勇者と女神らしい
「残念ながら、死んでしまった貴方に今一度の転生を授けましょう。幸い貴方は強い魂の力を持っています。まさに勇者と呼ぶにふさわしい力が。その力を持って、世界を救って欲しいのです」
「僕に……僕にそんな力が……」
ねーよ、と私は内心で呟く。
僕のこの手に隠された力がー的な感じでわなわなと震えながら自分の両手を見つめている阿呆……もとい今回の勇者クンですが、魂の力なんていう不思議パワーの持ち合わせは欠片もありません。
選ばれた理由も特にはありません。
取りあえず、死んでて若くてちょっと頭が足りなくて、そこそこ顔の造詣が良いと言う選定基準でもって、100個程ピックアップしてみた魂のうちの一つです。
選定基準のうち、死んでてと言うのはその方が送り出すのが楽だからです。
良く、貴方があちらの世界に行けば、元の世界ではいなかったことになりますよと言う神様がいたりしますが、あれすっごく疲れるんです。
良くそんな手間のかかることができるなぁって感心してしまいます。
何せ、元の世界における因果の全てを消してこなくちゃいけません。
少しでも残っていれば、その世界の誰かの記憶の片隅に、そういえばあの時のあいつどうしてたっけな、くらいの記憶が残ってしまったりします。
こうなると大変です。
千丈の堤も蟻の一穴と言うことわざもありまして、一人が思い出せば全員がなし崩し的に思い出すと言う連鎖反応から大事件へと発展すると言う事態になりかねません。
これが死んでる人の魂ならば、その人はもうその世界にいないわけですから、後はどうしようが問題ないと言うわけです。
若くて、と言うのは転生させた先でそれなりに活発に動いてもらわなくてはならないからです。
なおかつ、その世界で知り合いを作ったり恋人を作ったり、子供を作ったりと色々してもらわなくてはならないのです。
そう言った点からしても、老人を異世界に転生させるメリットが私にはさっぱりわかりません。
わざわざ異世界にそんな魂を転生させて、ひなたぼっこでもさせたいのでしょうか?
そんなことをする存在がいたら、相当な馬鹿なんじゃないかと思います。
なんだかいまぞくっと背中に何か走った気がするのですが……気のせいでしょうか?
それはともかく今は目の前で、なんだか感動に打ち震えている勇者君の方が重要です。
ちょっと頭が足りない、言い換えれば程よく馬鹿がいいと言うのはあまり賢いとこちらの意図を見抜いてきたり、こちらが予想しない条件を出してきたりするからです。
人と言うのは時として、神と呼ばれる存在である私達すら出し抜くような真似をすることがあります。
古に蛇に唆されて知恵の実を食べた、なんて描写をする宗教もありますが、私単体としては同意したい気持ちで一杯だったりします。
最後の顔の造詣と言う部分については、説明の必要すら無い気がします。
いやだって、勇者さんがヒキガエルをさらに轢き潰したような顔をしていたら、誰がそんな人を英雄として祭り上げてくれるのでしょう?
ヒロイン役の人だってよりつかないでしょうし、そもそも頼りがいのある仲間も出来ないと思うのです。
人間、外見より中身だよ等と言う歯が浮き上がってどこかに飛んで言っちゃいそうな戯言をほざくのは勝手なのですが、結局第一印象は顔なんですよ。
それにこれから私が自らその人に、ギフトやらスキルやら、所謂チート性能を付加しなきゃいけないと言うのに、相手がオークとゴブリンとスライムを足して3で割ったような顔だったら、私が嫌じゃないですか。
ただ、あんまり美形に限定すると今度は数を集めることができません。
美形と言うのはそれだけで結構レアな技能なんですよ。
だからそこそこ美形くらいが丁度良いんです。
「今、貴方が赴こうとしている世界は、邪悪な魔王の影に怯え、苦しんでいます。人々の苦悩を晴らし、世界に再び光を取り戻す為に、今貴方の力が必要なのです」
「そうか、これが異世界転生……と言うことはこれから僕にもチートな性能がもらえて、強大な魔力なんかがあって、聖剣とかでがんがん戦って、異世界の知識でお金なんかがっぽがっぽ儲かって、綺麗な女性が僕に群がってくるばら色の人生が待っているんだ」
なんかすっげー夢見てますけど大丈夫でしょうかこの人?
いやまぁ差し上げますけどね、チートな性能とやらを。
体力も魔力も人の限界値まで上げておきますし、なんでしたら精力の方も同じくらいにしておきますけどね。
聖剣も確かあっちに相当昔に前の勇者が使ってたのが何本かあるはずですけどね。
ただ、戦うのは貴方本人なわけで、技能は使いこなせないと意味がないんですけども。
三歳児をF1に乗せた所で、自転車に乗っている小学生には敵わないんですが、この人分かっているんでしょうか?
さらに異世界知識で大儲けって、軽く貴方の頭の中身を覗いてみた限りでは儲けられるほどの知識の蓄えも無い気がするんですが、この人何を売ってお金にするつもりなんでしょう?
なんだか駄目な気がしてきましたが、再度選択からやり直すのは非常にめんどくさいので、このまま進めてしまいましょう。
「女神様!」
「え? あぁはい? なんでしょう?」
考え事をしていたら、勇者君に呼ばれてしまいました。
なんだか目をきらきらさせてこっちを見ているのですが、一体何があったのでしょう。
「勇者って女の人にモテますよね!?」
「そ……それはその、とても多くの人に感謝されると思いますが」
いきなり何を言い出すのでしょうこの勇者君は。
もしかするとそっち系統の願望が強いのかもしれません。
別に、やることだけちゃんとやってくれれば、私達の世界でハーレムを築こうがバラの園を築こうが私の知ったことじゃないんですが。
「じゃあ、じゃあ!」
「はぁ?」
「まずは謝礼の先払いってことで女神様とここでいっぱ……」
みなまで言わせることなく、私は勇者君の顔面目掛けて渾身の右ストレートを放っていました。
しっかりと腰の入ったなかなかのキレ味であると自負する一撃は、勇者君の顔面を綺麗に捕らえると、一撃でその頭部を粉砕してしまいました。
まだ受肉していない魂だけの状態なので、頭が四散しようが四肢がもがれようが、時間経過で元に戻るんですけどね。
それでも行動や思考は停止しますので、今のうちに余計なことを考えないように思考を誘導できるように改造しておきましょう。
全く、手間のかかる話です。
「はっ!? 僕は一体何を……」
「課せられた重責に、我を失っていたようですね。仕方のないことです」
しばらくして再起動した勇者君に、私は重々しく告げる。
「それよりも、勇者として世界に赴く貴方に、私から恩恵を授けたいと思います」
「ついに僕にチートな才能が授けられるんですね!」
私の言葉に目を輝かせて喜ぶ勇者君。
しかし彼は分かっているのだろうか?
最初に私は貴方には強い魂の力があります、と言いました。
それは勇者と呼ばれるのにふさわしい力であると。
では、そんな力を持っているはずの勇者君に、何故わざわざ私がさらに女神の恩恵とやらを授けなくてはならないのでしょう?
ちょっと考えれば、おかしいのではないかと気づく程度の事なのですが、大体の人は気づきません。
もしくはその力を発揮するために必要なものなのだろうと都合よく理解してくれます。
本当は、少しでも恩恵を与えておかないと、あっさり死んでしまう程度の存在だからなのですが。
「まず戦う為の力として<剣術>。それと全属性の<魔術>と<法術>の技能を最大レベルで。それと異世界における生活を送るために必要な<異世界言語>。それから体力と魔力も限界まで上昇させておきましょう」
「女神様! 奴隷とか作れると嬉しいんですが」
思わずこの下衆めと言いたくなるのをぐっとこらえて私はなんとか作った笑顔を向けることに成功しました。
世界を救って欲しいと言っているのに、奴隷が作りたいとかどういう頭の構造をしているのでしょう?
言っても無駄な気もしますし、そもそもその世界を救うと言うお題目自体嘘なわけですけれども。
「分かりました<隷属作成>の技能も授けましょう」
上げませんといってヘソを曲げられても困ります。
流石に無条件で無制限に使われては困るので、相手が同意した場合のみ効力を発揮すると言う条件を内緒でつけさせてもらいますが。
「武器に関しては、この世界には聖剣と言うものがありますから、それを使うと良いでしょう。これは貴方の固有技能である<勇者>を持つ者にしか扱えません」
これは本当。
今まで何回か行ってきたこのイベントのたびに、聖剣と名前をつけた壊れた性能の武器を持たせていたのですが、勇者自体が死んでしまっても武器だけは残ってしまうので、実の所あちらには聖剣と称される武器が結構ごろごろしているのです。
ただ、勇者の技能の無い者にはひたすら重くて頑丈なだけの武器なので、普通の人にとっての実用性は皆無だったりしますが。
私に言わせれば粗大ゴミの域を出ない代物なのですが、あちらの王族の方達や神官さん達はそれらを非常に有難がって収集しているようです。
「防具の方は?」
そう言えば、聖剣はあるのに聖盾とか聖鎧が無いのは何故だったんでしょうか?
思い出してみますが、理由が思い当たりません。
たぶん、攻撃は最大の防御とか、作るのが面倒だったとかそれくらいの理由だとは思うのですが。
「そうですね……既存の物を使うのも良いのですが……<防具練成>の技能も差し上げましょう。材料は自力で集めてもらうことになりますが」
私が作るのは手間が掛かって嫌なので、ここは一つ自分に作ってもらいましょう。
鍛冶作業等と言う面倒なことをしなくても、練成一つで防具が作れる素敵な技能です。
さぞや喜ばれることでしょうと思いきや、この勇者はとんでもない言葉を吐いて来ました。
「えー、サービス悪いですね」
いかにも面倒だと言いたげな勇者君に、私はぶっ殺すぞと言う単語を飲み込みました。
頬の辺りが一瞬引き攣ったくらいでなんとかこらえた私を、誰か褒めて欲しいです。
どうやら面倒だと思うのはお互い様だったようですが。
「ま、レベル上げに魔物とか倒さなきゃいけないんでしょうから、その途中で集まりそうな気がするのでいいですけど。後は何をもらえるのです?」
一瞬本気で、こいつを没にして別なのを送り込もうかと思った私に罪は無いと思いたいです。
いっそ最初の街辺りでゴブリンとかスライムにクリティカルもらって死んでしまえと思いましたが、それではあのいけ好かない魔族担当者とのゲームに私が負けたことになってしまいますので、魔王辺りと刺し違えろ、とだけ呪っておくにとどめておきます。
あ、これはいけませんね<管理者の呪い>がついてしまいました。
これはランダムで誰でも成功するようなことが失敗すると言う、いわば強制ファンブルを起こすものなのですが、今更取り消すのも無理なので、このまま行ってもらいましょう。
良いネタになるかもしれませんし。
「勇者よ、強欲は美徳となりません。それよりも早く、困っている人たちを助ける為に……」
「えー! 世界を救いに行ってあげるんだから、それくらいのサービスはあってしかるべきでしょう?」
行かなきゃお前なんぞ転生の輪の中で自我を失って、なんか別の生き物になるだけなんだけどね!
と言いたい所なのですが、ここは女神らしく笑顔で我慢です。
「では勇者よ、どのような技能がお望みですか? 二つだけかなえて差し上げましょう。ですがあまり世界の均衡を乱すような願いは、それを維持する者として聞き届けるわけにはいかないことを御了承ください」
「たった二つですか?」
「この身は世界を維持する身故に、心苦しいのですがあまり力を割くわけにもいかないのです」
「しょうがないなぁ、二つで我慢してあげますけどね」
女神相手に上から目線とはいい根性しています。
願わくば、魔王が程よくこいつを苦しめてくれますようにと祈っておきましょう。
「一つはやっぱり夜のあっち方面を強化してほしいんですよ」
「……わかりました」
願いの下衆さは別として、これはたいした事ではないです。
嫌がらせに馬のアレをくっつけてやろうかとも思いましたが、あちらの住民が迷惑するだけなので止めておきましょう。
お姫様育ちのお嬢様達が、それをなんとかしろと言われて困る様子は、何か凄く笑えそうな気もしたりするのですが、流石に哀れです。
まぁ適当に子供ばんばん作って、せいぜい苦しむといいのです。
そんな責任感の持ち合わせなど無い気もしますが。
「もう一つは、何か僕固有のすごい能力を下さい」
こう言うのをなんちゃら病と言うはずなのですが、なんと言うのか忘れてしまいました。
どうでもいい事なので、邪気なんちゃらとかくっつけてやろうかと思いましたが、あまり強力なものを持たせると、魔王側やら他の種族の勇者やらが我も我もと強力な技能を持ち出して戦闘能力インフレ状態で激突するようなことになり、次のイベントまでのインターバルが長くなるだけなので、少し考えて渡さなくてはいけません。
というか、あのなんちゃら気眼って一体どういう能力なのでしょう?
「では、勇者様。御希望により、貴方に<聖戦>の技能を差し上げます。これは貴方の指揮下にあると認識された存在の能力を何倍かに跳ね上げる技能で、戦の時に非常に役立つものですし、もちろん勇者様がパーティを組まれた場合は、そのメンバーにも使用できます。かなり強力な技能ですので、一日に三回までの使用制限をつけさせて頂きますが」
「女神様、ケチだなー」
お前いつまでも女神が笑顔でいると思うなよ、と言うほの暗い感情が頭をもたげてきましたが、こいつを送り出すまでの我慢だからと自分で自分を慰めました。
そうでもしないと、顔に感情が出てしまいそうです。
「勇者様、そろそろ旅立ちの時間が来ております。あちらの世界の人達が勇者様の降臨を願って儀式を続けているのです」
本当ならば、もっと早く完成するはずの儀式が、今回に限って嫌に時間がかかっていました。
どこからか邪魔が……おそらくは主様の仕業です。
あの方も、こちらの世界の管理権は私達にあると言うのですから、そろそろ妙なちょっかいをかけてくるのを止めて頂きたいものなのですが。
「そうか。じゃあ僕が行ってあげないといけないんだね」
「そうです勇者様。どうか世界を……」
「大丈夫、まかせてー。これだけチートを貰えたら無敵で無双じゃん」
そうはならないと思いますけどね、と思いましたがこれは口に出来ません。
人族の勇者があの世界に降臨するのを鍵として、他の種族にも勇者が出現することでしょう。
この勇者がこのままの性格で好き勝手動けば、その他種族の勇者と激突することになるでしょうし、討伐対象の魔王は勇者単体では太刀打ちできない程の能力を所持しているはずです。
ですがこの辺りの情報は勇者に渡す必要の無いものです。
「それでは勇者様……そういえばお名前をまだ聞いていなかったと思いますが」
「僕? 僕は八房。八房 勇輝っていうんだ」
「そうですか、ではユウキ様。どうぞご武運を」
私の言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、勇者である勇輝の姿がかき消すように消えていきました。
それを見届けてから私は深々と溜息をつきます。
なんだかあんまり長いこともたないような気がする勇者です。
もたないならもたないで、別にいいんですけれども。
人族の国々が勇者を召喚できる余力を残している限りは、ゲームオーバーにはなりません。
なんなら神託を下して、今の勇者がリタイヤする前に次の勇者を呼ばせてもいいかもしれません。
「今回は負けませんからねぇ!」
おそらく別の種族の管理者達は、今から急いで自分の担当する種族の中から勇者候補を探していることでしょう。
このイベント、大体は全体的に疲弊しすぎて勝者なしで終わることが多く、後で評価点をつけて順位をつけるのですが、今回はなんとしても勝ちにいきます。
私は誰もいなくなった空間で、ぐっと握りこぶしを固めてそう決意を新たにするのでした。
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