挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
二度目の人生を異世界で 作者:まいん

勇者降臨のようなもの

続 これは訓練であるらしい

 今日も練兵場には、妙な行動をする一団が朝早くから延々と作業を続けている。
 それは傍から見れば、一体なにをしているのかさっぱり分からない。
 国軍の一部に何か悪い病気でも流行ったのではないかと噂されるくらいだ。
 まず、全員が国軍の鎧を身につけている。
 これは問題ない。
 むしろ国軍の装備を身につけていない連中がそこで作業をしていたら、そちらの方がおかしい。
 ただ、国軍の兵士だからこそ、その行動がおかしすぎると言うのも事実なのだが。
 次に全員が黒尽くめの若い男が監視する中、何故か鍬をふるっている。
 もちろん、そこは農場ではない。
 農場ではないのだが、彼らは何かに取り付かれたかのように一心不乱に鍬をふるっているのだ。
 そしてものすごい勢いで穴を掘っていく。
 地面に恨みつらみでもあるのかと思わせるような迫力で鍬を地面へ叩きつけ、大量の土をかきだして、さらにまた鍬を地面へ叩きつけると言う作業を黙々と言葉一つ発することなく行っていく。
 午前中一杯、そんな作業を続けた彼らは、お昼になると小休止を挟む。
 食堂まで戻る時間も惜しいのか、その場に座り込んだ彼らは、どこからともなく現れたサイドテールの少女が運ぶ料理を、黙々と平らげてしばし横になったり、鎧を脱いだりして寛ぐ。
 それが終わるとまた鍬を手に取り、淡々と作業を開始する。
 練兵場はとても広い。
 だが100人から成る彼らが、ひたすら鍬を振り続けると信じられない速度で穴は掘られていき、やがて彼らの背丈程の巨大な穴が完成する。
 一体こんな巨大な穴を何に使うのだろうと、見る者が首を傾げていると、穴から続々と這いだしてきた者達が、今度はシャベルを手に取り、いましがた掘り終えたばかりの穴を何故か埋め戻し始めたのだ。
 誰が見た所で、その作業に意味など見出すことができない。
 だが当の本人達は、まるでそれが自分達に課せられた至上の命令でもあるかのように、不平一つもらすことなく穴を埋め続ける。
 やがて日が落ち、辺りが暗くなる頃、穴は完全に埋め戻されてしまい、それを行った者達は何故か満足げな表情を浮かべて宿舎へと戻っていく。
 翌日、朝からまた鎧姿で現れた彼らは、今度は背中に大きな背負い袋を背負い練兵場に現れる。
 その目の前には昨日、自分達の手で穴を掘り、また埋め戻した場所。
 彼らはその穴のあった場所へ、号令と共に飛び込んでいくのだ。
 大人の背丈程の穴を掘り、埋め戻したばかりの地面は非常に柔らかい。
 そこへ重い装備を身に纏い、どうやらさらに重りが入っているらしい背負い袋を背負った彼らが足を踏み入れれば、たちまちその足は地面にめりこんでいく。
 そこへ現れたサイドテールの少女が何事か唱えると、空にいくつもの水の玉が出現する。
 それを彼ら目掛けて打ち出し始める少女。
 兵士達は必死に足場を固めながらその水の玉を避け続けるが、やがてその動きが鈍り始め、中にはまともに水の玉に当たる者が出始める。
 おそらく水系の初歩の魔術である<水弾>であろうその一撃は、重いはずの彼らの身体を易々と吹き飛ばし、地面に打ち倒す。
 倒れた者へは、さらに少女が容赦なく水弾を打ち込む。
 その水弾を別の者が身体を張って受け止める。
 かなりの勢いがついているはずの水の玉を、気合の声を上げながら受け止めている間に、他の者が倒れた者を引き起こして回避運動を再開させる。
 地面に着弾した水の玉は、まだ幾分柔らかい土を泥へと変える。
 その泥に足を取られて直撃をもらう者が増えるが、彼らは諦めずに避け続ける。
 動きを止めてしまえば、泥に足が沈み込む。
 もしそうなってしまったら、回避はおろか動くことすらままならなくなる。
 それが分かっているからこそ、彼らは動きを止めない。
 ひたすら動き続け、運悪く動けなくなった者を助ける。
 やがて昼食時が近づくと、少女は名残惜しそうに水弾を打ち出すのを止め、それを合図にそれまでひたすら走り回っていた彼らも、泥沼と化した地面から離れ、装備を外して泥で汚れてしまった装備の掃除を始める。
 彼らが装備を掃除している間に、サイドテールの少女がまた昼食の準備を始め、新たに呼ばれた金髪の女性僧侶が、少女の水弾の当たり所が悪かった者の怪我の治療を始めた。
 それが終わるとまた、黙々と昼食。
 食事が終わり、一休みの時間が終わると今度は監視を続けていた黒尽くめの男の号令の下、まだ泥沼となったままの地面に彼らが戻る。
 そこへ、今度は黒尽くめの男が<小火弾>の魔術を打ち込み始める。
 水の魔術と違って、初級とは言え火の魔術は当たればまずヤケドを負うことは間違いない。
 午前中よりも必死で逃げる彼らを、黒尽くめの男はサイドテールの少女が放ったものよりも濃い弾幕で追い立てる。
 地面に着弾した火の塊は、泥が大量に含んでいる水分を蒸発させ、辺りにはもうもうと水蒸気がたちこめた。
 ただでさえ動き続けることで汗をかいていると言うのに、そこへ立ち上る水蒸気。
 気温はぐんぐんと上昇し、息苦しいほどの湿気が彼らを襲うが、彼らは動きを止めない。
 下手に動きを止めれば、一発もらってしまい動けなくなる。
 動けなくなれば、死なない程度に加減された魔術の集中攻撃を喰らうのだ。
 彼らも必死である。
 やがて立ち上る水蒸気の濃さは、視界を悪くし始める。
 どこから飛んでくるのか分からない火の魔術。
 彼らは自分の持てる感覚を総動員して必死に避ける。
 それでも中にはやはり、まともに魔術の直撃をもらう者もいる。
 そうして動けなくなったそいつは、まるで見えない手に引きずられるように泥の中から引きずり上げられて、待機している女性僧侶の所へ連れて行かれる。
 そこでその女性僧侶から癒しの法術を施術され、さらにサイドテールの少女が取り出した真紅や紫や黄緑色の妖しげなポーションを、湯水のように頭からかけられるのだ。
 とても身体に悪そうな色なのだが、それらをかけられた者は、すぐに立ち上がるとまた泥の中へと飛び込んでいく。
 ほんの数分前に、身体のあちこちにヤケドを負った事がまるで嘘であったかのように。
 やがて太陽が傾き空が赤く染まり始めた頃、彼らはようやく一方的な攻撃から回避しつづけると言う行動から解放される。
 その足元は火の魔術で炙られ続け、彼らの足でひたすら踏み固められてがちがちに固くなった地面がある。
 その地面を踏みしめながら彼らは思う。
 明日はもっと早く掘りきってやるぞと。

 「正気の訓練とは思えません」

 二日で1セットになっているサイクルを、7回程繰り返したタイミングで蓮弥はメイリアに呼ばれて軍施設内にある彼女の部屋に赴いていた。
 15歳の少女の部屋と言うからには、それなりにそれっぽいものでもあるのだろうかと思っていた蓮弥であったが、そこは完全に事務方の仕事場と言った様相を呈しており、潤いのある場所とは到底思えない味気のないな部屋だった。
 壁際にその存在を如何なく主張している大きな机。
 その上で書類の処理を行っていたメイリアは、蓮弥が通されて部屋に入るなり、開口一番そう言った。

 「いくつかある練兵場の一つを完全に占拠していることに関しては目を瞑りますが……それにしても行動の意味が分かりませんし、危険すぎます」

 「普通の訓練を一ヶ月行う事で彼らが一人前になれるとでも?」

 逆に問い返した蓮弥に、メイリアは渋い表情を向ける。
 言外にではあるが、蓮弥の言葉は国軍の兵士が一人前ではないと言っているのと同じ事であり、またその行われている訓練が温すぎると言っている。

 「あんな苦行についてこれる者が沢山いるわけがないじゃないですか」

 「今の所、脱落者はゼロだが?」

 その事実はメイリアにとっては信じ難いことだった。
 絶対に何人か、もしくは大半が音を上げて逃げ出すものと覚悟していたのだが、蓮弥が言う通りに彼の訓練を受けている100名の兵士の内、逃げ出したものや怪我等で脱落したものは現状一人も出ていない。

 「怪我人は多数出てるみたいですけどね」

 「腕のいい僧侶と、医者がいるからな」

 「ローナさんの腕がいいのは知っていますが……誰なんですあのサイドテールの少女は? 見たことも聞いたことも無い薬で瞬く間に怪我を治してしまいますし、死なない限りは即時復帰させると豪語してるそうじゃないですか」

 今度は蓮弥がわずかにだが顔を顰めた。
 本当は蓮弥も、あまりエミルを関わらせたくなかったのだ。
 しかし、絶対に兵士達に魔改造を施すような事はしないし、ちょっと珍しい材料で作った薬で疲労や怪我を治すだけだから参加させてくれと言うエミルを断りきれない事情もあった。
 いくらローナが腕の良い僧侶であり、さらにその法術のサポートに魔石を使いたい放題だとしても、やはりローナ一人だけでは次から次へと生産される怪我人を捌き切ることができなかったからである。
 さらに、法術では怪我は治せても怪我人の体力をごっそりと奪い取ってしまい、さらに法術では疲労を回復させることができない。
 それでは怪我をした兵士は、かなりの時間をロスすることになってしまう。
 蓮弥にしてみれば珍しく、かなり長い時間悩んだ後、何度もエミルに念押しをした上で蓮弥はエミルの参加を認めた。

 「ちょっとワケありの技術者でね。詳細は話せない。あの子に関する事は俺が全て責任を負う」

 「お任せします。そこまでおっしゃるのであれば悪い事にはならないでしょうし。それでですね……本日お呼びしたのには理由がありまして……」

 処理していた書類を脇にどけて、メイリアは蓮弥を見る。

 「まず一つ目は……姉のことなのですが……」

 「国軍の兵士達をおいてけぼりにする勢いで元気だぞ?」

 「最初から国軍の兵士達をおいてけぼりにしてたと言うのは本当ですか?」

 その声音に少しだけ、恐れるような感情を感じた蓮弥はすぐには答えずにメイリアの表情を伺う。
 できるだけ隠したつもりだったらしいそれを、あっさりと感づかれたことにメイリアは苦笑した。

 「あまり良くない情報なんです、それ」

 「事実だ。特に体力面に関してはぶっちぎってたと言える」

 蓮弥に告げられた事実に、メイリアが溜息をつく。

 「何か問題が?」

 「いえ……大問題ではないんですが……レンヤさんもご存知の通り、ファタール家はトライデン公国の大公を務めていますが、このトライデン公国自体、十代前のファタール家当主が一代で築き上げた国なんですよ」

 元々、今トライデン公国のある場所と言うのは人族の大陸において瘴気の森、ひいては魔族の領土に一番近い場所であり、誰も好んでそんな所に国を創ろうとは思わず、中央で犯罪を犯したりした者達が徒党を組み中央方面への略奪を繰り返しながら生活していた場所なのだと言う。
 そこを独力で征服し、国を造ったのがファタール家なのだ。
 独力で造ったのならば、王様を名乗ればよかったじゃないかと思う蓮弥に、王政にしなかったのはなんだか王様って響きが嫌だ、と言うその時の当主の一言が原因なんですとメイリアは言う。
 王様って言葉の響きよりも大公の方がかっこいいと言うわけの分からない理由で、当時のファタール家当主は作り上げた国の中から、功ある者を貴族に取り立てて公国と言う形で国を建てたのだそうだ。

 「それが?」

 「自慢に取られると困るのですが、たまにファタール家と言うのはそう言うちょっと足りないのに、物凄い力を持った、所謂英雄と呼ばれる人材を輩出することがあるんです」

 「シオンがそれだと?」

 足りない、と言う部分は否定してくれないんだ、と思いつつメイリアは首を左右に振る。

 「分かりません。その兆しは今まで全く無かったですからね。でももしかしたら、と言うくらいで考えてます」

 「仮にシオンがその英雄と呼ばれる才能を持った人間だった場合、何か問題が起きるのか?」

 「姉様が、この国を乗っ取ろうとするなら大問題ですが」

 それなら別にそれでもいいですけどね、とメイリアは肩をすくめる。
 彼女からしてみれば、姉であるシオンが大公を継ぎたい、もしくは王様になりたいと言った所で自分が座っている場所を明け渡すことにはなんの抵抗も無いようだった。

 「私や母を殺してから、とか言われてしまうと困りますが」

 「それは無いな。冗談でもそんなことを口にする子じゃない」

 「分かってます。タチの悪い冗談です」

 間を置かずに言い切る蓮弥に、メイリアは笑って見せた。

 「二つ目は……実は軍内部から貴方の訓練に関する疑問が持ち上がっておりまして」

 「ほぉ?」

 蓮弥の口の端がわずかに持ち上がる。
 それはまるで、何か面白いことが起きることを期待しているような表情だ。
 姉のことよりも、目の前の男のことの方が問題ですよね、と内心思いつつメイリアは続けた。

 「結果を出せ、と言い出す一派が出てきたんです。あんなわけの分からない訓練をする男に国は金を払っているのかと。……実情を見てたらそんな台詞が口から出てくるわけが無いと思うんですけどね」

 「言いたいのなら言わせておけばいい、と俺は思うけどな」

 「ええ、ですがトライデン公国は貴族が国を治める公国なんです。王国なら言わせておけばいいと言い捨てられるんですが、いかに大公陛下と言えども、ある程度の数の貴族からの突き上げを無視し続けるのは難しく……」

 「結局、何をさせたいんだ?」

 結論を急ぐような蓮弥の問いかけに、話が早くていいとばかりにメイリアはあっさりと言った。

 「うちの貴族が持っている兵と、模擬戦を行って下さい」

 国軍とは別に、貴族達はそれぞれが、それぞれの指揮下にある兵士を持っている。
 この兵は、大公と言えども命令権が無く、全てそれを管理している貴族の指揮下にあり、独自の軍事組織を作っているのだ。

 「訓練期間は一ヶ月、と言ったよな?」

 確認するような蓮弥の言葉に、メイリアは頷いてみせる。

 「ええ、お約束ですので一ヶ月は黙らせて見せます」

 「ならばお受けしよう」

 すんなりと承諾した蓮弥に、肩の荷が下りたような気分でほっと息をつくメイリアだったが、すぐに次の蓮弥の言葉を聞いて顔が凍りついた。

 「では、その為に俺が訓練している兵士達の、瘴気の森における訓練を許可して欲しい」

 「……正気の提案とは思えません!?」

 悲鳴にも似たメイリアの叫び。
 彼女に仕えている者達は、今まで聞いたことも無いようなメイリアの大声に一体何事が起きたのかと互いの顔を見合わせるのであった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
▲ページの上部へ