分からない人が当初の発表より大幅に増え、現時点でおよそ290人の安否が確認できていないとして、韓国の軍や海洋警察が救助活動を続けています。
きょう午前9時ごろ、韓国南部チョルラ南道のチンドという島から、およそ20キロの海上を航行中だった旅客船、SEWOL号が浸水して大きく傾き、その後沈没しました。
旅客船には、ソウル郊外にある高校の修学旅行生300人余りをはじめ、乗員・乗客合わせて459人が乗っていました。
韓国政府によりますと、この事故でこれまでに、高校2年生の男子学生と、女性乗員の合わせて2人が死亡しました。
また救助された人の数について、当初韓国政府は、368人を救助したと発表していましたが、その後、救出者の集計に重複があったとして、164人だったと訂正しました。
残る293人の安否は、依然として分からなくなっており、韓国の海洋警察や軍が、救助活動を続けています。
ソウルの日本大使館によりますと、これまでのところ、乗客に日本人がいたという情報はないということです。
STAP細胞の論文を、小保方晴子研究ユニットリーダーと共同で執筆した理化学研究所の笹井芳樹副センター長が記者会見し、謝罪しました。
論文について、撤回するのが最も適切だと述べた一方で、STAP細胞については、検証する価値のある合理性の高い仮説だとしています。
笹井副センター長は論文について、信頼性が大きく損なわれた以上、撤回するのが最も適切だと述べました。
一方でSTAP細胞については、検証する価値のある合理性の高い仮説だとしました。
安倍総理大臣は、総理大臣公邸で、モンゴルのエルベグドルジ大統領と会談し、先月、ウランバートルで、拉致被害者の横田めぐみさんの両親と、めぐみさんの娘のウンギョンさんとの面会が実現したことに対する、モンゴル側の協力に謝意を伝えました。
安倍総理大臣は、病気療養のため来日しているモンゴルのエルベグドルジ大統領とおよそ1時間、昼食を共にしながら会談しました。
この中で安倍総理大臣は、先月、モンゴルのウランバートルで、拉致被害者の横田めぐみさんの両親の滋さん、早紀江さん夫妻が、めぐみさんの娘のウンギョンさんと面会したことに触れ、ご夫妻が、ウンギョンさんと、そのご家族との時間を過ごせたことに対し、モンゴル側の協力に感謝すると述べ、謝意を伝えました。
また、会談では安全保障や経済など幅広い分野で2国間の関係を強化していくため、去年9月に策定した行動計画に基づいて、引き続きインフラの開発や人材育成、医療分野などでの協力を着実に進めていくことで一致しました。
東京電力福島第一原子力発電所で、汚染水200トン余りが移送先ではなかった建物に送り込まれたトラブルで、原子力規制委員会は、ポンプのスイッチの近くに監視カメラを設置するなど、再発防止策を早急に検討するよう東京電力に指示しました。
福島第一原発では、原子炉の溶け落ちた核燃料を冷やしたあとの高濃度の汚染水を、複数の建物に一時的にためていますが、緊急時以外は使わないはずのポンプ4台が動き、通常の移送先ではなかった焼却工作建屋の地下に、汚染水およそ203トンを送り込んでいたことが、おととい明らかになりました。
このトラブルについて、きょうの原子力規制委員会の定例会合で、更田豊志委員が、予定外の操作を防ぐためには、管理強化が必要だと述べ、ポンプのスイッチの近くに監視カメラを設置したり、スイッチが入った装置に鍵をかけたりするなど、再発防止策を検討するべきだと指摘しました。
これを受け規制委員会は、東京電力に対し、再発防止策を早急に検討し、あさって規制委員会で開かれる有識者会合で説明するよう指示しました。
東京メトロの駅員が、乗客から預かったICカードを、残金の少ない自分のカードとすり替えて、チャージされていた合わせて6000円余りを着服していたことが分かりました。
着服していたのは、東京メトロの新宿駅務管区に所属する25歳の男性の駅員です。
東京メトロによりますと、この駅員は先月27日、丸ノ内線の四ツ谷駅で、間違って改札を出てしまったと申し出た女性客から、ICカードを預かった際、残金の少ない自分のカードとすり替え、チャージされていた金を着服したということです。
また今月8日にも四谷三丁目駅で、別の女性客のカードを同じようにすり替え、合わせて6009円を着服したということです。
東京メトロによりますと、この駅員は、不正をするつもりで、胸ポケットに自分のカードを入れて準備し、客の死角になる場所ですり替えた。
競馬やパチンコで借金があり、金に困っていたと話しているということです。
東京メトロでは、この駅員を処分するとともに、再発防止を徹底するとしています。
伊吹衆議院議長は、衆議院の選挙制度の見直しを議論する第三者機関を議長のもとに設置するかどうかについて、与野党で改めて協議して、結論を出すべきだという考えを示しました。
選挙制度の見直しを巡って、自民党や民主党など8党が、伊吹衆議院議長のもとに、有識者による第三者機関を設置して、定数削減などを議論すべきだとしているのに対し、共産党と社民党は反対していて、伊吹議長の対応が焦点の一つになっています。
こうした中、伊吹議長は講演で次のように述べ、共産党と社民党も加えた与野党で、改めて協議して結論を出すべきだという考えを示しました。
山本⇒「ゆうどき」まずは「人生ドラマチック」です。
合原⇒司葉子さんに伺います。
この1週間であったドラマチックな出来事は何でしょうか。
司⇒あまりドラマチックじゃないかもしれないけれど私のうちの庭には5本ぐらい桜があるんです。
全部種類が違う。
それが満開で今は花びらが散ってここで「桜の園」でも演じたらいいなと思っています。
きょうは桜色のお召しものですね。
ことし、女優生活60周年を迎える司葉子さん。
19歳でいきなり東宝のヒロインに抜てき。
日本映画の黄金期を飾る数々の作品に出演しました。
しかし、デビューから10年たっても、お嬢さん芸が抜けないと批判されます。
そんなころ出会った映画「紀ノ川」はそんな司さんの女優人生の転機となった作品です。
そして35歳のとき、結婚。
その後、夫は政治家に転身します。
女優として最も輝いている時期に司さんは選挙の応援に奔走しました。
そこには意外な素顔がありました。
きょうは、2足のわらじを履いて走り続けてきた女優・司葉子さんのドラマチックな人生に迫ります。
山本⇒いきなりてれ笑いで始まりました。
きょうのお客様は女優の司葉子さんです。
よろしくお願いします。
女優60周年。
驚きですね。
ご本人も驚きですか。
取材されて、うえ!と思いました。
あっという間でしたか。
そうですね。
きょうは、いろいろ伺っていくんですけれども、まずは経歴を紹介させてください。
合原⇒プロフィールを紹介します。
司葉子さんは鳥取県の境港市に生まれます。
1954年「君死に給うことなかれ」で女優デビュー、東宝の看板女優になります。
1966年、松竹映画「紀ノ川」でブルーリボン賞ほか7つの主演女優賞を独占。
35歳のときに大蔵省のエリート官僚と結婚その後、政治家の妻として選挙などで夫を支えながら、現在も女優として新たな挑戦を続けていらっしゃいます。
まずは司葉子さん、どんな人生を歩んで来られたのか見ていきたいと思います。
鳥取県境港市。
司さんの実家は江戸時代から続く県内有数の名家です。
枯れ山水の庭園や母屋は文化財に指定されています。
この家で、司さんは高校生まで過ごしました。
司さんは幼いころ父を亡くし母・懿子
(いし)さんの愛を一身に受けてきました。
戦後の農地改革で苦境に陥った一家。
司さんは家財を売り払って生きる母の背中を見て育ちました。
そして19歳のとき転機が訪れます。
雑誌の表紙を飾ったことがきっかけで映画会社にスカウトされます。
映画「君死に給うことなかれ」の主役に、いきなり抜てき。
清そなお嬢さんを演じはまり役になりました。
当時は日本映画の黄金時代。
大スターや巨匠の監督に愛され司さんはスターの階段を駆けのぼっていきます。
しかし数多くの作品に出演しますが個性がないお嬢さん芸が抜けないと批評されます。
デビュー当時から司さんを見守ってきた映画評論家の渡部保子さんです。
さらに、最愛の母が他界。
司さんは女優を辞めようとまで思い詰めたといいます。
そんな時期に出会ったのが映画「紀ノ川」です。
旧家に嫁ぎ明治、大正、昭和を生き抜いた女の一代記。
演じる役は母の人生そのものでした。
司さんは母の形見の着物を身に着け演技に臨みました。
おじいちゃんが治水工事をなさってからあんな静かになったんえ。
晩年の主人公が夫の死後、初めて涙を流すシーン。
「紀ノ川」の撮影はこのカットから始まりました。
監督には司さんをお嬢さん芸から再出発させるねらいがあったといいます。
司さんは「紀ノ川」でその年の映画賞を7つも受賞。
デビュー12年で女優としての新境地を切り開きました。
山本⇒改めて「紀ノ川」の冒頭シーンをここで見てどうですか?そうですね。
いちばん最初のカットがロケで、さっきのどうこくするシーンなの。
いちばん難しいなと思ったのは手ですね。
手が、いちばんアップのところで出てくるわけで年を取っていないといけないと思って。
確か当時は32歳ですよね。
そうですね。
手の演技というのは非常に気を遣いました。
その瞬間に何か感じたものもあったんですか?監督が終わったときに非常に台本を地面にたたきつけてすごい顔して言ったんですよ。
私はだめだったのかな、叱られているのかなと思ったらそれは非常に感動してくださってその表現だったらしいんですね。
それからというものは、本当に信頼されて次はどうやる?とかどうする?とか監督から言われて。
いちばん最初、初対面のときはとにかく何もかも捨てて一代記に臨もうと思っていましたので、私は大根ですのでよろしくお願いしますと言ったらものすごく叱られました。
なんでですか?俳優がそんなことを言うものじゃないと。
2度と言うなと言われましたね。
それはね、やっぱり東宝と松竹の違いというのもあると思うんですね。
あちらは女優王国だしこっちは男性が多い。
だからきっと何て言うんですかね監督は私に自信をつけようと思ってそうおっしゃったんじゃないかと思います。
自分が大根と思うほどお嬢様芸と言われるものが抜け切らなかった。
その辺はどうだったんですか?見たら住んでいらっしゃる家から始まって、正直お嬢様だと思ったんですけど。
でもねそういう役しかこなかったんですよね、ずっと。
清純なイメージでね。
ですから非常に何をやったら個性が出るんだろうという思いもありましたし何が個性なんだろうという思いもありましたけど、スタッフが時々私のところへ陣中見舞いに来たりしてね。
葉子ちゃんは個性がないからなじゃあどんな個性になったらいいんだろうと思っているときに「秋日和」という小津先生の作品に出会ってそれはもう清純じゃないといけない役だったんですよね。
個性がないのが、私は個性なんだと思いました。
ほかの人にはない個性。
「秋日和」を含めて「紀ノ川」に出会うまでそれまではやりやすかったですか。
ふだんの自分のまま出せばいいんだという感覚だったんですか。
ちょうど「秋日和」に出会ったのは5年目くらいだったと思います。
私も10年はやってみようという気を持っていましたので試行錯誤しながらやったんですが小津先生と出会って個性がないのがよかったんだと今度は逆に自信に変わってそれなりに。
それまでコンプレックスだったんですか?そうでしょうね。
だって私は学校にも行けないし演劇学校にも行ってないですからね。
普通は3か月ぐらい研究所に行って、それから現場に立つんですけど私は学校に行っていないという思いはありましてね。
自信に変わった。
「秋日和」があって「紀ノ川」になるんですが「紀ノ川」を演じられるにあたっていちばん気をつけたこととか自分で心がけていたとことはどういうことでしたか?20代があったり、30代があったり、50代があったり80代もあります。
一日で3つをやることもあるんですよ、撮影ですからしっかり入っていないとなかなか、つながっていかないと思いましたけど東宝からメーキャップのベテラン黒澤先生の作品をやっている結髪のベテラン原節子先生にいつもついている人なんですけどそういう人をつけてくださったのだからスタッフもみんなが万全に女の一生というのはそれこそ32歳ぐらいまででないと非常にエネルギーがいるのでできないと言われていました。
ちょうど私はその年代でですけど、年をとったほうの部分が多いんですよ。
だから皆さんは、やめたほうがいいとおっしゃったんですけど私はちょうどその前に母が亡くなっていましたので母を思い出せればいいのかなと。
タイミングがよかったんでしょうね。
母の思いとはどういうことですか。
母の一生を演じればいいなって。
旧家から旧家へとついで本当に「紀ノ川」ですよね。
古いおうちに生きた女の話ですので全く同じような人生だったと思います。
「紀ノ川」に巡り会ってよし、私はこれでいけるんだと思った瞬間のことは覚えていらっしゃいますか?監督がね、興奮して五寸釘を踏んだりして私の演技に感動して。
あるときですよ。
太くて長いくぎですよね。
セットはごちゃごちゃしてますよね。
そのときに、たまたま下がごちゃごちゃしてたんじゃないですかね。
救急車で、入院したりして。
やっぱりそのときは、悪いけどうれしかったですね。
五寸くぎを踏んだのがうれしかったんですか?あんなに感動してくれて私の演技がよかったんだと。
感動のあまり踏んでしまったんですか?気が付かなかったんですか?本番で私の演技を見て、カットと言ってそのときに五寸くぎを踏んじゃった。
合原⇒思わず一歩踏み出しちゃったんですかね。
山本⇒五寸くぎでやれると思ったんですか。
よっぽど「紀ノ川」というのは自信につながったんですね。
途中までは自信はありませんでしたけど本当に母の姿を思い出しつつこういう場面はこうだったなとかああだったなとかいいモデルがあったということかもしれませんね。
お嬢さん芸ではなかった。
ちょうど区切りのそれこそ10年と思っていた区切りのときにいい作品がいっぱいきたんですよ。
女を描いたら右に出ないという成瀬監督の映画とか「乱れ雲」とか「ひき逃げ」とか黒澤先生の「用心棒」とか。
本当にいっぱいいい作品がきましてね。
それで私は、もうひと区切りちょっとしようかなと思ったときに英国に行こうと思ったんです。
英語の勉強しようと思って。
ホームステイも決めていたんですけど「紀ノ川」が来たのでどっちにしようか迷って。
もう、一生ものというのは当時映画界でもできないと言われていたので一か八か、失敗してもやろうとそういう気持ちで。
合原⇒女優としての転機を乗り越えてきた司さんなんですがその後も思わぬ人生の転機が待ち受けていました。
司さんは35歳のとき当時、大蔵省主計局の次長だった相沢英之さんと結婚。
15歳の年の差婚は世間を驚かせました。
その後、相沢さんは司さんのふるさと鳥取県から衆院選に立候補します。
生活は激変。
女優と選挙の応援という2足のわらじを履くことになりました。
選挙戦は1日4時間足らずの睡眠で分刻みのスケジュール。
講演会場をはしごして何百人もの人々と握手を続けました。
選挙を応援した支持者の吉野恭治さんです。
東京の舞台と選挙が重なりなんとか両立させようと頑張った司さんの姿を鮮明に覚えています。
さらに公演の直前に選挙が始まり舞台をキャンセル。
批難をされますが自分を貫きました。
幼なじみの永見令子さんは選挙のとき司さんを間近で見ていました。
その後、相沢さんは9回の当選を重ねおよそ30年にわたり議員を務めました。
その舞台裏には、夫を支え続ける司さんの姿がありました。
合原⇒司さん、私、お聞きしたいことがあるんですけれども。
山本⇒どうしても聞きたいことがあるみたいですよ。
恐ろしい。
相沢さんもご覧になっているかもしれないんですが、相沢さんとそもそも結婚しようと思ったいちばんの決め手は何だったんでしょうか。
ふふふ、難しい。
ちょっと私あれかもしれないんですけれどもね、毎月ねすてきな男性を相手に映画を撮っているわけです。
月変わりで次の作品でまたすてきな相手役次の作品でまたという感じで、150本ぐらいでしょう。
相手役がすてきな人なの。
結婚についてこれが生涯を決める決定的という感じではなくて何かちょっとお兄さんみたいな相談に乗ってくれそうな、という。
だからね何かね、不謹慎ですね。
合原⇒相談に乗ってくれるというのは、いい方じゃないですか。
いいかげんな決め方でね。
山本⇒いいかげんだったんですか。
だから今言ったように飢えていないんですよね、相手に。
毎月毎月すてきな男性がいらっしゃって。
すてきな男性がいらっしゃるんですよ。
それこそ恋愛などもしないしとにかくすてきな方が次々といらっしゃるわけですから。
恋愛はしないんですか?だってする暇がないでしょうか。
次々にいい男性が相手役ですから、お昼は。
恋愛感情とかないんですかそんなのをしてる暇ないでしょう撮影で。
いちばん大変だったのはですね撮影を午前中に終えてそして芸術座の舞台に立って夜はテレビ局に行ってそして帰りに次の台本、せりふを覚える。
新人時代はね。
決め手は何だったんですか?相沢さんは。
だからまあいい相談相手になるかなと。
それからね男の子が2人いたんですよ。
私は3人女きょうだいなのでかわいい弟ができていいなとそれも育てないでいきなりもう大人というか学生になっている子どもたちですからね。
あちこち連れて行けるなと思って。
そうですか。
その夫たる相沢さんが政治家の道へとは思いませんでしたでしょう。
思いませんでした。
織り込み済みではなかったんですよね。
偶然のなせる技、私、学生時代に山口なので鳥取は島根を挟んで近いので、選挙の放送を見ていて司さんって女優なのになのにって言ったら失礼ですけれども、応援されるんだと新鮮だったんです。
実際どうだったんですか?選挙の応援ですか。
はい。
やっぱりねいろいろなところから大蔵省辞めてから引っ張っていただいたんですけれども結局、選挙をすることになってしまったんですけれども私はね予算を何十年やってきた日本の国の予算を何十年もやって来た人がよその県に取られたくないなと思いました。
そうなんですか。
そんな中で、いろいろ自分の県からということですけれども先ほどおっしゃっていましたけれども舞台の合間に電話をかけていた。
それは選挙に入ってから。
私がね、選挙に行けないときもあったんですよ。
私なしで選挙をやったときもありましたのでそのときは時間があると東京からですねよろしくお願いします、と電話をしまくりました。
せりふは覚えられたんですか?それはもうだって舞台が始まってからのことですから。
大丈夫なんですか?はい。
でもね女優と政治家の妻まさに月並みなことばで言うと2足のわらじですけれどもこれはたで見るよりも、相当大変だったと思うんです。
そうですね。
女優になられたときは何があっても女優の仕事は断らないというふうに思われたと思うんですけれども、先ほど週刊誌に前代未聞とも書かれていましたね。
そのときの気持ちというのは?ですから3年間、休憩しました。
両方できないだろうしいいかげんになってもいけないだろうし。
なので3年間、休憩して。
でもね「紀ノ川」ではありませんけれども「紀ノ川」も県議会議員の妻花ですよね。
「紀ノ川」を見ているというか。
というよりね「紀ノ川」に出てくる花は女の人生の手本なんですよ。
その中に全部、入っているの選挙も入っているし「紀ノ川」の場合は。
それから年を取ってからの話もあるし蔵の中のもの終戦後に売ったとかみんなお手本がね。
当時の戦後の女性、日本の女性が苦労したことが全部入っているんですよ。
だから選挙をやりながらあの場面をやればいいんだと思いましたよ。
映画の役、そのまま生きているんですか。
そうです、お手本です。
でも結構なんというか、いろんな人の相手をしたり、握手をしたり私やめたいわと思ったことがあるんじゃないですか。
それはね、東京に子どもを残して地元に行っているとき主人よりも子どものほうが心配だという気持ちがあって投げ捨てて帰ろうかなって思ったこともありますね。
子どもに会いたくて。
それでもやめなかったのはどうしてですか?それはたくさんの人が応援してくださっているからそんな裏切るわけにはいかないって思うでしょうね。
今、改めて女優、政治家の妻としてここまでなさってきてよかったなと思うこと。
それと、ちょっとなと思うことがあったら教えてくださいますか?そりゃもう、たくさんの思いを寄せていただいたという感謝の気持ちとそれから女優またとない幸運な人生を与えていただいたということでこの年になって何か社会に還元したいなと思うことがしばしばありまして今のところ奉仕活動として大正村の村長さんとロータリーという団体の奉仕活動を。
これを一生懸命。
私の奉仕活動適齢期そう自分で思い込んで勝手にね。
そうですか。
今、朗読劇の「紀ノ川」もされていますね。
あしたが本番なんですよ。
いいんですか?出ていて。
そんなこと言ってはいけませんね。
あした本番なんです。
爆弾抱えているんです。
お話を伺っていると司さんの中には「紀ノ川」が流れているのかもしれませんね。
そうですね、いいお手本だと思います。
有吉先生に感謝しなくちゃ。
有吉佐和子さんですね。
本当に、これからもぜひ輝いてくださいね。
ありがとうございます。
お会いできてうれしかったですありがとうございました。
江戸時代から続くお茶どころ静岡県川根本町。
季節限定。
地元ならではのお茶グルメに満開の桜の下で味わう絶品のお茶まで。
「行ってみたい!」豊かな自然と、味わい深いお茶の魅力に出会う旅です。
山本⇒お茶の季節、間近、静岡です。
合原⇒リポーターは毎日健康のために、日本茶を飲んでいるという福永美春さんです。
福永⇒こんばんは。
お願いします。
茶娘の姿で登場ですね。
もう新茶のシーズン間近ということで茶娘の姿になってみました。
山本⇒美春さんとおっしゃるでしょう、春に生まれたの?私は2月23日の富士山の日の生まれなんです。
静岡と縁がありますね。
静岡と言えばお茶どころですので静岡にはさまざまなお茶のスイーツがあるのでご紹介します。
例えば川根本町のお茶を使ったマカロンですとかその隣には世界遺産になりました富士山をかたどったもの。
こちらにもお茶が使われています。
合原⇒きれいな緑。
山本⇒世界文化遺産になったから銘菓が増えているんじゃないですか?お土産に持っていくと喜ばれますね。
静岡のお茶なんですけれども、実際にお茶どころにいかないと味わえないこの時期ならではの味があります。
自然豊かなお茶の町を訪ねました。
静岡県中部の山あいの町川根本町。
およそ8000人が暮らします。
一面のお茶畑。
昼と夜の寒暖差が大きく良質なお茶がとれることで知られています。
新茶の収穫を間近に控えたお茶農家を訪ねました。
見晴らし、いいですね。
気持ちいい。
こんにちは。
こんにちは。
畑の手入れをしていたのは茶農家の渡邉久さん。
妻の妙子さんです。
芽吹いたばかりの新茶を特別に摘ませていただきました。
とれました。
緑が若くて柔らかくて、きれいですね。
ことし出来たての新茶です。
この地域の茶畑は標高400mを超える山あいにあり天空の茶畑とも呼ばれています。
渡邉さんは、この場所で多くの人に茶摘み体験などをしてもらおうとことしから農家民宿を始めました。
お茶のお料理ができましたので。
民宿のいちばんのもてなしはお茶を使った料理です。
茶そばに茶豆腐お茶入りのチャーハンに茶殻のつくだ煮までまさにお茶尽くしです。
さらに、この時期限定の料理も。
衣をつけて。
いい音がするな。
天ぷらです。
いただきます。
おいしいです。
かめばかむほど、お茶の香りがふわっと広がりますね。
お茶どころならではの旬の味を、ゆっくり味わう。
ちょっとぜいたくな時間でした。
町には、お茶の産地ならではの職人の技が受け継がれています。
こんにちは。
作っていたのはお茶を保管するための茶箱です。
杉の木箱の内側にトタンを貼った茶箱。
昔からお茶屋さんなどで使われてきました。
茶箱は、お茶がしけらないようにふたと本体の間に隙間ができないことが大切です。
材料の板からゆがみや反りがない部分を選びミリ単位で切り出して丁寧に組み上げていきます。
地元の杉を使っています。
去年、この工場で働き始めた若者がいます。
佐藤京亮さんです。
隣町出身の佐藤さんは専門学校を卒業したあと茶箱作りを学んでいます。
教えているのは前田宥さん。
茶箱を作って58年の職人です。
地元のもので地元のお茶のために作られている。
前田さんが作った茶箱はふたと本体がぴったり。
大切に使えば100年も使えるそうです。
しかし茶箱の需要は年々減り以前は10人いた職人も今では前田さんを含めて2人しかいません。
茶どころの技を受け継ぐ新しい芽が育ち始めています。
最後に訪ねたのは、大井川の上流のダム湖、接岨湖です。
ここにお茶を楽しむとっておきのスポットがあると聞いたのですが…。
こんにちは。
ガイドの芦沢哲哉さん。
お茶の専門的な知識を持つ日本茶インストラクターです。
自然の中でお茶を楽しんでもらいたいとツアーを行っています。
カヤックに乗って出発です。
山本⇒初めて?初めて乗りました。
おお、揺れる。
最初はちょっと心配だったんですが5分も進めば雄大な景色に包まれます。
景色、見てください。
今ちょうど芽吹きの時期でね。
春を迎えた木々が、色とりどりの景色を作り出していました。
さらに奥へ進むと深い森が広がります。
ここでは、カモシカに出会えることもあるんだそうです。
お茶を楽しむための目的地がこちら。
湖に浮かぶ小さな島です。
この時期ならではの絶景が迎えてくれました。
うわあ、すごい!満開の桜です。
この桜は町の人が隠れた名所を作ろうと15年前から植樹や手入れをしてきました。
合原⇒かわいい桜ですね。
いろんな桜がここには咲いていました。
この景色の中で芦沢さんのいれるお茶を味わいます。
飲むのはもちろん地元の川根茶。
ぬるめのお湯でいれたうまみたっぷりのお茶をいただきます。
ああ、最高級の癒やしです。
まもなく新茶の季節を迎える川根本町。
お茶どころの豊かな暮らしを満喫しました。
山本⇒やっぱり緑、お茶の緑は気持ちがいいですね。
合原⇒桜の下で飲むお茶なんてすごくぜいたくですよね。
頑張ってカヤックでこいだからこそ行ける場所なのでよりおいしく感じましたね。
そしてお二人の前には川根茶を用意しました。
すごくいい香りがしています。
山本⇒ぬるめできていますね。
合原⇒いただきます。
どうでしょう。
山本⇒まろやかですよ。
合原⇒ふわっと広がりますね。
山本⇒飲んだと舌の下あたりで甘さがふわっと広がる感じがします。
それもそのはず、なんと100gで2000円もする高級な川根茶なんです。
ありがたいことです。
合原⇒やわらかい優しい味ですね。
こういうお茶の味を味わえるイベントが今度の20日、日曜日に川根本町で開かれます。
お茶の試飲もちろんなんですがお茶を使ったお料理の試食やお茶の手もみ体験もできるということです。
近くに大井川鐵道SLが走りますね。
SLもまた魅力ですからね。
2倍も3倍もおいしそうなところですね。
「行ってみたい!」でした。
続いてはこちらです。
角田⇒「ゆうどきいまコレ!」です、きょうは万年筆をご紹介します。
万年筆、今若者に人気なんです。
東京・銀座の文房具専門店にお邪魔してきました。
こちら、万年筆とボールペンを扱うフロアなんですが結構な人だかりですよね。
特に目立つのがはたち前後の若いお客さんだったんですよ。
山本⇒万年筆は使ってる?合原⇒全然使ってないです。
山本⇒40年近く前に合格祝いでもらった覚えがあります。
今は中学生、高校生でも使う人が増えているんだそうです、きょうは若者初心者向けの万年筆をご紹介していきます。
合原⇒これが万年筆ですか。
小学生でも使える万年筆なんです。
子どもでも使えるように工夫がしてあるんです。
ペン先を見ていただきたいんですが、顔が描いてあるのが分かりますか?かわいい。
これでペンの向きが分かるこっちを上にして書くということが分かるんです。
握り手の部分が断面が、三角になっているので正しい持ち方がすっとできる。
子どもだけじゃなくて大人にも若い女性にすごく人気なんだそうです。
そしてもう1つご紹介するのがこちら。
何ですか?初心者用の入門セット。
インクが3色ペン先が2種類セットになっています。
1つペン先は普通のものですが、もう1つが特殊な形をしています。
ちょっと跳ね上がっているんです。
山本⇒挟んだんじゃないの?こういう形なんです。
これが大丈夫なの?これが人気なんです。
どういう書き味か、私が書いてみますね。
ペン先を立てると「ゆうどき」と書きます。
細いですけど寝かせて書くと極太。
分かります?合原⇒同じペンなのに。
1本でこんなに太さが変えられる2度おいしい。
合原⇒ちょっと寝かせて書いてみます。
春。
書きやすいですね。
毛筆のような払いや跳ねを表現できるということなんです。
どうでしょうか。
山本⇒きましたね。
いい感じに。
合原アナに春がきた。
習字みたい。
どこかで聞いたコメントでしたね「サラメシ」でした。
これもことしの2月に発売されたばかりなんですけど、大好評で在庫切れ状態が続いていたほどなんだそうです。
もう1つご紹介するのがこちら。
合原⇒至って普通の万年筆じゃないですか?手入れがいらない万年筆なんです。
山本⇒結構、万年筆をいつも使っているんですがインクが固まったりするんですよ。
そうなんですよ。
固まっちゃうと分解して水洗いしないといけないんです。
毎日使えばいいんだけどちょっと間をあけるとだめなんです。
これは2年間放っておいても大丈夫、インクが固まらない万年筆なんです。
キャップの中に特殊なもう1つキャップが入っている。
これが入っているので密封状態になっている。
2年間放っておいてもインクが乾かない、固まらない、これは3年前に発売した大ヒット商品です。
山本⇒とにかくいつでも使えると。
そうです、手入れすることなく2年間使える。
合原⇒山本さんにいいんじゃないですか。
山本⇒2年間使わなくても固まらないってことは2年間使わない危険性もあります。
特別なときだけに万年筆を使う方もいます。
手紙とかね。
とっておきのときですね。
私たちの世代からするとうれしいです。
山本⇒「ゆうどき」、きょうは司葉子さんをお迎えしてお伝えしてまいりました、お便りいただいています。
合原⇒40代の男性の方です。
82歳の母と2人で暮らしています。
親子2代で司さんの大ファンです。
うれしい。
60周年おめでとうございます。
映画「紀ノ川」もすてきですが僕は中学生のとき市川崑監督の「獄門島」を見てその美しさに魅了されてしまいました。
個性がなかったなんて信じられませんよ。
山本⇒個性の話がありましたが自分の個性はこういうものかなと思ったのは途中に何かあったんですか?ナチュラルだということが個性だと。
だから、そんなことこだわることないと思いましたね。
だってもともと自分からすすんで女優になったわけではないですからね。
私が入ったころは本当にきらびやかな本当に女優さんらしい女優さんがいっぱいいらっしゃったの。
そこに本当に何もないなんていうか、むくな。
むくですか?そんな人が入ったからそれがかえって個性だったのかもしれないですね。
それで次々と作品がね。
本当に次々と決まりましたのでそういう人がいなかったんじゃないでしょうかね。
そういった意味では人とは違ったということですね。
ええ。
あすから朗読劇「紀ノ川」が始まりますね。
きょう、このあと稽古されるんですか。
はい舞台稽古をします。
カメリアホールというところであります。
これが終わってから舞台稽古です。
9時半ぐらいまでかかると思います。
お便りが届いています。
合原⇒生まれ持った品格は何者にも勝るものと思います。
どうぞいついつまでも美しくお元気でいてください、お手本としたいと思います。
山本⇒これからも続けなくてはいけませんよ。
はい。
きょうはありがとうございました。
こちらもありがとうございました。
合原⇒あすの内容です。
山本キャスターが被災地を訪ねる「忘れじの旅」。
今回は福島県の都路です。
この4月に避難指示が解除され小・中学校も再開。
住民の暮らしがどう変わるのか見つめました。
社交ダンスを子どもたちと一緒に楽しむシニアが増えています。
社会性が身についたり家族の会話が増えるなど社交ダンスで得られるさまざまな効果についてお伝えします。
2014/04/16(水) 16:55〜18:00
NHK総合1・神戸
ゆうどき ▽司葉子さんに女優&代議士の妻として生きた半生を伺う[字]
女優生活60周年を迎える司葉子さんの半生を伺う。19歳でデビューした後、経験した大きな挫折とは?さらに結婚後、代議士の妻になることに!その時の決意とは?
詳細情報
番組内容
<中断>5:00−5:10 [字]ニュース 【キャスター】山本哲也,合原明子
出演者
【キャスター】山本哲也,合原明子
ジャンル :
ニュース/報道 – 定時・総合
情報/ワイドショー – 暮らし・住まい
情報/ワイドショー – グルメ・料理
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