二章 少女の過去
目を覚ましたとき、少女は知らない部屋にいた。穏やかな水色のカーペット、底の深い木の枠に白いマットレスのベッド、木製の茶色い机といす一組。随分と質素な部屋だが、少女が暮らしてきた空間よりもよっぽど部屋らしかった。
ベッドに寝転がり何も考えずに呆けていたかったが、部屋が大きく揺れベッドの木枠に頭をぶつける。
「――つっ」
何事かと思い丸窓から外を見る。
そこには――無数の煌めきがあった。
否、一面の海が広がっていた。至る所で波のうねりに日光が光り、海面の輝きが現れては消えるのを繰り返している。それはいつも見ていたどんな星空よりもきれいで、まるで海の星空のよう、少女は思わず見惚れてしまっていた。
はたと少女は思いつく、今自分がいるのは船室で、船なら甲板があるのではないか、甲板に行けば直接この光景を見られるのではないか。少女はそう思うと我慢できずに船室を飛び出した。廊下に出るとすでに潮の匂いがしていて、波の音が僅かにする方へ急ぎ足で向かった。光が見える、少女は甲板に出ると潮の匂いを胸いっぱいに吸い、海の光景を網膜に焼き付けんばかりに見ようと柵から身を乗り出した。生で見てもやはりきれいだ。
鳥が二羽こちらに飛んできて柵に止まった。カモメという鳥であろうか、母に一度聞いたことがある。鳥はお互いつつき始めて仲が良さそうだ。
ん? 何かが引っかかる。
そう、なぜ私は船にいる。
船にいる前は何をしていた?
――頭の芯がキリキリ痛む
――思い出せなくてもどかしいこの感じ
頭では落ち着こうとしているのに心臓は早鐘を打ち、手足は震える。
――あぁ、そうだ父さんと母さんに山に連れてかれて――
心臓はさらに早く鼓動し、身体が震える。
――えっと山に登って、――
歯がカチカチ警告音を鳴らし、手足が痺れ冷たくなり頭の奥が重く熱くなる。
――そうだあのとき私は――
激しい嘔吐感が胃を駆け巡り、耳鳴り、めまいが起きて……床が傾いた。
――裏切られたのだ――
思い出したくなかった。忘れようとしていた。なのに、私は思い出してしまった。床に倒れた私の目から涙が零れ落ちる。なぜだろう、どうしようもなく悲しいことであるはずなのに泣き声が出ない。頭は白くなり、世界が止まってしまえばいいのにそんなことを意味もなく思って、ただ波の中でいつまでも揺られていたかった。涙越しに見る青空はひどく歪んで見え、擦っても直ることはなかった。
私ことカッティは人口百人ほどの集落で生まれ育った。
本当に小さな集落だったため、外部との行き来はなく閉鎖的なところだった。
病院もないので集落に住んでいた産婆さんの手によって私は生を受けた。産婆さんは無事赤ちゃんを取り出し産声を上げさせ、へその緒を切り母親に抱かせてあげようとした。普通ならば順調に育っていくはずが、不運にも私は特異な子供だった。へその緒の断面が一瞬にして治るのを産婆さんが目撃してしまった。私の処遇を村長に決めてもらいに両親は長の家に向かった。閉鎖的な村から見たらこの少女は明らかに異端、最悪追い出せばいいが村長は違った。
私を異端と村に公表した上で災いのはけ口、元凶にしようと考えたのだ。それから私は日常的に迫害され続けた。石を投げられ罵倒され、次の日にはきれいに傷が治っていることで化け物扱いされる日々だった。何度自殺しようとしたことだろう。傷は治ってしまって無駄だと知っているのに。
そんな苦痛にまみれた日々の中ででも両親は味方でいてくれた。私が自分を傷つける度にきつく叱ってくれて、泣いているときには私の名前を呼びながら優しく抱きしめてくれた。化け物な私でも誰かに大切に思われている、それが無性に嬉しかった。
私の十二回目の誕生日、サプライズがあると言った母に、初めて村の外へ連れていかれた。村の外のことは話にしか聞いたことがなく、平静な振りをしていたが内心舞い上がっていた。
長い間、車に揺られ山に到着した。しかし、未だサプライズが何か分からない。
「そこで目を瞑ってて。絶対開けちゃだめだよ」
母が楽しそうに言ったのが聞こえたので言うとおりにした。
「――いいよ」
しばらくして母がまた言った。私は期待して目を開けた。
母と父は満面の笑みで私の周りには私をいじめる大人たちがいた。
目の前の光景が理解できず、唖然とした。
「あはははははははっ」
奴らは何を思ったのか私を見て笑っている。
私はこわばる口元を動かして聞いた。
「ねえ、お母さん、どういうこと。説明してよ。ねえお父さんもなんで何も言わないの」
「ぎゃはっはひふははひっはは」
突然母が下品な声で笑いだした。
「うっせえんだよ、このガキが」
と続けて私を蹴った。
「おまえを育てるのにも疲れたんだよ、おまえの名前『カッティ』の意味知ってるか。化け物だよ化け物。何呼ばれて喜んでやんの。あーあ、何で私はこんな子生んじまったんだろうね。生まなければ化け物の面倒見なくてもよかったのに」
私は母から吐き出された言葉の意味が理解できなかった。母の変わり果てた姿を見ながら、私の意識は薄れていった。