第二十一話 雨季と休暇
今は雨季のまっただ中。
窓から見える景色も雨に遮られて虚ろだ。
晴耕雨読。こんな日に外へと狩りに出るのは面倒臭い。
パーティでこれといった目的がない限り、大抵の冒険者は雨季になると引きこもることになる。
金のない冒険者なら割のいいアクアリザードあたりを狙うこともあるだろう。しかし、ここのところの懐事情はとても良かった。俺は腰にある貨幣袋をポンと叩く。
件の依頼報酬とリーダーの魔石、そして毛皮で金貨40枚ほど貯まったのだ。メンバーそれぞれで割って一人金貨20枚。俺とシルヴィアの分で40枚となる。どれだけ危険な任務だったのかよく分かる金額だった。
まあ、元々調査だけのはずだったのに、わざわざ原因の一部をぶっ倒してきたのだ。俺も無謀というかなんというか。
ベッドから身体を起こす。そろそろゴロゴロしてるのも飽きてきたし、どうしたものか。
俺はあたりを見回した。シルヴィアはベッドの脇で、マルシアから借りてきた本を読んでいる。なんて事はない普通の本だ。俺が子供の頃によく見てた本は、英雄やら大魔導師やらの冒険譚ばかりだった。
シルヴィアの持つ本を覗きこんでみる。タイトルは『お姫様の気だるげな午後』。内容がさっぱりわからん。英雄が攫われた姫を助けるとかなら分かりやすいんだが。
ぼーっとシルヴィアを観察していると、どうやら読み終わったようだ。ぱたんと本を閉じ、ゆっくり顔を上げると俺と目があった。
「どうかしましたか?」
不思議そうな顔で見つめてくる。
「いや、本が好きなのかと思ってな」
手に持つ本を指さしながら聞いてみた。
「……はい、昔は本ばかり読んでいたので」
そう言えば軟禁状態だったらしいな。そんな待遇なら暇つぶしの方法も限られてくるだろう。
「新しい本を借りにでも行くか?」
「……はい!」
シルヴィアは嬉しそうに頷いた。
耐水性の外套を被って町中を歩く。
やはり人影はまばらだ。そのお陰か、シルヴィアも黒騎士から出て横を歩いている。わざわざ雨の中歩きたいとは珍しい奴だ。一応にとシルヴィア用に買った外套を使いたいのかもしれない。
馴染みの店の前を通りかかり、なんとなく覗きこんでみた。やはりと言っていいのか、店には多くの冒険者がたむろっていた。狩りをしないのならば食う、寝る、遊ぶ。そのどれかだろう。実に単純だ、俺を含めて。
こんな時、本を読もうなどというような殊勝な冒険者はこの街には珍しい。そもそも本を読めるのかすらも怪しい。絵本レベルなら大体の奴が読めるだろうが、冒険者になるような歳になると、絵本なんてと鼻で笑うレベルだろう。結果、読書という選択肢が消えていく。
そういえば街には図書館もあったはずだが……ギルドの資料室の現状を見るに、機能してるのかすら怪しいな。
シルヴィアは外套とセットで買った耐水靴が嬉しいのだろうか、水溜りを見つけては踏み込んでいた。俺も子どもの頃よくやったものだ。懐かしい気分になった。
その時、何やら美味しそうな匂いが漂ってくる。匂いに釣られるように視線を向けると、雨の中にぽつんと立つ屋台を見つけた。どうやらウサギ肉の串焼きを売っているらしい。こんな雨の中、ご苦労なことだ。
雨雲で詳しくは分からないが、そろそろ昼の頃だろう。丁度いいかと思い、シルヴィアに声をかけようとするとお腹に手を当てていた。雨の音で聞こえなかったが腹でも鳴ったのだろうか。
「マルシアへの土産がてらに買っていくとしよう」
シルヴィアに聞こえるように言うと、暖簾を捲って顔をだした。店主は暇そうな顔をしていたが、俺に気づくとすぐに営業用の顔に変わった。
「へい。まいど、お幾つですかい?」
串焼きは俺なら二つ、シルヴィアなら一つで満足できそうな量だ。土産だし、多めでもいいかと六本ほど注文した。一本銅貨5枚に皮袋代の銅貨が3枚。計33枚を払うと、店主はどうせあまり客も来ないからと一本おまけしてくれた。
暖かい串焼きが入った皮袋を小脇に抱えつつ、俺たちはギルドへの道を急いだ。
そしてギルドの扉を開けると――ギルド職員が一斉にこっちを向いた。
何事かと驚いていると、視線は皮袋に集中していた。どうやら匂いに釣られたのだろう。職員の一人が「そう言えばお昼かあ」と呟いていた。
やはり雨季はギルドも暇のようだ。冒険者は一人もおらず、穏やかな時間が流れている。
ざっと辺りを見回してもマルシアは見当たらなかった。俺は近くの職員にギルドマスター室へ向かう許可をとってもらう。その際、串焼きの詰まった皮袋をチラチラ見ていた。流石に全員分はない、なので残念だが職員には涙を飲んでもらうことにした。
ギルドマスター室には爺さんと、やはりマルシアが居た。最近は爺さんの秘書みたいなことをしていると聞いたからだ。
「よう爺さん、生きてるか?」
当り障りのない挨拶を済ませると、俺は買ってきた土産をテーブルの上に置いてソファーに掛けた。食事の許可をもらい、そこから俺達の分を取り出して一つを隣のシルヴィアに渡す。
串焼きを受け取ったシルヴィアは礼を言う。そしてそれをじっとみつめ、やや躊躇いながらも口に運んだ。続いて俺も齧り付く。肉汁が口の中に広がり、香辛料が舌を刺激する。うん、美味い。
「丁度、飯にでもしようかと話していたところでの。これはありがたい」
「お土産ありがとうございます」
マルシアがお茶を入れてきた。雨の中を歩いてきた身体に暖かい茶はありがたい。俺はほっと一息ついた。シルヴィアも受け取ったお茶を美味しそうに啜っている。
「それで、今日はどうしたんですか?」
それぞれの食事が終わり、まったりとした雰囲気の中でマルシアが聞いてきた。
「ああ、それは……シルヴィア」
声をかけられたシルヴィアは立ち上がり、黒騎士の中から借りていた本を取り出した。
「ああ、本を読み終わったのね。新しいの持っていく?」
「……お願いします」
「んー次はどんなのがいいかな、なんだったら自分で選ぶのがいいよね。資料室の端に私の場所があるからそこから持って行っていいよ。読み終わった本が溜まったらそこに纏めて放り込んであるんだ」
おいこら、ギルドの資料室を私物化してんじゃねえ。まあ利用者なんか居ないんだけどさ。
「んー……じゃあ行くか」
お茶を飲み干し、大きく伸びをすると俺は立ち上がる。そしてそのままシルヴィアを連れて資料室へと向かった。
資料室はギルド受付横の階段を上がってすぐの場所にある。俺は扉の前に立つと取っ手を掴み、ゆっくりとに開いた。新しい空気が部屋を侵食していく。それと同時に薄暗い部屋に埃が巻き上がった。
「うっ……」
たまらず口を抑える。
「……これは」
シルヴィアも同じように辟易していた。
「……とりあえずマルシアの本を探すか」
確か端にあると言っていたが、埃まみれでよくわからない。取り敢えずそれらしい本をとって表紙の埃を払ってみる。そのタイトルは『わたしはメイドちゃん』――ああ、明らかにマルシアのだな。そうなるとここら辺の本が全部そうか。
シルヴィアにそのことを教えると、恐る恐る本を手に取り表紙の埃を払っていく。
俺は革鞄の中から止血用の大きな布を二枚取り出し、一枚をシルヴィアに渡す。そしてその布を口元を覆うようにしてつけた。これで多少はマシになるだろう。
適当に手にとった本の埃を払っていく。どれもこれも内容がよくわからないタイトルの羅列。こう読みたくなるようなタイトルはないものか……まあ、男と女の好みは違うから仕方がないのだろうが。
そんな中、ひとつの本が目に止まった。そのタイトルは『英雄の歴史』他のタイトルと比べてこれだけは異彩を放っていた。
英雄ね……そういえばガキの頃、マルシアに英雄について大層語った気がする。今となっては恥ずかしい思い出の一つだな。
俺は自虐的に笑うと、その本を借りることにした。他に目ぼしい本もなかったしな。
そんな俺の横で、シルヴィアが3つの本を並べて悩んでいた。随分と真剣な顔をしてるので、ついつい覗きこんでしまった。
その本のタイトルは――まあ、皆似たようなものだった。
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