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二度目の人生を異世界で 作者:まいん

勇者降臨のようなもの

訓練開始らしい

 「あー……不平不満、不服、不条理等、色々とマイナスな感想はあると思うが、これも上からの命令であると諦めて、向こう一ヶ月間指示に従って欲しい」

 天ばかりを呪っていても仕方がないと、努めて無表情を装いながら練兵場に立ち並ぶ兵士達に向き直る蓮弥であったが、そこには兵士達以外にも、頭の痛くなる要素が見える。
 最前列で、他の兵士達と同じ装備に身を包み、何故か瞳がきらきらと輝いているシオンの姿だ。
 男性ばかりの兵士の中で、一人だけ異常に浮いているのだが、周囲はそれに気がついているのに、本人だけがそのことに気がついていない。
 メイリアの要請で蓮弥が国の兵士の訓練を引き受けた時に、いきなりシオンがその訓練に自分も参加すると言い出したのだ。
 周囲、特にメイリアが全力で止めにかかったのだが、シオンはそれを頑としてつっぱねた。

 「レンヤのパーティの中で、唯一戦力にならないのが私だ。いつまでも戦力外は嫌だ。私とてまともに戦えるようになりたい」

 シオンはそう主張し、周囲はなんとなくその言い分に納得して止めるのをやめてしまった。
 ただ、蓮弥の目から見て、シオンはそんなに弱い部類に入るとは思っていない。
 事実、エミルとの戦闘の時にアズとローナが一撃で瀕死状態にまで陥ったのに比べて、シオンはただの打撲程度の怪我で済んでいる。
 魔術師であるアズは別としても、元騎士であるローナすらそうなった攻撃を、である。
 シオンが並外れて頑丈な身体を持っているわけではない。
 そう考えると、シオンはあの時に意識してなのか無意識でなのかは不明だったが、エミルの一撃を防御し得たのではないかと蓮弥は思っている。
 蓮弥の信条として、戦闘において偶然できた、は有り得ないと言うのがある。
 もし、偶然出来たと思うようなことがあったのならば、それは意識して行えるだけの下地があると言うことなのだと蓮弥は思う。
 つまり、シオンは蓮弥から見て装備さえきちんと整えてやれば、魔族の攻撃を防ぎきるだけの実力の持ち主である、と言うことになる。
 本人はそのことを自覚していないし、それに見合った装備の持ち合わせも無い。
 良い機会なので、確認の意味も兼ねてがっつり鍛えてみようかと思う蓮弥である。

 「教官殿ぉ? ちょいと質問いいですかね?」

 そんなことを考えて沈黙していた蓮弥の目の前で、兵士の一人が手を挙げた。
 ざっと見た所、それなりに鍛えている体つきの若い男だ。
 角刈りの金髪に青い瞳。
 顔や腕にはいくつかの傷が見えることから、叩き上げの兵士なのだろうと言うことは予想がつく。

 「何だ? えーと……」

 「キースだ。兵士長をしてる。呼ぶ時は様をつけろよ教官殿」

 あれ? と蓮弥は首を傾げた。
 なんだか妙な言葉を聞いたような気がしたのだが、気のせいだろうかと。
 そんな蓮弥の内心には構わず、キースと名乗った兵士は兵士達の中から一歩前へ進み出ると、顔に笑みを貼り付けたまま蓮弥に言う。

 「教官殿は冒険者だそうだが。一体ランクはどの辺なんですかねぇ?」

 「Fだったかな? 一番下だな」

 即答した蓮弥の言葉に、兵士達から笑い声が上がる。
 もう一度蓮弥は首をかしげた。
 蓮弥からしてみれば、冒険者ギルドへの登録は広く使える身分証を入手する為の行動であったので、ランク等はどうでもいいことだったのだが、兵士達にとってはそうではないことらしい。
 蓮弥の目の前で、一番げらげらと大声を上げて笑っていたキースは、その笑い顔のまま蓮弥に言う。

 「こいつは驚いた! 冒険者の最下位が俺達に戦い方をご指導くださるってか?」

 「こ、こら、兵士長」

 慌てたシオンが止めにかかる。
 一応、国軍の兵士である為なのか、兵士達はシオンの顔は知っているらしい。

 「シオン様、こいつが何をどう言ってシオン様やメイリア様に取り入ったのかは知りませんが、こんな野郎に国軍の兵士の訓練を任せよう等と、本気ですかい!?」

 「兵士長、これはだな……」

 「シオン、ちょいと黙れ」

 詰め寄るキースに事情を説明しようとするシオンだったが、冷たい蓮弥の声をかけられて、びくっと身体を震わせて口を閉ざす。
 首が、軋みを立てるようにぎこちなく蓮弥の方を向くが、そちらにあった蓮弥の顔は声の冷たさとは裏腹に、満面の笑顔であった。

 「レンヤ……」

 「キース様? いやキース兵士長様? これでいいのかな?」

 わざと丁寧な口調で、実に穏やかに尋ねる蓮弥であったが見守るシオンの顔は真っ青だ。
 そして兵士達はシオンが何故そんなに顔色を悪くしているのかが分からない。

 「つまりお前らはあれだ。ランクの低い冒険者に教わることなど何も無い、と?」

 「あ、当たり前だ! 俺達は国軍としてこれまで訓練をだな……」

 「分かった分かった。その気持ちも分からないでもない」

 声を荒げるキースであったが皆まで言わせずに、言葉をさえぎる蓮弥。

 「誇りある国軍の兵士として、今まで十分過ぎるほど厳しい訓練を潜り抜けてきたと言いたいわけだろう?」

 「そ、そうだ」

 「素晴らしい。実に素晴らしいな、それは」

 蓮弥は笑顔のまま、キースに向けて拍手する。
 一体、話がどこへ向かおうとしているのか分からず、兵士達は互いに顔を見合わせ、蓮弥の拍手の音だけが彼らのいる練兵場に響き渡った。

 「レンヤ……もう、その位に。彼らには私からきちんと説明を」

 「シーオーンー?」

 絶対にこのまま話を先に進めさせてはいけないと、その場で一人だけ理解しているシオンがなんとか取り成そうとするが、蓮弥にゆっくりと名前を呼ばれて身体を強張らせる。
 蓮弥の顔から笑顔は消えない。

 「お前もこれからのことに混ざるか? 俺は構わないんだが?」

 「えっと……逃げる許可をもらえるのだろうか?」

 蓮弥に問われたシオンは、あっさりと諦めた。
 これはもう、どうすることもできないのだろう、と。
 きっと蓮弥とて、メイリアから訓練を依頼されているのだから、兵士達が死ぬようなこともないだろうし、この状況下において自分ができることなど、後は何も無いだろうと理解したのだ。
 だとすれば、自分に被害が及ばないように速やかに逃げる以外、シオンは自分が取れる行動はない、と判断した。

 「許可も何も。これは訓練じゃない。……単なるお遊びだ。参加しなくても別に構わない」

 「分かった」

 シオンは頷くと、そそくさと蓮弥の脇を通って練兵場の出口へと歩く。
 その蓮弥とすれ違う時に、蓮弥の肩に手を置き、耳元へ口を寄せて囁いた。

 「頼む。できるだけ穏便に」

 「死人は出さないから心配するな」

 答えは短かったが、蓮弥はシオンを安心させるかのように、その腰をぽんと一つ叩くと練兵場の出口へと急がせた。
 その間、何か異常なものを感じでもしたのか、兵士達は声を発することがなかった。
 蓮弥はシオンが退場するのを見送ってから、改めて兵士達を見る。

 「さて、お姫様の目が無くなった所で、男同士だ。腹でも割って話そうか?」

 「お前のような奴と話すことなど……」

 「成る程、言葉では分かり合えないと。それもまた良いな」

 言い放つキースの言葉を、またさえぎった蓮弥は一歩キースの方へと歩み寄る。
 背丈はキースの方が蓮弥よりも目線一つほど高かったが、何故だかキースは蓮弥が歩み寄ってくるのに合わせて一歩退いてしまう。

 「で、あればだ。言葉は不要なのだから、これで語り合うことにしようか?」

 さらに一歩踏み込んだ蓮弥は、キースの胸元をぽんと一度軽く拳で叩いて見せた。
 それが意味する所を察したキースの表情が、また蓮弥を小馬鹿にしたものに変わる。

 「おいおい、まさかFランクのお前が、俺とやろうっていうんじゃないだろうな?」

 「お前と、じゃない。お前らと、だ」

 言い直した蓮弥の言葉は、兵士達にはすぐには理解されなかった。
 しかし、時間が経つにつれて、兵士達は蓮弥が自分達に何を言い放ったのかを理解し、その思い上がりに激怒し始め、中には腰に吊るしている訓練用の剣に手をかけるものまで出始める。
 そんな兵士達の様子を、蓮弥は笑顔のまま見守り、やがてまた口を開いた。

 「どれだけ大変な訓練をしてきたのか知らないが。俺から言わせればお前らのやってることなど児戯に等しい」

 怒りに震えて言葉を返さないキースをちらりと見上げ、鼻で笑って見せてから、蓮弥はわざとゆっくりと身を翻してわずかにキースから距離を取る。

 「まぁ言葉を理解できる頭も無いようだから、実際体験してもらった方が早いだろう。ハンデもくれてやる。俺は武器を使わない」

 「てめぇ……そこまで口にして、五体満足でここから出れると思ってやがんのか!?」

 薄ら笑いを浮かべ、言い放った蓮弥の言葉に反応するように、兵士達がついに剣を抜いた。
 刃引きがしてあるとは言っても、兵士達の持つそれは普通の剣だ。
 当然、鉄で出来ており、当たれば痛い所か骨は折れるし場所によっては死亡することもある。
 殺気だった兵士百名が、武器を手に睨みつけてくる光景は、気の弱い者であれば萎縮して動けなくなる程の威圧感を醸し出していたが、蓮弥は良いことを思いついたと言わんばかりに手を一つ叩く。

 「そうそう。魔術も使わないから心配しないでかかってこい。お前らの言う冒険者最下層の人間に、全く敵わない程度の力の持ち合わせしかないことを、しっかりと理解させてやるから」

 「おい、お前らぁ!」

 キースが叫んだ。
 背後の兵士達がそれに呼応して「応!」と答える。

 「この粋がったバカを畳んで、施術院送りにしてやれっ!」

 キースの放った号令一下、百名の兵士が武器を片手に蓮弥へと襲い掛かった。
 一方、いち早く練兵場から抜け出したシオンは、そのまま帰るようなことはせずに貴賓席を目指していた。
 練兵場には貴族や王族達に兵士の練習の成果を見せたりする為に、練兵場を見渡せるような高い所に席が設けられている。
 蓮弥達が使っているそこも、例には漏れず貴賓席が設置されていた。
 シオンは、折角なのでそこで蓮弥が兵士達とどのようなことをするのか見学しようとしていたのである。
 もちろん、見過ごせない程の事態となれば、再度練兵場に突入して、なんとか蓮弥を止めるつもりでもあった。
 そのシオンが貴賓席に着いた時、その目に飛び込んできたのは。
 さっさと逃げ回る蓮弥を先頭にして、練兵場を百名の兵士達が追いかけまわすと言う光景だった。

 「あれ?」

 蓮弥のことである。
 てっきりいつものように、常識外の魔力による一撃と、何故あんなに切れ味が鋭いのかわからない刀でもって兵士達を殲滅しているのだろうと思い込んでいたシオンは、それが信じられずに間の抜けた声を上げてしまう。
 練兵場は広い。
 模擬戦等をそこそこの大人数で行うこともあるせいなのだが、その広い場を蓮弥が走り抜けていく。
 兵士達はその後を追いかけ、あるいは一部が別行動を取って蓮弥を囲い込もうとしているのだが、その隙間を縫うようにして蓮弥は誰の一撃を受けることも無く走り続ける。

 「相手は一人だぞ! 散って囲め!」

 キースが指示を飛ばすと、数名ずつのチームがいくつか本隊から分かれて別ルートで蓮弥を追い込もうとする。
 進路を塞がれ、速度の落ちた蓮弥に一つのチームが肉薄した。
 その次の瞬間。

 「あー……あーあー……」

 シオンは人間が魔術も使わずに空を飛ぶ光景を目にした。
 蓮弥からしてみれば、切りかかってくる兵士達の足を払い、体勢が崩れた所を掴んで投げただけのことだったのだが、それだけのことで大の大人が数人、なすすべなく宙を舞う。
 まるで人間でお手玉でもするかのように、行く手をさえぎった兵士達を宙へと舞わせた蓮弥の姿が通り過ぎると、その後を追うようにして、投げられた兵士達の体がべちゃりと地面に激突する。
 地面はある程度柔らかな土が敷き詰められているが、2、3m程の高さに投げ飛ばされた兵士達は、満足に受身を取ることもできずに、すぐには立ち上がれないくらいのダメージを受けたようだった。

 「なんだ今のは……?」

 誰かが信じられないものを見たように、呆然と呟く。

 「足が止まってるぞ?」

 その呟きを耳にした蓮弥が、呟いた兵士に接近する。
 慌てて剣を構えた兵士は、蓮弥が目の前で一度踏み込み、その威力と全身の捻りを乗せた掌打が自分の胸に吸い込まれていくのを、まるで他人事のように見つめ、そのまま声をあげることもなく地面と並行に飛ばされた。
 その身体は、飛んでいった先で数名の兵士を巻き添えにしてまとめて地面へ打ち倒してしまう。
 この時点で、キースは自分達がケンカを売ってはいけない相手と事を構えてしまったと言うことに遅まきながら気がついたが、既に時は遅い。
 別の一団へと素早く接近した蓮弥が、兵士の一人を殴り、倒れていく体の両の足首を自分の両脇に挟むと、力任せのジャイアントスイングで、周囲の兵士達を薙ぎ倒していく。
 鎧を着込んだ兵士の身体で打たれた方は無事では済まないが、打っている方の兵士もただで済むわけがない。
 悲鳴を上げながら打ち倒される兵士に、放してくれと懇願する振り回される兵士。
 自重と遠心力で威力の高い鈍器と化した兵士で、周囲の兵士を一掃した後で、さらに回転速度を上げた蓮弥はその兵士が望んだ通りに手を放してやる。
 キースは、めちゃくちゃな回転をつけられて手足をバタつかせながら飛んでいく兵士の姿を、ただ見ていることしかできなかった。
+注意+
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