聖都潜入その2らしい
「うーむ……気持ちが悪いねぇ」
エミルがなにやらうんうんと唸っているのを聞いて、蓮弥が少しだけ心配そうな顔になる。
エミルが絡んできた男達の一団を、ペースト状に磨り潰すまでにかかった時間はほんの数分程で、みんな仲良く首だけになった男達を、エミルは一列に並べてぶつぶつと何か呟きながら魔術のようなものをかけて、情報を抜き出したのがほんの1時間程前の出来事だ。
情報を男達の頭から抜き出している最中も、眉根を寄せて不快さを隠そうともしなかったエミルである。
中身は、蓮弥から言わせればスリッパか熱湯か洗剤をかけてないと死なないくらいにしぶとい魔族ではあるが、今のエミルの外見は小柄で可憐と言う言葉のふさわしい少女だ。
中身は外見に引きずられると言う話もあり、大量の血やら生首やらのせいで気分を害したのではないかと蓮弥は心配したのである。
「大丈夫か? 気分が悪いなら少し休んでも……」
「お、レンヤ君が優しい。珍しいねぇ」
「たまにはそういうこともある」
憮然とした表情で言う蓮弥。
エミルは笑いながら手をひらひらと振って見せた。
「大丈夫大丈夫。ちょっとさ、抜いた記憶がいかにもアレだったもんでねぇ」
「アレ?」
「囲んでボコってひん剥いて、マワしてバラして売り払う感じ?」
どうやら日常茶飯事な事だったらしい。
人数が多かったせいで、同じような出来事の記憶を角度を変えてあちこちから眺めさせられるような体験をしたせいで、気分が悪いとエミルは言っているようだった。
ただ、蓮弥は思う。
お前もっと酷いことしてきたじゃないか、と。
そんな蓮弥の思いを表情から察したのか、エミルは非常に嫌そうに。
「研究目的と快楽の為にやるのと、一緒にしないでもらえるかねぇ?」
「いや……結局は同じことだと思うんだが?」
「否! 断じて否! そう言うふざけたことをぬかす口はそれかね? よろしいならば、全く違うと言うことを理解するまで私が塞いでてあげよう! んー……」
「やめろ馬鹿! 胸倉を掴んで引き寄せるな! 唇を尖らせつつ近づくな! 目を閉じるなっ!」
「だってここは、そういう場所じゃないかねぇ?」
そう言って周囲を見回すエミル。
今彼らがいるのは、非常にけばけばしい装飾が施された大きなベッドのある一室であった。
結局、襲ってきた男達の記憶を総ざらいしてみた所、彼らの記憶の中に蓮弥が求めるような宿の記憶は全く無かったのだ。
その代わりのように、娼館や所謂連れ込み宿等の場所だけはやたら詳細に入っていたらしい。
蓮弥は少し考えた後、エミルにそれらの知識の中で一番高額な連れ込み宿へ案内するように指示。
連れ込み宿と言うのは、早い話が男性が女性を連れ込んで事に及ぶ為に使う宿のことだ。
色々な事に目を瞑れば、泊まって泊まれないことはない。
しかも、使用目的が目的だけに、身元の確認等行われるはずもない。
何故聖都にそんな設備が、と呟く仮面の人物であったが、蓮弥から言わせれば無い方が本来おかしい。
人が人として住んでいる以上は、切っても切り離せない話だからである。
もし完全に切り離しが可能なのであれば、そこに住んでいるのはきっと人間ではない。
もっと別の何かだ。
「確かにここはそう言う場所だが、そう言うことをしに来たわけじゃない」
きっぱりと蓮弥が言い切ると、エミルは酷く残念そうな表情を浮かべた。
蓮弥達がその宿に来た時、宿の主人らしい男は蓮弥達をじろりと見つめた後、無愛想な口調で。
「一泊銀貨5枚。食事は出ない。風呂はついているが、お湯が必要なら言ってくれ。別料金になる。」
人によってはカチンと来るような無愛想さであったが、蓮弥はその対応を好ましく感じていた。
まさに必要な事だけを相手に伝えて、余計な詮索はしない。
理想的な連れ込み宿の主人なのではないかと蓮弥は思う。
そんなことを考えつつ、蓮弥は主人の目の前に5枚の金貨を転がした。
いきなり宿泊費の100倍もの金額を無造作に出してきた蓮弥の行動に、宿の主人の無愛想な顔に、ほんのわずかにだが変化が見られた。
「一番広くて良い部屋がいい。お湯も欲しいし、食事も手配してもらえないかな?」
宿の主人の表情の変化に、これは脈があると判断した蓮弥は必要としているものを短く伝える。
宿の主人はしばらく考えこんだ後で、確認するように蓮弥に尋ねた。
「……この金貨は、全部前払い分か?」
やっぱり食いつくかと思いつつ、表情は変えずに蓮弥は頷いてみせた。
「当然。何泊かするから足りなくなったら言ってくれれば追加で払おう。余った分があれば取っておいてくれ」
どうだろうかと蓮弥が問えば、宿の主人は目の前に転がされた金貨を回収し、懐から呼び鈴を取り出すと軽く一度鳴らす。
その音に反応するように、店の奥から一人の女性店員が姿を現した。
地味な服装に、あまり印象に残らないような顔立ち。
「こいつを付ける。用事はこいつに言えばいい。金が足りなくなった場合はこいつから言わせる。部屋はうちの部屋で一番良い所を準備する。それでいいか?」
やはり金貨の威力は偉大だな、と蓮弥は思う。
宿の主人は蓮弥が金払いの良すぎる良質な客であり、要望に答えればかなりの儲けがでるだろうと瞬時に判断して蓮弥の頼みごとを全て飲むことにしたようだった。
「助かる。ありがとう」
お礼をいいつつ、さらにもう一枚金貨を追加してやる蓮弥。
「ごゆっくり」
最初に比べていささか愛想の良くなった気がする主人の言葉を背中で受けて、蓮弥達は案内されるがままに一つの部屋へと通された。
部屋の調度の構成は実にシンプルだった。
真ん中に4人くらいが並んで寝てもまだ余るくらいの派手な飾りのついた天蓋付のベッドがどんと一つ置かれている他は、姿見やら椅子、それと貴重品を入れておく為らしい金庫があるだけだ。
窓もいくつかあるが採光が目的らしく、小さくしかもはめ殺しで開けられない。
女性店員は用事があったら鳴らすようにと小さな呼び鈴を置いて退室していった。
もちろん、その店員にも去り際にそっと銀貨を何枚か握らせることを蓮弥は忘れない。
手の内にある硬貨が銀貨であることに驚きつつ、相好を崩して礼をし、立ち去る店員を見送ってから、蓮弥はその大きなベッドの上に大の字に寝転がる。
その縁には、仮面の人物がどこか緊張しているようで、身を固くしながら座り、エミルは初めて見るらしい、人族のこう言った場所に興味深々なのか、部屋の中をぐるぐる歩き回りながらあちこちを調べて回っている。
「これからどうするのだ?」
ベッドの縁に腰掛けた仮面の人物に問われた蓮弥は、身体を起すこともなく即答した。
「寝る。疲れた」
ククリカの街を出てきたのは午後やや遅く。
聖都に着いたのは朝早くだ。
半日夜通し車に揺られ、関所と門を破ってきた蓮弥はとても疲れていた。
とは言っても、実際は超回復の技能で体力的にはすぐに回復してしまうのだが、気分的と言うのか精神的にと言うのか、とにかく疲れて眠りたい気持ちだったのだ。
「日が落ちたら起してくれ。それまでは好きにしてていいが……外に出るのはお勧めしないな」
「じゃあ私も寝るよ。君はどうするね?」
エミルが仮面の人物へ尋ねる。
「私も少し寝たい」
「じゃあみんな仲良く同衾だねぇ」
「なんでそうなる。三人寝てしまったら誰が起こす役を……ってかお前らがベッドで寝るなら、俺は床に……」
「言わせないからねぇ!」
エミルがベッドにダイブしながら、大の字状態の蓮弥の鳩尾に肘を落とした。
ただでさえまともに攻撃されれば息の詰まる場所を、いくら小柄であるとは言ってもエミルの体重を乗せた一撃である。
それをやっと寝れると気を抜いて、油断していた蓮弥はまともに喰らってしまった。
流石に魔族の全力でやられていれば、臓腑が幾つか破けて血反吐を吐き散らすような事態になっていただろうが、エミルも冗談で打ち込んだらしく、それほどのダメージは通らなかったようではあるが、それでも息が詰まって蓮弥は悶絶させられる。
その悶絶する蓮弥の身体の右半身へしがみつく様に添い寝の体勢へ持って行き、蓮弥の右肩を枕にするとエミルは仮面の人物を手招いた。
「こっちは私が借りるから、君はそっち」
「あ、はい」
「はい……じゃ、無いだ……ろ」
仮面の人物が、黒のローブを脱ぐことも無く、仮面を外すこともなく、蓮弥の左側にするりと身体を滑り込ませる。
こちらはそっと寄り添うような形であるが、しっかり蓮弥の左腕を枕にしている。
蓮弥は苦しい息の下から抗議の声をあげるが、エミルにも仮面の人物にも取り合ってもらえない。
しかも、両腕を枕にされているので身動きすることもできない状態に陥る。
「はい、お休み。あ、起こす役は私に任せてくれていいよ」
「お休みなさい」
「お前ら……なぁ……」
なんとか二人の頭の下から腕やら肩やらを引き抜こうとする蓮弥であったが、仮面の人物の方はよほど疲れていたのか、ほとんど間を置かずに小さな寝息を立て始めてしまう。
やはり強行軍はよほど疲れさせてしまったのだろうか、と蓮弥は思う。
その疲労の度合いがなんとなくでも分かってしまうので、蓮弥はもがいたりすれば折角寝付いた所を起こしてしまうことになりかねないからと、動くことを諦めた。
「優しいねぇ、レンヤ君は」
「うるさい……さっさと寝ろ。俺も寝る」
茶化すようなエミルの口調に、ここはさっさと眠ってしまうべきだと蓮弥は目を閉じる。
「寝るけどねぇ……日が落ちた後の行動は?」
尋ねられて目を開け顔をそちらへ向ければ、肩を枕にするほど密着した状態から、蓮弥の表情を伺うように見つめるエミルと目が合う。。
そんなエミルと見詰め合ったまま蓮弥は言う。
「お前らは夕食を食べつつ、ここで留守番だ」
「レンヤ君は?」
「俺は……ちょっと行く所がある」
「どこなのか、聞いてもいいかねぇ?」
分かっているくせに、と思う蓮弥であるがエミルはどうしても蓮弥の口から言わせたいらしい。
一瞬、何か別なことをいってごまかそうかとも思う蓮弥だったが、きっとエミルはごまかされてはくれないだろうと言う確信めいた思いが蓮弥にはあった。。
下手なことを言って機嫌を損ねるよりは正直に話した方がデメリットが少ないだろう。
そう判断し、蓮弥は言った。
「王城に忍び込む」
「成る程、勇者君の下見かな?」
「ククリカからあのでかい船でここまで二日かかると言う事は、シオン達の到着は明日の夕方頃だろう? これは俺の予想だが、そこから身支度なんかして、夜会とかで勇者と引き合わされる流れなんじゃないか?」
一晩休んで次の日ゆっくりと謁見から始まる線もありえたが、もしも勇者が噂通りの見境無く食い散らすタイプなのであれば、自分に会いに来た女性を一晩我慢することなど出来ないのではないかと蓮弥は考える。
一刻も早く食い散らかしたいと勇者が思えば、この予想が最短距離であると蓮弥には思えた。
「良い線行ってるかもねぇ。それで夜会がお開きになったらお楽しみタイムに突入、と」
「今の外見考えて物を言えよ……まぁその辺が本番なわけだが、どうにもぶっつけでやるのは性に合わない。それに勇者本人が噂通りの人物かどうかの確認も必要だしな」
今の所、蓮弥が勇者に対して知っていることは、シオンが言っていたことが全てだ。
ローナが調べたりしているようなので信憑性は高いとは思うが、やはりそこは一度自分の目できちんと確かめてみるべきだろうと思う蓮弥である。
もし噂が嘘で、勇者が実は本当に立派な勇者だったりした場合。
噂を信じて仕掛けた蓮弥が完全に悪役担当になってしまうからだ。
そればかりか、魔王とやらと戦う為の切り札的存在を失う結果にもなりかねない。
「手伝えることは?」
聞きたいことは聞き終えたのか、そっとエミルは目を閉じる。
「ここを守りつつ、留守番してくれるのが一番だ」
王城の中まで連れて行けと言われたらなんと言って断ろうかと思いつつ蓮弥が言う。
いくらなんでも、人族最大勢力の心臓部とも言える聖王国の王城の内部に、魔族を連れて侵入するのにはいささか抵抗を覚えてしまう。
しかしその心配は無駄に終わった。
「……りょーかいだねぇ。それじゃお休み、マスター」
「お休み。……良い夢を」
一言付け加えて蓮弥も目を閉じる。
自分で思っているよりも、ずっと疲労感が溜まっていたのか、蓮弥の意識が睡魔に負けるまでにはそう時間は必要とされなかったのである。
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