聖都潜入らしい
結論から言うと、蓮弥達一行は出発からわずか12時間で聖都へと到着した。
途中に休憩をほとんど挟まず、日が落ちてからは魔術の明かりをがんがんつけての強行軍である。
その途中であっさりと先行した魔導船を抜き去る。
地面から僅かに浮き上がった状態で進んでいる魔導船は、一度加速してしまうと方向を修正する為に推進器をわずかに噴かすくらいで移動できるので、進行中は実に静かなものなのだが、蓮弥達の車はそうは行かない。
車輪が巻き上げる土埃と、魔導船を圧倒的に上回る速度で爆走する謎の物体に、魔導船側が警戒を強めたのか、兵士の姿やら外装につけられている武装が蓮弥達を狙うような事態になったのだが、エミルはこれらを完全に無視し、アクセル全開のまま抜き去った挙句に魔導船の進行方向で車をドリフト走行させるわスピンさせるわやりたい放題である。
そうやってたっぷりと巻き上げた土煙を魔導船へ浴びせかける等の挑発行為を思う存分行った上で、高笑いを残しつつ魔導船を置き去りにして走り去る謎の物体を、魔導船側はただ呆然と見送るしかできなかったと言う。
もちろんエミルは後で、蓮弥に万力のようなアイアンクローで頭を締め付けられながら、たっぷりと叱られると言う羽目になったのだが。
ついでに轟音を立てつつ、ぴかぴかと光りながら爆走すると言う未知の魔物の発見報告が複数、ギルドへ届けられるという事態も発生したのだが、当の本人達には知る由もない。
国境の関所に関してはこれを大きく迂回して避けた。
言うまでもなく犯罪行為であるが、蓮弥は自分達が国境を超えたことがなんらかの記録に残ることは不味いと考えていたので、他に選択肢が無い。
ククリカの街を不在にしている間のアリバイ工作は、フラウに一任してある。
その巨体さ故に平地しか走れない魔導船と異なり、蓮弥達の乗る車は車輪が接地できる地面さえあれば、凹凸に富んだかなりの悪路でも走破することが可能だ。
ただ、道が悪くなれば、それだけ車体は揺れることとなり、蓮弥はぎりぎり耐え切ったが、後部座席に乗る仮面の人物は、酷い車酔いに悩まされることとなり、聖都に到着する頃には息も絶え絶えと言った状態になっていた。
流石にその車に乗った状態のまま聖都に入るのは無理だと蓮弥は考え、聖都からかなり離れた所で車を降り、そこからは徒歩で近づく。
車は蓮弥のインベントリに収納した。
結構な大きさだったので、しまえるかどうか不安な蓮弥だったが、インベントリの2マスを消費することであっさりと収納できてしまったのには、流石に驚かされる。
入り口の門から少し離れた所にあった岩の影から門を伺えば、聖都は都市全体を高い壁が覆っているタイプの都市で、中に入るためには門の所で兵士達のチェックを受ける必要があるらしい。
普通ならばギルドのカードを提示し、いくばくかのお金を支払うだけで終わるような検査らしかったが、蓮弥はそこを通るつもりは全く無い。
仮面の人物を背中に背負い、自分の頭には目だけが出るように布を巻きつけて顔を隠す。
エミルが同じように顔を隠すのを確認してから、蓮弥は門の様子をうかがうために隠れていた場所から一気に駆け出した。
いきなり走りよってきた不審な人影に、兵士たちの間から声が上がるが、蓮弥はそれを完全に無視。
壁の近くまで走りよってから、一度膝を曲げて力を溜めると、そのまま飛び上がった。
「は?」
誰かの酷く間の抜けた声を聞きつつ、蓮弥の身体はふわりと壁の上まで飛び上がると一度そこで着地し、すぐにそこから飛び降りた。
壁の高さは蓮弥の目測で7、8mはある。
人間が飛び上がれる高さでは絶対に無いし、まして人一人を背負った状態で飛べる高さではない。
それでも異世界に来て、色々と常識を外れてしまった事を自覚している蓮弥は、自分ならばなんとかなりそうな気もしていたし、補助として風の魔術で勢いをつけていたので、飛び上がれるだろうことにはなんの疑問も抱いていなかった。
しかし、そこを守っている兵士達はそうはいかない。
目の前で起きている出来事が理解できず、また、現実のものであることを受け入れることができずにあっさりと思考停止の状態に陥ってしまう。
彼らの思考が再起動したのは、蓮弥が壁の上から飛び降り、その姿が街の中に消えうせてしまってからさらにしばらく経過した後であった。
見てしまった全員がなんとなく顔を見合わせて、今目の前で起きた出来事は現実だったのか、それとも白昼夢だったのかと目線だけで問いあう中、誰かがぽつりとこぼした。
「きっと悪い夢でも見たんだろうさ」
なんとなくその一言がきっかけになり、兵士達は何事もなかったかのようにまた自分の仕事に戻る。
同時にそこに居合わせた旅人達の間からは、様々な声があがったりもしたが、兵士達はそれら全てを黙殺し、取り合おうとはしなかった。
その行動の根底には、これだけの高さの壁に飛び上がってしまうような化け物と係わり合いになりたくないと言う恐怖があっただろうことはほぼ間違いない。
余談ではあったが、エミルは魔術の補助もなく、ただ自分の身体の能力のみで蓮弥のように一度着地することもなくあっさりと壁を飛び越えていた。
人一人分の重さの差とも言えるが、魔族の身体能力の高さを物語る事実でもある。
壁を飛び越えた蓮弥は、顔に巻いていた布をすぐに外すとそれをインベントリにしまいこみ、足を止めることなく物陰を伝うように走り抜けていく。
「レンヤ君、流れで門破りまでしてしまったけれども、この後の御予定はどうするのかねぇ?」
かなりの速度で取りあえずは壁や門から離れようとする蓮弥に、全く遅れることなく並走しているエミルが蓮弥に問いかける。
「取りあえず宿だな」
何をするにしてもまずは背中の人物をどこか落ち着ける場所に置かなくてはと思う蓮弥である。
酷い車酔いの後、そこそこ長い距離を歩かされた上で、一連の門破りの無茶な機動に付き合わされたその人物は、蓮弥の背中にぐったりともたれかかっている。
「取れるかねぇ、宿」
関所も聖都の門も抜けてきてしまった蓮弥達は現状、自分達の身元等を証明する手段がない。
「金さえ出せば泊まれる宿はどこにでもあると思うが、問題は……」
人気の無い路地で立ち止まり、蓮弥はぽつりと言った。
「この街の土地勘が全く無いってことかな」
「私も聖都には初めてきたからねぇ」
「宿ならたぶん……あっちの方向に……」
蓮弥の背中にもたれかかっていた仮面の人物が、ぷるぷると震える指先で一つの方向を指し示すが、蓮弥はすぐに首を振った。
「普通の宿なら必ず身分証を求められるだろう?」
「では……?」
「人通りの少ない……そうだな、貧民街みたいな場所はどこだ? 聖都と言ってもあるだろ?」
神の威光があまねく下々までを照らし、影一つない世界等と言うものの存在を、蓮弥は頭から信じていない。
光があれば、必ずどこかに影ができるものなのだ。
そしてそれは光が強ければ強い程、濃くて深い影ができる。
「聖都には東門、南門、西門の三つの門があるが……北には門が無い」
聖都の中央には街のどこから見ても見える立派な城がある。
そこを中心として、栄えている場所ほど中心に近い所にあるのだろうと蓮弥は考える。
そうなると、貧民街のような場所はどうしても都市の外周部に位置するのだが、今度は外周部はどうしても人の出入りの激しい門の近くになってしまう。
聖都に入る者達が最初に目にするのが貧民街ではいかにも聞こえが悪い。
だからこそ、そう言ったものを北側の壁際に集めて、北には門を作らなかったというわけだ。
「なるほど、北側の壁の近くね」
場所さえ分かってしまえば、そこへ行くことは蓮弥とエミルにとっては造作も無いことだった。
道が分からなくても、屋根伝いに移動してしまえば関係が無い。
都市を取り囲む防壁すら簡単に飛び越えた二人である。
建物の屋根に上るくらいは、造作も無いことだった。
もちろん、仮面の人物はしっかり蓮弥が背負ったままである。
人気の無い路地から屋根の上に上がってしまえば、幾分か誰かの注意を引く。
しかし、屋根の上に蓮弥達に気がついた極少数の街の住民は、蓮弥達に声をかけることも、不審な人物として衛兵等に通報することもなかった。
なぜならば、あまりに蓮弥達の移動速度が速すぎたのだ。
何かいた、と思った時にはもう姿が無い。
そしてほとんど物音が立たない。
屋根から屋根へと飛び移る時すら、足音を立てない二人に、おそらくは人なんだろうと察する事ができた者達も見ないフリをして口を閉じる。
それほどまでに二人の身のこなしは常軌を逸していた。
そんな思いは蓮弥の後をついて走っているエミルも抱いていた。
人一人を背負ったまま、屋根の上を身体の軸をブレさせることもなく走りぬけるだけではなく、飛ぶ時も着地の時すらも足音がしない蓮弥の動きは魔族であるエミルから見ても異常だ。
よほど特別な靴を履いているのかとも思ったエミルだが、見る限りは普通のブーツでしかない。
「膝と足首の使い方……かねぇ?」
実に参考になると、凝視しつつ真似てみるエミルである。
そうこうしている間に二人はあっさりと聖都の北側へと到着する。
建物の屋根から飛び降り、地面に着地すると蓮弥はぐるりと周囲を見回す。
高い建物等に囲まれ、まるで周囲の視線から隠されているかのようなその区画には、廃墟同然の建物や、建物とは呼べないような何かが立ち並び、空気にはゴミと腐肉の匂いが混じるような場所だった。
道端にはボロを纏った小柄な人影や、やせ衰えた腕や足を露にし、地面に直に寝転ぶ老人。
不健康そうな肌をなるべく露出して、客を誘う女達の姿もある。
さらには使い込まれた革鎧や、板金で補習した鎧を身に纏った人相の悪い男達の姿。
その手にはどう見ても相当な量の血に汚れてきたであろう武器の数々が、抜き身のままで握られていたりしており、蓮弥の背中に背負われている仮面の人物は思わずと言った感じで蓮弥の肩を掴む手に力が入る。
蓮弥はと言えば、あまりにあからさまないかにも感になんとなく呆れた雰囲気で溜息をつき、隣にいるエミルは何が面白いのか笑顔のまま、蓮弥の動作を見つめ続けている。
「おいお前ら……今、上から降ってきやしなかったか?」
人相の悪い男の一団の中から、一人の男が蓮弥に話しかけてくる。
片目に眼帯をかけ、革鎧の両側に小剣を吊るした中年の男だ。
ぼさぼさの髪は脂ぎって汚れており、近づくだけですえた臭いが鼻をつく。
「道が分からなくてね。上を通ってきたんだ」
蓮弥の言った上を通って来たと言う言葉は、男には理解されなかったようだが、道が分からないと言う部分だけは男にも理解できたらしい。
「他所者かよ……ここがどこだか分かってんのか?」
蓮弥達が聖都の住民ではないと分かったせいなのか、男達の雰囲気が変わる。
その視線はねっとりと、エミルの身体を嘗め回し、エミルの笑顔が非常に不快そうなものへと変化した。
「なんとなくな。……宿を探しているんだが、どこかいい所は知らないか?」
「馬鹿だろうお前? 宿なら表通りだ。こんなトコに宿なんざねぇよ」
「そうかい? なら他を当たるよ」
「待ちなよ、兄ちゃん。人に話を聞いたら払うモンってのがあるだろう? 別に身ぐるみ置いていけとは言わねぇ、そっちのねぇちゃんを置いていきな。なに、用が済んだら返してやるからよ」
必要な情報が得られそうに無いと判断して、男に背を向けようとした蓮弥だったが、男の声がその足を引きとめる。
振り返りつつ周囲を見ればそれまで道端やその辺にいた老人やら女達が不穏な空気を感じてどこかへと足早に去っていくのが見える。
蓮弥に声をかけた男の、その背後に居た人相の悪い男達が、手に持った武器をわざとらしく目立つように持ち上げながら、ゆっくりと近づいてくるのを蓮弥はつまらないものを見る目で見つつ、エミルの肩をぽんと叩いた。
「エミル、ご指名だそうだ」
その蓮弥の言葉は、エミルへの許可だった。
許しが出たことで、エミルが不快感を露にしてゆがめていた顔が、その瞳に喜悦をたたえ、唇が三日月の形に吊り上がる。
「何人くらい、いいのかねぇ?」
「全滅させろ、面倒だ。……死体から情報が漁れるなら、そこそこキレイで金を出せば泊まれる宿の情報を抜いてくれ。できるか?」
「お任せだねぇ」
コートの裾をはためかせ、エミルが蓮弥の前に出る。
その小柄な姿が近づいてくるのを見て、男達がそろって笑い声をあげた。
「そうそう、素直にしてりゃ悪い目は見ねぇさな」
「うるさいねぇ」
エミルが近づいてくるのを、観念したのだと勘違いした男の一人がエミルを捕まえようと前へ出たが、エミルが無造作に振りぬいた腕が、その男の頭のあった位置を薙ぐと、男の頭が消えて汚れた壁に場違いなほど鮮やかな赤い花が咲いた。
何が起きたのかも分からず、首の切断面から勢い良く血しぶきをあげつつ倒れる男の姿を呆然と見る男達。
「あぁ、しまったねぇ。情報抜くのに頭潰したらダメじゃないかねぇ」
とてもではないが今しがた、男の首から頭をもぎとったとは思えない細くしなやかな腕を振りながら、エミルがぼやく。
「君達脆すぎるよねぇ。ちょっと押しただけで千切れるんだからさぁ。そう思わないかねぇ?」
尋ねながらエミルは別な男の肩をポンと叩く。
それだけのことだったはずなのに、肩を叩かれた男の身体は叩かれた肩から地面へ叩きつけられ、湿った音を立てて盛大に血肉を地面へとぶちまける。
瞬く間に二人を殺された男達は、あまりの出来事に一言も発することができず、一歩も動くことができない。
沈黙に支配された空間に、エミルの溜息だけが響く。
「はぁ……加減が難しいねぇ。ぎりぎり頭部だけは壊さなかったみたいだけどさぁ」
地面に叩き付けた男の体から千切れて転がった頭を、足でボールのように転がしながらエミルは、顔を青ざめさせ、脂汗を流し始めた男達をにっこりと笑って眺める。
「さて、さくさく行こうかねぇ。私のマスターが情報を御所望だし、連れがお疲れなんでねぇ」
命乞いの言葉を発することも無く、逃亡すら許されなかった男達。
彼らがそのあまり誇れない人生に終止符を打たれるまで、そう時間はかからなかったのである。
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