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遅咲き冒険者(エクスプローラー) 作者:安登 恵一

第一章 冒険者の憂鬱

閑話 受付嬢の日々

 朧げに覚えている幼い頃の記憶。それは逃げている記憶から始まります。

 私はお母さんの背におぶさり、追いかけてくる何者かを見ていました。

 なんだかとても冷たくて、とても怖いもの。それが恐怖というものだとは後で知りました。

 色々な場所を転々として、お母さんは必死にそのモノから逃げていました。

 様々な人と出会い、そして別れ、最後に辿り着いたのがテレシアの街です。ここは魔物もレベルが低く、これまでの場所と比べればとても安全な街でした。

 旅をしている間に、ここにお母さんの知り合いがいるという情報を聞きました。その知り合いの人は冒険者ギルドのギルドマスターをしているらしいです。

 突然押しかけたのにその人は温かい笑顔で迎えてくれました。その好意に甘え、しばらく厄介になることになりました。

 ギルドマスターの人は毛がもっさもさのお爺さんでした。思わずそのお髭を引っ張ってしまいます。お爺さんは笑って許してくれましたが、お母さんにとても怒られました。

 そしてお母さんはお爺さんと何やら話すと、私に「ここで待っているんだよ」と言い残して何処かへ出かけてしまいました。

 その後、お母さんが帰ってくることはありませんでした。とても悲しかったですが、お母さんは私を守るために出ていったのだとなんとなくわかりました。だから、泣きません。

 お爺さんは優しく私の頭を撫でます。そして、ここを自分の家だと思っていいと言いました。

 それから暫くの年月が流れました。

 私はお爺さんから色々な事を学び、お手伝いをしていました。

 冒険者ギルドのお仕事は色々あります。冒険者さんのお相手、魔石や収集品の査定、冒険者証の発行、各ギルドへの連絡、報告書作成に書類整理などなど。

 そんな中、一人の少年がやって来ました。燃えるような赤い髪に同じように赤い瞳。年の頃は私と同じくらいだと思います。

 その力強い眼を見た瞬間、私は何かを感じました。その感覚が何なのかはわかりません。でも胸の奥にずっと残っていました。

 少年は冒険者に憧れてやってきました。いつかレベル10になるんだと私に語りました。

 レベル10は未だ一人しかなったことのない、雲の上のようなランクです。でもなんだか私には現実になるような気がしていました。根拠はありません。その瞳を見ると信じてしまいたくなるのです。

 それから少年は頑張っていました。

 必死にお金を貯めて、物語の英雄が持っていたような剣を買ったときの燥ぎようは今でも忘れられません。「この剣でコボルトを倒してやる!」と言ったので、私は思わず「貴方のレベルじゃ無理ですよ」と言ってしまいました。少年のレベルはまだ2になったばかりでした。心配しての言葉のつもりでしたが、少年は怒ってしまいます。思わず口喧嘩になったのはこの時が初めてだったと思います。

 それから少年は遠出の依頼ばかりをこなすようになりました。先輩に言われたからという理由でしたが、なんだか避けられているような気がして悲しい気持ちになりました。

 ある時、既に日も落ちてきてギルドも閉めようかと思った頃、少年は大きな獣人族の人と一緒に精算にきました。どうやら同じ依頼で意気投合したみたいです。

 獣人さんは新人たちの面倒見がいい事でこのギルドでは有名な人でした。

 そんな獣人さんは少年に向けて「お前を男にしてやる」と言い、夜の街へと連れ出して行きました。私も子どもじゃありません、その意味くらいはわかります。そして同時に形容しがたいモヤモヤとした気持ちが湧いてきました。

 それから、少年とは事あるごとに口喧嘩をするようになってしまいました。

 少年は日々の冒険家業によって身体が鍛えられ、成長していきます。それなりの風格を持ち始め、青年と呼ぶに相応しい外見になった頃、順調にレベル3へと昇格を果たしました。

 それから青年はパーティを作りました。同じようなレベル3になったばかりの男女二人とレベル2の女性が一人。レベル2の人は気配を感じることに長けているみたいです。青年のパーティが持ち込む戦利品の量は、ギルドで1、2を争うくらいに多くなりました。

 青年たちはギルドで有名になっていきました。憧れる新人たちも多かったと思います。

 暫くは順調で平穏な日々が続きました。

 パーティを結成してからおおよそ1年。レベル3の二人はレベル4の試験を受け、無事昇格を果たします。やや遅れてレベル2の女性もレベル3、レベル4と順調昇格しました。

 残るは青年一人。しかし、順調に見えた青年の成長はそこで止まってしまいました。パーティとして、いつまでもレベル3の魔物を狩っていても益はありません。最初にレベル4になった二人が抜け、残りの一人も暫くは組んでいましたが、やがてこの街を去って行きました。

 青年と三人の間に何があったかはわかりません。聞きたい気持ちはありましたが、私に踏み込んでいい領域ではないでしょう。

 それから青年は一人で狩り続けました。たまに同じように成長が止まってしまった獣人さんと組んで出かけることはありましたが、パーティを組むことはありませんでした。

 それから長い間、青年は燻っていました。お酒に溺れるところも見かけました。でも私は信じています。最初に向けられた、あの情熱に燃えていた視線を。あの時、私に語った夢を。

 出会った頃が遥か昔に思えるほど、青年との付き合いも長くなりました。昔はすぐ口喧嘩していたのに、今では軽口を叩き合えるほどに気の置けない仲になったと自負しています。

 このままゆるやかに過ごすのもいいかなと思えてきた頃、青年は消息を絶ちました。

 護衛依頼を受け、そのまま帰りません。

 最初はテレシアを出て王都ギルドに移ったのかと思いました。悲しいですが、冒険者ならよくあることです。

 でも連絡は一つもありません。10年という長い年月を過ごしたこの街を、挨拶もなしに去るような人ではありません。何かあったのではないかと凄く不安になりました。

 ですが、どんなに心配でもどうしようもありません。

 仕事に没頭することで探しに行きたいという衝動を抑えこむようにして一月が経った頃でしょうか、ギルドの常連というべきベテラン冒険者が段々と居なくなっていきました。

 当たり前ですが、魔物にやられて帰ってこない冒険者はそれなりにいます。それはいつものことだと思っていました。

 しかし、帰ってこない冒険者が増えてくると話は別です。ギルドでも原因究明や対処について話し合っていた頃、ひょっこりと青年が帰ってきました。

 青年を見て、思わず大声を上げてしまいました。もう半ば諦めていたのに、何事も無かったような顔で帰ってきたのです。

 そのまま一気に詰め寄ると、今まで溜まりに溜まっていたものを吐き出してしまいました。それと同時にはっきりと気づいてしまったのです。

 ああ、私はこの人が――好きなんだ、と。
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