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遅咲き冒険者(エクスプローラー) 作者:安登 恵一

第二章 冒険者と鉱山の街

第二十九話 野営と暇な夜

 オークの緩慢な一撃が黒騎士に向かって振り下ろされた。

 黒騎士はするりと横に躱し、そのまま背後へと回りこむ。そしてそのままオークを掴み、上空へと投げ飛ばした。

「いっけぇぇぇ!」

 マルシアの気合が入った声と同時に、氷の矢が飛び出していく。その矢は頂点に達し、為す術なく落ち始めたオークの頭を見事に貫いた。全身から力が抜け、大きさに見合う重量を持った体躯が盛大な音とともに大地へと落ちた。

「命中精度もかなり上がったな」

 俺は素直にマルシアを褒める。魔力切れまで起こして学び取った魔石の扱い方は、かなりのレベルに達していた。

 レベル3以下なら二人に任せるようにしてみたが、これならば問題はなさそうだ。しばらくの間、経験も兼ねて二人で戦ってもらうことにしよう。

 ついでに戦利品の剥ぎ取り方も教えようとしたが、マルシアの表情は冴えない。これに関してはまだまだ時間が必要なようだ。

 一方、シルヴィアは直接触れていないからなのか、躊躇いなくオークを解体していった。



 アルフたちが街を発ってから一週間ほどが経ち、だいぶリスタンブルグの生活にも慣れて来た。

 ここのところマルシアの魔石杖の試し打ちと近場の魔物たちの把握のため、リスタンブルグ周辺で狩りを行っていた。

 リスタンブルグ周辺はお約束の魔物御三家ばかり。さすがにテレシアから離れたと言っても数日の距離。人が活動する範囲では、魔物たちに代わり映えはなかった。

 仕方ないので今回はシルヴィアやマルシアの経験も兼ね、野宿を視野に遠出をすることにした。リスタンブルグから来るまでにも野営はしたが、風の騎士団による引率のお陰でさほど緊張感はなかった。ダークウルフの襲撃も圧倒的な戦力で押し潰してしまったので、経験とは言い難い。冒険者に必要な心構えすら出来ていないのは危険だ。

 いつも通りに狩りを行っていると、やがて夜がやってくる。

 途中で仕留めたオークの肉が今日の夕食だ。携帯用の小さな火魔石を置き、火をおこす。そして切り分けた肉をかざして焼いていった。滴り落ちる肉汁が魔石に触れないように気をつけておく。汚れてたところで使用には問題ないが、まあ気分的な問題だ。

 数日程度の野営であれば肉だけでも十分なのだが、シルヴィアたちのことを考えると野菜類を手に入れたほうがいいかもしれない。風の騎士団との野営では、アルフたちが野草を取って来ていたことを思い出した。食える魔物の肉と薬草類の知識はあるが、残念ながら食べられる野草の知識は持ち合わせていない。街に戻ったらギルドの資料室あたりを漁ってみるか。

 オーク肉の焼ける匂いが辺りに充満する。やはり一日中動いていると腹が減る。その匂いに釣られるように肉にがっつくと、二人もそれに倣うかのように食べ始めた。

 満足に腹が満たされると、次にやって来るのは眠気だろうか。隣のマルシアがうとうとと船を漕ぎ始めた。それを見た俺は、天幕に送ってそのまま一緒に休むようにとシルヴィアに命じる。最初から一人の番は無理だろう。人数的には三交代がベストだが、暫くは俺と二人の二交代制でやっていくことにする。

 静かな夜の番は敵の出ない警備と等しく、暇である。二人ならば会話でもしながら時間は潰せよう。しかし、一人だとまるで精神修行をしているような気になってくる。

 そんな時に思い返すのは新人時代の記憶だ。一人だとどうしても眠くなってくるのは否めない。一度そのまま寝てしまい、先輩に大目玉を食らったことがあった。敵が出なかったから良かったものの、あの時のことを思い出すと本当に愚かだ。その分、戒めとして心に刻むことは出来たのだが。

 一瞬だけ感覚強化(ブーストセンス)で五感を強化し、辺りの魔物の気配を探る。引っかかるものは特に感じられない。

「さて、ここからが暇だな」

 番をしていると、つい独り言を呟いてしまうのは俺の癖だ。無言でいると、いつの間にかに自分の意識が落ちていそうな気がするからだ。端から見たら変な人間に思われそうだが、どうせ見てるとしても魔物の類だろう。

 長い夜の間、俺はこれからの予定を考えながら、ぶつぶつと他愛もないことを呟いていた。



 月が下降を始める頃、交代の時間がやって来る。

「お前たち、時間だ」

 俺は天幕を覗き込み、二人に声をかけた。

 しかし、起きる気配はない。仕方なく揺り動かすがそれでも二人の反応は薄い。いつものように熟睡中のようだ。野外でもきっちり眠れる精神は褒めるべきところなのかもしれない。

 仕方ないので俺はゆっくりと息を吸い込み――。

「お前ら起きろ!」

 語気を強めて言った。声が通る範囲に魔物が居ないのは確認済みだ。

 その声にようやく二人は深い眠りから覚めた。しかし、やはりというか二人は寝惚けていた。シルヴィアは相変わらず抱きついてくるし、マルシアは「おはおーございまう」と言ってまた寝床に倒れこんでしまった。俺はため息を一つつくと、二人の頬をぺちぺちと叩く。これならば以前の襲撃時みたいに怒鳴ったほうが良かっただろうか。

 ややあって、二人の意識は完全に覚醒を果たした。

 頭を掻きながら寝起きについて注意をすると、二人は申し訳ない顔をして謝った。まあ、これもまた徐々に慣れていくしかないだろう。

 少々不安は残るが、二人と番を交代する。

 俺はようやく眠りにつくことが出来た。



 空がうっすらと光を帯びる頃、俺は寝床から抜け出した。

 明けたばかりの朝の空気は格別だ。覚醒していく光を浴びて、俺は1日の始まりを意識する。

「おはようございます」

 俺に気付いた二人が挨拶をしてきた。

 昨日の残りの肉を焼き、朝食をとる。朝から肉は重いのか、二人は肉よりもパンを齧っていた。俺の分のパンを二人に分けると、肉のほとんどを一人で平らげる。

「そういえば昨日、シルヴィアちゃんと二人で考えていたんですよ」

「……何をだ?」

 突然の言葉に、どうせろくでもないことだろうと俺は眉を顰めた。

「私たちのパーティ名です。無いと不便じゃないですか」

 見張りが暇すぎたのか、そんなことを考えていたのか。

 確かにギルドにパーティ登録はしてあるが、これといった名前はつけていない。基本的にリーダーである俺が呼ばれるだけだし、自分からパーティ名を誇る奴は稀だ。もちろん、レベルや実績もそれなりあるならパーティ名を名乗った方が通りがいいのはある。しかし、現時点での俺たちを見てみれば実績もレベルも何もない。どう考えても新人が調子に乗ってつけた感じが出てしまうだろう。ああ、嫌なことを思い出しそうになった。

「……一応聞くが、どんな名前なんだ?」

 はなっから否定するのも何なので、名前の候補だけは聞いてみることにした。

「一つ目は『黒の騎士団』」

 マルシアは得意そうな顔で言う。

「……風の騎士団のパクリじゃないか。それに騎士というには一人しか該当する奴が居ないぞ。どう見ても黒の騎士と従者ってのが関の山だろ」

 俺は呆れた顔で返す。

「むー。それじゃ二つ目は『エルヴンハーツ』」

 今度は不満顔で次の候補を発表する。

「リーダーを蔑ろにするな。名前からしてエルフしか居ないみたいだろう」

 俺はため息を付いた。

「じゃあ三つ目の『愛の探求者』」

 なんだかもう投げやりだ。

「冒険しろ、冒険。ギルドでそんなパーティ名見かけたら爆笑する自信があるぞ」

 俺は乾いた笑いを浮かべる。

「折角頑張って考えたのに全否定じゃないですか!」

 ついにマルシアが怒った。

「……せめて突っ込まれない名前にしてくれ」

 俺は頭を掻いた。朝から元気だな。

「じゃあイグニスさんの昔のパーティ名にしましょう。確かえいゆ……」

「人の傷をえぐるなっ!」

 思わず叫んでしまった。ここでその名前を聞くとは思わなかった。ほんと頼むからやめてくれ。

「……その三つが二人で考えた名前か?」

「……いえ、私が考えました」

 小さく零すように言うマルシア。ああ、やっぱり一人でか。何となく安心した。

「それならシルヴィアもなにか考えついたのか?」

 マルシアよりはマシだろうと、シルヴィアにも聞いてみる。

「えっと……ひとつだけ」

 シルヴィアは発表するの恥ずかしいのか、躊躇いがちに口を開いた。

「言ってみろ。少なくともマルシアよりはマシだと思うから」

 その言葉に、マルシアは何か言いたそうな顔でこちらを見ているが気にしないでおく。

「……フレースヴェルグ、です」

「……知らない言葉だな」

 顎に手を当て、知識の中から該当する単語を探したが、俺の頭の中にはないものだった。

「世界樹に住むと言われている大鷲の名です。風を起こす者という意味もあります」

 ふむ、風を起こす大鷲(フレースヴェルグ)か。俺は空を見上げ、天を駆ける大鷲を想像した。

「いいんじゃないか?」

 その前に出た三つよりはずっとまともだ。

「……そうですね。私もいいと思います。イグニスさんがつけるよりはずっと」

 マルシアも賛同した。しかし、一言多い。

 その日、俺たちのパーティ名が決まった。まだ身の丈には合っていないだろうが、いつか大空に羽ばたけるようになりたいものだ。
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