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二度目の人生を異世界で 作者:まいん

勇者降臨のようなもの

内緒の話であるらしい

 なんでこうなった、と言う疑問をこちらの世界に来てから思うのは一体何度目になるのだろうと蓮弥は苦々しい思いで噛み締めていた。
 ククリカの街の軍事区にある練兵場でのことである。
 今、蓮弥の目の前には百名からの訓練用の武装に身を包んだ兵士達が、なんとなく所在無さげに立ち尽くしている蓮弥を、胡散臭いものでも見るような視線で見つめている。
 疑問だらけの百の視線を浴びた蓮弥は非常に居心地が悪そうな顔で、さてなんと口を開いたものか思案していたが、やがてどこか諦めたように口を開いた。

 「あー……レンヤ=クヌギ。冒険者だ。本日より諸君らの訓練を、メイリア公姫殿下より依頼されて担当することとなった。……取りあえずよろしく」

 なんだこいつは、と言う複数の視線に晒されつつ、本当になんでこうなった、と蓮弥はこれまでのことを思い返す。
 事はメイリアが蓮弥の屋敷を訪ねた時まで遡る。
 口外無用と念押しされて、その場に居合わせたうちのエミルを除く全員の顔がわずかながらにも強張ったのを見て、メイリアが苦笑した。

 「機密事項をお話するわけではありません。公的には広められない類の内緒話程度のことです」

 「聞きたくない要素がそれだけで十分すぎるんだが……まぁいい。それで?」

 「まずは今回の件の首謀者様に、お礼を申し上げたいと思うのです」

 ソファーに座った体勢のまま、膝をそろえてきちんと姿勢を正したメイリアは、そこから深々と頭を垂れた。
 それは明らかに蓮弥に対しての礼であったが、蓮弥はそっと視線をメイリアから外す。

 「ここにそんな奴は……」

 「はい、居ない事は分かった上で、です」

 頭を戻して、メイリアははっきりとそう言うと微笑を浮かべる。
 彼女に対してはきついイメージばかりが先行していた蓮弥だったが、その笑みを見て、初めて彼女に年相応の可愛らしさもあるのだな、と思ってしまう。
 それが顔に出てしまっていたのか、シオンとローナはどこか複雑そうな表情を浮かべ、エミルはにやにや笑いの度合いを深くし、フラウは目を伏せたまま微動だにせず、クロワールはそっと蓮弥の脇腹を肘で突いた。

 「包み隠さず申し上げるのでしたら。今回の一件は、いかに相手が人族希望の勇者であるとは言え、あまりに酷い話。それでも魔族の脅威から国の民を護る為なのであれば、従う以外の方法もなく」

 「まぁそうだろうな」

 心情的な問題を別とするならば、事の是非は置いておくとしても、話としてだけは蓮弥にも理解できる事ではあった。
 もちろん、ならば従うのかと問われれば、全力で潰すと返答しただろうが。
 一人の犠牲で国が護れるのならば、選択の余地が無いのが為政者と言うものである。
 全てを犠牲無く護る、等と言う夢物語を口にするのは、底抜けの馬鹿か物語の中の主人公だけだ。

 「私が行くと言う事であれば、諦めもついたのです。次期大公ですから、勇者に傷物にされた所で婿の成り手は腐るほどいますし、仮に勇者を篭絡できれば儲け物ですし。けれども一線を退いた姉を行かせると言うことは、私も母も承服しかねることであり……もう聖王国ごと滅ぼしてしまえと言う話も……」

 しゃべるメイリアの目つきが怪しいものへと変化していくのを見咎めて、慌てて蓮弥が口を挟んだ。

 「穏やかじゃないな……」

 「トライデン公国は人族の大陸では勢力第二位ですが。常日頃から魔物との戦いを経験し、人族の大陸における防波堤の役割を果たす軍事国家でもあるのです。聖王国とのタイマンなら、絶対負けません」

 「そうはいかないんだろう?」

 「残念ながら。どんな国においても神殿の影響はありますので、おそらく連合軍対トライデン公国と言う図式になるでしょうね。しかも勇者がいますから、勝つのは無理でしょう」

 蓮弥の言葉をすんなりと肯定するメイリア。
 当然だろうなと思う蓮弥であるが、蓮弥とメイリア以外のメンバーは、なんとなく蓮弥をぶち当てれば結構良い勝負になるのではないか、と思ってしまっている。
 あながち的外れな考えではない事実が恐ろしいが、その事実を正確に把握できている人物はこの場にはいない。

 「それと……いくら私と母が止めても、この姉がどうしても自分が行くと言ってきかないもので……頭の足りない姉のこと、まさか勇者と言う単語に魅かれて喜び勇んで行くのではと危惧しておりましたが、頭の固い姉で、その意思を翻させることもできず……」

 「今回のこととなったわけだな」

 結構酷い評価がメイリアの口から飛び出してきた気のする蓮弥だが、深くは追求せずにスルーした。
 蓮弥がスルーすれば、他のメンバーもその事には触れず、言った張本人であるメイリアは澄まし顔のままで、唯一言われた本人であるシオンだけががっくりと項垂れている。
 そんなシオンの様子を、ほんのわずかにだけ見てからメイリアは言う。

 「本当に愚かな姉です。私の身代わりになりに行くなんて。傷物にされてしまえば、貰い手等なくなるのは分かっていたでしょうに」

 「むぅ……」

 唸るシオンに、そっと小さな溜息をつくメイリア。

 「ですが、どれだけ愚かだろうが、頭が足りなかろうが。私の姉なのです。それだけは間違いなく……私の大事な姉なのです」

 ぽろりと、思わず漏らしたような呟きに驚いた表情でシオンが顔を上げる。
 姉から見られていることは重々分かっているであろうに、メイリアは努めて無視をして蓮弥を見る。
 その頬に少しではあるが朱が差しているのを蓮弥は見取っていたが、気づかないフリをするべきだろうと黙っている。

 「それ故に、今回の件にはいくら感謝してもしきれない。……ただ心苦しいのはその事を立場上公にする事ができず、その方に報いることができない、と言うことです」

 「そりゃまぁ、そうだろうなぁ」

 一国の責任ある立場の人物が、おおっぴらに犯罪者に感謝してしまっては、国民への示しがつかない。
 それに、今の所犯人は不明のまま、おそらくは魔族であろうと言われている所に、トライデン公国が一人の冒険者に何らかのお礼をした、と言う話が広まってしまえば、もしかして、と思う者が間違いなく出てくる。
 そうなってしまっては、ひたすら顔を隠して事に及んだ意味が全く無くなってしまう。

 「その上で、このようなことを申し上げるのは……恥知らずと言われても仕方のないことだと思うのですが」

 「うん?」

 「実はレンヤ様に、お願いしたいことがあって参りました」

 感謝の後でいきなりそれか、と思う反面。
 なんとなくではあったが、そんなことになるのではないかなとも思っていた蓮弥である。
 一つ大きく息を吐き、蓮弥は尋ねる。

 「聖王国側から、何か言ってきたのか?」

 「そうとも言えますし、そうでないとも言えます」

 メイリアの返答はどうにも要領を得ないものだった。
 やや首を傾げた蓮弥に、メイリアは説明を続ける。

 「今回の件については、問い詰めてくる気配はありましたが、あちらもなんの証拠も掴んでいないのか、あまり立ち入っては来なかったのです。しかしながら、聖王国はなんらかの事態が起こった場合の勇者の投入を、当面見合わせるとの通達を各国へと寄越してきたのです」

 「……あー……」

 内心、しまったと蓮弥は思ってしまう。
 対魔王用の決戦兵器扱いとして、死ななければそれでいいかと言う前提の下に計画を練った蓮弥であったが、実際今の所魔王の存在は確認されておらず、魔族と魔物の活動が活発になっていると言う事実だけがある。
 聖王国としても、魔王の存在が確認されてしまえば有無を言わさずに勇者を投入するのだろうが、現在の状況ではそこまでは話が進んでおらず、トライデン公国を筆頭として、各国は活発化した魔物の対応に追われている状態だ。
 ここで本来ならば、勇者が各国を回り、その国では手に負えないレベルの魔物や、そうでもないが手の足りない部分等の手助けをするはずだったのだが、そこへ行く前に勇者が色事に耽ってしまい、さらにそんな勇者を蓮弥がそちら方面に関してはほぼ再起不能な状態にしてしまった。
 これにより、勇者が諸国を漫遊して人助けの旅、みたいなことをすることが出来なくなってしまったらしい。

 「理由としては色々あるようです。旅をさせるにしても、女性のメンバーを連れて行けないようですし。男性ばかりのパーティと言うのを我慢させるとしても、誰を助けても美味しい目に会えないと勇者が不貞腐れてしまったようでして……」

 「救いようの無い屑だな……」

 後腐れのないように、きちんと始末してしまった方が良かっただろうかと思ってしまう蓮弥。
 処置なし、と言った感じで目を伏せ首を振るメイリア。

 「うちの国に、ああ言う人材が居なかったことを神に感謝したい気持ちです。これまで好き勝手にやらせてきたことを理由に動けと命じても動かないそうで。力づくでなんとかしようにも、腐った勇者……じゃないですね、腐っても勇者らしく、並みの兵士では全く歯が立たないそうで」

 「どこかに放棄しろよ、そんなゴミ」

 夜のお楽しみについての能力に関しては、完全にダメにしてやった蓮弥ではあるが、魔王相手の決戦兵器の意味合いまで殺してしまっては不味いので、戦闘能力に関しては全く手をつけていなかった。
 いくら勇者が屑だとしても、屑は屑なりにこれまでの恩義に対して、魔物の掃討や魔王戦くらいはこなすだろうと思っていた蓮弥だったのだが、勇者の屑っぷりは蓮弥の予想の遥か下を行っていたらしい。
 上を見出したらキリがないが、下を見出すと底が無いとは良く言ったものである。

 「私もそう思いますが、聖王国の方々はちょっと思考が異なるようでして」

 額を抑えて、頭痛をこらえるような素振りをメイリアは見せる。

 「もし聖王国……ひいては聖都自体が魔族の攻撃に晒されるようなことになれば、否応無く勇者とて戦わざるをえないだろうから、防衛の駒として保留しておくようなんです」

 自分の住処のある街が、攻撃に晒されて滅びに面するようなことになれば、いくら屑でも自分の住処くらいは護るだろうと言う考えらしい。
 なるほどそう言う使い方もあるか、と思うが、相手があの勇者である。
 普通に逃げ出す可能性の方が高いんじゃないか、と蓮弥は思う。

 「勇者や聖王国の思惑はこの際考えないこととしても、私達は勇者の恩恵に預かれなくなってしまった、と言うのはほぼ間違いありません。つまり、私達は今手持ちの戦力で、自国の守護を考えなくてはいけなくなったのです」

 「つまり……俺に兵士としてその守護に参加しろ、とでも?」

 国の軍へのスカウトにでも来たのだろうかと思った蓮弥であったが、メイリアはその蓮弥の問いかけにはっきりと首を振った。
 では一体なにをさせたいと言うのだろうかと訝しがる蓮弥に、メイリアは言った。

 「レンヤ様には、その腕前を見込んで。我が国の兵士の訓練をお願いしたいのです」

 「「「「「……は?」」」」」

 耳を疑うメイリアの言葉に、期せずしてフラウを除く全員の言葉がハモる。
 呆気に取られている蓮弥達に、畳み掛けるようにしてメイリアは言い募った。

 「レンヤ様の実力は、様々な筋から聞き及んでおります。今、トライデン公国は一兵でも多くの強い兵士を揃えたい。その為にそのお力を、貸しては頂けないものでしょうか」

 結局、蓮弥はしばらく空白の時間の後でメイリアの申し出を受けることにした。
 理由は、表に出せない話ではあるが、勇者を使い物にならなくしてしまった責任を感じてしまったのが一つ。
 それ以外に、メイリアが提示した依頼料の額が非常に魅力的だった、と言う点も挙げられる。
 訓練に必要なものは、言ってくれれば全て国が負担する。
 依頼料は、取り合えず大公直轄軍から百名の訓練を担当してもらい、一ヶ月の拘束期間に対して白金貨5枚を支払うと言うものだったのだ。
 元の世界で言う所のおよそ五千万円である。
 あまり金には執着しない蓮弥ではあるが、流石にその提示された金額にはめまいを覚え、シオンとローナは開いた口がふさがらなくなり、エミルは爆笑し、クロワールは何故か苦い顔をした。
 後で蓮弥がクロワールに表情の意味を尋ねて見た所、エルフの皇女としてはあまり人族の軍が力を持つことは好ましく思えないらしい。

 「表立って言えない報酬も含まれてます」

 ぼそっと付け加えたメイリアである。
 それが含まれているのだとしても、常識から外れた高額な依頼料だ。
 思わず蓮弥は、頭に浮かんだ言葉をそのまま口走った。

 「まさか、シオンの純潔にこんな金額をつける気か!?」

 正座の姿勢から、こけるシオン。
 そちらへ目をやることもなく、メイリアは顔の前で手を振った。

 「まさかそんな、それは金貨1枚程度かなと」

 「メイ!? それはいくらなんでも私に失礼じゃないか!?」

 がばっと身を起こして抗議するシオンだったが、メイリアはそんなシオンを冷たく見下ろす。

 「手練手管を極めた、お金さえ払えば後腐れの無いお付き合いのできるお姉さま方とて、銀貨数十枚から金貨数枚で相手をしてくださると言うのに、シオン姉様に金貨1枚をつけたのは私の慈悲だと思ってください」

 「メイ!!? どこで覚えたんだ、そんな言葉!?」

 「私ももう15歳です。何時までも子供ではないのです」

 「15は子供だろう……もういいからお前ら他所でやってくれ」

 ソファーに座ったままふんぞり返ったメイリアの膝にすがるようにして言うシオン。
 たぶん、仲の良い証なのだろう、と良い方向に理解する努力をしつつ、蓮弥は酷く疲れた声で言った。
 そんなやり取りを経て、話は冒頭へと戻る。
 本当になんでこうなったのかな、と思いながら天を仰ぐ蓮弥であった。
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