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二度目の人生を異世界で 作者:まいん

勇者降臨のようなもの

出発の時間らしい

 ククリカの街の郊外にそれが止まったのは、ローナが蓮弥に出発の日時を伝えてからきっちり三日後のことであった。
 滅多に目にすることができないそれに、街の住民達は自分達の仕事そっちのけでそれの見物に集まり、集まった野次馬目当ての露店が開かれ、周囲はいきなり騒がし過ぎる状態となる。
 騒がしいのがあまり好きでない蓮弥は、その喧騒の渦から少し離れた所に建っている建物の屋根の上からその様子を眺めていた。
 それは一言で言うと無骨な金属の塊であった。
 形としては、元の世界にいたカタツムリに似ているように蓮弥には見える。
 大きさは蓮弥の目測で全長がおよそ100m程。
 車輪の類はついていない。
 これに関する情報については、エミルがやたらと詳しく蓮弥に教えてくれた。
 燃料は魔石。
 これを山のように消費して、どんな悪路でも走れるように地面からわずかに本体を浮き上がらせた状態で進むらしい。
 同時に本体後部に取り付けられている推進器から猛烈な勢いで風を噴出すことで前へと進む。
 方向転換は本体のあちこちに取り付けられている小さな推進器を吹かすことで行う。
 異世界版の巨大なホバークラフトと考えると、ほぼ間違いないらしいと言うのが蓮弥の理解だ。
 維持、運航のどちらに関しても莫大な費用がかかる代物で、通常これが運用されることは非常に稀であるとはローナからの情報である。
 そんな代物を持ち出すことになった背景としては、一つはトライデン公国の貴族達が勇者と言う存在を非常に重要視しているということ。
 もう一つは最近、市場における魔石の流通が非常に潤沢であり、運航に必要な量の魔石の確保が比較的容易であったということが挙げられるそうだ。
 それを聞いた蓮弥は、自分のせいじゃないか、とひそかに頭を抱えることになった。
 まさかフラウ経由で市場に流している魔石が、こんな所で問題の後押しをしてくるなどという事は流石に蓮弥も考えつかない。
 しまったなぁと思う蓮弥の視線の先で、野次馬の中からどよめきがおきた。
 兵士達が野次馬の間を割って作った通路の中を、淡く青いドレスに身を包んだ女性が、お供の女官や兵士達を連れて姿を現したからだ。
 いつもは頭の高い位置でポニーテールに結んでいる黒髪を、今は自然な感じで背中へと流し、プリンセスラインのドレスを身にまとったその姿は、どこへ出しても恥ずかしくない令嬢の姿だ。
 思わず、馬子にも衣装と言う言葉が蓮弥の頭に浮かぶ。
 そのすぐ脇には僧服に身を包んだ金髪の女性が付き従っている。
 遠目から見ても分かるプロポーション具合は、野次馬の中からも冷やかしの声があがるくらいだ。
 無論、そんな声は本人の一睨みと周囲で警護にあたっている兵士の警告ですぐに止んだ。
 それらの姿が野次馬の中を抜け、魔導船の中へと消えるまで見送っていた蓮弥は、やがて船が少しだけ浮き上がり、轟音を立てつつその背後へ風を噴出し始めたのを見て、小さく息をつく。
 自重が何トンになるのかは分からないそれが、推進力を得るために吐き出す風の勢いはすさまじい。
 巻き込まれるのを恐れて、船の後方には野次馬もいなかったが、巻き上がった土煙の余波はしっかりと野次馬達を襲い、悲鳴や怒声が上がるのが蓮弥の耳にも届く。

 「ここまでは問題なし、と」

 ゆっくりとではあるが、確実に加速していく船を見ながら、蓮弥は独り言を呟く。
 船はその巨体さ故に街道を進ませることができず、少し外れた所を進んでいく。
 ホバークラフトと異なるのは、魔術で浮いているせいなのか一度加速してしまえばそのままの速度で進み続けると言う点だ。
 止まる時には船体各所の推進器を逆噴射させ、ある程度速度が落ちたら浮遊を中止して地面と船体を擦らせて強引に止めるらしい。
 実に大雑把な乗り物と言えるが、蓮弥はなんとなくその大雑把さが気に入ってしまっていた。
 小型化して自分でも作れないものだろうか、とすら思っている。
 あの船に密航できたら楽だったのだがなぁと蓮弥は思う。
 ローナ経由でなんとか乗れないものかと色々画策してみた蓮弥だったのだが、護衛の兵士も付き添いの女官達も、身元や個人を厳しくチェックされており、こっそりと乗り込む隙が全くなかった。
 誰かと入れ替わろうにも、そんなことを了承してくれるような人物は最初からお供のメンバーに選ばれることがないくらいの徹底振りで、密航案を蓮弥は早々に諦めている。
 転送門経由で追いかけると言う方法は、転送門の転送先として聖都が設定されていなかった。
 これは聖都を預かる者達が、転送による移動を嫌った為らしく、神を祭る聖なる都なのだから転送等と言う方法で入ってくるのは神への不敬であり、ちゃんと歩いて入って来いと言う意思の表れであるらしい。
 実に面倒な人種だと、行く前から蓮弥の聖都に対する評価はだだ下がり状態だ。
 リアリスにお願いしてドラゴンで飛んでいく、と言うのも難しい話だった。
 遠くでその姿が見られただけでも街が厳戒態勢に移行するような存在がドラゴンである。
 聖都のような大きな都市の近くをドラゴンで飛んだりしようものなら、撃ち落してくれと言っているようなものだ。
 魔術で飛んでいくと言うのもちょっと無理があった。
 蓮弥一人だけならばなんとかなりそうな気もしたのだが、エミルが強行に連れて行けと主張したのだ。

 「私、今回かなりの功労者だよねぇ?」

 「うん、まぁ……」

 「置いて行くとか言わないよねぇ?」

 胸倉をつかまれて、笑顔で迫られてしまっては蓮弥も首を縦に振らざるをえなかった。
 仕方なく蓮弥は代案を考え、それをエミルに伝える。
 無理だと言われれば、じゃあついてくるのを諦めろと言おうと思っていた蓮弥だったのだが、なんとなくと言った感じで伝えた蓮弥の知識に、エミルはものすごい勢いで食いついた。
 蓮弥がエミルに伝えたのは、2サイクルと4サイクルのピストンの構造と、それを使用したエンジンと言うものの存在。
 それに振動軽減のサスペンションと歯車を使用した変速機と言うものである。
 知識と言うにはやや断片的すぎるそれらをエミルに提示し、これらを組み合わせた車と言うものが作れればなんとか、くらいの感じで伝えた蓮弥だったが、エミルはそれらを統合し、一晩掛けて様々な試行錯誤を繰り返した後で、蓮弥の工房から大量の材料を持ち出すと、一日かけて一つの作品をくみ上げてしまったのだ。
 それは蓮弥が元々依頼していた、構築が面倒な代物の作成と並行して行われ、出来上がったものを見た時に蓮弥は開いた口が塞がらないと言う言葉を実体験してしまう。
 詳しい機構は元ネタを提供した蓮弥ですらちんぷんかんぷんだったが、得意げに説明するエミルの言葉からなんとか理解できた部分は、骨組みはミスリルと鋼の合金製でそれらをワイバーンの革が覆っており、燃料はやはり魔石。
 原理としては風の魔術を利用した圧縮空気によるエンジンの稼動をクランク軸を通じて歯車を介し、ワイバーンの翼の皮膜を巻きつけることでゴムの代替品としたタイヤへと伝えることで走る。
 生意気に四輪駆動で、さらにサスペンションの装備により、どんな悪路でも踏破可能な性能を持つらしい。
 歯車の切り替えによる速度調整は運転席からレバー操作ひとつで行え、後進までこなす。
 その運転席にはアクセルとブレーキに加えてフットレバーによるサイドブレーキまで完備。
 搭乗人数4人で理論上300馬力を誇ると言う、ほぼ完璧といっていい異世界の自動車の誕生だった。
 錬金術とゴーレムの制御、作成技術の複合だよ、とエミルは言うが、何がどうなればこんなものができるのか蓮弥には全く理解ができなかった。
 この時、蓮弥は初めて魔族の恐ろしさを思い知らされた気がしている。
 その車は今、蓮弥が登っている建物の脇に停車していた。
 運転席にはエミルがいつものチューブトップブラにホットパンツにコートと言った服装で座っており、車体に取り付けられている吸気孔は、轟々と空気を吸い込んでいつでも発車できる状態だ。

 「レンヤー。いつまで見送ってるのかねぇ? そろそろ出発しないかい?」

 声の調子からして、どうにもエミルは出発が待ちきれないらしい。
 おそらくは、新作のこの車を早い所全力で運転してみたくて仕方が無いのだろう。

 「今行く」

 短く答えて蓮弥は屋根から飛び降り、膝のクッションを効かせて音も無く着地すると、車体の扉を開けて助手席へと乗り込む。
 椅子はフラウが丹精込めて織り上げた布を使っており、肌触りが良い。
 そこへ深く身体を沈めてから、安全の為にと備え付けられたベルトを腰に巻く。
 蓮弥はエミルにシートベルトについてまでは伝えていなかったのだが、この魔族の凝り性は安全面にまで及び、しっかりとシートベルトと、もし何かに激突した場合に搭乗者を護る為のエアークッションまで備え付けられている。
 本職の技術者って恐ろしい、と心の底から思う蓮弥であった。
 これで専門分野ではないと言うのだから、専門分野におけるエミルの凝り性がどこまでいくのかは、あまり知りたくないなと思う蓮弥だ。
 蓮弥が乗り込んだのを見届けると、エミルは運転席の小さなレバーを一つ倒す。
 これはフロントガラス等に相当する部分に使えるほど透明度が高く、強度の強いガラスがこの世界にはまだ存在していない為、エミルが苦肉の策として導入したガラス代わりの結界発生のスイッチだ。
 これにより、車体全体が一つの結界に覆われ、高速走行時の風圧や砂埃や小石の衝突と言ったものから搭乗者と車体を守る。

 「ちょっと窮屈かもしれないが、我慢してくれ」

 蓮弥は肩越しに後部座席を振り返りながらそう言った。
 四人乗りの車内の後部座席には、顔を白い仮面で覆い隠し、頭からすっぽりと黒いぶかぶかのローブを着込んだ人物が、こちらもきちんとベルトを締めた状態で座っている。
 蓮弥に声をかけられて、その人物は深く一度頷いた。
 それを確認してから、蓮弥は視線を前方へと戻す。

 「よし、出してくれ」

 「おっけー、行くからねぇ」

 その声の調子に、蓮弥がちょっと待てと制止するよりも早く、エミルはいきなりアクセルを踏み込んだ。
 身体が椅子に押し付けられるような加速度で、車が急発進する。
 見たことも無い物体が、低い唸りを上げながら猛スピードで走り抜けていく様子に、街の住民から悲鳴が上がったりするが、エミルはそんなものはおかまいなしにどんどん速度を上げていく。

 「後発してる分、取り戻さないとねぇ!」

 非常に楽しそうな声で言うエミルは、アクセルをベタ踏み状態だ。
 当たり前だがエミルの作ったこの車に、元の世界の車についているようなリミッター等と言う装置はついていない。
 つまりは、性能の限界までアクセルを踏み続ける限りは加速していくのだ。

 「まだ街中だぞ! ちょっとは抑えろ!」

 飛ぶように過ぎ去っていく街の風景に、さすがに蓮弥も焦りだすが、エミルは聞く耳など持っていない。

 「あはは! 無理ー! こんな楽しいの、止められるわけがないねぇ!」

 本来ならば凹凸が激しい石畳の上を、そんな速度で飛ばしていけば振動がすさまじいことになり、中に乗っている人間へのダメージも相当なものになるのだが、そこは車体に取り付けられたサスペンションがなんとか振動を吸収して、そこそこのレベルに抑えている。
 それでも、抑え切れない振動が蓮弥達を上下に揺さぶった。

 「あーもう! 勝手にしろ! 人だけ轢くなよ!」

 「任せてー!」

 早々にエミルを制止することを諦める蓮弥に、安請け合いするエミル。
 後部座席の仮面の人物は、そのやり取りに無事に聖都まで到着できるんだろうかという一抹の不安を感じつつ、椅子の背もたれに深く背中を預けて天を仰ぐのだった。
このお話の作者は皆様の声援を燃料に、稼動しております。
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