第十話 魔術師と不名誉な称号
さて、ここで問題がある。
ピンチの時にいきなり助けに入ってきた、レベル4の魔物を一撃で真っ二つにするような奴が何も出来ない小さなエルフを連れてきたらどう思うか。しかも魔物がうようよいる森の中で。
俺ならこう思うだろう。
――変人だと。
それはさておき、シルヴィアは今俺の後ろに隠れるようにぴったりと寄り添い、外套の端を握っている。
二人だけの時はそうでもないのだが、俺以外の人間がいる場所ではいつもこうだ。どうも警戒してしまうらしい。
好青年代表のアルフが優しく語りかけようとしても「……あう」と言って俺の後ろに完全に隠れてしまう。
「悪いな。人に慣れてないんだ」
「ごめんね。怖がらせるつもりはなかったんだ」
彼女の怯え様にアルフは申し訳無さそうな顔で詫びた。
「そっちのお嬢さんは大丈夫か?」
シーズに背負われて居るメルディアーナを見て呟く。
「ただの魔力切れだからそのうち目を覚ますと思うんだけど」
「命に別状がなければいいさ、手を貸しておいて助けられませんでしたじゃ寝覚めが悪いからな」
「それにしても……君の実力もそうだけど、なんであの子を連れているんだい?」
やっぱり聞くよな。逆の立場なら俺も気になるわけだし。
「見ての通り、こいつを一人置いておくわけには行かないんでな。まあ無理をするつもりはないさ」
後ろに隠れているシルヴィアをクイッと親指で指す。能力や契約のことを漏らすのはまずいので適当に誤魔化しておくしかない。
「あ、ああ……そうだね。さすがにこの怯えっぷりだと一人にするのは危ないね」
苦笑するアルフ。シルヴィアの姿を見てそれ以上聞くのを諦めてくれたらしい。
「アルフよ。そろそろ王都につくがどうする?」
ドワーフのヨンドが問う。視線を先にやれば木々の間から王城の尖塔が顔を出していた。もう王都は目と鼻の先だ。
「メルを宿に運ぼう。それからギルドで精算……かな」
目線を俺の方に向けて答える。俺もその言葉に頷いた。
「それでは一旦解散しよう。一刻後くらいにギルドで」
一刻はおおよそ30分。
いざという時のためにお互いの根城にしている宿の場所を交換してアルフ達と別れた。
ベリアント王国、王都シルベリア。元冒険者が作り上げたこの国は冒険者達の聖地と呼ばれている。
冒険者ギルドは他のどの国のギルドよりも規模が大きく、とても立派だった。
「何時来てもでっかいねぇ」
俺は感嘆の声を上げた。テレシアのギルドと比べたら天と地ほどの差だ。
あっちは二階建てなのに対してこっちは五階建て。広さも3倍くらい違うわけで。
まあ広くてもやることは変わらない。俺はただ依頼を処理する冒険者なのだから。
このまま見上げていても埒が明かない。邪魔にならないようにシルヴィアを連れて、高さ5メートルはある入口を抜ける。内装もまた立派なものである。立派な石像にシャンデリア、更には憩いの空間まである。まるで高級娼館並だ。本来なら貴族の屋敷みたいとでも言えばいいのだろうが、生憎と俺は入ったことがないので想像できない。
冒険者ギルドらしく冒険者達の像が立ち並んでいるが、その殆どは知らない人物だ。知ってるのは唯一のレベル10であり、この国の王となった冒険王ベリアントの像くらいなものである。ちなみに建物の中央に設置してあり、一番邪魔なところを陣取っている。さすが王だ。
やはりというか人も多い。人間やら獣人やら精霊やらが種族関係なしにあっちこっちを歩いている。
依頼の掲示板の前は多すぎてまともに見れる気がしない。
「さて、アルフたちが来るまでにアレを何とかしないとな」
俺は近くの受付嬢に資料室の場所を聞いてみた。冒険者の資格を得るとギルド内部にある情報を閲覧出来るようになる。まあ魔物についてだとか能力についてだとかの情報のみしか調べられないが、冒険者にとっては重要な事である。
閲覧許可証を借りて2階にある資料室に足を向けた。さすが本家は情報の量と質がまったく違う。テレシアは付近に低級魔物とレベル3冒険者くらいしか居ないので内容が薄い。加えてそのレベルで情報を求める人間も少ない。俺も一度向こうの資料室を利用したことがあるがドアを開けた瞬間ホコリが舞うくらいに酷いものであった。それに比べてここはどうだろうか。まるまる一階分が資料室だ。俺は近くにある本をとってみた。
『魔物全集レベル5編』
パラパラとめくると中身は初めて見る魔物ばかりだった。注意点や使用する魔術などが書かれている。そうだ、魔術だ。魔術師はレベル4と説明したが、魔物もレベル4を超えると魔術を使ってくるタイプが出てくる様になる。以前戦ったシャドウウルフの『闇の矢』みたいに。
「っと、こんなの見てる場合じゃない」
今、俺が求めているのは人が使う魔術についての情報である。
その理由はもちろん生体活性を誤魔化すためである。
似たような魔術がないか探していく。魔術の属性も精霊たちの種類同様に多種多様だ。メジャーなところは地水火風といったところだろうが、シルヴィアと同様に森とか風と被りそうな空とか訳のわからないものも数多い。とりあえず回復系統の魔術あたりから調べていくとしよう。
神官たちから神術と呼ばれる回復魔術だが、分類的には魔術と全く変わりない。基本的な回復から始まり状態異常を回復する浄化、四肢を繋ぎ治したりすることが出来る再生、死者を蘇らせる蘇生。
基本的に回復を使えるだけで凄いもので、浄化は上級神官、再生になると極一部のトップクラスの神官にしか使えない。蘇生は伝説級で現在使えるものは居ないと聞く。
さらに本を捲っていくと筋力付与という単語が目についた。どうにも魔力で筋力を上げる魔術らしい。俺の生体活性に近い性質だ。しかも自分の魔力しか操れないので他人に使うことが出来ないらしく、なんて都合がいいのだろうか。取り敢えず俺は筋力付与を使う肉体派魔術師としておこう。魔術師……うん、とても良い感じだ。かつて大魔導師に憧れた俺にとってはなんて素晴らしい響きなのだろうか。
「……そろそろあの人達が来ます」
一人悦に入っていた俺にシルヴィアが囁いた。ああもうそんな時間か、本当にギリギリだったな。
「なるほど、あの力は魔術だったんだね」
アルフが頷いた。俺の説明に納得してくれたようだ。素直な性格で本当に助かる。冒険者としてそれはどうなのかとも思うが、俺には関係ない。
話し合いの結果、パワーエイプ達の報酬は俺と半々で決着がついた。銀貨50枚。まあ、妥当なところだろう。
「あまり言いふらさないでくれな。いざと言う時のための魔術なんでな」
「ああ、うん。わかってる誰にも言わないよ」
基本的に冒険者達の能力は秘匿するものである。いままで能力なんて無かったからあまりピンとは来ないが、飯の種を人に早々バラすのは勿体無いと考えればすぐに理解できた。
と言っても人の口に戸は立てられないだろうし、そこまで信用してはいない。まあ、バレたところで問題にはならないだろう。珍しいだけで魔術師が前衛をはるとか非効率だし。目立たなければそれでいい。
――そう、目立たなければいいと思っていた。
「そういえばイグニスってあのイグニスだったんだね」
アルフのその言葉に俺は耳を疑う。他に同じ名前の冒険者が居るんだろうと考えた。だが残念なことにそれは間違いでしかなかった。
「銀髪のエルフをつれている冒険者って有名だよ」
俺はシルヴィアの方を勢いよく見る。ああ、迂闊だった。どう見てもこの銀髪は目立つだろう。王都のギルドに通ってそれなりになるが、この人が多い王都でさえ銀髪エルフは他に見たことがないのだから。
「しかも……その、奴隷だし……ね」
しかも何の特技もない奴隷をレベル3の冒険者が連れているのだ。
「あとは、その……ギルドに借金してたよね」
そう、こいつを買うためにな。ギルドに借金してまで見た目が珍しいだけのエルフを買った。つまり俺の評価は……。
「……そういう趣味なのかなって噂になってるね」
なんかもうテレシアに帰って引き篭もりたい。泣きそうだ。しかし能力のことはバラせないわけで。
「あ、えーと、その、なんだ」
何も弁解できん。
「強くなれば文句は言われまい。お主も頑張れよ」
ヨンドが俺の背中を叩いて豪快に笑った。
「イグニスは魔術が使えるんだし、すぐレベル4になれるよ」
アルフのフォローがなんだか心に痛かった。
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