王城への潜入らしい
城と一口に言っても規模から形から様々なものがある。
用途によっても異なるし、作られた時代によってもまた構造が変わってくる。
戦乱の時代に建てられたものは、要塞としての機能も求められたりするので堅固で無骨な造りであることが多いし、平和な時代に建てられたものは実用性よりも見栄えを重視されて、華美だったり優雅だったりするものが多い。
そう言った知識を持った上で、この聖都中央部にある王城を見ると、なんだか非常にちぐはぐな印象を受けてしまう蓮弥である。
長く深く、水を湛えた外堀に、都市の外周部にある壁よりもさらに高い城壁を構え、さらに外堀よりはやや狭いものの飛んでは渡れないくらいの内堀にも水が満たされている。
正門は一つで、あとは全て壁だ。
壁の1m四方くらいの石を積み上げ、そこへ漆喰のようなものを塗って全体的に真っ白にしてある。
厚さは数m程あるので、おそらくは土壁の両側を石ではさんだ形なのだろうと蓮弥は考える。
ほぼ正方形を形作っている城門には、一定間隔ごとに物見やぐらのようなものがあり、常時数名の兵士が監視の任務についている。
城門は総鉄製の分厚く重いもので、最初から人の手で動かすことは考えられておらず、開閉用の巻き上げ機が備え付けられていた。
内堀を抜けると城まで続く庭があり、その庭を抜けてようやく城の入口に到着する。
外側の護りはそこそこに固そうに見えるのだが、城本体はと言えば、中身に関しては蓮弥にはさっぱり分からない情報であるが、外から見る限りはどうにも見栄え重視の実用性無視のような気がしてならない感じだった。
壁は城壁と同じように、漆喰らしきものを塗り固めて純白であり、綺麗なことは間違いない。
しかし、どうにも用途不明な尖塔やら出っ張りが多く、死角が非常に多い気のする蓮弥だ。
さらに本城には兵士が詰めるような場所や、護りながら弓を打つようなスリット等の設備が全く見られない。
加えて、何故か城の真下に土を盛り、城の基部が城壁それよりもやや高い位置にあるのも謎だった。
城壁の意味が無いんじゃないかと心配する蓮弥であるが、このせいで王城は聖都のどこから見てもどこか一部は見えるようになっている。
基本的に、防衛等の設備や人員は本城の外に配備され、本城自体は別世界のような造りになっているのだろうと蓮弥は結論付けた。
「侵入するのはある程度難しくても、入ってしまえばザル、か」
聖都の周囲を壁で囲んだ上に、さらに城の周囲をそれよりも高い城壁で囲んでいる所から、随分と臆病な国王が住んでいるのだな、とも思ってしまう。
蓮弥が今いるのは、王城の中でも一番の高さを誇る尖塔の屋根の上だ。
三人仲良く並んで仮眠を取った蓮弥は、しっかり日没後にエミルに起される。
やや残る眠気にあくびを噛み殺しつつ、呼び鈴で店員を呼ぶとお湯の用意と三人分の食事の用意を頼み、それらが届けられたのを確認してから、蓮弥はそっと宿から出た。
誰かに見咎められたら、気分転換に外の空気を吸いに行くと言うつもりであったが、幸いなことに誰とも会わず、宿から外に出た蓮弥は、王城へ行こうとしてやはりそこへ行くまでの道順が分からず、仕方なくあてずっぽうで中央部へ向いながら、途中からは来た時と同じように建物の屋根伝いに走ることにした。
屋根の上を走りながら、インベントリから取り出した布でまた顔を隠し、王城へと近づいた蓮弥はその周囲が高い城壁に護られているのを見て、小さく舌打ち。
城の周りを一周ぐるりと走ってみても、入れる場所は正門以外になく、堀の幅は20mを超える。
いかに蓮弥の能力が、人のそれを上回っていると言った所で、飛べる距離ではない。
どうしようかと考えた蓮弥は、一度城から離れるように距離を取り、十分な助走距離を確保すると全力で駆け出し、屋根の端から城壁目掛けて飛ぶ瞬間に、屋根の端を基点に指定して、自分の背中へと風の魔術を発動させる。
発動させた魔術は<強風>と言うもので、本来は強い風でもって相手の体制を崩したり、足止めをしたりする為に使われるものだが、これを自分の背中へと吹き付けることで飛距離を伸ばそうとしたのだ。
この試みは半分成功し、半分失敗した。
精々城壁にへばりつけるくらいに飛べればいいかなと思っていた蓮弥だったのだが、込めた魔力が強すぎたのか発生した風は軽々と蓮弥の身体を吹き飛ばしたのだ。
高々と舞い上がった蓮弥の身体は、城壁をあっさりと通り越し、さらには庭まで飛び越えて城の外壁へ叩きつけられそうになる。
慌てて蓮弥は逆方向から<強風>の魔術を展開し、なんとか勢いを殺して城の屋根へと不時着することができた。
ただ飛ぶだけならもっと別の魔術があったのだが、それを使わなかった理由はもしかしたら城全体に魔術に反応する結界のような防御手段があった場合のことを考えてのことだった。
しかしその心配は無駄な物だったらしく、制動用に展開した魔術はなんの支障も無く発動したし、何かの警報に引っかかったような気配もない。
無用心だなと思う蓮弥であるが、よく考えてみれば城全体を覆うような探知網や防御結界等、平常時から展開していたのでは、維持のコストがとんでもない金額になってしまう。
非常時ならば、おそらくはそう言ったものもあるのだろうが、とまで考えてやはり蓮弥は首を捻る。
聖都の入口の門を突破した不審人物がいると言う情報は普通に考えて城へ報告されているはずだった。
そんな報告があれば、城はなんらかの警戒態勢を取っていてもおかしくない。
それがまるで無防備に平常の状態を保っていると言うのは一体どうしたことだというのだろうかと。
蓮弥には知る由もなかったが、蓮弥達が門破りを行った時にその場に居合わせていた兵士達は、自分達の上へとその事を報告していなかった。
言えば確かに蓮弥が思うとおりに、城の警戒は厳しいものへと変化していたのだろうが、彼らは自分達が見た物が信じられなかったのと、それをそのまま上へと報告してしまえば、自分達がなんらかの責任を取らされることを恐れてだんまりを決め込んだのである。
我が身可愛さに問題を見なかったことにすると言うのは、兵士として褒められた行為ではない。
それだけこの聖都の兵士の錬度が低いことの表れであったが、蓮弥にそれが分かるはずもない。
しばらく考えてみた後、いくら考えても答えが出るわけも無いと言う答えを導いた蓮弥はそれに関する思考を放棄して、別件にとりかかる。
それは、この城のどこに勇者がいるのか、と言うことだ。
アテがあるわけではなかったが、絞り込める条件についてはいくつか心当たりがある。
まず一つ目として、低層の階ではないだろうと言うこと。
低い所と言うのは警護の兵士がいたり、巡回の兵士がいたりと、とにかく人目がどこにでもある。
見られるのが快感、等と言う特殊な性癖の持ち主もいることはいるので、絶対にとは言えないが普通の思考の持ち主なのであれば、夜のナニをイタす場合は人目が無い方がいいに決まっている。
二つ目は、まず間違いなく窓のある部屋だろうと言うこと。
これは事の相手が貴族や王族の令嬢であることから推測している。
窓が一つも無い、真っ暗な部屋の中で蝋燭の灯りとかを頼りにえっちらおっちらするのも、もしかしたらオツなのかもしれないが、組み敷かれる令嬢側からしてみれば、風情も情緒もあったものではない。
ちなみにこれは蓮弥の考えではなく、クロワールの入れ知恵である。
そういうわけですので、自分との時はぜひ月明かりの差し込む窓のある部屋か、それに準ずる場所でお願いしますね、と言われてなんと答えていいやら困ってしまう蓮弥であったが。
三つ目は、おそらく結構な広さの部屋を使っているだろうと言うこと。
これはシオンからの情報だ。
勇者はそれはもうそっち関連についてはまさしく勇者、と言う程の強さを誇っているそうで、とてもではないが貴族の令嬢がソロで討伐するのはとても無理と言う夜の大魔王状態なのだそうだ。
一人で無理ならパーティを組んで来いとばかりに、勇者は数人まとめて連れ込んでは毎夜毎晩、夜の大運動会を開催中なのだと言う。
その運動会、玉転がしと玉入れ以外にどんな競技があるのか教えてもらえはしないだろうか、等とくだらないことを考え始めた蓮弥は、慌てて頭を振って思考をリセットする。
くだらないことを考えたついでに、異世界にも運動会ってあるんだな、と妙な感心をしてしまう蓮弥だ。
城の見取り図があれば、それらの条件からかなり部屋を絞り込めるはずだったのだが、王城の見取り図等そう簡単に手に入るわけもない。
後はなんとなく勘で、大きな窓のある所をかたっぱしから覗いていくしかないだろうかと思う蓮弥の鼻が、夜風に混じった甘い香りを嗅ぎ取った。
「香水? いや……何かの香だな」
匂いとしては身体につけるような軽いものではなく、もっと重たくどろりとした感じの甘さだ。
ほんのわずかでありながら、顔を布で隠している状態のその布を貫通して鼻に届く強烈さ。
そして蓮弥は自分の身体が、その匂いを異物として感知し、<健康体>の技能がその無毒化に働き出したのをなんとなく察知する。
「これはありがたいね。どうやらこっちにおいでと導いてくれてるようだ」
聖王国と言うくらいなのだから、そこの王族ならば聖人君子とまではいかなくてもこんなに身体に悪そうなものを嗜んだりはしないだろうと蓮弥は思う。
兵士達が休憩時間に使うようなものでもない。
だとすれば目的の人物が使っている可能性が非常に高い。
目を閉じて、身体に悪いものだとは知りつつこの場合は仕方がないと自分に言い聞かせて、香りの漂ってくる風を嗅げば、なんとなくどちらから漂ってくるのかが分かる。
こんな身体に悪そうなものの発生源に近づきたくは無い蓮弥だが、近づかなくては目的が果たせない。
健康体の技能の能力が、全て無毒にしてくれることを期待しつつ、蓮弥は嗅ぎ取った匂いの方向へと移動を開始した。
移動は蓮弥にとってはとても楽だった。
別に下からサーチライトが当っているわけでもなく、城自体あまり光源がない。
さらに、まさか人間が夜と言う灯りのない時間帯に、落ちれば確実に命を失うような高さの屋根の上を、命綱もなく軽業師のように屋根から屋根へひらりひらりと飛び移っているなど想像できないだろう。
何度かの跳躍の後、蓮弥はどうやらその匂いが漏れ出ているらしい窓を見つける。
見つからないようにその窓の上の屋根に着地すると、屋根の縁から身を乗り出してそっと窓を覗きこむ。
気持ち換気しているつもりなのか、窓はほんの少しだけ開かれており、そこから蓮弥が嗅ぎ取った匂いが漏れているらしい。
窓越しに見た部屋の中は薄暗かったが、部屋の中に幾つか置かれている魔術の光源がぼんやりとだが煙る部屋の中を照らしており、なんとなくではあるが中の様子は見て取れた。
煙っているのは部屋のあちこちにおかれている香炉が吐き出している煙のせいであるらしい。
その中央には人が数人並んで寝てもまだまだ余裕のありそうなベッドが置かれており、他に家具はない。
なんだか蓮弥は自分が泊まっている宿と部屋の構成が似ているような気がして、複雑な気持ちになる。
もっとも、あちらは連れ込み宿、こちらは王城の一室なわけで連れ込みやどの部屋が王城の一室っぽいのか、または王城の一室が連れ込み宿っぽいのかについては判断が付かなかったが。
気を取り直して部屋の中の観察へと意識を戻せば、床に転がる幾つかの人影。
生死に関しては窓越しの状態ではさっぱり分からなかったが、ぼんやりと見える体の線はおそらくそれらが全て女性のものであろうことを蓮弥へと伝えてくる。
そして部屋の中央の大きなベッドの上では、一組の男女が絡み合っているのが見て取れたのであった。
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