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二度目の人生を異世界で 作者:まいん

勇者降臨のようなもの

入れ替わりと逃走らしい

 王城に於ける謁見の広間と言うものは、何故か長さが長い。
 おそらくは王からなるべく距離を取る為にそんな造りになってはいるのだろうが、あんまり意味は無さそうなんだけどな、とそれは思った。
 魔導船から下りた後、兵士に誘導されるがままに王城へと案内されたそれは、そこで魔導船から荷物を降ろす作業が終わるのを待ち、荷物の中から謁見用にと持たされたドレス一式を侍女達に持ち出させると、シオン用にと聖王国側から用意された部屋でそのドレスに着替える。
 男性の兵士達は当たり前だが部屋の外で待機し、護衛役としては唯一女性であるローナだけがそれが着替える間もすぐ傍に待機していた。

 「シオン……今からでも逃げる気はありませんか?」

 着替えるのも、それに付随するアクセサリーなどの準備も全て侍女任せにしていたそれは、ローナの言葉に意外そうな表情を向ける。
 ぐっと唇を噛むようにしていたローナは、視線が自分に向いたのに気がつくと、辺りの声が響くのも構わず、シオンに詰め寄るようにして言い募る。

 「シオンが犠牲になる必要なんてないでしょう? いかに勇者とは言え、この様な真似が許されるわけがありません!」

 「ローナ……声が大きい。聞かれれば色々と面倒な話題だな、それは」

 苦笑しつつ答えれば、顔に不満げな感情を満たしてローナが黙り込む。
 余程腹に据えかねるものがあるのだろうな、とそれは苦笑する。
 もしローナがこれから起こることを予め知っていたらどんな顔をするのだろうと考えると、心の底から心配しているような彼女に少々悪い気がしないでもないが、どこから話がもれるか分からない以上は知っている人間は少なければ少ない程良いし、細かな打合せができるはずもない。

 「ローナ、心配はいらない。私は大丈夫だ」

 「ですがシオン……」

 「本当に問題ないんだ。何も心配する必要は無い。ローナはどうやってククリカに帰るかと言うことを考えてくれていればいい」

 「え? それはもちろん魔導船で……」

 「それはそうだな……ああ、それならば、ここから先は私一人で行こう。ローナは魔導船で帰りの支度をしていてくれ」

 「シオン?」

 「何も問題はない。どうせここからは謁見を行って勇者とやらのご機嫌を伺うだけじゃないか。私一人で十分だろう? なぁローナ」

 心配そうな表情のローナにわずかに近寄りながら、それはフラウから渡されて仕込んであるうちの一つの栓を緩めて吐息に混ぜ込む。
 匂いも色もないそれは、とても弱い効果しかもたないが、精神的に幾分追い詰められた形で疲弊しているらしいローナにはそれで十分だろうとそれは思っていた。
 念の為、近寄ったローナの肩に手を置き、自分と真正面から向かい合う形にして、さらに言い募る。

 「問題ない。何も心配することはない、分かるな?」

 「……問題ない……何も心配することはない。はい、わかりますシオン……」

 声から張りと力が抜けるのを感じて、効果は間違いなく出ていることを悟る。
 やはり少々と言うよりも随分と悪い気がしてしまうそれではあるが、この後ローナと会うこともないのだから、説明と謝罪に関しては主と蓮弥に任せてしまえと丸投げしてしまう。

 「どうせだから侍女や護衛の兵士も船に戻してしまってくれ。ここから先には必要ない」

 「はい……わかりましたシオン」

 「良い子だ。お前達も仕事が終わり次第、ローナと一緒に船に戻るといい。急げよ? 何か起こってからでは遅くなる可能性がある」

 含みを持たせた口調で言えば、吐息の効果は侍女や待機している兵士達にも及んでいたのか、誰も反論を口にすることなく、静かに頭を垂れて恭順を示す。
 それを見て、それは満足そうに笑った。

 「シオン様、ご用意はよろしいでしょうか?」

 聖王国側の兵士がシオンを呼びに来た時、部屋の中にいたのはシオン一人だけであった。
 髪を自然に背中へ流し、身につけているのは漆黒のマーメイドラインのドレス。
 髪飾りに銀をあしらい、胸元には同じく銀のネックレス。
 両の手首にはこれもまた銀のブレスレットをつけ、部屋の中に一人佇む姿は、確かに美しいことは美しい姿であったが、姫と言うよりはどこか魔女めいて見えてしまう。

 「あぁ、時間か。案内をよろしく頼む」

 兵士の到着に気がついたそれが言うと、気圧されたように黙り込んでしまっていた兵士が慌てて頭を下げた。
 その様子が可笑しかったのか、ころころとそれは笑う。

 「シオン様……その、お召し物なのですが」

 「これか? 似合っているだろう?」

 笑みを含んだ声で、ドレスの裾を摘みながらそれは問いかける。

 「黒と言うのは……このような祝いの席で……」

 「失礼にあたるようなものではないと思うが? 着替えようか?」

 言われた兵士は考える。
 女性の身支度にはとにかく時間がかかる。
 今からまた人を呼んで、ドレスを脱いで別なドレスに着替えて、アクセサリーやら髪型のセットやらとやりはじめれば、一体どのくらいの時間を要するのかわかったものではない。
 その時間はそのまま、謁見の間で待っている貴族や王族達を待たせ続ける結果となる。
 仮に、今のシオンの姿が失礼にあたるものだとしても、それは兵士の責任ではない。
 そう考えれば、ここからさらに時間を費やすよりも、このまま連れて行ってしまった方が面倒が少ないのではないか、と兵士は考えた。

 「いえ、ではご案内致します」

 「あぁ、よろしく」

 それは一つ頷いて先導する兵士についていく。
 先導する兵士は、後ろを付いて歩くシオンの周囲に侍女も護衛の兵士もいないことを訝しがったが、どちらにせよ謁見の間へ行けば、外に控えているしかできないのだから、いてもいなくても同じことかと気にすることを止めてしまう。
 普段ならば、その兵士はもっと深く考え、シオン本人に問いただしたり周囲に確認したりしたのだろうが、どこからか流れてくる甘い匂いが兵士の思考能力を奪っていた。
 わずかに酒に酔ったような頭の中で、兵士はそれをシオン自身の香りか香水だとばかり思っている。
 しかし実際にはほんの少しだけ開かれたそれの唇の隙間から、その香りは漂い出ていたのである。
 その香りは人の判断能力を鈍らせる。
 フラウ特製の薬の一つだった。

 「そろそろ頃合かねぇ?」

 所変わってトライデン公国所属の魔導船の中。
 こっそりと忍び込んだ蓮弥とエミルは、結構広い船内の物陰にしゃがみこんでぼそぼそと会話していた。

 「アレが船内にいないようだが、あまり早いとあっちがバレるしな」

 「通話機能を付けておくんだったねぇ、失敗失敗」

 片手で頭をかきつつ笑うエミルの肩には、完全に梱包されてしまった仮面の人物がぐったりした状態で担ぎ上げられている。
 ちょっと無理をさせすぎたかもしれない、と蓮弥は思う。
 人目につかないようにこっそりと素早く船内に浸入する為に、蓮弥もエミルも遠慮も手加減も無しに動いた。
 それは蓮弥達本人からしてみれば、大した事の無い動きだったのだが、エミルの肩に担がれた状態で上下左右に揺られ、振り回された仮面の人物からしてみれば、たまったものではない。
 あっさりと目を回した後は、意識を失ってしまったのか、ぐったりしたまま声を上げることも無くなった。

 「合図を決めておくべきだったな」

 「決めた所で王城の謁見の間から、何を飛ばせって言うのさ? 無理に決まってるじゃないかねぇ?」

 「俺はこういう謀に向いてないんだよ……」

 「見事なまでに、私達のパーティって脳筋ばっかりだよねぇ」

 ケラケラと笑うエミルに蓮弥はぶすっとした表情を向けるが、それはエミルには伝わらない。
 二人とも布を巻いて顔を隠しているせいだ。

 「お前、頭脳担当じゃないのかよ?」

 「私は研究者で、参謀でも軍師でもないからねぇ」

 「都合のいい時だけ、研究者名乗りやがって……」

 「あ、ちょっとちょっとレンヤ君。あれ見て」

 船の窓から外をチラ見したエミルが蓮弥を手招く。
 またどうせくだらないことでも言い出すのだろうと思いつつ、エミルが指差す窓から外を見た蓮弥は、街の方からどこかふらふらとした足取りで、金髪の僧服姿の女性を先頭にして歩いてくる一団の姿を目にした。

 「あれは……ローナだな?」

 「あのおっきな胸は間違いないねぇ」

 「胸はこの際どうでもいいんだが……そうするとあれは王城に出向いていた奴らかな?」

 「たぶんそうだねぇ。と、言うことはアレが薬を使ったんだね」

 仕込んでおいた薬のうち、催眠導入のような効果のある薬もあったことを思い出しながらエミルが言う。
 二人の言うアレとは、エミルがシオンの髪の毛から作ったホムンクルスのことだった。
 その体内に幾つかの、フラウが作り出した薬を仕込まれており、状況に応じて吐息にそれらを混ぜ込んで使用することのできるそれは、エミル特製の毒人形である。
 どこでどう転んでも、絶対にシオンが勇者の下へは行かないようにする為に、蓮弥がエミルに作らせたものであるのだが、ベースがシオンであることは実は本人にも伝えていない。
 伝えてしまって、シオンが自分そっくりの人形が毒を吐くなんていやですとごねられても困るからだ。
 シオンには、ただ身代わりの人形が王城に行っているとだけ伝えてある。
 その毒人形は勇者が人形の半径1m以内に入った時に、所持している内の最も強力な毒を勇者個人にぶちまけた後、魔物へと変貌する設定になっている。
 勇者が毒を盛られる瞬間を、目にできないことは蓮弥にとってはやや不満であったが、蓮弥は蓮弥ですることがあった。

 「それじゃ、やりましょうかねぇレンヤ君」

 「まぁ、派手に行こうかね」

 エミルが肩に担いでいた仮面の人物、つまりはシオン本人を担ぎ直してから適当に近くの扉を蹴り破る。
 蓮弥達にとっては運良く、そこは空き部屋であったが魔族の力で思いっきり蹴られた扉は真っ二つに折れた上に反対側の壁まで飛んで行き、激突して大きな音を船内に響かせた。
 さらにそれは何らかの警報に引っかかったらしく、船内のどこかで激しい警報音が鳴り始める。

 「あ、しまったよーここ出口じゃないやー」

 すさまじく平坦なエミルの台詞に、蓮弥は額をおさえる。
 魔族に芝居を期待するのは無駄だとは思っていたが、ここまで酷いとあからさますぎて作戦の進行に問題が生じる恐れすらあったからだ。

 「何だ!? 何があった!?」

 「上だ! 何か破壊されたらしい!」

 どこからか兵士達の怒鳴りあう声が聞こえる。
 そこそこの広さがあるとは言え、やはり船内と言うのは狭く感じる。
 兵士達の声もその狭い空間に反響してしまい、どのくらい離れた距離で会話しているのかが、いまいち把握しづらい。

 「もう逃げるかねぇ?」

 「いや、誰かに発見してもらわないと……それ置いていかなきゃならんしな」

 蓮弥がエミルの肩の上のものを指差す。

 「やっぱり置いていくんだ?」

 「そりゃな。一応この船でここに来たことになってるわけだし」

 「街に帰ったら、何を言われるか怖いねぇ」

 イヒヒと笑うエミルに、蓮弥が苦笑を返した時、ようやく待ちかねた兵士達が蓮弥達のいる場所まで辿り着いた。
 狭い船内では、さすがに剣を振り回すわけにはいかないのか、装備している武器は短い槍であり、数名いる兵士達は着ている鎧のデザインが二つに分かれている。
 おそらくどっちかがトライデン公国の兵士であり、どちらかが聖王国の兵士なのだろうと蓮弥は思う。

 「貴様らっ! そこで何をしている! その肩のものは一体なんだっ!」

 「答えろっ! 怪しい奴らめ! 布を取って顔を見せろっ!」

 「思ったより、手が回るのが早いっ。おい、それはここへ置いていけ!」

 槍を突きつけながら誰何の声を上げる兵士達へ手の平を向けて、まるで魔術を放つかのような体制で牽制しつつ蓮弥はエミルに指示を出す。

 「しかしーこいつを拉致するのが今回のー」

 この期に及んでまだ棒読みのエミル。
 後で説教だと思いつつ蓮弥は叫んだ。

 「……いいから置いていけっ、このド阿呆がっ!」

 後半の台詞はかなり本気で、蓮弥がエミルを怒鳴りつけるとようやくエミルは肩に担いでいたそれをそっと床に下ろす。

 「逃げるぞ!」

 「どちらへー?」

 「上だ! 早く行けこの馬鹿っ!」

 「賊めっ! 逃がすと思うか!」

 槍を突き出してくる兵士達目掛けて、最小限の魔力で起動した風の刃を放つ。
 もちろん、当ててしまえば怪我をさせることになるので、狙いは完全に外した状態で風の刃は空しく壁に当たって弾けて消える。
 しかし、魔術を放たれたと言う事実と、風の刃が通路の壁をえぐった音で兵士達がたたらを踏む。
 その隙に、蓮弥とエミルは船の上の階を目指して逃走を開始した。

 「逃がすなっ! 追えっ!」

 「この包みは……人か? 仮面が……ってこれはシオン様っ!?」

 「だ、誰かナイフを持ってきて縄を切れ! シオン様だ!」

 「馬鹿な、シオン様は今王城に……まさか偽物!?」

 「こちらが本物であるとは言い切れないだろう!?」

 「しかし……賊が偽物を拉致しようとするはずは……」

 逃げた背後で交わされている会話に、大体は狙った通りに話が進んでいるようだと蓮弥は少しだけ安心する。
 ただシオンの身代わりに、偽物を王城へ行かせただけではトライデン公国の立場が悪くなる。
 それは勇者へシオンを渡すことを拒否したことになるからだ。
 しかし、正体不明の賊が、シオンを誘拐しようとし、その間に偽物が王城へ赴いていたとしたならば。
 仮に聖王国がトライデン公国の不手際を責めたとしても、悪いのは全て正体不明の賊、と言い張ることが可能になるのではないかと蓮弥は考えたのである。
 おそらく、誰がどう考えてもどこで入れ替わったのかは分かることはないだろう。
 その手際の見事さは、賊の正体の不明さにさらなる謎を追加するはずだ。
 もっとも、実際は入れ替わっていないのだからその謎は永遠に解けるわけがない。
 さらに蓮弥は賊の正体には衝撃的なものを付け加えるつもりだった。。
 その正体は不明でありながら、一国の姫を誘拐しかけ、さらには勇者に魔の手を伸ばす、と言う設定なのだから。

 「その辺は成り行きだけれども……」

 蓮弥は走りながら呟く。

 「まずは俺達が捕まらずに逃げ切らないとお話にならないんだけどな!」

 狭い船内のあちこちから、兵士の足音が響いてくる。
 王城へ赴いた分、大分減っているだろうと踏んでいた蓮弥だったが、思いのほか残っていたらしい。
 先頭を走るエミルが、出会い頭に突き出された槍の穂先を手で払って兵士を蹴り倒すのを見つつ、なるべく無意味な怪我人が出なければと思う蓮弥であった。
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