(阿川)おはようございます。
阿川佐和子です。
今日のゲストはプロ野球界の中で真のリーダーといったらこの方だという定評の高い方です。
去年現役を引退なさいました宮本慎也さんです。
(拍手)どうもよろしくお願いします。
ユニフォームを脱ぐと気分って変わるものですか?まだなんかオフシーズンが続いてるような感じなんですけども試合見てもですねやりたいっていう気持ちは一切ない感じですね。
一切ないんですか!?ないですねはい。
みんな頑張れみたいな感じです。
そうですか。
でもほんとにあの〜意外に体形は普通…。
いや小さい部類だと思います。
小さい部類ですか。
だいたいしゃべるときはこういう感じですね。
じゃあ私みたいな感じ?そうですねはい。
今のそんな感じだと思います。
そうなんですか。
(ナレーション)今日のゲストは元プロ野球選手の宮本慎也さん。
大学社会人野球を経てヤクルトスワローズに守備を評価され入団。
当時の野村監督から「一流の脇役になれ」という言葉をかけられました。
献身的なプレーでチームに欠かせない存在となり…。
24歳という遅いプロ入りながらセ・リーグで史上最多となる10度のゴールデン・グラブ賞を受賞。
その一方でこつこつとヒットを積み重ね当時史上最年長の41歳5か月で2000本安打を達成。
更にアテネ北京と2度のオリンピックにキャプテンとして出場しました。
(場内歓声)去年現役を引退するまで多くの選手に慕われた宮本さん。
今日はサワコがそのリーダーシップの真髄に迫ります。
早速音楽を一曲選んでいただいている一曲目をお願いしたいんですが今でも記憶に残っている懐かしい曲というのは?渡辺美里さんの「MyRevolution」なんですけど。
その世代ですか?はい。
僕が中学校3年生の終わり高校1年生に入る前ぐらいですね。
PL学園に入る…。
そうですね。
寮に入るのが嫌で…。
はあ〜。
入る直前にはやってた曲なのでまあ思い出の曲で選ばせていただいたんですけどすごい聴くのが嫌な感じです。
あっ今でも記憶として嫌な思い出がよみがえる曲…。
(宮本)嫌なっていうかもうPLでやりたいと思って入るわけなんですけどもいろいろ話を聞いて大変なとこだというところでなんかもう寮入る1年生が始まるというのが来ない方がいいなっていう…。
その日が来ない方がいいなと。
そうですね。
今聴いててどんな場面を…。
(宮本)いや思い出しましたね。
何を思い出しました?
(宮本)入寮するとき少し雨降ったんですけども…。
寮に入るとき?はい。
希望に満ちた気持ちが半分嫌だなっていう気持ちが半分。
重〜い感じ…。
重い感じでしたね。
えっでもそのころのPLってすごく強かったし全国的にも有名だったし。
(宮本)はい。
桑田さん清原さんが僕が中学校3年生のとき高校3年生でちょうど入れ替わりなんですけども。
で僕が入ったときに1つ上に立浪さん片岡さん野村さん橋本さんってプロにいかれた方が四人いらっしゃって。
ある意味では憧れの。
でもちょっと怖そうなPL学園に入ってでどうだったんですか?1年生のときは正直野球どころじゃなかったですね。
寮生活でですねもう大変厳しかったので。
全員寮に入らなきゃ…。
はい全寮制でその中で野球部は野球部だけの寮なんですけども食事の用意とか洗濯とかまあ全部母親が中学生のときはやってくれるじゃないですか。
っていうのを今度は僕らが先輩にやらないといけないので。
洗濯物とかもユニフォームなんかでいうとその先輩が着る順番に畳むんですよ。
いや〜いい奥さんになれるわね。
あははっ!いやほんとそうかもしれないですね。
へえ〜!そこで3年上に清原選手と桑田さんがいてそれで宮本さんの代というのが…。
僕の代が僕だけしかプロいないんですけども…。
あっ一人だけ?僕らが3年生のときは甲子園に出れなかったので。
そうなんですって?こう言っちゃなんだけど珍しい学年だったんですって?
(宮本)いやそうなんです。
ほんとに当時でいうと室内練習場があって外野も芝生なんですね土じゃなくて。
えっぜいたくな…。
それがですね僕ら3年の夏に公立高校に負けまして。
2学期始まるときにですねまああの〜学校に登校してある先生に挨拶しても無視されたっていうぐらい。
先生が無視するんですか?「まあ気にすんなよ宮本」とかそういう…。
(宮本)あのときはですねなんてひどい人だと思ったんですけどでもよくよく考えるとですねあれだけの施設を整えてもらって何負けてんだっていうふうなのはなんとなく今は分かりますよね。
ほんとにあのときはショックでしたけども勝って当たり前と思われてるところで負けるっていうのはすごい惨めなことっていうのをアマチュアの時代にすごい経験したので。
もともと負けず嫌いではあるんですけどもやっぱりプロに入ってからも誰にも負けたくないであったりとか相手に勝ちたいとかそういう気持ちはずっと持ち続けられたとは思います。
(西島)今日僕はパナソニックの工場を訪ねた。
「なぜ?」と問われれば「好奇心」としか答えようがない。
生まれて初めての工場体験。
それは「なぜ?」の連続だった。
なぜマイナス25度の部屋があるのか?なぜこんなに高い場所で作業しているのか?なぜ洗濯機のデザインで高齢者の姿にならなければならないのか?「なぜ?」僕は技術者に聞いた。
彼は少し戸惑ったがやがてハッキリと答えた。
「お客さまにとって使いやすいものをつくるためですよ」とても当たり前の答えだった。
でもその当たり前の想いがこの工場を支えていた。
お客さまにとって、いい家電ってなんだろう?彼らは今日もまたその答えを探し続けている。
ちっちゃい頃からの憧れだったプロ野球選手になったのはドラフト2位でヤクルトに入団なさるという。
それ達成なさったときってどんなお気持ちでした?
(宮本)うれしいのとですねほんとに僕ができるのかどうかっていう不安とほんとに半分半分でしたね。
まあヤクルトに入られてええ〜去年…突然引退。
話は飛びますが。
あははっ!あははっ!19年ヤクルト一途。
(宮本)はい。
そのときの引退記者会見のVTRがあるそうなんでそれを拝見してからお話を伺いたいと思います。
ええ〜今季かぎりで19年お世話になったヤクルトを退団することになりました。
引退を決意しました。
っていうふうには思います。
今の会見では一度も楽しいと思ったことがないと。
僕が表現をしたのはその勝負を楽しむことはできなかったです。
その特別なすごい才能がないなかなんとかなんとかと思ってやってきた19年だったんで例えば今日ダルビッシュがあえてピッチャーだから楽しみだなぁなんて思ったことは一回もないです。
ただ終わったあとに彼からヒットを打ったときにああ〜うれしかったなとか。
やった!って?とか優勝したときにほんとにうれしかったりとか楽しいなって思うことは当然過ぎ去ってからはありますもちろん。
ただそのときそのときで楽しむ余裕はなかったですね。
もう必死でした。
あるとき野村監督に「お前は脇役で一流になれ」と言われた言葉に対しては今どういうふうに思われますか?まあほんとにその言葉を信じてだからこそ19年やれたと思うんでね。
あれはいくつぐらいのときに…。
(宮本)もう入ってすぐですけど。
入ってすぐ?ミーティングでそういう話をされたときにまあ僕が完全に僕に当てはまるなと思ったんで。
えっでもね一応プロ野球選手になったときにもしかすると俺だってホームラン王になれるかもしれないとかスター選手になるっていうことだって可能性としてはまったくなかったわけではないでしょ?もちろんそうですね。
そうですがただそれをやってればたぶん野村監督が使ってくれるんじゃないかっていうのもあったんで。
悔しさは?悔しさというよりもプロでとにかく1年でも長くやりたいっていうふうに思ってましたんで。
2軍に落とされちゃったらもうそれでおしまいだぞっていう…。
(宮本)そうですね。
やっぱり入った年齢が年齢だったのでやはりいち早くレギュラー取りたいっていうのもありましたしほんとにそういうことを考えればもういちばん最初に野村監督と出会えたっていうのはもう僕の中ではほんと幸せなことでしたね。
ほんとに怒られないように怒られないように…。
だから相手とやるよりベンチと試合やってたわけですよ。
野村監督と試合をやるわけですよ。
もうとにかく監督に怒られないようにやってましたんで。
結構怖がりですか?
(宮本)結構迫力ありましたよ。
野村監督?たぶん女性の前では優しいです。
まあ私が直接どなられたことはないけれど。
試合中とかに呼ばれるんですよ。
なんかミスがあったりとかしたら。
「じゃあ今はどうやって考えてやったんだ?」って言ったときにしっかり説明できたらそんなに怒られないんですけどそうじゃないときは「だからお前は!」っていう感じですごい怒られました。
褒めてはくださらないんですか?いやなかったですね。
やめられた年ですけど僕は4年目なんですけどももうやめるって分かってたので発表もされて。
そのとき僕ホームラン打ったんですよ。
で帰って来てさすがに褒めてくれるかなと思ったら「おい勘違いすんなよ」って言われたんです。
いやぁ…。
それはだから1本のホームランでお前はそういうバッターじゃないんだよっていう教育だったと思うんですけどああやっぱり最後まで褒められなかったなと思って。
へえ〜。
じゃあ監督は全然俺の気持ちを分からないとかそういうような不満やこう…。
ほんと最後の方はよく叱られてですねやめないかなって思ったときはありましたけど。
野村監督そろそろ引退すりゃいいのにとか?
(宮本)思ったことはありましたけどでも今考えるともう少しやっておきたかったですね。
監督と?はい。
最低でも5年以上一緒にやったらもっといい選手になれたんじゃないかなという気持ちは少しありますけどね。
(山本)あかりの仕事は何ですか?パナソニックは「空間をつくることだ」と考えています。
顔色や食べ物の色が美しく見える空間をつくりたいのか。
まぶしさを抑えたあかりに包まれた安らぎの空間をつくりたいのか。
お子さまの勉強一家だんらんくつろぎといろいろに使える空間をつくりたいのか。
暮らしに合わせたあかりで空間を豊かに。
パナソニックLED。
人生を変えるパナソニックリフォーム。
(西島)なぜ冷凍室でエアコンの実験をしているんだ?その日工場内にある冷凍室を訪ねた。
エアコンの実験室だという。
この部屋は極寒の気候から灼熱の気候までを再現する。
日本は南北に長く季節による気温変動も激しい。
例えば北海道は亜寒帯沖縄は亜熱帯に属する。
厳しい気候の土地だからといってエアコンが止まるわけにはいかない。
それがエアコンの責任なのだ。
だからマイナス25度からプラス55度までの環境にさらして耐久性実験を行っているという。
最も厳しい環境に試される製品は最も信頼できる製品だ。
お客さまにとっていいエアコンってなんだろう?彼らは今日もまたその答えを探し続けている。
宮本さんはヤクルト一途でしょ?はい。
まあいろんな選手がいらっしゃるけれども移籍したりメジャーにいかれたりする方もいらっしゃるし。
その可能性だってなかったわけではないでしょ?あの…フリーエージェントの権利っていうのは取りましたので少し考えたことはあります。
おお〜。
でもちょうどチームの転換期でですね古田さんが兼任監督をやられてやめて…っていうときに僕がフリーエージェントを持ったのでそのときに移籍したらなんか逃げたみたいな感じに…僕の中でですね。
やっぱりこの弱くなったチームをみんな若い選手と一緒にやってもう一回強くしたいっていう気持ちの方が強かったのでやっぱり残るべきだなと思って残りましたね。
そのためにはどうしようと思われたんですか?
(宮本)まあ若い子にはすごく…2008年なんですけども意識的に厳しくしました。
試合に出る選手が若くなってきたのでちょうどほんとに転換期で。
世代交代が。
その中で僕は試合に出させてもらってたので90年代ヤクルトが強かったときのことを少しでも僕は体験してるのでそれを伝えるにはある程度厳しいこともやらないといけないと思ってましたんでそういうことは意識的にしましたけども。
まあ口うるさいとは思うんですけどもそれでも…。
叱るときは結構怖いんでしょ?怖いと思います。
どんなふうに?手は出しませんが…。
手は出さない?口では?
(宮本)僕は結果とかでは怒らないので。
そのプロセス…前の段階でこうやってやろうよって言ってたことをやらなかったときにすごい怒りますね。
例えばどういうことは許さないどういうことを大事にしてほしいと…。
(宮本)例えばお互いにですねカバーリングってまあ…お聞きになるか分からないですけど送球してもしミスしたときのためにみんなカバー行くんですけどプロ野球なので例えばキャッチャーからピッチャーに返す作業っていうのはほとんど悪送球…違うとこに投げたりしないんですよね。
でもそれでもランナーがいたらセカンドショートっていうのはこうやってカバーにいちいち行くわけですよ。
一応念のためにね。
万が一のために。
ほんとに万が一もないぐらいですプロでいうと。
でもその無駄なことを一生懸命できるかどうかっていうのはすごい大事なんです。
結局無駄じゃないので。
そういうその…指導方法みたいなものはどういうふうに宮本さんは身に付けられたんですか?基本的には高校時代から厳しいとこでやってたんでどうしても僕は厳しいっていう…まあ皆さんもたぶんそういうイメージが強いんですけども北京オリンピックで主将を任されたときに結構一方通行的にトップダウン型っていうんですかね「こうやってやるぞ!ついてこい!」みたいな感じでやってたんですけども大失敗しまして。
はい。
メダルも取れずにほんとに期待に応えられなかったんですけどもあれはほんとに自分の中で反省してまずは自分の行動とか言葉とかこれがしっかりしてないと誰も言うことは聞きませんのでこれはやっぱり基本的にあります。
しっかりした行動を執るという…。
自分自身がちゃんとできてないのに人に「お前あれやれ」とか「これができてない」とか…。
(宮本)それは絶対無理なので。
あとはある程度若い選手にも意見を出させたりとかっていうのもしないといけないと思いますし。
ほんとにあの…やはり人間なんでいろいろ不平不満もあるでしょうしそういうときに臨機応変さがないとですね柔軟さがないと上には立てないのかなとは思います。
一般の会社でいえば社長とか取締役重役とかで宮本さんのポジションっていうのは…。
中間管理職みたいなもんですね。
中間管理職的な?なので選手にもやっぱ立場が全然違うんで完全にレギュラーでどんなことがあっても外されない選手もいれば1軍2軍を行ったり来たりしてる選手もいるのでやっぱりそういう立場立場でかける声は違ってくるのは確かですね。
1軍2軍行ったり来たりしてる選手なんかはどういうふうにしてこう…。
(宮本)僕はだからその…「チームのためって思わなくていい」って言うんです。
おお…。
自分の生活もかかってるんで1軍2軍行ったり来たりしてる選手は自分のことを考えろってそれがチームのためになるって話はするんです。
ただよっぽどのことじゃないかぎり外されないレギュラーっていうのはやっぱりチーム優先に考えないと駄目だと思ってるんですね。
さっきご自身で中間管理職っておっしゃいましたけれどもこの…景気がいいのか悪いのかよく分からない会社がどうなるのかよく分からないっていう時代の中間管理職の皆さんにどういうふうにして生きていくといいよっていうお言葉はあります?僕はもうほんと昔から失敗を失敗としてちゃんと自分で認めるっていうのはすごく大事だと思ってるんで。
あの…ほんとに言い訳は進歩の敵じゃないですけどもとにかく自分がミスしたら自覚をして隠すことなく失敗したんで申し訳ありませんでした次頑張りますって言える気持ちは常に持っていたいと思ってるんで。
弟よりも更に若いような…。
(宮本)いやそれはもうミスはミスなので試合のときでもそうですけどミスしたときは悪いごめんっていうことはすごい…絶対に言ってたので。
試合のあととかミスで負けたときってやっぱ記者も聞きづらいですよねやっぱり。
僕はそういうときこそ答えるようにはしてましたね。
でもここは謝っとこうと思って謝ったら翌日の朝刊かなんかに「宮本のミスで負けた!」とか書かれたらちょっと…。
それはもうしかたないです。
もうほんとに自分でミスだと思ってるんで。
それをああだこうだ言い訳するのはやっぱ男らしくないので。
そこは常に心がけてるので。
ほう〜…いい男ね。
いや…ありがとうございます。
(一同)あははっ!今の新しくどんどん入ってくる若い選手宮本さんは世代が代わってきたなとか考え方が違うなとかそういうギャップを感じることもありますか?
(宮本)はい。
あの…僕らが若いときも上の人から「最近の若い者は」って言われてたと思うんですけどもまあ順番なのでねそれはあんまり気にせずにですねただその…言われたことは忠実にやります最近の子はほんとに。
ほう〜。
ただそれ以上考えてその上のことをやろうとはあんまりしないかなという感じですね。
よく指示待ちっていわれるじゃないですか。
プロ野球もそうで言われたらそのことはやりますただ継続性がないのも最近の子かな…っていう感じはしますね。
なんかすぐ飽きちゃうみたいなところは感じます。
そういう人たちを例えば指導する立場だとしたらどういうふうに…。
やっぱり常に目はかけてあげないといけないのかなという気はします。
例えば?「何々おはよう。
どうだ?調子は」みたいな。
僕これだけでもたぶん全然違うと思うんで。
ほんとに継続できるように…継続すれば…やっぱ才能あってプロの世界に入ってきてるんでみんなが一流選手というかねその可能性を秘めてるのでもし僕が現場に戻ればねそういうふうに気づかせてあげられるような野村監督のような…なかなかあの人までにはなれないと思いますけども選手にアドバイスとかできたらいいなとは思います。
でもほかの球団の若手に「宮本さん教えてください」とか「指導してください」って言われるんですよね?あの…まあほんと知り合いを通してジャイアンツの坂本くんっていうのは自主トレ一緒にさせてほしいって…。
自主トレの段階で…。
(宮本)違うチームでしたけどもプロ野球界の全体のレベルが上がるんであればそれでいいですし…。
ただそのヤクルトがもう10人ぐらいいる中に1人で来るという勇気がね…。
いろんな意見があったんですけど敵チームに教えてとか。
でも実際に彼が来ることによって彼はバッティングが特長なのでうちの若い選手が坂本を見て勉強した部分もありますし。
それはもう持ちつ持たれつなので来たら…一緒にやれば。
ええ〜実はその引退のときにお子さんが4人いらっしゃる?そうなんですはい。
男の子…。
(宮本)女の子女の子男の子女の子です。
あっじゃあ男の子は1人。
そうなんです。
そのご長男が投げられた?そうです。
そのときの映像があるようですよ。
あっそうですかはい。
投球をご覧いただくのは野球を始められた恭佑くんです。
皆さんどうぞ大きな拍手でお迎えください!打席には宮本慎也選手が入ってくれます。
(観客たち)おお〜っ!ナイスストライク!
(阿川・スタジオ)ちゃんと届いて…。
(宮本・スタジオ)ふふふっ。
大きな拍手をお送りください!ナイスピッチング!うれしそうな。
そうですね。
どうでした?こっちの方が泣いちゃいそう。
(宮本)あははっ。
僕がよくスローイングがいいって…投げるのが上手だってよく言われてたんですけど息子が変なとこ投げたらちょっとなんか言われるなと思ったんで。
4〜5日前に一緒に練習してですね。
僕ら硬式でやってるボールも大きいんで少し練習させて…。
まあ来たときにベンチ横で最初キャッチボールしたらいつもよりいい投げ方したので親バカですけどちょっと本番に強いタイプかなと。
(一同)あははっ!でもお子さんたちはパパが引退することについてはどういうふうに理解してらっしゃるんですか?息子だけはやめてほしくないみたいなことは言いましたけど。
息子には分からないと思ったんですけどプロ野球っていうのはもう力がなくなったらやめないといけないからもうお父ちゃんはやめないといけないんだよっていう話はしました。
大丈夫もうすぐ監督になるから。
あははっ!いやいや…。
ふふふっ。
それではそろそろもう一曲選んでいただいてると思いますが。
今宮本さんを元気づけてくれる曲というのは?はい。
ゆずの「withyou」という…。
急に若くなりますね。
(宮本)あははっ!ゆずですかいな?
(宮本)はい。
息子の運動会のときにその…息子が風呂敷みたいな大きいのをみんなで囲んでこう…膨らませたり波打たせたりとか…。
はいはい。
(宮本)ずっと練習してたのを知ってたんでそれに合わせる曲がこの曲だったんですよ。
でこの曲いいなと思ってで最後の年なんですけど打席入るときにこの曲をかけたんですよ。
へえ〜。
歌詞もやっぱりその…「きっといつか夢を掴むその日まで」とかっていうフレーズとかですね。
やめてからもそれなりに夢はあるんでそういうのがかぶったりとかしてすごいいい曲だなと思いまして。
ちなみに夢はなんですか?
(宮本)ええ〜まあ…監督やったりとか…。
あっやっぱりね。
GMとか…野球界の中でそういうお仕事ができたらいいなというふうには思ってますけども。
えっやっぱりついついヤクルトが気になるっていうのはあるんですか?いやもう気になりますね。
ほんとオープン戦のときから違う球場に取材に行ってもですね携帯電話で途中経過を見たりですね。
あははっ!ほんとに?すごい気になるんですね。
あんまり予想としては僕も最下位に予想してるぐらい戦力が少しちょっとしんどいので。
今?じゃあ解説者として取材に行きつつつい…。
(宮本)そうなんですよ。
もう心の中ではほんとは…。
初めて解説した試合がヤクルト戦だったので。
もうあんまり言葉に出したら駄目なので解説はしっかりね平等にといいますか…。
ほんとにやってたかな?あの…そういう評判です。
あははっ!ちゃんとやってたという評判。
人間が
(安藤)って言うんです本当に。
なるほど2014/04/19(土) 07:30〜08:00
MBS毎日放送
サワコの朝[字]【本塁打打ち怒られた宮本慎也】
ゲスト・宮本慎也/プロ野球解説者▽第1回WBC、北京五輪とキャプテンを務め、プロ野球界のリーダーであった宮本慎也が野村克也から受けた教訓とは!?▽阿川佐和子
詳細情報
番組内容
ゲストはプロ野球解説者の宮本慎也。守備の名手として鳴らし、セ・リーグで史上最多となる10度のゴールデン・グラブ賞を受賞。アテネ、北京と2度のオリンピックにキャプテンとして出場。球界のリーダーとして、チームの垣根を越えて後輩を引っ張ってきた。東京ヤクルトスワローズで自身を育ててくれた野村克也との関係や、野村から教えられた教訓なども明かす。宮本慎也のリーダー哲学、そして男としての哲学に迫る。
出演者
【司会】
阿川佐和子
【ゲスト】
宮本慎也(プロ野球解説者)
制作
【製作】MBS TBS
【制作協力】TBSビジョン
ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
スポーツ – 野球
福祉 – 文字(字幕)
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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