電車の中で、ある程度年齢がいっている人がパズドラとか他のスマホゲームをしているのを見ると、「いい年して何ゲームしてるの?」では無く「おもしろそうだなぁ」と思ってしまいます。気がつくとずっとチラ見してしまうことがあるので、意識的に見ないようにしています。
恥ずかしながらゲームが好きなのです。
さまざまな趣味の中のひとつとしてのゲーム
「趣味は何ですか?」と聞かれて、「読書」というとまだ聞こえがいいと思うのですが、「ゲーム」というとなんとなく引かれそうなので言ったことがありません。ただ、読書とゲームの違いはあまり多くはないのではないかと思います。一番の違いは読書が想像力を働かせてストーリーを楽しむのに対し、ゲームではストーリーを楽しむのに想像力があまり必要ありません。なぜなら、ゲームにはあらかじめ作られた絵があるからです。
電車の中で本を読んでいればなんとなくスマートな感じがしますが、ゲームをしていると電車の中でまでやらなくてもいいのでは思われそうです。付け足すと、電車の中でパソコンを開いていると仕事で忙しい人なんだなという感じがします。
でも実際は本を読んでいるかと思えばスウドクをやっていたり、ゲームをしていると思えば英語の勉強をしていたり、パソコンを開いて仕事をしているかと思えばソリティアをしてたりします。もちろん全員がそうとは限りませんが。
要するにゲームをしている人だけが見下される必要は無いのではないかと思います。さすがに電車の中でガチャガチャ音を立ててゲームをするのはどうかとは思いますが、誰にも迷惑をかけずに静かにゲームをしているのであれば、全然問題ないと思います。
ゲームもさまざまな趣味の中のひとつとして堂々と挙げられていいのではないでしょうか。
それでもゲームは遠ざける
本来ゲーム好きであるため、意識的に遠ざけるようにしています。それでも、1年に1回はどうしてもゲームをやりたい衝動に駆られてしまいます。
なぜ遠ざけるかと言うと、ゲームを始めると一日数時間そればかりに費やしてしまうからです。時間が許すのであれば一日中ゲームをしていてもあきません。通勤時間でもやってしまいます。それだけ、はまりやすい体質なのかもしれません。
ゲームに対しての欲求は次のように抑えています。
1. iPhoneアプリのページは見ないようにする
iPhoneのアプリをたまに探すときがあるのですが、App Storeを開くときにゲームアプリがランキングに入っていても、見ないようにします。日々多くの新しいアプリが立ち並んでいる中、面白そうなゲームアプリがランキング上位に多数並びます。それらのゲームすべてを遊ぶことはさすがに出来ませんが、たまに、おもしろそうだなぁと誘惑に負けてインストールしてしまいそうになります。その誘惑に負けないために、見ないようにしています。
2.ゲームのエンディングを想像して満足する
ゲームがどうしても目に入って誘惑に負けそうな時には、ゲームをやったつもりになって、エンディングを想像します。エンディングがわかってしまえば、そのゲームに対する熱はある程度冷めるので、そうやって誘惑に勝つようにしています。
ちなみに、エンディングがあまり想像できないゲームは、なぜかそれほど興味が向きません。
3.他の人がそこまで育てるのに、どのくらい時間をかけたかを考える
エンディングがなさそうなソーシャルゲームの場合は、ある人がそのゲームにどのくらいの時間をかけたかを想像して、そんなに時間がかかるのであれば他の事をしようという風に考えます。
多くの人は暇つぶしにゲームをしていると思うのですが、暇つぶしの時間を、例えば英単語を覚える時間に充てたり、それこそ本を読む時間に充てたりすれば暇つぶしの時間はただの暇つぶしの時間ではなく、自分にとっての貴重な時間に変わります。
と言う風に書いていても、なかなかそのように時間を使うのは難しいのですが。
まとめ
記事中にゲームが出てくる話を書いたので、ついでに書いてみました。正直、誰の役にも立たないかと思います。
ゲームを遠ざけているのは、ハマってしまうとかなりの時間を費やしてしまうだけではなく、自分の中でそのゲームに飽きたときに何してたんだろうと思うことが多々あるからです。充実した期間だったなと思うこともありますが、年を取るにつれて後悔することのほうが増えました。
ゲームをうまく遠ざけるために、スマホゲームアプリをなるべく見ないようにし、エンディングを想像し、もったいない時間だなぁと思うようにしています。それだけでもだいぶ効果があります。その結果、しばらくはゲームをしていません。
以上、ゲームをしない人には全く理解の出来ない話でした。
次はもう少し一般的な話を書こう。
おしまい。