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二度目の人生を異世界で 作者:まいん

勇者降臨のようなもの

訓練の続きらしい

 およそ1時間後。
 練兵場は倒れ伏す兵士達の中、ぽつんと蓮弥一人だけが立っていると言う光景が広がっていた。
 倒れている兵士達は主に三種類に分類される。
 一つは、逃げ回る蓮弥を追い掛け回し続けて、体力切れで動けなくなった者達。
 倒れている兵士達の中では、最も長い時間頑張った兵士達であると言える。
 その頑張りのおかげなのか、倒れている兵士達の中ではもっとも被害が少なかった兵士達、と言う言い方もできた。
 なにせ、被害は指一本動かせないくらいの疲労だけなのだから。
 二つは、蓮弥から直接攻撃されて倒された者達。
 蓮弥が素手である為に、主な攻撃方法は殴る蹴る振り回す投げ捨てると言った類のものだったが、それらにより直接倒された兵士達だ。
 痛い思いをしなくてはいけなかったが、この兵士達は蓮弥も自分自身で殴る蹴るを行っていたので、ダメージを与えた感じがわかりやすかったらしく、意識さえ失ってしまえば比較的早めに解放されていた。
 三つは、直接攻撃された兵士に巻き込まれた者達。
 分類される三つの中では、もっとも悲惨な思いをしたのが彼らだろう。
 飛んでくる仲間にぶち当たり、振り回される仲間にどつきまわされ、倒れた所に仲間の身体が落ちてきて、それを回避できなければそこで終わり、回避してしまえばまだ意識があるとみなされて別の仲間が飛んでくる。
 間接的な攻撃なせいなのか、蓮弥もいまいち手ごたえが掴めず、意識を失った兵士達を踏んでみたり、確実に意識を刈り取れただろうと思うまで執拗に巻き込み続けたのだ。

 「ダメになるのは早すぎやしないかね? キース兵士長サマ?」

 地面にうつ伏せに倒れているキースの傍らまで歩いてきた蓮弥は、そのキースを見下ろすこともなく淡々と尋ねる。
 尋ねてからしばらく待ってみたが、キースからの反応は無い。
 意識が無いのだろうかと、視線を足元に落としてみる蓮弥は、足元から自分の方を睨みつけてみるキースと目があった。
 キースは分類で言うと直接攻撃により沈められた兵士の中に入っている。
 他の兵士達と差別化したつもりは、蓮弥には全く無かったのだが、もしかすると直前のやりとりがほんのわずかにでも手元を狂わせただろうか、と考えてしまう。

 「鎧の上から殴られたにしては、ダメージ深そうだなキース兵士長サマ。大丈夫かな? キース兵士長サマ?」

 「嫌味か、おい……」

 呻くように言うキースに、蓮弥は一つ頷く。

 「嫌味を理解する頭はあるのか」

 「……てめぇ……」

 「お疲れ……と言うほど疲れているようには見えないな、レンヤ」

 貴賓席からまた練兵場へと降りてきたシオンが蓮弥に声をかける。
 蓮弥は肩をすくめるだけで、シオンの声には答えなかった。

 「大丈夫か? キース兵士長。これでレンヤの実力が少しは理解できたか?」

 「ひ……姫様……俺達は……」

 「こらこらシオン。何を終わったような話してるんだ?」

 既に練兵場には、満足に動ける兵士等いない。
 大怪我をしているわけではないが、これからさらに訓練を施すと言われて、はいそうですかと答えられるような状況の兵士等一人もいないのだ。
 例外は、この状況を作り出した蓮弥と、貴賓席で見ているだけだったシオンの二人だけである。

 「……まさか私だけ別メニュー!?」

 「いや、そんなつもりはこれっぽっちも無いんだが……」

 蓮弥が虚空庫を操作して、中から折りたたみ式の椅子を一つ取り出す。
 軽く一振りして、その椅子を広げた蓮弥はそこへ座りながら周囲の兵士達に聞こえるように話し出した。

 「今やってみせたのは、兵士を選別にかけただけだ」

 「選別?」

 「一定レベル以上の体力と技術がありそうな奴は攻撃して倒した。体力が一定以上の奴らは倒れるまで俺を追いかけさせた。攻撃もされず、追いかけることもさせなかった奴ら。つまり他の奴の巻き込みで倒した奴らは体力も技術もまるでダメな奴らだ」

 「あれ? 体力が無くて技術が一定以上って言うグループはないのか?」

 不思議に思ったシオンが尋ねると、蓮弥はそれを鼻で笑う。

 「体力の伴わない小手先の技術なんぞ、意味無い」

 「そう言うものか」

 「俺の中ではそう言うものだ。さて、聞こえているなら自分がどのグループに属しているのか覚えておけよ? お前らは俺に教わることなど無いと言い切った。だから俺もお前らに教えることなど無い。無いんだが、依頼としてメイリア殿下から金も貰ってしまっている。だから教えずに無理矢理刷り込ませることにする」

 「なんだか物騒な事を言っている気がするが?」

 シオンの疑問を、蓮弥はすぐに肯定した。

 「要は、知識や経験ではなく、反射にすると言うことだから物騒だな」

 「私も……か?」

 これはもしかすると不味い所に参加意思を表明してしまったのではないだろうかと青褪めるシオン。
 そんなシオンに、蓮弥は淡々と問う。

 「そうされたいのか?」

 「いや、遠慮したい」

 「教わる気があるなら、それなりに教えるさ。こいつらは教わる気がないのだから仕方ない」

 足元にうつ伏せで倒れているキースの背中を、蓮弥が足を乗せて踏みつけた。
 それはダメージ目的と言うよりは、ここから絶対に逃がさないと言う意思表示のようだった。
 そんなことをされなくても、キースは這って動く程の体力すら、すでに残ってはいなかったのだが。
 その体勢で、蓮弥は周囲を見回し、自分からあまりに離れた所に転がっている兵士に対して<操作>の魔術を起動する。
 兵士が着ている鎧を引っ張ることで、広範囲に散らばって倒れている兵士達をある一定の範囲に集めようと言うのだ。
 その作業をしながら、蓮弥は術式の並列起動でその一定範囲を囲むようにして結界を組む。
 これは、内側から外側へ、物理、魔術両方の面において通過できない性質を持たせた結界だった。
 もしかして、次の作業中に体力が回復して逃げ出す兵士がいないとも限らない。
 逃走防止用としての意味合いに合わせて、これから蓮弥が使う三つ目の術式を外に漏らさない為の壁としての意味もある。

 「どうせ、誰も動けないのだから。次はただそこに寝転がっているだけで出来る訓練をしよう」

 あらかじめ決めていた流れではあるが、蓮弥がそう宣言するとシオンが不思議そうな顔をする。

 「そんな訓練があるのか?」

 随分と楽な訓練があるのだなと感心しているシオンであるが、蓮弥の考えていることをほんのちょっとでも理解できていたのならば、そんな感想は抱かなかったことだろう。

 「まぁな。シオンはそこで立っていて、少しでも無理だと思ったら俺に言え。結界に穴を開ける」

 シオンにそう言いながら、蓮弥は自分が張り巡らせた結界へ強めに魔力を通すことで兵士達やシオンに視認できるようにする。
 それにより、兵士達は自分らが蓮弥の手によって一定範囲に閉じ込められたことを悟る。

 「何を……する気だ?」

 足の下からするキース兵士長の声に、蓮弥はちょっとだけ踏む力を強めつつ答えてやった。

 「だから寝てても出来る訓練だ、と言っただろうが?」

 「そんなものが……あるわけが……」

 言いかけたキースの言葉が止まる。
 蓮弥が途中でさえぎったわけではない。
 周囲の兵士達の間から、驚きの声とともに苦鳴と喘ぎが上がり始めた。
 キース自身も猛烈な息苦しさと動悸、そして身体の底の方から突き上げてくる何かに、呼吸が乱れる。

 「これはエミルから教わったんだがな」

 椅子に座ったまま、独り言のように蓮弥が言う。

 「魔術と言うものはきちんと学問のように体系化されているんだが、実は大きく魔術と称する技術の中には、きちんと学問として体系化されていないものが多く含まれているんだそうだ」

 「へー……初耳だ」

 シオンが言う。
 その表情はいつもと変わった様子が見られない。
 蓮弥の足の下から、シオンの表情を見上げたキースはその現実が信じられなかった。
 自分は一体どんな顔をしているのだろう、とキースは思う。
 全身から脂汗が吹き出し続け、顔や首や鎧の下を問わず流れまくっている。
 力の入らない身体は、キースの言うことを聞かずに震え始め、カチカチと歯が鳴っているのがまるで他人事のように聞こえる。
 今、自分の感じている空気が、熱いのか冷たいのか分からない。
 力無く投げ出した両腕の先の、両手が何かに耐えるように地面を掻き毟っているが、それすらキースは意識して行っていないのだ。

 「今俺がやっているのは、俺の殺気に魔力を通してバラ撒く<威圧>だ」

 「え? ……もうやってるのか?」

 何も感じないんだけどと続けつつ、周囲を見回したシオンは倒れ伏している兵士達が震えたり、もがいたり、酷い者になると泡を吹き始めているのを見て、顔が強張る。
 蓮弥は気にせずに説明を続けた。

 「と言っても、本気でばら撒いてるわけじゃない。俺からしてみれば実に弱く繊細に撒いている」

 「これで!?」

 シオンが指差した兵士は、既に泡を吹き白目をむいて意識を失っていた。
 その股間からは異臭のする液体が、ズボンを濡らして色を変えていっている。
 他にも、結界の外に出れないは分かっていると言うのに、地面を這いずって少しでも蓮弥から離れようとする者や、結界の壁にすがって出してくれと叫ぶ兵士の姿があちこちで見られる。

 「同じ影響下にある、シオンが平気な時点でお察し下さいなレベルだろうに?」

 「あ? あ、本当だ。私なんともないな」

 シオンからしてみた現状は、なんだか蓮弥が怖い雰囲気を漂わせていてちょっと近寄り難いかな、位のものだった。
 とりわけシオンが精神的に鈍いわけではなく、それなりの時間を蓮弥と行動を共にした結果、その殺気や魔力に身体が慣れてしまい、その程度の威圧は気にならなくなってしまったのだ。

 「この威圧に耐えられるようになると、精神系の魔術への抵抗力だけでなく、通常の魔術の効果への抵抗力もつき、さらにこの威圧を自分の意思と魔力で弾けるようになると、保有魔力の増大に繋がるんだそうだ」

 「それはすごいな! どうやるんだ?」

 「俺の殺すぞと言う意志に対抗する意志を強く持ち、それに魔力を通して抗おうとする、ってエミルが言ってたんだが、良く分からん。絶対に負けるものか、と強く念じてればなんとかなる、らしいぞ?」

 「そうか! よし」

 ぎゅっと目を閉じて、一心不乱に何事かぶつぶつ呟きつつ念じ始めるシオン。
 そんなことをしなくても、何も感じない程度の抵抗力が既にあるのだから、現状無駄なんじゃないかなと思う蓮弥であるが、シオンの好きにやらせておくことにする。
 シオンの為に、少し威圧を強めても良かったのだが、それを行ってしまうと今度はシオンのレベルに到達していない兵士の中からショック死による死者が出ないとも限らない。
 この先、一ヶ月もあるのだからゆっくりやっていけばいいんじゃないかなと思う蓮弥は、椅子に深く腰掛けて目を閉じる。
 大した強さで殺気を意識していないし、魔力に関してもちょっぴりずつ流し込むような弱弱しいものなので、維持しようとする必要すらなかった。
 その程度のことであるならば、半ば無意識にでも継続していられる。

 「ここここ……」

 「んー?」

 声を上げたのは、まだ蓮弥に踏んづけられているキースだ。
 全身の震えのせいで、言葉を単語としてまともに紡ぐことができずにいるらしい。

 「どうした? キース兵士長サマ? ところでサマ付けがそろそろ面倒になってきたんだが、いつまでサマって呼ぼうかね? キース兵士長サマ?」

 「ここここ……このくくくんんれれれん……い、いつまでで……」

 聞き取りにくい声を、なんとか聞き取って、蓮弥は頭の中で組み立てる。

 「この訓練をいつまで続けるつもりなんだ? と言いたい?」

 ガクガクと震えつつキースが頷く。
 彼は蓮弥と話すことである程度自分を保っていたが、それが無ければ他の兵士達同様、這いずりまわって逃げて、助けてくれと結界を叩いていたことだろう。

 「そうだなぁ。シオンが音を上げたら、やめようか」

 「私か?」

 なんで私基準? と言いたげなシオンを見ながら、蓮弥は踏んづけているキースに言う。

 「まさか激烈な訓練を潜り抜けて来た国軍精鋭の皆様が、シオン殿下が平気な顔をしている最下位の冒険者の威圧くらいで、シオン殿下よりも先に音をあげるなんてことはないでしょうな?」

 「……いいな、それ」

 ぽつりと漏らしたシオンの言葉に、思わず蓮弥の威圧が止まる。
 一体なにを言い出すのだろうとシオンを見る蓮弥。
 兵士達は思わず訪れたわずかな休憩時間に、今の内になんとかこの場から脱走できないものか考えてみたり、半ば止まりかけていた呼吸で不足し始めていた空気を求めて荒い息をついたりしている。
 そんな中、頬に手を当ててどこかうっとりとした表情のシオンが言った。

 「レンヤに敬称で呼んでもらうのって、いいなぁ」

 どうやらシオン殿下と蓮弥が口にしたことが、彼女の心のツボにはまったらしい。

 「何をバカな事を……はい再開するぞー、今度はさっきより強めにやるからな」

 「なんで!?」

 驚くシオンだったが、返って来た答えは極当たり前のものだった。

 「シオンは既に何も感じないのだから、同じレベルで威圧しても訓練にならないだろう」

 「兵士達は!?」

 「大丈夫だ。死ぬことはない。多分」

 「多分って!?」

 「あ、お前ら。聞こえているかどうか知らないが、明日からもこんな感じだぞ? あと日を追うごとにどんどん酷くなると思うが」

 抗議しようとするシオンを、一旦無視して蓮弥はまた呻きだした兵士達ににこやかに語りかけた。

 「訓練から脱走するのは個人の自由だ。好きにしてくれ。その場合俺はもっと楽しいことができるからな」

 「楽しい事?」

 聞き返してくるシオンの顔へ、蓮弥は視線を走らせる。
 顔色はそのままで妙な汗をかいている様子も無い。
 表情に強張りも無く、何時もどおりのシオンだ。
 一旦停止する前よりも強く威圧している蓮弥であるが、シオンにとっては全然足りないらしい。
 しかしこれ以上は今度は兵士達の中から耐え切れない者が出てくる怖れがあった。
 後々の課題だな、とこの件については後で考えることとして、蓮弥は言う。

 「実力も無くプライドばかり高い根性無しをよこして来たメイリアをいびる」

 「レンヤ、性格わるっ!」

 「国の兵士の質が悪いのは為政者の責任による部分がある。つまり、国軍の兵士が無能で根性無しなのだとすれば、それはそれを管理している大公や次期大公の責任だろう?」

 「それは……そう、かも?」

 「一応お前も含まれるのかな? どうかな、シオン=ファム=ファタール殿下。貴方の国の兵士は無能で根性無しか?」

 「そんなはずはない!」

 きっぱりと、顔に怒りの表情を浮かべて言い放つシオン。
 わずかに驚きを覚える蓮弥の耳は、小さく何かの破けるような音を捉えていた。

 「我が国の兵士は、国を愛し、大公陛下に忠誠を誓い、日々鍛錬を繰り返してきた者ばかりだ! それを無闇に貶めようとするのであれば、レンヤと言えどもただではおかんぞ!」

 「……このレベルで弾かれた。……この直情バカめ」

 ぼそっと呟いた蓮弥。
 その忌々しげな表情に、あれ? となったシオンの怒りが先細りになる。

 「別に貶める気はない。シオン殿下がそうおっしゃるのであれば、明日からの訓練も百名全員が来てくれるのだろう? ならば俺はメイリア殿下から依頼を果たすだけだ」

 「当然だ!」

 ぐっと胸を張って断言したシオンは、そのまま倒れている兵士達の間を駆け出していく。
 何をするつもりなんだろうと見送る蓮弥の視線の先で、シオンは倒れて呻く兵士達に声をかけはじめた。

 「気をしっかり持て! 私ですら平気なんだぞ! 君らならばこの威圧、弾き返せるはずだ!」

 「……意外と、将軍職とかならそこそこイケる口なのかもしれないね」

 軍師をつけて、ちゃんと手綱を握らせておけば、士気の鼓舞やら演説やらはそこそここなせる子になるんじゃなかろうかと言う感想を抱きつつ、蓮弥はシオンを見守る事にした。
 もしかすると、兵士の中の何人かは本日中に、今くらいのレベルの威圧であれば耐えられるくらいの結果が出るんじゃないかと言う思いも合わせつつ。

 「レンヤー!」

 少し離れた所からシオンが蓮弥を呼ぶ。
 そこへ届くように蓮弥も声を張った。

 「どうしたね? シオン」

 「さっきの殿下と言うの、家に帰ったらまたやってくれないかな?」

 前言撤回、これは本当にダメかもしれないと蓮弥は頭を抱えるのであった。
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