一章 少年と少女の邂逅

    

 とある山奥に罵声が響きわたる。
 大の大人十人ばかりがある一点を輪にして囲んでいた。囲まれているのは、歳も十ばかりのみずぼらしい格好をした少女だった。
 倒れていて身動きもしない少女に、夫婦だろうか紅一点だった女性と一人の男性が進み出た。すると女性の方が少女を蹴りだした。腹、顔、腹。ひどく暴力的な光景だったが、周りの男達は誰も目を背けず、横にいる男性はどこか安心したような顔で見ているだけだった。女性は最後に一発強い蹴りを見舞うと、満足したのか、輪に戻っていった。女性と男達の集団は用事が終わったのか、少女に目もくれず来た道を引き返そうとした。

 そのとき、銃声が立て続けに鳴った。標的だった十数名は重そうな音を立てて地面に倒れ込み、周りの茂みから二十人近い黒ずくめの集団が現れた。彼らは全員、銃を持ち、装甲を身に付けていていかにも特殊部隊らしい服装だった。全員が死んでいることを確認し死体の処理を始め、手の空いている数人で少女を回収する。明らかに慣れている手つきだった。
「うっ」
 その中で連中の最後尾にいた一人がわずかな呻きとともに掻き消えた。しかし、誰もまだ気づかない。
「つっ」
「がっ」
 さらに二人同時に消える。
「くっ」
 また二人。土煙が上がる。
 土煙で合計五人が姿を消したことに、黒ずくめの連中が気付く。一人が合図をし、運んでいた少女を中心に円形に展開してどこかに居る敵に警戒する。空気は張りつめ、物音一つ聞き逃すまいとする。
 突然一つの茂みが動き、葉が擦れた音が鳴る。黒ずくめ達の意識が一瞬その方向へそれたとき、一人の持っていた銃が上に跳ね上がり、指が引っ掛かったのか引き金が引かれ、発砲音が空気を揺らす。それと同時に次々と黒ずくめ達が銃を構えたまま倒れる。恐らく視界の端で仲間が倒れたのを見た時、すでに意識はなかっただろう。
 しばらくして黒ずくめ達が起きると、すでに少女は奪われ、敵の姿は疎か倒れていること以外には襲ってきた痕跡さえ残っていなかった。

 少年は茂みの中に息を潜めて隠れていた。
 茂みの葉と葉との隙間からそっとのぞくと、一人の少女が大人達に囲まれて罵倒されていた。おそらくあの真ん中にいる彼女が今回のターゲットだろう。
 それにしても随分と大人気ない、少年は思う。いくら少女が化け物じみていてもあそこまでする事はないだろうに。
 そのうち大人気ない大人の内の二人が少女に近づき、女性の方が少女を蹴り始めた。女性の言葉からして近づいた二人は少女の実の親だろう。彼らが操られていると言われた方がしっくりくるほど悲惨な光景だったが、暴力を振るうその顔は憎しみに満ちていてそうは思えない。普通は永遠の味方とも言えるはずの両親に恨まれたその少女に、少年は心から同情した。
 この辺りで少女を救出しなければと思ったが、少年の体は動くことを許されなかった。まだ待たなくてはいけない、きっと奴らは来る、そう頭の隅で思ってしまう、その可能性を考えてしまう。もう少年はその思考に従うしかなかった。
 少女をいたたまれない気持ちで見続けて数十秒、待ちに待った瞬間がやってきた。
 銃声が鳴り響き、奴ら、黒ずくめが現れる。
 数は二十人ほど、地道に数を減らすか。
 両手に篭手を着け、勢いよく飛び出る。
 思考を加速――奴ら全員の死角となる一瞬を見極める。
 身体を加速――足音を殺し重心を前へ前へと傾けながら一人に接近、飛び出した勢いでそのまま倒れ込むように相手の口の中に手を突っ込む、と同時に頭をひざで打ち意識を失わせる。
 息を整え再度身体の時を加速させる。次は二人、今のことを片方ずつ別々で同時にすればいいだけだ。
 しかし、もう一度折り返した時に足が地面を引きずり土煙が起きた。黒ずくめ達は襲われていることにやっと気づいたようで、とたんに警戒し円形に展開し始めた。
 そこで、少年は足下にあった石を遠くの茂みに向かって投げる。石は茂みに命中し、風さえ吹くのをためらっていた空気の中に葉擦れの音が響きわたる。その瞬間から少年は身体の時を加速する。さらに茂みの方しか警戒していない相手まで接近し、自分を射線からはずすため相手の持つ銃を右手で跳ね上げる。
「――シッ」
と同時に短く息を吐き出し、左手を腰だめに構え、全体重を乗せて正面に突き出す。移動速度と左手の威力が衝撃へと変換された掌底が、相手の首に当たる。掌底を受けた相手が水平に飛び反対側にいた一人に勢いよくぶつかるのが視界に入るのを確認した後、一歩踏みだし輪の中に入り一人ずつ片手で後頭部を殴り意識を奪っていく。計十二手、一人一発、黒ずくめの装甲には対衝撃の機能はなかったらしい。あまりにもあっけなく終わってしまった。少し残念に思いながら、頭を一人ずつ小突き意識がないことを確認する。
 息切れが激しく少し朦朧とする意識の中で、未だ気を失い倒れている少女を背負い少年は帰路を急いだ。

    

inserted by FC2 system