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二度目の人生を異世界で 作者:まいん

勇者降臨のようなもの

ちょっと悪巧みらしい

 「はいそれでは、第一回勇者とかボコって泣かせて指差して腹を抱えて笑おう計画立案会議を始めたいと思うの」

 「おい待て……頼むから……ちょっと待て……」

 息も絶え絶えと言った感じで、テーブルに突っ伏していた蓮弥が声を上げてフラウの言葉をなんとか制しようとする。
 その顔はどこか熱っぽく、視線は微妙に空ろだ。
 額にはうっすらと汗をかき、どうみても健康体には見えない。
 本来ならば、蓮弥がこんな状態になることはほぼ絶対と言っていいほど無いはずだった。
 蓮弥には「健康体」の技能がある。
 これは身体を最善の状態に保とうとする技能であり、病気や毒に侵されたとしても、仮にそれらが即死クラスのものであったとしても、これに耐え、短時間でそれらを駆逐することが出来る技能だ。
 常時起動状態、つまりはパッシブスキルであるこれのおかげで蓮弥は病気になったりすることが無い、もしくはかかってもすぐに全快すると言う状態にあるのだが、このスキル、何故かは分からないがOFFの状態にすることができるのに蓮弥が気がついたのは昨晩のことである。
 シオンの足止めをする為に、口移しと言う方法で彼女に毒薬を飲ませた蓮弥だったが、流石にシオンだけ苦しい思いをさせて、自分は知らん振りと言うのはどうにも気持ちの収まりが悪く、シオンに飲ませたのと同じ量の毒薬を自分でも飲むことにしたのだが、すぐに「健康体」の技能で解毒されてしまうのではないかと気がついた。
 それは不味いなと思っていた所に「健康体技能を一時的にOFFにしますか?」と言うメッセージが視界に流れた。
 すぐにヘルプ機能を使って、この技能がONOFF可能であることを確認した蓮弥は、健康体の技能をOFFにする。
 遅効性の毒が効き始める前に、抱きかかえたシオンをベッドへと寝かせてやり、シオンの部屋を出てから、取り合えず今後の事を夜が明けたらローナ達と相談してみようかと思った時に、急にめまいが来た。
 思わず壁に手を着きながら、床に膝から崩れ落ちた蓮弥は、襲ってくる猛烈な悪寒と吐き気と腹痛に、脂汗を垂らしながら、これのどこが中程度の発熱だ、と思った。
 それと同時に、こんなものがシオンの身体を襲った場合、一応フラウは非致死性だとは言っていたが、実際体験してみた感じでは本当に非致死なのか信用ができない。
 壁に手をついて身体を支えることすらできない程の脱力感に、蓮弥は壁にもたれかかりながら、フラウにローナを呼んでシオンの看病につくように念話で指示をした辺りで、意識がぷっつりと途絶えた。
 その後、何がどうなったのかは蓮弥は知らない。
 朝になって気がつけば、蓮弥は自室のベッドに寝かされており、衣服は全て就寝した時のものとは違うものに着替えさせられていた。
 傍らの寝台には、フラウが腰掛けてじっと蓮弥を見つめており、布団の中には何故か、エミルが全裸で潜り込んで蓮弥の身体にしがみついていた。

 「マスター、お目覚めなの?」

 フラウの声に答えようとした蓮弥だったが、喉が渇ききっていて声が出ない。
 かすれた呻き声のような音だけが唇から漏れたが、その音で蓮弥にしがみついていたエミルが目を覚ます。

 「レンヤ! 全くどうしたっていうんだよ? 自分の家の中で高熱と脱水症状のコンボ技で死に掛けるとか器用すぎないかねぇ?」

 「マスター、どういう飲ませ方をシオン姉様にしたかは聞かないけど。四粒口に含んだ時点でもう毒の浸透が始まってるの。本当に危ない所だったの」

 口移しで毒薬を飲ませたと言うことは、フラウにはすっかりバレているらしい。
 確かに口の中は粘膜であり、毒を含んだ時点でそこから毒に侵されていくと言うのは考えなくても分かりそうな事実であった。
 もしかするとその毒を含んだ後に、シオンに口づけをすると言う思いが自分を浮つかせたのかもしれない。
 そう考えてしまうと、かなり恥ずかしいことをしてしまったと蓮弥は反省する。

 「取り合えずレンヤ。水を飲んだ方がいいねぇ。……口移しがいいかねぇ?」

 いたずらっぽく笑いながら、エミルが蓮弥の上半身を抱き起こしながら尋ねるが、蓮弥に答えるだけの余力が無い。
 反応がない所から、あまりふざけていられるような状態でもないと言うことを察したエミルは、どこからか取り出した水差しを蓮弥の口にあてがって水を口に含ませる。
 からからに渇ききった喉に、冷たい水が流れていく感触に、蓮弥は少しだけ人心地がついた気がしていた。

 「すまん……あまりにマヌケだった」

 「本当にねぇ。まぁ私としては、全裸で君のベッドに潜り込む口実ができたから別にいいんだけどねぇ」

 ふざけた口調で言うエミルであったが、実際は発熱からくる悪寒に震える蓮弥をなんとか暖めようとしたのだろうことは、言われなくとも蓮弥には分かった。
 フラウやクロワールでは、蓮弥に比べてやや身体が小さすぎるし、ローナはシオンの看病で手が離せなかったのだろう。

 「すまん、エミル。恩に……着る」

 相手が魔族であろうが、看病してくれたことに関するお礼の言葉はすぐに言わなくてはならないと思う蓮弥は、エミルに抱きかかえられた状態のまま、なんとか言葉を搾り出す。
 言われたエミルは少し驚いた表情を浮かべた後、そっと視線を明後日に向けた。

 「別にいいけどねぇ。私としても死なれたら困るわけだしねぇ」

 「一応、非致死性の……毒だったから、死ぬこと……はなかったんじゃ……ないかな?」

 「毒で死ぬことは無いの」

 しれっとフラウは言った。

 「でも、その効果に耐え切れずに死んじゃう可能性はあるの」

 「おい……?」

 「致死性の毒と言うのは飲んだら処置をしない限り確実に死ぬ毒を言うの。これは処置しなくても発熱や嘔吐に苦しむだけなの。……でも脱水症状と発熱で耐え切れずに死んじゃう可能性は否定できないの」

 「シ、シオンは無事なのか……?」

 相当不味いものを飲ませてしまったのだと焦る蓮弥だったが、フラウは肩をすくめてなんでもない事のように言った。

 「シオン姉様は、立って歩けない程度の発熱だけなの。多分マスターが悪い所全部引き受けちゃったの」

 「無事……なんだな?」

 「無事もなにも、布団被ってローナに看病されつつ、なんだか締まりのない笑顔でへらへらしていたよ。それとローナがレンヤに伝えてくれって。本日の出発は本人体調不良のため延期になりました、ってねぇ」

 エミルの言葉に、蓮弥はほっと胸を撫で下ろす。
 どうやら丸薬を口に含んだ時点で、効果のきつい部分だけが蓮弥の体内に取り込まれ、比較的緩い毒だけがシオンの方へ行ったらしい。
 それでも立って歩けないほどの発熱により、蓮弥の目的は果たされていた。

 「さて、レンヤ」

 布団から這い出て、下着を身につけながらエミルが言った。
 なんとなくイメージから、蓮弥はエミルは黒の下着だとばかり思っていたのだが、予想に反して純白の、しかも細かなレースの装飾が施された下着だった。
 それらを身につけるエミルの表情は、何故か非常に楽しそうだ。

 「昨晩、何があったのか、話してくれるよねぇ?」

 笑顔でそういわれてしまうと、通常ならば知らないフリもできたのかもしれないが、発熱で弱っている上に、一晩看病されてしまったと言う部分で弱みを見せてしまっているので、蓮弥に抵抗する術はない。
 かくして昨晩のシオンとの会話を洗いざらい吐かされた後で、フラウが口にした奇妙な台詞が冒頭の一言である。
 場所は、流石に何時までも蓮弥の寝室でしゃべっているわけにもいかなかったので、場所を応接室に移動していた。
 蓮弥もきちんと着替えて応接室にいるのだが、やはり熱が高くて身体がだるいのか、たまにテーブルの上から身体を起こすくらいで、ほとんど突っ伏した状態から動こうとしない。

 「マスター、気持ちは分かるの。でもそんなに辛いなら、解毒するべきだと思うの」

 フラウの作った毒なのだから、もちろんフラウは解毒剤を持っている。
 解毒剤を持たないで、毒を使う馬鹿はいない。

 「いや、しかし……シオンには……あの状態を三日強いるのだから、俺だけ楽になると言うのは……」

 「あんまり気にしなくてもいい気がするけどねぇ」

 ぐったりとしている蓮弥を、とても面白いものを見るように、にこにこしているエミルが言う。

 「確かに熱はつらそうだったけどねぇ。あれはなんだか違う理由でふわふわへらへらしてるようなもんだよ」

 「レンヤさん、うふふ~とか言ってたの」

 飲ませ方を間違えただろうか、とテーブルに突っ伏したまま蓮弥は思う。
 ただ、普通に飲ませていたら、シオンはもっと酷い状態になっていたかもしれない。
 蓮弥の身体をフィルターのようにして、発熱効果だけが発生したのであれば、それは蓮弥にとっては辛いが、非常に良いことであるので、口移しで飲ませたのは良い方法だったのではないか、とも思う。

 「それは、取り合えず置いておくとしてだな……」

 「レンヤ君、顔が赤いねぇ」

 にやにや顔のエミルから視線をそらして、蓮弥は少しだけ「健康体」の技能をONにする。
 きつい腹痛と吐き気だけを抑えて、発熱が残るくらいの所で再度OFFに戻す。
 シオンには腹痛や吐き気の症状は無かったらしい。
 で、あれば蓮弥自身がその症状で苦しまなくてはならない義理もない。

 「それはほっとけ。……勇者とやらに対する何らかの手を打たなくてはならないのは事実だ。俺は俺の仲間を、どうでもいい事情でどうでもいい奴に献上できるほど人間が出来ちゃいない」

 「そうは言っても打てる手なんてあるのかねぇ? まさかばっさりヤっちゃうワケにもいかないのだろう?」

 「腐っても人族の希望。対魔王戦の鍵になる勇者なの。下手な事をしたら、人族全体を敵に回しかねないの」

 「その時は俺が魔王を斬って英雄のフリをするとして」

 「………そっかー」

 エミルは表情を変えないままで、背中に冷や汗が流れるのを感じていた。
 魔族としては、変わった性格に分類されるエミルではあるが、一応魔族として魔王と言うものに畏怖と敬意を少しばかりは感じている。
 もちろん、その存在の有無に関しては、たとえ蓮弥に尋ねられたとしても言う気の全くないエミルではあるが、事も無げに魔王を斬ると口にする蓮弥に対して、恐ろしいモノを感じてしまう。

 「取り合えず穏便……じゃなくてもいいから、シオンを行かせずに済む方法を取りたい」

 「それは私達に意見を求めてるようには聞こえないよねぇ」

 「クロワール姉様がここに呼ばれていない、と言うのが全てだと思うの」

 フラウの言う通り、蓮弥はクロワールを相談の場には呼ばなかった。
 事が人族の貴族のお話だから、とクロワールには伝えてあるが、それならば本来はエミルも蚊帳の外にいなくてはいけないはずだ。
 それをわざわざ呼んだのには、蓮弥なりの理由がある。

 「エミルにはこれからだな……」

 テーブルの上へ蓮弥が取り出したものを見てエミルが合点がいったとばかりに頷く。

 「確かにそれからそうするのは、私の専門分野だねぇ」

 「で、フラウにはそれに仕込む為のだな……」

 「マスター、それならフラウに任せるの。それはもうすっごいのを仕込むの」

 胸をぽんと一つ叩いて請け負うフラウ。
 その自信たっぷりな仕草から、蓮弥はきっと依頼したよりもすさまじい物を持ってくるのだろうと思ってしまうが、別に問題はないので好きにやらせてしまえと思う。

 「ついでにシオンの状態をあのまま維持できるか?」

 「そっちも任せるの。ローナ姉様には分からない様にするの。期間は?」

 「ここから聖都までの往復分の日数にプラス二日分くらいあればいいんだが……」

 「多分大丈夫なの」

 後で何日くらいかかるのか調べなくてはと思う蓮弥だったが、日数も聞かずにフラウはそれを請け負った。

 「エミルの方は、仕込んだものを隠蔽して欲しいんだが? バレたら面倒なことになる」

 「それはもう完璧に隠してあげようねぇ。絶対分からないように、私の技術の粋を見せてあげよう」

 蓮弥がテーブルの上へ置いたものをつまみ上げ、それをコートのポケットに放り込みながらエミルは蓮弥の依頼に首を縦に振って見せた。

 「さて、楽しくなりそうだねぇ。聖都へはレンヤも行くのかねぇ?」

 「そりゃまぁね。こっそりとどこかに紛れ込むさ」

 「是非連れて行って欲しいねぇ。それを私への今回の依頼の報酬にしよう」

 「……騒ぎを起こすなよ?」

 「了解したよ、マスター。後適当に行きそうなメンバーを誘ってみようかねぇ」

 「フラウはローナへの根回しを宜しく。今回は協力してもらわなくちゃならんしな」

 「了解なの、マスター」

 フラウが答えると、エミルとフラウの二人はほとんど同時に蓮弥に向けて敬礼を行った。
 あまりに揃ったタイミングに、何をしてるんだろうと蓮弥が首を傾げる。

 「マスターからのご下命いかにしても果たすべし、なの」

 「取り合えず、作業にかかるからレンヤ君……じゃなかったマスターは身体を休めるべきだねぇ」

 蓮弥が何か言う前に、エミルは軽々と蓮弥の身体を抱き上げる。
 それは昨晩、蓮弥がシオンに対して行ったお姫様抱っこであった。

 「さ、ベッドに戻ろうねぇレンヤ君」

 「ちょ、待ておい。自分で歩けるから!」

 「いやいや、マスターを歩かせるなんてそんなことはねぇ。……イイコにしてたら今夜もちゃんと添い寝してあげるからねぇ」

 楽しそうなエミルから、なんとか抜け出そうとする蓮弥だったが、しばらくもがいた後で、ぐったりと動かなくなる。
 熱のある状態で激しく動いたせいで、目を回してしまったらしい。
 超回復技能のおかげで、そうそう力尽きることのない蓮弥ではある。
 それがここまで動けなくなると言うのは、ほとんど無いことであった。

 「ちょっと……あの毒薬、薬効が強すぎたかもしれないの……」

 嬉々として蓮弥を運んでいくエミルの背中を見送りつつ、フラウはぼそっと呟いた。
 フラウ特製の毒薬「狂気の魔女狩り(ウィッチハントオブマッドネス)」
 蓮弥の知識から引っ張り出した、異世界における魔女狩りにおいて、自白を引き出す為に行われた五段階の拷問がその名前の由来である。
 取り扱い説明書には四粒までの効能しか書かれていないが、書かれていない五粒目を口にした場合、それまでは非致死性の薬だったそれは、確実に服用者を殺す毒薬へと変貌する、と言う薬だ。

 「もっと弱い薬を用意しておくべきだったの」

 まぁ過ぎたことだし、と軽い反省の後で、軽く流してみるフラウだった。
このお話の作者は皆様の声援を燃料に、稼動しております。
ご意見ご感想は常にお待ちしております。

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