安倍晋三首相の指示で検討が進む「残業代ゼロ」案は、サラリーマンの長時間労働を助長しかねないものだ。過労死や「心の病」を減らそうとする社会の流れに明らかに逆行する。看過できない。
報酬につながらない残業を強い、成果が出るまで際限なく働かせる。そんな「ブラック企業」を助長するような労働法制の改悪案である。第一次安倍政権の二〇〇七年に世論の批判で導入を断念した経緯がある「ホワイトカラー・エグゼンプション」という成果報酬の仕組みを、対象を一般社員に拡大して実現しようというのだから驚きを禁じ得ない。
安倍首相は政府の産業競争力会議と経済財政諮問会議の合同会議で「労働時間ではなく、成果で評価される新たな仕組みを検討してほしい」と指示した。つまりは企業にとって都合の良い成果主義の賃金体系を広める狙いといっていい。目玉政策が乏しい成長戦略の柱にする意向である。
基本的な考えは、働く人が労働時間を自分で決める代わりに、残業代や深夜・休日勤務などの割増賃金をもらえなくする。労働基準法は労働時間を「一日八時間、週四十時間」と定め、それを超える場合は役員や管理職を除き、残業代の支払いを企業に義務付けているが、この規制を外すのである。
成果さえ出せば短時間で仕事を切り上げられる可能性はある。しかし、厚生労働省が懸念を示すように、日本は使用者側である企業の立場が著しく強い。「成果」や「賃金」が企業のさじ加減で決まりかねず、結局は労働者が成果を求められ過剰労働や解雇など不利益を被るおそれがある。
長時間労働が背景にある過労死や過労自死、うつ病などの「心の病」が社会問題化する中で、時代に逆行するものである。超党派の国会議員が「過労死等防止基本法案」を国会に提出しているが、その努力に反しはしないか。
働き手を守る労働規制を緩める場合には、細心の議論があってしかるべきだ。しかし、安倍政権は労働法制をあしき「岩盤規制」とみなすなど大きな勘違いをしている。派遣労働の固定化につながる労働者派遣法の改正や、解雇しやすい正社員を増やすおそれがある「限定正社員」、不当解雇を正当化する「解雇の金銭解決」の検討など企業偏重ぶりは目に余る。
働く人の権利も尊厳も無視して企業だけが利する。それは社会の「ブラック化」にほかならない。
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