ガルシア・マルケスとバルガス・リョサ、2人のノーベル賞文学者の対話『疎外と叛逆』
posted by Book News 編集:ナガタ / Category: 新刊情報 / Tags: 文学,
今回は、『疎外と叛逆ーーガルシア・マルケスとバルガス・ジョサの対話
』をご紹介します。
先日死去して話題になったガブリエル・ガルシア・マルケスと、もうひとりのラテンアメリカ出身のノーベル文学賞作家として知られるマリオ・バルガス・リョサ(本書ではバルガス・ジョサという表記で統一)の対談を軸に、リョサによるガルシア・マルケス論、そしてリョサへのインタビューの3つをまとめたのが本書です。翻訳を手掛けているのは、『魔術的リアリズム―二〇世紀のラテンアメリカ小説
』で明快なラテンアメリカ文学論をまとめた寺尾隆吉氏で、本書のあとがきにも、本書に収録された対談の後に複雑な緊張関係に発展したマルケスとリョサの関係が読みやすく整理・紹介されています。


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先日死去して話題になったガブリエル・ガルシア・マルケスと、もうひとりのラテンアメリカ出身のノーベル文学賞作家として知られるマリオ・バルガス・リョサ(本書ではバルガス・ジョサという表記で統一)の対談を軸に、リョサによるガルシア・マルケス論、そしてリョサへのインタビューの3つをまとめたのが本書です。翻訳を手掛けているのは、『魔術的リアリズム―二〇世紀のラテンアメリカ小説
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本書で興味深いのは、ガルシア・マルケスが自分を「リアリズム作家」だと堂々と言い切っているところ。ちなみにガルシア・マルケスは公の場や友人との対談でも虚実織り交ぜた発言をするため、どこまでその発言を信じていいものかは、本書のあとがきで訳者が書いているとおり一概には言えないのですが。一般に「魔術的リアリズム(マジック・リアリズム)」の代名詞的な作家だと考えられている彼が、自分の作風をどう考え、あるいはどう表現しようとしていたのか、ひとつの参考になると思います。
彼は、自分のことを「リアリズム作家だ」と言ったあとでこのように続けます。
だってラテンアメリカではすべてが起こりうるし、あらゆることがリアルなのですから。これはあくまでも技術的問題で、ラテンアメリカで本当に起きた出来事を小説に書くと、誰にも信じてもらえない、ここが難しいところなのです。ラテンアメリカの作家たちが見落としてきたのは、祖母の話が実はとてつもない空想に満ちていて、『千夜一夜物語』にも匹敵するそんな突拍子もない話が、子供たちには簡単に受け入れられるばかりか、それが人格形成の一環にすらなっているという事実です。我々の身の回りには奇想天外なことがいくらでもあるのに、作家たちはどうでもいい俗世間の話ばかりしたがるのです。我々が着手すべきは、(中略)ラテンアメリカの文学が、34回内戦を起こしてそのすべてに敗れる大佐の話も含め、日々様々な珍事に事欠かないラテンアメリカの日常生活を的確に映し出せるよう、物語の技法と言葉を磨き挙げることだと思います。ガルシア・マルケス自身の発言が虚実入り交じっているように、彼を取り巻く世界もまた虚実入り交じっている。その「面白さ」は現実のものです。彼はだから、その面白さをリアリズムで描き出す。そういうことだと言えるでしょう。
もうひとつ、個人的に興味深かったのは、ガルシア・マルケスが「ラテンアメリカの作家たちは、全員でひとつの大きな小説を書いていると言える」と語っているところです。そして彼の『百年の孤独』の登場人物には、他のラテンアメリカ作家の作品の登場人物たちや固有名がまぎれこんでくる。「作家ごとに違いはあれ、(中略)ひとつの小説と別の小説の間で登場人物をやりおりすることも可能だ」と彼は言うのです。荒唐無稽なようでいて、確かにそれは小説の方法として不可能なものではなく、効果的に使えばとても楽しいものです。
この対談の読みどころとしては、ガルシア・マルケスとバルガス・ジョサのそれぞれが、もうひとりのラテンアメリカの巨匠ボルヘス、あるいはボルヘスと並び称されるコルタサルとの距離をどう考えているかが大いに語られているところでしょう。特にボルヘスは幻想的な文学を書いたことでも知られており、ガルシア・マルケスの「マジック・リアリズム」と混同されることの多い作家です。ガルシア・マルケスは、ボルヘスのことを「大嫌いだ」と繰り返し語りますが、しかしその技法上の重要性は認めており、ボルヘスの「逃避」志向が気に喰わないのだと述べています。
この対談のあと、バルガス・ジョサはガルシア・マルケスに対する深い尊敬の念と友情を懐くようになりますが、2人のあいだには歴史の激動のなかで深い亀裂を生じるようになります。政治的な立場の違いが、やがてジョサがガルシア・マルケスを公衆の面前で殴打するという事件にまで発展し、とうとうガルシア・マルケスが先日この世を去ってしまったために、2人の関係は修復されることはありませんでした。このあたりの経緯については訳者あとがきを御覧下さい。あとがきにも書かれているのですが、そのような未来が待っていることを念頭において、2人の関係の最初期に交わされたこの対談を読むとまた深い苦い味わいも感じられます。互いに対する友情、尊敬、そして作家どうしの緊迫した警戒、などなど、単に話されている内容だけではないニュアンスの深みを読み取ることができるでしょう。
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