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遅咲き冒険者(エクスプローラー) 作者:安登 恵一

第二章 冒険者と鉱山の街

第二十一話 雨季と休暇

 今は雨季のまっただ中。

 窓から見える景色も雨に遮られて虚ろだ。

 晴耕雨読。こんな日に外へと狩りに出るのは面倒臭い。

 パーティでこれといった目的がない限り、大抵の冒険者は雨季になると引きこもることになる。

 金のない冒険者なら割のいいアクアリザードあたりを狙うこともあるだろう。しかし、ここのところの懐事情はとても良かった。俺は腰にある貨幣袋をポンと叩く。

 件の依頼報酬とリーダーの魔石、そして毛皮で金貨40枚ほど貯まったのだ。メンバーそれぞれで割って一人金貨20枚。俺とシルヴィアの分で40枚となる。どれだけ危険な任務だったのかよく分かる金額だった。

 まあ、元々調査だけのはずだったのに、わざわざ原因の一部をぶっ倒してきたのだ。俺も無謀というかなんというか。

 ベッドから身体を起こす。そろそろゴロゴロしてるのも飽きてきたし、どうしたものか。

 俺はあたりを見回した。シルヴィアはベッドの脇で、マルシアから借りてきた本を読んでいる。なんて事はない普通の本だ。俺が子供の頃によく見てた本は、英雄やら大魔導師やらの冒険譚ばかりだった。

 シルヴィアの持つ本を覗きこんでみる。タイトルは『お姫様の気だるげな午後』。内容がさっぱりわからん。英雄が攫われた姫を助けるとかなら分かりやすいんだが。

 ぼーっとシルヴィアを観察していると、どうやら読み終わったようだ。ぱたんと本を閉じ、ゆっくり顔を上げると俺と目があった。

「どうかしましたか?」

 不思議そうな顔で見つめてくる。

「いや、本が好きなのかと思ってな」

 手に持つ本を指さしながら聞いてみた。

「……はい、昔は本ばかり読んでいたので」

 そう言えば軟禁状態だったらしいな。そんな待遇なら暇つぶしの方法も限られてくるだろう。

「新しい本を借りにでも行くか?」

「……はい!」

 シルヴィアは嬉しそうに頷いた。




 耐水性の外套を被って町中を歩く。

 やはり人影はまばらだ。そのお陰か、シルヴィアも黒騎士から出て横を歩いている。わざわざ雨の中歩きたいとは珍しい奴だ。一応にとシルヴィア用に買った外套を使いたいのかもしれない。

 馴染みの店の前を通りかかり、なんとなく覗きこんでみた。やはりと言っていいのか、店には多くの冒険者がたむろっていた。狩りをしないのならば食う、寝る、遊ぶ。そのどれかだろう。実に単純だ、俺を含めて。

 こんな時、本を読もうなどというような殊勝な冒険者はこの街には珍しい。そもそも本を読めるのかすらも怪しい。絵本レベルなら大体の奴が読めるだろうが、冒険者になるような歳になると、絵本なんてと鼻で笑うレベルだろう。結果、読書という選択肢が消えていく。

 そういえば街には図書館もあったはずだが……ギルドの資料室の現状を見るに、機能してるのかすら怪しいな。

 シルヴィアは外套とセットで買った耐水靴が嬉しいのだろうか、水溜りを見つけては踏み込んでいた。俺も子どもの頃よくやったものだ。懐かしい気分になった。

 その時、何やら美味しそうな匂いが漂ってくる。匂いに釣られるように視線を向けると、雨の中にぽつんと立つ屋台を見つけた。どうやらウサギ肉の串焼きを売っているらしい。こんな雨の中、ご苦労なことだ。

 雨雲で詳しくは分からないが、そろそろ昼の頃だろう。丁度いいかと思い、シルヴィアに声をかけようとするとお腹に手を当てていた。雨の音で聞こえなかったが腹でも鳴ったのだろうか。

「マルシアへの土産がてらに買っていくとしよう」

 シルヴィアに聞こえるように言うと、暖簾を捲って顔をだした。店主は暇そうな顔をしていたが、俺に気づくとすぐに営業用の顔に変わった。

「へい。まいど、お幾つですかい?」

 串焼きは俺なら二つ、シルヴィアなら一つで満足できそうな量だ。土産だし、多めでもいいかと六本ほど注文した。一本銅貨5枚に皮袋代の銅貨が3枚。計33枚を払うと、店主はどうせあまり客も来ないからと一本おまけしてくれた。

 暖かい串焼きが入った皮袋を小脇に抱えつつ、俺たちはギルドへの道を急いだ。

 そしてギルドの扉を開けると――ギルド職員が一斉にこっちを向いた。

 何事かと驚いていると、視線は皮袋に集中していた。どうやら匂いに釣られたのだろう。職員の一人が「そう言えばお昼かあ」と呟いていた。

 やはり雨季はギルドも暇のようだ。冒険者は一人もおらず、穏やかな時間が流れている。

 ざっと辺りを見回してもマルシアは見当たらなかった。俺は近くの職員にギルドマスター室へ向かう許可をとってもらう。その際、串焼きの詰まった皮袋をチラチラ見ていた。流石に全員分はない、なので残念だが職員には涙を飲んでもらうことにした。

 ギルドマスター室には爺さんと、やはりマルシアが居た。最近は爺さんの秘書みたいなことをしていると聞いたからだ。

「よう爺さん、生きてるか?」

 当り障りのない挨拶を済ませると、俺は買ってきた土産をテーブルの上に置いてソファーに掛けた。食事の許可をもらい、そこから俺達の分を取り出して一つを隣のシルヴィアに渡す。

 串焼きを受け取ったシルヴィアは礼を言う。そしてそれをじっとみつめ、やや躊躇いながらも口に運んだ。続いて俺も齧り付く。肉汁が口の中に広がり、香辛料が舌を刺激する。うん、美味い。

「丁度、飯にでもしようかと話していたところでの。これはありがたい」

「お土産ありがとうございます」

 マルシアがお茶を入れてきた。雨の中を歩いてきた身体に暖かい茶はありがたい。俺はほっと一息ついた。シルヴィアも受け取ったお茶を美味しそうに啜っている。

「それで、今日はどうしたんですか?」

 それぞれの食事が終わり、まったりとした雰囲気の中でマルシアが聞いてきた。

「ああ、それは……シルヴィア」

 声をかけられたシルヴィアは立ち上がり、黒騎士の中から借りていた本を取り出した。

「ああ、本を読み終わったのね。新しいの持っていく?」

「……お願いします」

「んー次はどんなのがいいかな、なんだったら自分で選ぶのがいいよね。資料室の端に私の場所があるからそこから持って行っていいよ。読み終わった本が溜まったらそこに纏めて放り込んであるんだ」

 おいこら、ギルドの資料室を私物化してんじゃねえ。まあ利用者なんか居ないんだけどさ。

「んー……じゃあ行くか」

 お茶を飲み干し、大きく伸びをすると俺は立ち上がる。そしてそのままシルヴィアを連れて資料室へと向かった。

 資料室はギルド受付横の階段を上がってすぐの場所にある。俺は扉の前に立つと取っ手を掴み、ゆっくりとに開いた。新しい空気が部屋を侵食していく。それと同時に薄暗い部屋に埃が巻き上がった。

「うっ……」

 たまらず口を抑える。

「……これは」

 シルヴィアも同じように辟易していた。

「……とりあえずマルシアの本を探すか」

 確か端にあると言っていたが、埃まみれでよくわからない。取り敢えずそれらしい本をとって表紙の埃を払ってみる。そのタイトルは『わたしはメイドちゃん』――ああ、明らかにマルシアのだな。そうなるとここら辺の本が全部そうか。

 シルヴィアにそのことを教えると、恐る恐る本を手に取り表紙の埃を払っていく。

 俺は革鞄の中から止血用の大きな布を二枚取り出し、一枚をシルヴィアに渡す。そしてその布を口元を覆うようにしてつけた。これで多少はマシになるだろう。

 適当に手にとった本の埃を払っていく。どれもこれも内容がよくわからないタイトルの羅列。こう読みたくなるようなタイトルはないものか……まあ、男と女の好みは違うから仕方がないのだろうが。

 そんな中、ひとつの本が目に止まった。そのタイトルは『英雄の歴史』他のタイトルと比べてこれだけは異彩を放っていた。

 英雄ね……そういえばガキの頃、マルシアに英雄について大層語った気がする。今となっては恥ずかしい思い出の一つだな。

 俺は自虐的に笑うと、その本を借りることにした。他に目ぼしい本もなかったしな。

 そんな俺の横で、シルヴィアが3つの本を並べて悩んでいた。随分と真剣な顔をしてるので、ついつい覗きこんでしまった。

 その本のタイトルは――まあ、皆似たようなものだった。
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