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二度目の人生を異世界で 作者:まいん

勇者降臨のようなもの

失敗の事後から作戦開始らしい

 「ねぇレンヤ、ちょーっとやりすぎだったんじゃないかねぇ?」

 「ちょっと感情に任せて動きすぎたかもしれない。反省はしている」

 「そうだよねぇ。肝心の勇者逃がして、街に被害ってあんまり笑えないよねぇ」

 蓮弥が勇者目掛けて打ち込んだ<轟雷>の魔術の被害は王城のみならず、都市部へもかなりのダメージを与えてしまっていた。
 魔術自体の被害は実に限定的なものであり、王城の敷地の一角に十数mの大穴を開けるだけで済んでいた。
 その穴の方は、上から覗き込んで底が見えないくらいの深さだったりしたのだが。
 問題は魔術の余波であり、落雷の音と大穴を開けた時の振動が周辺の建物にかなりの被害をもたらしていたのだ。
 具体的には振動で崩れた建物や、吹っ飛んだ窓等である。
 夜が明けてから素知らぬ顔でエミルと蓮弥は現場を見に行ったのだが、その余波がもたらした被害に蓮弥は冷や汗を流し、エミルはそのすさまじさに目を輝かせたり、爆笑したりした。
 流石に爆笑し始めた時には、周囲の目が痛くて慌てて蓮弥がエミルを物陰に引きずり倒す一面もあった。
 そのままだと何時までも大笑いしていそうなので、仮面の人物の護衛はどうしたと急き立てて蓮弥はエミルを宿へと帰す。
 その後、エミルは拠点としている宿へと戻り、蓮弥は周辺住民が自主的に行い始めた瓦礫の撤去やけが人の搬送、手当てと言ったボランティア活動にこっそりとフード付ローブを近くの店で購入して、顔を隠して参加。
 そこで蓮弥は知ったのだが、この世界において治癒法術と言うものは非常に貴重であるらしかった。
 蓮弥からしてみれば、ローナが使っているのを何度か見ていたり、治療を施してもらったりしているのでそんな気は全く無かったのだが、聖都等と言う名前からそれこそ売り物にできるくらいの僧侶がいるのかと思いきや、きちんとした治癒の法術が使える使い手はそう何人もいないのだと住民から聞かされた。
 騎士から転職したと言うのに、治癒の法術が使えるローナの優秀さを意外な所で思い知らされた蓮弥である。
 法術がダメならば薬、所謂ポーションの類ならどうなのだろうかと蓮弥は思うのだが、こちらはこちらでポーションの価格が結構良い値段がするもので、街の住民が右から左に用意できるようなものではないらしい。
 あまり目立ちたくない上に、顔を覚えられると困る蓮弥だったのだが、こればかりは自分がしでかした不始末であるので、こそこそと冒険者用の雑貨屋の位置を調べて傷薬を購入して住民達が持ち出した備蓄用の資材にいくばくかのお金と一緒に紛れ込ませてみたり、またこそこそと街の住民達が呼んだ治癒の法術が使えるらしい神官を物陰に呼んで、袖の下を渡してこれで格安で治療をお願いしたいと交渉してみたりする。
 死人が出たり、再起不能者が出たりしなかったことだけが救いだな、と蓮弥は溜息をつき、取り返しのつかないことにならなくて良かったと胸を撫で下ろす。
 いかに目の前の勇者に怒りのメーターの針が振り切ってしまったとは言っても、街の中で使うような魔術ではなかった、と蓮弥は酷く反省し、今度はもっと被害の少ない単体用の魔術を厳選して使おうと固く誓うのであった。
 もっとも、次も怒りに任せた放った場合、すぱっと忘れそうな気もする蓮弥だったりするのだが。
 その作業の最中に、シオン達の乗った魔導船が聖都へと到着する。
 この時ばかりは街の住民達も作業の手を休めて、到着した魔導船の出迎えに向かった。

 「レンヤ君は見に行かないのかなぁ?」

 作業を手伝う気のないエミルが、仮面の人物を連れて様子見に来たのはそんな時間帯だった。
 魔導船自体はククリカの街で一度見ているので、物珍しさは全く無い。
 そんなことよりもさっさと作業を終わらせてしまわねばと思う蓮弥である。
 エミルに連れてこられた仮面の人物は、今日もやはり頭からフードをすっぽりと被ったローブ姿で、蓮弥の姿と合わせると非常に怪しさが増す。

 「見に行っても仕方ないだろう?」

 「えー、愛しのシオンちゃんの晴れ姿だよ?」

 「市場に売られていく子牛の最期の姿じゃないのか?」

 冷静に返した蓮弥の言葉に、仮面の人物がコケた。
 もちろん、コケた仮面の人物を助け起こすような殊勝な真似は、蓮弥もエミルもするわけがない。

 「買い手の方は元気かねぇ?」

 「さて、どうだろうな。まさかアレを回避されるとは思ってなかったんだが」

 <轟雷>は本来はもっと長い詠唱時間と魔力注入を行うことでようやく発動する魔術であった。
 蓮弥の場合は無詠唱と高速充填の二つのスキルを起動させることで、常識では考えられない程の相当な時間短縮を行えていたのだが、勇者はその常識外れの高速起動された魔術を短距離転移で回避して見せた。
 ただ、完全に魔術の効果範囲の外まで飛べたわけではなく、直撃を避けたと言う程度のものだったのだが、蓮弥からしてみれば予想していなかった勇者の実力に追撃を諦めている。

 「しかしあの、短距離転移は厄介だな。詠唱も無ければ溜めもない」

 あんなのズルすぎるだろうと蓮弥は憤慨する。
 エミルは表情にも口にも出すことはなかったが、その台詞はそのままそっくり蓮弥に返してやりたい気持ちで一杯であった。

 「きっと<勇者>の能力なんだろうねぇ。魔族が常に手を焼かされる存在なわけだし」

 「あれは範囲攻撃による面制圧以外手がないな」

 倒しきるつもりであれば、通常攻撃で追い詰めて短距離転移を行う兆しを見つけたらその使用と同時に周辺一体を攻撃できる魔術か技能を使うくらいしか今の所攻略方法が見つけられない蓮弥だった。
 蓮弥は無詠唱で魔術を起動できるからまだ良いが、それができないようだと勇者が転移を行うタイミングを見計らってあらかじめ詠唱を終えておかなくてはならず、相当シビアにタイミングを計る必要が出てくる。
 非常に厄介な相手だと言えよう。

 「街中でやったら、また同じことになるけどねぇ?」

 「ぐ……」

 相手をどこか周囲に被害の及ばないフィールドに引きずりこむような、なんちゃら空間と言った技能はないんだろうかと真剣に蓮弥は考えてしまう。

 「まぁそっちは、なるべく戦わないに越したことはないんだけどねぇ。それでこれからどうするの?」

 「城でのイベントの流れは、調べられるか?」

 「王城で国王へ謁見を賜った後で、勇者と引き合わされ……そこで勇者の力の下、大陸全土に平和をもたらす為に自分達も力を尽くすと言う宣誓をさせられる。その後、勇者の陣営にまた一つの力が参加したことを祝うパーティが開かれる手はずになっている」

 コケた体勢から、なんとか自力で持ち直した仮面の人物が、仮面越しにくぐもった声で言う。
 少し驚いた表情で、まじまじと仮面の人物の仮面を蓮弥とエミルが一緒に見つめる。
 その視線を避けるように顔をそむけて、仮面の人物は一つごほんと咳払いをした。

 「大体そういう順序で流れるように決まっているんだ。無理に変える必要もないから、そのまま進むはずだ」

 「成る程ねぇ。予想通りと言えば予想通りで、予想通りすぎてつまらないねぇ」

 「別に面白さを追求はしてない」

 「あっそ。つまんないねぇ」

 ばっさりと切り捨てるような口調の仮面であるが、エミルは気にした様子も無い。

 「トライデン公国の一行が泊まる場所もわかるか?」

 「魔導船に宿泊予定だ。王城へはわ……姫とお供と護衛が行くが、船の方にも魔導船のスタッフや、護衛の兵士の一部が残っているはずだ」

 「一行が王城へ赴くタイミングは?」

 「到着して、道の準備ができればすぐだろう。謁見の儀式自体はそんなに時間がかかるものじゃない」

 ふーむ、とアゴに手を当てて蓮弥は考える。
 後先のことを考えないのであれば、実はこの仮面の人物を連れてくる必要は無かった。
 蓮弥なりに、事の後を考えてなるべく穏便に、そして責任の所在は誰にも迷惑のかからない所へと押しやる為に連れてきたと言うのが本当の所だ。

 「エミル、アレの発動は?」

 「勇者がアレの半径1m以内に入ったら発動。フラウちゃん特製のアレをぶちまけた後大暴走だねぇ」

 「魔導船の内部には、聖王国の人間もいるのかな?」

 「それはいるだろう。警備の打ち合わせやらで何人かは」

 「よし、じゃあこうしよう」

 蓮弥はエミルと仮面の人物を見ながら言い放った。

 「取り合えず荷造りをする」

 「は?」

 聞き返したのは仮面の人物だけだった。
 エミルは蓮弥の一言で何をすればいいのか、即理解したらしく、仮面の人物の背後へ回るとその身体をがっちりと抱きしめる」

 「え?」

 「はい、一度宿まで戻ろうねぇ」

 「ちょ、ちょっとレンヤ!? 一体何が?」

 蓮弥は答えなかった。
 何故ならば、本人にこれから起こることを理解してもらう必要が無かったからだ。
 エミルは見た目は少女であるが、その本質は魔族である。
 その為に、腕力も見た目以上に、と言うよりも見た目から想像できる限界をすっ飛ばして強い。
 軽々と仮面の人物を抱えて宿へと戻ったエミルは、仮面の人物をベッドの上へぽいと投げ捨てると、手早くその下にあった毛布で頭だけ残して全身を包み込んでしまう。
 その手際はあまりに巧みで、抵抗する暇も無く包まれてしまう仮面。
 さらに取り出したロープで、まるで肉の煮崩れを防ぐシェフのように毛布の上から縛り上げてしまった。

 「え? え!? 一体これから何が!?」

 尋ねる声にこたえる声はない。
 場所が場所であるだけに、外へ声が漏れる心配はなく、誰かに見られて咎められても特殊なプレイの一環である、と言い張るつもりの蓮弥である。
 ただ、その場合は蓮弥の羞恥心が相当な量犠牲になるわけだったが。

 「レンヤ君、こんな感じでおっけーかな?」

 尋ねるエミルに、蓮弥は仮面の人物を縛り上げているロープの具合を軽く確かめる。
 抜け出すことができないようにきっちり縛られて入るが、身体を締め上げるような結び方はしていないようだと蓮弥は判断した。

 「そうだな。苦しくないようにだけしてやってくれ」

 念の為にエミルに注意しながら、蓮弥は宿の店員を呼び出すと、清算を頼む。

 「すまんね。急に用事が出来てな。金は余っているだろう? 釣りはいらない、全てとっておいてくれ。それと貴方にも世話になった。これはほんの気持ちだ」

 呼び出されてきた地味な感じのする女性店員の手に、金貨を一枚握らせながら蓮弥は言った。
 チップとしては非常に高価すぎると蓮弥も思うのだが、急なチェックアウトに加えて、背後の惨状について言及されたくない身としては、口止め料の意味合いも込めた金額だった。
 その背後ではぐるぐる巻きにされた仮面の人物の身体を片足で踏んづけた状態で、獲ったぞーと言わんばかりのドヤ顔を決めているエミルがいる。
 蓮弥が言及されたくない惨状がそれであるが、それに触れれば面倒なことになる気配を悟ったのか、女性店員は視線を向けることすらしない。

 「色々とワケありでね。俺達のことについては、内緒にしていてもらえると助かる」

 「……こんな所に来るまともな人はいない……」

 「そうか。それでもまぁ気に留めていてくれれば助かるよ。それじゃ世話になった」

 宿の主人によろしく伝えてくれとだけ頼むと、蓮弥は宿を後にする。
 その後ろには梱包された仮面の人物を軽々と肩に担いだエミルが続いた。

 「このまま街を突っ切るのかねぇ?」

 「無理だな。ここは貧民街だからいいが、普通の表街じゃ目立ちすぎる。北側の壁を越えて一旦外に出るぞ」

 「ちょ、ちょっと誰か説明を!」

 仮面の人物の声は、蓮弥にもエミルにも黙殺されてしまう。
 よほど上手に梱包されたらしく、もがくことすらできない仮面の人物の口の部分を、エミルが片手で塞ぐ。
 貧民街と言えども、どこに誰の目があるか分かったものではなく、騒がれるのは得策ではない。
 その状態で貧民街を走り抜けた二人は、入った時と同様に軽々と都市の外縁部の壁を飛び越えると、壁伝いに魔導船を目指すのだった。
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