上海海事法院が戦時中の船の賃借をめぐる裁判で敗訴した商船三井の大型船舶を差し押さえた。中国政府は政治的な対日圧力で地道な経済と民間の交流に水を差してはならない。
中国でも差し押さえのニュースが報じられた二十一日、上海の虹橋空港に足を運んだ。
搭乗手続きの列に並んでいた中国人の観光客は「桜の季節が過ぎてしまったのは残念ですが、初の日本旅行は本当に楽しみです」と、顔をほころばせた。
国交正常化以降、最悪の日中関係といわれ、中国共産党機関紙・人民日報は今の状態を「政冷経涼」とまで表現した。
しかし、実は政治家同士のメンツの張り合いによる政治と外交面の荒涼たる風景にすぎない。
民間交流に目を向ければ、日本を訪れる中国人は激増している。三月中に上海で発給された日本訪問ビザは六万七千五百八十三件で前年同期の三倍近い。
経済面でも中国は依然として最大の貿易相手国で、中国に進出している日系企業は二千万人の雇用を生み出しているという。
今回のような強硬措置で、逆風の中でも地に足をつけて両国関係を支えている経済や民間の交流を萎縮させるようなことがあってはならない。
確定判決に基づく差し押さえとはいえ、中国では司法の判断にも政治の意思が強く働くことは否定できない。
これまで受理に消極的だった強制連行訴訟が中国国内で続々と受理されているのも気がかりだ。
民間が起こした戦後賠償をめぐる訴訟を利用するような形で、中国は政治的な圧力を強めるようなやり方を続けるべきではない。
中国指導部は「反ファシズムと抗日戦争勝利七十周年」と位置づける来年に向けて対日批判を強めるが、かつては「政冷」ではあっても「経熱」で乗り切ってきた。
日本企業の財産が差し押さえられたことに対し、日本政府が「国交正常化の精神を揺るがす」と抗議したのは理解できる。
日中共同声明で中国は「戦争賠償の請求を放棄する」と明言し、日本政府は個人を含め請求権は存在しないとの立場を取るからだ。
しかし、二十四日に予定される日米首脳会談で過度に同盟関係強化をアピールして中国を挑発するようなことはすべきではない。
日中双方の指導的な政治家には、何よりも冷静さを求めたい。
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