事後処理らしい
「状況の説明と確認をお願いできますか? 勿論、拒否権はありません」
テーブルを挟んだ向かい側の席に腰掛けている少女は開口一番そう切り出した。
フラウが淹れてくれた紅茶に口をつけながら、蓮弥はソファーに深く腰をかけた状態で、じっとこちらを見つめているその少女を観察する。
髪は濡れた烏の羽の色で、結うこともなく背中へストンとまっすぐに落とし、前髪は眉の上辺りで一文字に切りそろえられている。
意思の強そうなやや太目の眉の下には、きりっとした印象を受けるやや吊り気味の瞳。
細く整った顔立ちが、その少女が身にまとう鋭利な雰囲気に拍車をかけている。
服装は、フラウ曰くかなりお金をかけて仕立てられた良いものらしいが、落ち着いた配色の男性物の上下だ。
最初見た時には男性だろうかと思ってしまった蓮弥だが、胸の辺りが控えめにではあったが確実に膨らんでいるのを見て女性だと理解した。
尋ねる前に気がついてよかったとつくづく思う蓮弥である。
その少女の傍らにちらと目を向ければ、何故かシオンとローナの二人が、床に直接正座させられているのが見える。
別に悪いことをしたわけでもないのにと蓮弥は思うが、少女が有無を言わせず二人に正座を強制し、二人は何故だか反抗することもなく、命じられるがままに正座をしていた。
ちなみに、正座や土下座は昔流れてきた迷い人が人族に広めたらしく、今では誰でも知っているものなのだとクロワールが蓮弥に耳打ちした。
エルフには受け入れられなかったらしく、知識としてそう言うものがあると知っているらしい。
そのクロワールは蓮弥の左隣にちょこんと座ったまま、紅茶の入ったティーカップを両手で持ちつつ、息を吹きかけて冷ましている最中であり、右隣にはエミルが、こちらはだらしなくソファーにふんぞり返った状態でニヤニヤと笑いつつ状況を見守っている。
フラウはそこが定位置であるかのように、蓮弥の背後に控えたまま、言葉を発することがない。
部屋中女性だらけだ、と蓮弥は落ち着かない気持ちになる。
思わずアズ辺りを呼びつけて、心のオアシスにしたい気持ちになるが、今回の件に関しては全く無関係の人物であるので、呼びつけて巻き込むわけにもいかない。
何か言わなくてはいけないのだろう、と蓮弥は口を開いた。
「なんのことやらさっぱり分からない」
「そんな答えは要求していません」
一刀両断に即答されて、蓮弥の困った表情を浮かべる。
どうやらとぼけることすら許してはくれないらしい。
「なんのアテも無しに訪問しているわけではありません。メイリア=ファム=ファタールがこの場にいると言う意味をご理解下さい」
「そうは言われてもな……」
顔に困った表情を浮かべたまま、蓮弥は視線を正座中のシオンに向ける。
慣れない正座の姿勢の為に、襲いくる足の痛みに必死に耐えているシオンは、蓮弥の視線が自分の方を向いているのに気がつくと、そっと首を振った。
「事前に、私の愚姉にも話は聞いております」
蓮弥の視線の先に気がついたのか、少女は平坦な口調で言う。
何をゲロしたのかは分からなかったが、これで迂闊な事は言えなくなった、と蓮弥は憂鬱な気分で思う。
メイリア=ファム=ファタールと名乗った蓮弥の目の前の少女は、名前からわかる通りシオンの関係者、と言うよりは彼女の言う出来の良い妹その人であった。
聖都で大騒ぎを起した後。
蓮弥とエミルは一足先にククリカの街へと行きで使った車で爆走しながら帰還し、やや遅れてシオンとローナが魔導船で帰還を果たした。
一応、ククリカの街を蓮弥達が空けていると言うことは、フラウにお願いをして周囲にばれないようにしていたので、途中からはこっそりと街に入る羽目になった蓮弥とエミルであるが、二人の技量を持ってすればそう大した作業でもなかった。
シオンとローナは、街を出る時は大々的に広報して出て行ったので、帰って来た時もそれは派手な出迎えがあったのだが、二人の身柄は街に到着すると同時に兵士達に囲まれてどこかへ連れ去られていった。
自国の中において、そう危険なことにはならないだろうとタカを括っていた蓮弥だったのだが、どうやらこの妹殿がシオンとローナを拉致した犯人であったようだ。
「その二人から何を聞いたのかは知らないが。俺は何も知らないよ」
「あくまでシラを切りとおすつもりですか?」
じろりと蓮弥を睨みつける視線は、酷く険しかった。
シオンの妹であると言う情報と、体つきから考えてもおそらくは15歳前後くらいだろうと思われるが、とてもその年頃の少女がするような目つきでもなく、その歳で出せるような眼光でもない。
なんとなく厄介なのに目をつけられたらしいことを蓮弥は理解する。
面倒だから一服盛ってお帰り願おうかとも思ったのだが、これにはフラウが首を縦に振らなかった。
「ちゃんとしたお客様なの。この家を預かるメイドとして、そんな無作法はできないの」
事前に連絡を入れ、ちゃんと正門を潜り、手土産まで用意してきたメイリアを、フラウは非常に珍しいちゃんとしたお客様だと認識し、それを害する事は例え持ち込まれた話が蓮弥にとって好ましくないものだとしても無碍に一服盛ることには賛同できないと言い張った。
正論すぎてぐうの音も出ない蓮弥である。
事前連絡の時点で、どうやらシオンの妹らしいと察した蓮弥は、きっと無事に戻ってきた姉にでも会いに来たのだろうとあまり深く考えずに訪問を了承してしまっていた。
断っておけばよかった、と今更思っても後の祭である。
「そうは言われても知らないものは知らない」
「強情な方ですね。予想はしてましたが……ではこちらで好き勝手にしゃべらせて頂きます」
上着のポケットから小さな手帳を取り出すと、ページを開いて蓮弥を睨みつけながらメイリアはしゃべり始める。
「まず、今回の件の首謀者には国境の関所破りの嫌疑がかけられています」
「悪人だな」
短く答えを返す蓮弥から目をそらさないメイリア。
そんなにこちらをじっと見つめ続けるのであれば、手帳を開いた意味など無いのではないかと蓮弥は思ってしまうが、そんな蓮弥の思いには気がつかず、メイリアは先を続ける。
「聖都への不法侵入も追加されています」
「良く警護の兵士なんかに気がつかれなかったもんだ」
「門番の兵士が保身に走った結果のようでして……他国の話ですので、どうでもいいんですが」
顔も知らないであろう兵士の行動を、どうでもいいとばっさり切り捨ててメイリアの言葉は続く。
「勇者ユウキ=ヤツフサと、十数名の貴族、並びに聖王国の王族へ毒物を使用した、と言う嫌疑もかけられております」
「そりゃ大変だ。皆殺しか?」
尋ねる蓮弥の口調に乱れは無い。
ほんのわずかにではあったが、メイリアの視線の険しさが増す。
どうも、知っているくせに、と言いたいようだったが、蓮弥は素知らぬ顔を貫き通す。
「いいえ、致死性のものではなかったようですが……それ以来、被害者の方々は女性を身近に近づけることができなくなったようです」
「妙な毒もあったもんだ。王族がそれだと世継ぎができなくて大変だろうに」
完全に他人事として話す蓮弥。
「王族にとって世継ぎを成すことは義務ですから、ベッドに縛り付けてでも作らせるでしょう。そこまでしなくても代替品はあちこちに用意されているでしょうが」
答えるメイリアの言葉も他人事の口調だ。
言われて蓮弥はエルフの国の皇帝の顔を思い出す。
あれはやりすぎだとしても、それに良く似た規模の小さなことは人族の国でも王族であればどこでも同じようなことをやっていて不思議ではない。
途絶えてしまえば国が滅びかねない話なのだ。
やりすぎて国を割るようなことになれば本末転倒ではあるが、そうならないように手を打ちつつ、スペアを沢山用意しておくのは当然のことだった。
「我が国の僧職にして姉の警護に当っていたローナ=シュバリエ並びに侍女、警護の兵士達にもその精神を惑わすような毒物を使った形跡があります」
蓮弥の視線が、正座しているローナへちらりと向いた。
すぐにローナはぷるぷると首を振る。
どうやら気にしていません、と言う意思表示をしたいらしいが、いろんな所が一緒にぷるぷると揺れるので、やや慌てて気がつかなかったように蓮弥はメイリアへと視線を戻す。
「さらに王城の破壊、我が国所属の魔導船への不法侵入、シオン=ファム=ファタールへの不埒な悪行三昧……」
「不埒!?」
驚いた声を上げたのはシオンだ。
その声に反応して、シオンの方を向くメイリアに、シオンは抗議の声を上げた。
「不埒とは何だ? そんな真似はされていない!」
「言い直します。簀巻きにされた上に連れ去られかけたシオン姉様」
「ぐっ……」
メイリアの冷たい視線に負けて、シオンが黙り込む。
「とにかく、主な罪状を挙げていけば国境破りに都市や公的な設備への不法侵入、毒物使用に建造物破壊、暴行に誘拐と極悪犯罪のオンパレードです。殺人が入っていないのが不思議なくらいです」
「犯人の目星は?」
「聖王国側は、魔族或いはそれに連なる者だろうと言うことでほぼ固まったようです」
手帳をぱたんと閉じ、上着のポケットに戻してからメイリアは蓮弥との間にあるテーブルの上にずいっと身体を乗り出してきた。
「しかし、私はこれだけのことをやってのけて、さらに動機まである人物に心当たりがあるのですが?」
「それは大したものだ。トライデン公国の情報収集能力は非常に高いのだな」
「それは目の前にいるのですが」
「身に覚えがない。言われのない疑いには断固として反抗する」
睨むメイリアに負けじと見つめ返す蓮弥。
しばらく続いた視線による攻防は、やがてメイリアの方が折れて視線をそらした。
「そうですか。見込み違いだったようです。失礼を申し上げました。お詫び致します」
あっさりと引いた上に、乗り出していた身体をソファーへと戻して頭を下げるメイリア。
あまりにあっさりとした様子だったので、メイリア以外の全員が意外そうな顔になった。
それらの視線に気がついたのか、メイリアは肩をすくめて淡々と語りだした。
「実の所どうでもいいんです。犯人が誰か、なんてことは。国境破りなんて珍しい事じゃありませんし、魔導船への不法侵入だって、あれ自体機密扱いと言うわけでもないですし」
膨大な距離に及ぶ国境全てを国が管理しているわけではない。
当然、関所以外の所を通り抜けるならば、それ相応の危険が伴うが大雑把な網しか張っていないのだから、抜け道はいくつもあるのだとメイリアは言う。
見つかれば罪になる行為だが、見つからなければ犯罪ではない、くらいの考えでやっていないと人手がいくつあっても足りない事態に陥ってしまう。
魔導船への不法侵入も、現行犯ならば罪だが、逃げ切られたものを追いかけてまでどうこうするような罪ではないらしい。
「シオンの誘拐に関しては?」
本当にそんなのでいいのかと思う蓮弥が問いかける。
仮にも一国の姫君を拉致しようとしたのだ。
普通に考えれば、地の果てまで追いかけてでも国家の面子にかけて犯人を探し出し、罪を償わせなくてはならないように思えるのだが、メイリアの返答は蓮弥の予想の遥か遠くを行くものだった。
「そっちはさらにどうでもいいです」
「メイ!?」
「第一公女、と大層な肩書きが付いていますが、実際は無位無冠ですし。良く似た他人をこっちが本物でしたと立てた所で、大勢に影響ないですし」
「分かってる。分かってはいるんだが……実の姉にそれはあんまり……」
随分と酷い扱いだなと蓮弥は思ったが、本人もそう言う扱いなのは分かっているらしい。
分かってはいるらしいが、面と向ってはっきりそう言われると、なにやら切ないものがあるようだった。
とても情けない表情で、がっくりと項垂れるシオンを見て、メイリアはぼそっと呟く。
「冗談ですが」
「きつい……きついよ、メイ……」
「第一公女の地位を退いて、私に次期大公になれと言った時に私が受けたショックに比べれば、なんてことはないでしょう」
「仲が良いことは素晴らしいんだが……じゃあ今日はどんな用事でこちらへ?」
放っておくと、シオンが再起不能の精神的ダメージを受けかねないと見た蓮弥が口を挟む。
まだ何か言い足りないような顔をしているメイリアだったが、こほんと一つ咳払いをし、改めて蓮弥の方を向くと、どこかかしこまったような口調で。
「これからお話することは、ここだけのお話とさせてください」
ぐっと真剣味を増したメイリアの顔に、なんとなく気圧されるようにして、蓮弥はこっくりと頷いて見せるのだった。
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