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二度目の人生を異世界で 作者:まいん

勇者降臨のようなもの

谷間のお話らしい

 後日、蓮弥の自宅に一通の手紙が届いた。
 トライデン公国大公の名前で書かれ、封蝋が押されて、さらに何故なのか蓮弥にはさっぱり分からなかったがしっかりと香水の匂いが染み込まされた非常に上品な手紙であった。
 宛名は蓮弥の名前になってはいたが、あまりに立派と言うか品が良いと言うか金がかかっているというか、とにかくそういう代物であったので、本当に自分が開いてもいいものなのか躊躇ってしまった蓮弥はローナを呼んで意見を求める。
 こう言う時、意見を求める相手を間違うとロクなことにならない。
 その点ローナは僧侶として優秀であり、騎士としての経験もあり、さらに貴族の血筋でもある。
 常識的な意見を求める相手としては、十分すぎる立場と言えた。
 呼ばれたローナは蓮弥から手紙を受け取るなり、ちょっとだけ目を見開いたが、すぐに手紙を蓮弥へ返して、それなりの地位にある女性が手紙を送る時にちょっとした気遣いで香水をふりかけることは珍しくないことだと説明した。
 香水自体がそれなりに高価な代物なので、かなり裕福であることが求められるが、とも付け加える。
 封蝋に押されている紋章は、シオンが持っていたあの剣に施されている意匠と同じものだった。
 改めてシオンが大公の血筋にある者なのだなと確認しつつ、蓮弥は手紙の封を切る。
 手紙の中身はシオンやメイリアが常日頃迷惑をかけていたりお世話になっていたりすることのお詫びとお礼から始まり、今後とも二人をどうかよろしくお願いしたいという内容の文面がつらつらと並び、最後の方になってようやく、ヴァータン公爵との模擬戦の日時と場所が記されていると言うものだ。
 場所はククリカの町の西側の平原にて、トライデン公国の兵士達が場所を設定する。
 時刻は三日後の午後の一番の鐘が鳴った後とのこと。
 午後の一番の鐘というのは蓮弥の体感で言えば、元の世界でいう所の13時頃を指していた。
 この世界においてはあまり詳細に時を告げる設備と言うものが、蓮弥の見る限り無いようだったが、午前と午後の仕事始めの時間だけは、街にある鐘を兵士達が鳴らすのが通例となっている。
 それが蓮弥の体感では8時と13時であった。

 「その辺はどこにいても大体同じくらいなんだな」

 「なんのことですか?」

 呟く蓮弥に問いかけるローナ。
 なんでもないと首を振ってから、蓮弥は手紙を適当に畳むと封筒へ戻した。

 「受けるんですよね?」

 確認するようなローナの言葉に、蓮弥は頷いて見せた。

 「一応約束だからな。来いと言われれば、行かざるを得ない」

 「何か企んでます?」

 「別に? 何故そう思う?」

 心底不思議そうに問い返す蓮弥を、ジト目で睨みつつローナは答えた。

 「なんとなくですが」

 「なんとなくでするような目つきじゃないぞそれは」

 咎めるような言葉であるが、そのような気配は微塵も無い口調で蓮弥が言う。
 ローナはその蓮弥の視線が、ほんのわずかにではあったが自分の向ける視線を避けるように泳いだのに気がついた。
 絶対何か企んでいる。
 そしてそれは絶対にろくでもないことに違いない。
 ほぼ確信を持ってローナはそう思った。

 「……模擬戦にはシオンも出るんですか?」

 「それは本人に聞いてみてくれ。俺は出したくないが」

 正直に蓮弥が言うと、少し意外だったのかローナが首を傾げた。
 蓮弥のことだから、一緒に訓練をしたシオンを今回の模擬戦に嬉々として出場させるものだとでも思っていたらしい。

 「理由をお尋ねしても?」

 「一応あんなのでも、大公陛下の娘でもって公女殿下と言う言葉の概念にぎりぎり小指の先くらいは引っ掛かっているんだろ?」

 「本人の前で言うの止めてくださいねそれ。否定はできませんが」

 溜息と共に吐き出すローナ。
 今度は蓮弥の視線がわずかにじとっとなった。

 「お前も大概酷いぞ」

 「ではレンヤは否定できるのですね?」

 どうなんですかと問い詰めてくるローナに、蓮弥はすぐに白旗を揚げた。
 無駄にシオンを卑下する気は無いが、事実は事実として否定しかねるのも事実だ。

 「できない。だが、シオンはアレでいいんだろ。少なくとも俺はあれでいいと思ってる」

 さらりと言ってのけた蓮弥。
 シオンがこの場にいたら、ぐにゃぐにゃになって喜ぶのにな、と少しローナは残念に思う。
 蓮弥の性格からして、この手の言葉を本人の目の前で言う可能性は、非常に低い。

 「本人に言って差し上げたらいいですのに」

 「無理」

 短く即答して、蓮弥はそっぽを向いた。
 ここで頬でも染めれば可愛げがあるのにと思いつつローナは蓮弥の顔を凝視するが、顔色が変わったような様子はまるでない。
 ローナから見た蓮弥は年齢にそぐわない行動が多すぎると言う印象が強い。
 色を仕掛けても乗ってこない。
 そっち方面でからかっても、苦手そうにするが顔色には出てこない。
 少なくとも蓮弥に出会うまでは、ローナは自分のスタイルに非常に自信を持っていたのだが、夜這いをかけてあっさりと失敗してからは、ややその自信も失いかけている。
 ついでにシオンが同じく夜這いを仕掛けて失敗しているのも聞いているので、もしかしたら蓮弥は女性に興味が無いのではないかと疑ってみたりしたこともあった。
 ただ、多少は反応があるので、男が好きなわけでもないのだろうとは思っている。

 「クロワールさんのスカート並の鉄壁さですね……」

 あれも絶対におかしいですよねと思うローナだ。
 蓮弥のパーティの中では唯一、スカートの丈が膝より上であるクロワールはエルフ特有の身軽さでもってかなり激しい動きをためらいなく行うと言うのに、全くスカートの中が見えないのだ。
 あの短さならば、身を翻した瞬間とか、風が吹いた瞬間とか、いくらでも機会はあるはずだったのに、ローナは一度もクロワールのスカートの下を見たことが無い。
 ミスリルを糸にして作ったスカートならば、何か人族には分からない不思議な力が働いていても驚かないローナではあるが、その辺のお店で購入したスカートでも見えないとなれば、何かカラクリがあると思ってしまうのも無理は無い。

 「は?」

 「こっちの話です。それで指定の日時まではレンヤはどのような行動を?」

 尋ねられた蓮弥は、やや嫌そうな顔をした。
 どうやら答えたが最後、何か妙な事を企まないようにローナが監視につくのではないかと疑ったらしい。

 「御心配なく。私はあくまで傍観者に回ります。参考までにお聞きしました」

 「なんの参考だよ……まぁいいけど。瘴気の森で手に入れた素材や魔石が虚空庫にうなってるんで、それを現金にして、キース達に配布してやらないといけない」

 「それでしたら冒険者ギルドで売るのがいいですよ。あそこなら一括で大概のものは引き取ってくれますから」

 「そうか。じゃあ出かけてくる」

 はいこれ、と大公からの手紙を蓮弥はローナへ差し出す。
 流れでなんとなく受け取ってしまったローナが、もしかして手紙が無いことを理由にすっぽかすつもりではあるまいかと慌てて蓮弥に返そうとした時には既に蓮弥はダッシュで外出していく所であった。
 ローナから逃げるのには成功した蓮弥であったが、今度は素材を売りに行った冒険者ギルドでフリッツに捕まってしまう。
 どこで蓮弥の動向を耳にしたのか蓮弥にも分からなかったが、蓮弥がギルドの窓口で素材売る交渉を始めようとした途端に背後から肩を掴まれたのだ。
 ぶしつけなその行動に、文句を言ってやろうと振り向いた蓮弥の目の前で、フリッツが微笑を浮かべていた。

 「あ……何か?」

 「大分活躍しているようで。そろそろギルドランクを更新してくださいよ」

 「別にランクなんて上げなくても困らないし……」

 「僕らが困るんです」

 絶対に逃がさないぞと手に力を込めつつ、笑顔は全く崩れないフリッツ。
 男に笑顔むけられてもなぁと思いつつ、蓮弥は逃げ道を探しながら尋ねてみた。

 「何が困るんだ? 迷惑はかけてないと思うんだが?」

 蓮弥の肩を掴む手に力が篭った。
 このフリッツと言う男を蓮弥は、ただのいけ好かない事務担当だと思っていたのだが、直接肩を掴まれてみてその考えを少し改めることにした。
 痛みを覚えるほどではなかったが、フリッツの手は蓮弥の肩を簡単には振りほどけないほどにはきつく握り締めていたのである。

 「貴方達のように、実力がある冒険者がいつまでも最低ランクでは、詐欺でしょう?」

 「誰も困らないだろ?」

 「困ってるんです。主にBからEランクくらいの冒険者が」

 フリッツが言うには、蓮弥の名前と言うのはそこそこに広まってきているらしい。
 嘘と真実が入り混じる噂程度のものではあったが、決まってその話題には一つ注釈がつくのだと言う。
 そのレンヤと言う男は冒険者であり、ランクは最下位のFである、と。
 Fランクの冒険者の名前がそれだけ売れれば、その上にいる冒険者達は立場がない。
 Bランクだと言うのに、お前あのレンヤとか言うFランクの冒険者より弱いの? 等と言われてしまうからだ。
 実際、色々な理由で仕事を失敗したり、失敗とまではいかなくともうまくいかなかった冒険者達が依頼主からその類の言葉を言われると言う事案は既に何件か発生していた。
 もちろん、蓮弥が何か悪いことをしているわけではないのだが、ギルドにはあのレンヤとか言う男をさっさと上のランクに上げてくれと言うクレームが入り始めていたのである。

 「ランク上げるの面倒。試験とか受けたくない。ランク上がっても俺にメリットが無い」

 「本来、ランクが上がれば色々とギルドから支援が受けれたりするんですが……」

 「ギルドの支援が俺や俺の仲間の能力の上を行くなら考えるが?」

 「エルフの皇帝陛下や、大公陛下とのツテがある貴方にとって、魅力的な支援は難しいですね」

 それでもランクは上がってもらいますからね、とフリッツは引く様子を見せない。
 しかたなく蓮弥は右手の人差し指を立てる。

 「昇格試験の免除」

 「いいでしょう。特例として認めます」

 次に中指。

 「これから売る素材の金額にイロをつけてほしい」

 「まだお金が必要なんですか? 常識外れた金額は無理ですが、常識の範囲内であれば」

 さらに薬指。

 「ギルドの流通網を利用する権利」

 「それはランクに付随します」

 「じゃあ……えーと……」

 相手がどこまでも引かないのであれば、付けれるだけ条件を付けてしまえと蓮弥は考える。
 もしどこかで相手がそれはできないと返答してくれれば、それを理由にフリッツからの要請をつっぱねることもできるだろうと考えたのだが、できないと言う答えが返ってこない。
 小指に該当する条件を探そうとする蓮弥をフリッツがさらに肩を掴む手に力を込めて遮った。

 「あ、こら。男にそんな強く掴まれて喜ぶ趣味はないぞ」

 「いいですか? 大概の条件は僕に相談してくれれば、善処しましょう。それは僕がここでお約束します。ですから貴方は大人しくランクを受け取ってください」

 「……了解。それでどのランクになるんだ?」

 「噂を全て信じるならば、Sランクでもいいのですが、流石にこれは試験免除で差し上げるわけにはいきません。従ってレンヤさん、貴方にはAランクを受け取ってもらいます。いいですね?」

 首を縦に振らなければ、振るまで放すものかと言うフリッツの気迫に、蓮弥はややうんざりした顔で頷いた。
 蓮弥からしてみれば、何ランクを手に入れようがどうでもいいと言う気持ちの域を出るものではない。

 「付随でシオンさんとローナさんのランクをBまで上げます。これは貴方から説明してあげてください」

 「なんで俺が?」

 「貴方に付随して上がるからですよ」

 Aランクの冒険者とずっと行動を共にしている冒険者がFなわけがないだろうと言う勝手な話から、蓮弥の昇格に伴ってシオンやローナもランクが上がることになったようだった。
 蓮弥にとっては冒険者ランクと言うものはどうでもいいものだったが、意外とシオンやローナはランクが上がることを喜ぶかもしれない。
 もしそうなったのであれば、ここで大人しく受けておくと言うのは、悪い選択肢ではないのかも、と蓮弥は思い始める。

 「分かった。説明しとく」

 「お願いしましたよ? 後日ギルドの職員が新しいカードを持参しますから、古いカードと交換してください」

 蓮弥に念押ししてから、フリッツは窓口の職員に蓮弥を指差し、親指と人差し指で物を摘んで放すようなサインを送ってから建物の奥へと消えていった。
 どうやらそれが多少イロをつけてやれ、と言う指示だったらしい。
 身分の証明をしてくれるのはありがたいのだが、やはり組織と言うものは色々と面倒なことが多すぎると思いつつ、蓮弥はインベントリから納めていた素材を取り出し始めた。
 素材や魔石の売却額は、ギルドの職員の顔色がやや青ざめるくらいの金額にはなった。
 物としてはそれほど珍しいものは無かったのだが、なにせ10日間近くぶっ続けで狩り続けた結果である。
 量が半端なものではなかったのだ。
 それでもそれら全てを買い取って、即金で支払ったことは評価に値するだろう。
 なんだかんだでギルドって凄いんだな、と改めて思う蓮弥である。
 それらの資金はその足で軍施設に向かった蓮弥が、キース以下兵士達に貴族の私兵との模擬戦の日程を伝えて、ちょっとしたお話をした後に全額ぱっと渡してしまった。
 キース達は寝る間も惜しんで食事の用意と怪我人の治療に当たった蓮弥にも取り分はあると主張したのだが、これは蓮弥がきっぱりと断った。
 メイリアから先払いで報酬をもらっている身として、それ以上の金品を受け取る気がなかったからだ。
 実の所はもらいすぎてるんじゃないかと言う感じをずっと拭い去れない蓮弥であるので、これ以上何かをもらうことを躊躇ってしまったと言う部分が大きい。
 意外な所で小心者な部分を露呈した蓮弥であるが、兵士達からしてみればこれが教官殿は金に執着しない大物である、と好意的に解釈されたようだった。
 全く意図していない所で兵士達の忠誠心を上げつつ、蓮弥は三日後の模擬戦まではゆっくりと身体を休めておくように兵士達に言い含めるのであった。
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