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二度目の人生を異世界で 作者:まいん

勇者降臨のようなもの

逃走の結末らしい

 槍と言う武器は、あまり主役を張らない武器だと言うイメージがある。
 異論反論は多種多様にあるだろうし、実際に槍と言う武器はそれを最強の武器であると評価する人もいる。
 三間槍を持たせれば農民が武士を殺すと言う評価もあるし、個人で使用する短槍は突く、斬る、叩くと三拍子揃った優秀な武器だ。
 神話にも出てくるし、有名どころもかなりある。
 それでも、何故か主役を張れない。
 ほぼ確実に英雄の武器と言ったら剣がまず挙げられる。
 勇者の武器も剣なら、伝説の武器も大体は剣。
 イメージ戦略としては剣に大敗を喫しているのが槍だと言えなくも無い。
 しかしそれはイメージ的な話だけであって、実際相対してみれば、槍と言うものが如何に厄介な武器かわかろうと言うものである。
 とにかくリーチが長い。
 単純な戦闘においてはこれだけで相当な優位性を保つことができる。
 下手をすると、この一点だけで一方的にやられる可能性もある。
 穂先を切り落とせば槍など無力、と言い張る人は後世の槍の脅威を知らない人が作った話や映像の見すぎである。
 やれるものならやってみろ、と言いたい蓮弥であった。
 ただ、不利な点もある。
 長ければ長いほど、取り回しに手間がかかると言うのが最大のものだ。
 サイドに回りこまれると途端に弱くなるのも槍の特徴であると言える。

 「もっとも、回り込む脇があれば、なんだけどな」

 ぼそりと呟いて、また突き出された穂先を回避する蓮弥。
 狭く直線的な通路において、槍を相手にすることは非常に苦しい戦いを強いられる結果となる。
 払っても叩いても、すぐに次の穂先が繰り出されてくる。
 十文字槍のように引いても斬れると言う武器がこの場にないことだけが救いだと蓮弥は思う。
 もしそれがこの場にあったら、とてもではないが素手で対応しきれる気がしない。
 蓮弥の技量をもってすれば、槍の先端だけを狙って切り落とすことはわけのないことではあったが、天井が低く、幅の無い通路での立ち回りとなれば、十全に刀を奮うこともできない。
 もっとも蓮弥は刀をインベントリに収納したまま、取り出すつもりもなかったのだが。
 あまり使う者のいない武器は、ただそれだけで使用者の身元を割り出す情報となりえてしまう。
 どれだけ派手なことになろうと一向に構わない蓮弥ではあるが、今この場にククリカの冒険者のレンヤがいた、と言う情報だけは絶対に秘匿しておく必要があった。

 「もうこれさ。面倒だから天井ぶち抜いて逃げたりしたら駄目かねぇ?」

 うんざりした声音でエミルが天井を仰ぎながらぼやく。
 魔族である彼女にとって、相手を殺さず、自分も怪我をしないように戦うと言うことは思ったよりもストレスを感じるものらしく、声に疲労の色が濃い。

 「何かご褒美でもないと、やってられないよこれ?」

 「交渉には応じる。何か考えておけ」

 「おや? 言ってみるもんだねぇ。ちょっとやる気が出てきたよ」

 蓮弥の返答に気を良くしたのか、エミルが一歩前へと踏み出す。
 その小柄な身体に、途端に襲い掛かる複数の槍の穂先。
 その多さは一瞬とは言え蓮弥が焦りを覚える程であったが、エミルはそれらを回避しようともせずにその細い腕を一閃させて薙ぎ払った。
 本来槍の柄と言うものは人の打撃でそう簡単に折れる代物ではない。
 そんな脆いものであれば、標的に突き刺した時の衝撃で折れかねないからだ。
 しかし、魔族の力に物を言わせたエミルの一撃は、槍の柄をまるで小枝をへし折るかのような手軽さで、まとめて叩き折ってしまう。

 「うおぉ!?」

 「槍が素手で……化け物かあいつはっ!?」

 「替えだっ! 替えの槍を早く持って来いっ!」

 その一撃の威力に、思わずと言った感じで身を引いてしまう兵士達。
 それにくるりと背を向けて、エミルは蓮弥を押すようにして走り出す。

 「ほら、さっさと逃げる!」

 「言われずとも分かってる!」

 一目散に逃げ出す二人の背後から、替えの槍を持った兵士達が追いかけていく。
 兵士達からしてみれば、上へ上へと逃げる蓮弥達を追い詰めているつもりなのだろうが、上へ行くのが目的である蓮弥達からしてみれば、状況は順調に流れていると言えた。
 さらに数回の交戦を重ねて、蓮弥達は階段を駆け上がり、いくつかのハッチらしきものを抜け、とうとう魔導船の居住区の屋上へと抜け出る。
 追跡してくる兵士達を、エミルが再度力に物を言わせて押し返し、屋上へと出た二人が見たものは。
 爆発音と共に建物の一部が吹き飛んでいく王城の姿と、そこからゆっくりと姿を現した紫色の泥人形のような巨人の姿であった。

 「……なにあれ?」

 低い唸り声を上げながら、建物が吹き飛ばされてできた孔からずるずると出てくる巨人に、あっけに取られたような蓮弥が呟く。

 「何って……ご注文の魔物じゃないかねぇ?」

 「でかすぎるだろ!?」

 王城自体と比較して、その巨人はおよそ10mを超える大きさがあった。
 蓮弥達を追いかけて、屋上に出てきた兵士達も、蓮弥の視線の先を追った先にいる紫色の巨人を見てパニックを起し始める。
 そりゃ大陸の中心である聖王国の、さらにその中心部である聖都の、その心臓部とも言える王城にあんな馬鹿でかい魔物が突如出現すればパニックにもなるか、とうろたえて右往左往する兵士達を見ながら思う蓮弥。
 この事態に関してのみ、兵士の錬度が低いとは責められないなぁとも思う。

 「王城に魔物がっ!?」

 「馬鹿な……一体どこから……」

 兵士達の声が聞こえる中、崩れた王城の壁に手をかけて、身体を乗り出していた紫色の巨人の身体のあちこちから小さな爆発やら炎の柱やらが巻き起こる。
 どうやら王城に詰めていた魔術師や兵士達の攻撃が始まったらしい。
 王城に勤めているくらいなのだから、それなりの実力を持った者達による攻撃のはずだったのだが、それらの攻撃は巨人の身体の表面で炸裂するばかりで、巨人本体は何も感じていないように立ち尽くしている。

 「硬いな、あれ……」

 「そりゃ、ああ言うゴーレムの基本性能は硬い、でかい、鈍いの三拍子だからねぇ」

 大きな被害を出したいわけでもないので、蓮弥はエミルに注文をつける時に攻撃能力に関しては皆無でなんとなく魔物だと分かればそれでいいと言っていた。
 言うなれば、ただの虚仮脅しである。

 「攻撃能力が皆無な分、防御能力には力を入れたからねぇ。物理防御も魔術防御もがっちがちだよ」

 「自分で注文しておいて言うのもなんだが、ひたすら邪魔なだけかあれ……」

 「お、おい。貴様らっ!」

 なんだか生温い視線で立ち尽くしている紫色の巨人を見つめる蓮弥とエミルに、どうにかショックから立ち直ったらしい兵士の一人が、手にした槍をつきつけながら叫ぶ。
 そのつきつけられた槍も、それを握る手も、ぷるぷると震えているのには蓮弥もエミルも気がついていたが、この状況下でいち早く立ち直っただけでも偉いな、と思ってしまう。

 「あれも貴様らの仕業か!」

 問われて蓮弥とエミルは一度お互いの顔を見合す。
 さて、どう答えようと蓮弥が考え込み、エミルはあっさりとその場を蓮弥に譲った。
 一応、自分の演技力の無さには自覚があったらしい。

 「答えろっ!」

 「ふ……ふはははははははっ!」

 こうなればもう自棄で、ノリと勢いで突っ走ってしまえとばかりに蓮弥は高笑いをあげる。
 ぎょっとした表情でわずかに身を引く兵士に向き直り、蓮弥は大きく両腕を広げた。

 「言わねば分からぬか! オロかなニンゲンども!」

 「なっ!? き、貴様……」

 羞恥心からなのか、言葉がカタコトになりかける蓮弥であるが、状況が状況であるせいなのか兵士には気づかれなかったらしい。

 「そこは人族の方がそれっぽくてグッドだねぇ」

 蓮弥の背後に隠れながらぼそぼそと小声で指摘するエミル。
 俺は腹話術の人形か何かなんだろうか、と思いつつ、蓮弥は続ける。

 「人族の姫を攫い、魔王陛下に献上し、貴様らが希望と縋る勇者を亡き者とせんが為に我らは今、ここにある! 姫の身柄を確保する事には失敗したが、見よ! 勇者を匿い魔王陛下にたてつこうとする貴様らの城はここに崩れた!」

 「いやー……魔王様も人族の姫とか献上されても困るんじゃないかなぁ? 今の魔王様って男だっけ、女だっけ?」

 どよめく兵士達の声にかきけされて、エミルの呟きは蓮弥の耳にしか届かなかった。
 さすがに聞きとがめて蓮弥は肩越しに背後を振りかえる。

 「やっぱりいるのかよ、魔王?」

 「さぁ? 私はなーんにも知らないねぇ」

 蓮弥の背中に自分の背中を預ける形で、自然に視線をそらすエミル。
 状況が許すのであれば、振り返って問い詰めたい蓮弥であるが、状況はそれを許してくれそうに無い。
 城に手をかけた状態で、何をするでもなく立ち尽くしていた紫色の巨人の胸の辺りで、一際大きな閃光が発生する。
 少しばかり眼を凝らしてみれば、空中を駆けるように移動しつつ紫色の巨人に斬りかかる、光り輝く剣を持った人影がなんとなくではあるが見えた。

 「今の一撃は結構削ったねぇ。あれ勇者かな?」

 「遠めで良く分からないが、たぶんそうだろな。あいつ馬鹿なんじゃないのか?」

 「なんで?」

 「なんでわざわざ空飛んで斬りかかるんだよ? ああ言う場合は足を切り落とすのが先だろうに」

 自分より身体の大きな相手は、まず手の届く部分から潰せと言うのは戦い方においては定石と言うのも恥ずかしくなるような常識だ。
 わざわざ自分の足元がおろそかになるような飛んだり跳ねたりを駆使して斬りかかる等と言う行為は愚の骨頂であると蓮弥は思う。

 「ま、いずれにせよ。勇者様の服毒は確実だねぇ」

 誰かに何かを仕掛けるときは、できることならば二段構えにしておかなくてはならないと蓮弥は思う。
 常に保険を仕掛けておく、と言うことなのだが、今回に限って言うならば偽シオンの周囲1mに勇者が踏み込んだ時に撒き散らす毒が一段目。
 二段目はその後に出現する毒人形自体が同じ毒を常時、体中から発散していると言うことだった。
 王城に魔物が出れば、それが強力であるように見えれば見えるほど、勇者自身が撃退に動かなくてはならなくなる。
 それを見越して蓮弥は巨人状態でも周囲に毒の影響を及ぼせるようにエミルに依頼していたのだ。
 勿論、そのせいで無関係な人達にも被害者が出ることになるのだが、命に関わるような毒ではないので巻き込まれたことを不運と思って諦めてもらおうと蓮弥は思っている。
 フラウ特製の毒薬「浮気の大罪」(カプリシアルクライム)
 レベル9と言う猛烈な強さを誇るこの毒薬は、男性にのみ機能し、服毒した男性が女性に触れるだけで激しい動悸に息切れ、猛烈な腹痛と頭痛、放っておくと脱水症状にまで陥る吐き気を催させる。
 さらに女性の体液に触れようものならば、その部分が即時に爛れて行くと言うおまけつきだ。
 そのくせ男性機能には一切の影響を与えないと言うのだから始末が悪い。
 簡単に説明するのであれば、極度の女性アレルギー体質へと変貌させる薬なのだ。
 その手の欲求はそのままに、その欲求が果たされない身体にされてしまうのだから酷い話だ。
 さらにはフラウが以前口にしたように、解毒方法がほぼ無い。
 この話を聞いた時、蓮弥はその内容のすさまじさに思わずフラウから距離を取ってしまうほどだった。
 その表情はフラウから見ても驚くくらいに恐怖に引き攣っていたらしく、もし蓮弥が間違って服毒してしまった場合は責任をもって解毒するからと何度も説明するくらいだった。

 「本来の使用方法は、女性が最初にこれを飲んで、男性と交渉を持つことで服毒させるのが本当なんだけどねぇ。この方法の場合は服毒させた女性だけが毒の効果から除外されると言う素敵な仕様なんだ」

 つまり、女性には効果を及ぼさない毒なのである。

 「お前、間違っても使うなよ?」

 「あれ? レンヤ君、複数の女性と関係を持つ気ありありなわけ?」

 「そうは言ってない……」

 そう取られても仕方がないかと思いつつも、一応は反論しておく蓮弥だ。
 その間にも、勇者は巨人の周囲を飛びまわり、聖剣によるものらしい強烈な攻撃を叩き込んでいく。
 そのたびに、開かれた傷口からは血しぶきにも似た紫色の液体が飛び散り、勇者の身体を汚していく。
 この毒、一応は粘膜吸収による摂取で効果を表すが、揮発性に優れており、発生した気体に関しても毒性は全く変わらない。
 ただ、空気に触れると数分で酸化により劣化し、無害化する。

 「はっ! 見たか賊ども! あの勇者殿の力を! 巨人は成す術もないではないか!」

 おそらく聖王国所属の兵士なのだろう。
 一方的に巨人を攻撃する勇者の姿に勢いを得たのか、槍を掲げて高らかに言い放つ。
 その周囲にいた兵士達も同じく、槍を掲げ勇者の力を賞賛する声を上げるが、事情を知っている蓮弥やエミルからすれば、あ、そうなの? 以上の感想を持てない。

 「ほら、ここは一発それらしい事を言って撤退しないと、いつまでもこのままだよ?」

 背中をつんつん突きつつ言うエミルに、蓮弥はなんと言っていいやらその手の知識の持ち合わせの無い頭を振り絞って考える。

 「あ、えーと……、おのれ勇者め! 命冥加な奴よ! だが次はこうはいかぬ! 第二第三の刺客の影に怯え、その時が来るまで束の間の平和に浸るが良いわっ!」

 「なんかもう、君が魔王ってことでいいんじゃないかねぇ?」

 赤面して端っこの方で膝を抱えていたい気持ちで一杯の蓮弥に、追い討ちをかけるエミル。
 何故かそのエミルの呟きだけはしっかりと兵士達の耳に届いたらしい。

 「貴様! 魔王なのかっ!」

 「んなワケがあるかっ! こんな所までのこのこやって来る魔王がいるなら連れて来い! 説教してやるから! よしんば俺が魔王だとしたら、こんなショボい戦果で撤退なんぞするか!」

 「逃げるつもりか! 貴様!」

 「あ……」

 やっちまった、と言う表情になる蓮弥。
 その背後に控えていたエミルが、蓮弥の腰にそっと腕を回して背後から抱き締める。

 「なんだか締まらない話になっちゃったけど、そう言うわけだから。君らも大切な勇者様の所に行ってみた方がいいんじゃないかねぇ。あんな風に戦ってはいるけれど、無事と決まったわけじゃないよねぇ?」

 「な、何っ!?」

 「それじゃあね」

 そっと囁くようなエミルの言葉。
 そのあまりに静かな囁きに、兵士達の対応が一瞬遅れた。
 その一瞬の隙に、エミルの背中から一対の黒い皮膜の翼が出現する。
 とん、と一つエミルが床を蹴ると、ふわりと二人の身体が浮き上がった。

 「しまった! 飛んで逃げる気だぞ!」

 「誰か弓持って来い!」

 兵士達の叫び声が聞こえるが、既に遅い。
 エミルは背中の翼を一度大きく羽ばたかせると、兵士達の手の届かない高さへと飛び去っていったのである。

 兵士達の声も届かない高度にて。

 「エミル、魔族って背中にそんなの生えてたっけ?」

 「ダミーだよっ! 風の魔術の増幅使用に決まってるじゃないかこんなのっ!」

 「余裕なさそうだな? 俺は背中に色々当たって気持ちいいけど」

 「アホーっ! 自分で飛べるんだからさっさと飛んでくれないかねぇ!? 背中のこれも邪魔だし、二人飛ばすのは辛いんだよっ! さっさとしないと落とすかもしれないよ!」

 「んー……もうちょっと」

 「そう言うの後にしてくれないかねぇっ!?」
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