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二度目の人生を異世界で 作者:まいん

活動編のようなもの

竜騎兵の再来らしい

 その日はとても平凡で、ありきたりな一日であった。
 物見やぐらに詰めていた兵士が、遠い空の一点に黒く小さな物体を発見するまでは。
 第一発見者であった兵士は、最初それは鳥か何かだとばかり思っていた。
 その発見した物体が、大きな胴に長い首を持つ独特のシルエットを晒すまでは。
 ククリカの街でそれが目撃されることはほぼ無い。
 それの住処は街から徒歩で二日ほどかかる距離にあることは知られていたが、彼らはそこから出てくることがほぼ全くなかったからだ。
 ドラゴン接近中の報せは、瞬く間に兵士達の間に伝達されていった。
 すぐに大型弩砲バリスタがいくつも備えつけられ、街への入場審査待ちだった旅人や商人達が急遽、街の中へと避難させられる。
 すぐさま街の守備兵と軍の駐屯兵が集められ、着々と迎撃体勢が整う中、肝心のドラゴンはと言えばある程度の距離に近づいた所で急に旋回を始めて、同じところをぐるぐると回り始めた。
 その頃になると、近づいてきているドラゴンの色も視認できるようになり、その鮮やかな赤色の鱗からそのドラゴンが、火属性を有するファイアードラゴンのさらに一つ上の種であるレッドドラゴンであることが知らされた。
 ただでさえ気性の荒いファイアードラゴンの、さらに上位種とあって、兵達の間に緊張が走る。
 対応を一つ間違えば、兵の損害が広がるだけでなく街一つを灰にしかねない相手に、軍を預かる将校達は恐れと疑念を隠せずにいた。
 何故急にドラゴンが、と言うその疑問はその場に居合わせた者達にとって共通のものだったことだろう。
 そして同時に、彼らは今日その場に居合わせた事を呪った。
 洞窟のような限定空間ならばまだしも、大空を自由に駆けることができる状態でのドラゴンは、ほぼ人の手には負えない。
 攻撃を当てることすら至難の技なのだ。
 運よく大型弩砲の一撃が当ったとしても、強靭なドラゴンの鱗を貫けるのはよほど確実に的に当てた場合のみであり、掠ったり芯を外したような一撃は、ドラゴンにさしたる痛痒を与えることすらなく弾かれる。
 地上からの攻撃はほぼ当らないと言うのに、ドラゴンは上空から致命的なブレス攻撃を好き放題に撃ちまくれるのだ。
 レッドドラゴンのブレスは、その属性の通り火であり、直撃すれば銅が溶けると言われている。
 もちろん、人が受ければあっという間に焼け焦げて死に至る。
 直撃せずとも、余波で焼けた空気を吸い込むだけで命の危険がある。
 守備兵や駐屯兵の中には、魔術師の姿もあったが、彼らの魔術でドラゴンのブレスが防げるかどうかは非常に微妙な所だった。
 街の住民を避難させている時間はない。
 せめて命にかえてでも、追い払って街への被害を最小限に食い止めたいと兵達が悲壮な決意を固め始めた辺りで、新しい一報がもたらされた。
 それは兵達にとっては予想外の、信じられないような報せだった。

 「なんとか連絡が行ったらしいが、随分と手際がいいな」

 はるか遠くの地上で、兵達が武器を構えるのを止め、設置した大型弩砲の撤去作業に移るのを見ながら蓮弥は胸をなでおろした。
 当初予定では、街から少し離れた所に着地して、ゆっくりと街まで近づいていけば問題無いだろうと思っていた蓮弥だったのだが、かなり離れた距離を飛行している時点で、街側が迎撃体制を整え始めているのを目にして、自分の予想が甘すぎたことを悟っていた。
 一匹だけとは言っても、それだけドラゴンと言う存在は人から見て脅威であったらしい。
 ドラゴンの首に巻かれた包帯を手綱のように握りつつ、背中にしがみついているクロワールの体温を感じながら、蓮弥はさてどうしたものかと考える。
 ちなみに、リアリスはドラゴンの背中の部分に包帯で完全に梱包された状態で固定されており、エミルは尻尾の付け根辺りに進行方向とは反対側を向いて腰掛けて大笑いしていた。

 「レンヤ、さん。このままだと、地上の、兵士と、交戦、することに、なります」

 「そうだなぁ。そうすると死人が出るだろうしなぁ」

 それは避けたいと思う蓮弥だが、地上との交信手段がない。
 考えぬいた挙句、蓮弥は地上からの攻撃が届かないであろうぎりぎりの距離でドラゴンに旋回するように命じ、ダメ元でフラウへの念話を試みたのだ。
 距離が心配な蓮弥であったが、これがどうにかフラウに繋がり、急いで事情を説明した蓮弥はシオンかローナにそれを伝えて兵士に伝達してくれるようにフラウに頼み、フラウはすぐにちょうど家にいたローナに事情を説明して兵士にこれを伝えてくれるように依頼。
 ローナは一応まだ残っているらしい騎士の権限を駆使して守備兵の指揮官に面会すると、伝えられた情報を全く信じようとしない彼らを説き伏せて、迎撃体勢を解除させたのだった。
 この場合、ローナの話を全く信じようとしなかった指揮官達を責めることはできないだろう。
 飛んでくるドラゴンは無害です、と言われてすぐに信じるようならば、その人物はよほどの大物か、そうでなければ頭の中がお花畑で指揮官失格の大馬鹿かのどちらかだ。
 兵士に事情を説明してくれるように頼んだ蓮弥自身、兵士に信じてもらえるとは全く思っていなかった。
 ただ、無駄に攻撃さえしてこなければいいかな、位に考えていたのでバリスタの撤去を始めたときは軽く目を疑ったくらいだ。
 後でローナにどんな手段を使ったのか聞いてみた蓮弥だったが、返答は「内緒です」の一言だった。
 その表情から察するに、かなりの強権を使ったらしいことを悟った蓮弥は、それ以上の追求を避けることとする。
 それはともかくとして、どうやら迎撃される心配がなくなったらしいことを見取った蓮弥はドラゴンの首を叩いて注意を呼ぶと、ククリカの街からかなり離れた場所を指し示してそこへ降りるように指示する。
 本来は使役主であるリアリスの仕事なのだが、リアリスはドラゴンの背中に張り付くように包帯で拘束されてしまっているので、指示は出せても周囲の状況を見ることができていない。
 彼女は蓮弥やエミルのように自力でドラゴンの背中の上でバランスを取ることが上手にできなかったのだ。
 いずれきちんとした鞍をドラゴンに装備させれば、乗りこなすことも可能かもしれなかったが、現状ではどうすることもできない。
 クロワールはバランスは問題無かったのだが、エルフ故の体重の軽さからか、飛行時の風圧に耐え切れなかったのだが、こちらは蓮弥にしがみつくことで梱包されることを免れている。

 「リアリスが乗る時は、風圧からの保護くらいやってやれよ、お前?」

 ある程度ゆっくりと飛んできたので、蓮弥にとっては耐え切れないほどの風圧ではなかったが、ドラゴンが全速力で飛んだ場合、おそらくは呼吸するのが困難な状態になるのではないかと蓮弥は思っている。
 これに対抗する為には防御用の結界で自分をすっぽりと包み込んでしまえばいいのだが、リアリスは戦士であり、魔術に関してはからっきしと言っていい。
 そうなるとリアリスが騎乗する場合はドラゴンは常に全力が出せない状態になってしまうのだが、ドラゴン自体が魔術を操ることができるので、搭乗者を保護することができる。
 それをきちんとやってやれよと念を押す蓮弥に、ドラゴンが答えた。

 <了解です、レンヤ様>

 「俺に様はいらない。お前の主はリアリスなんだからな」

 <分かりました、レンヤさん>

 これだけ素直に反応するこいつに使役するための契約なんて必要だったんだろうかと首を捻る蓮弥だが、これは蓮弥に対するこのドラゴンの反応が異常なのであって、通常こんな素直なドラゴンなどいない。
 余談であるが、彼の名前は正式に「ドラ君」で確定した。
 主であるリアリスが決めてしまった上に、誰からも異論が出なかったからである。
 リアリス以外の三人にとってはどうでも良かっただけなのだが。
 ドラ君ことドラゴンは、蓮弥に指示された場所へとゆっくりと降りていく。
 やがて地表が近づくと背中に人が乗っているせいなのか、その巨体に似合わぬ繊細でほとんど衝撃も感じないような着地を決めて見せたドラ君は、どことなく誇らしげな、所謂ドヤ顔で蓮弥達を振り返った。

 <着きましたよ、レンヤさん>

 「念の為に言っておくが、お前の主はリアリスだからな? 具体的に言うと、お前の背中に括りつけられてるアレが主だからな?」

 なんだかとても心配になる蓮弥である。
 そこから先は、蓮弥にとって非常に疲れる時間となった。
 ドラゴンの背中からリアリスを解放し、首輪にまだぶら下がっている鎖をリアリスに持たせた上で、見かけ上はドラゴンを連れた状態で、実際はドラゴンがリアリスの歩きに合わせてゆっくりと歩いている状態で、街へと近づいていったのだが、あらかじめ無害だと教えられていてもドラゴンの巨体が近づいてくるのには本能的な恐怖を感じるのか、兵士達が軽いパニック状態に陥る。
 これをなんとか鎮めようとした指揮官達は、蓮弥に状況が落ち着くまでドラゴンを街に近寄らせないようにして欲しいとお願いされたので、リアリスとドラゴンのペアを街から離れた所に放置。
 自分達だけさっさと街に入ろうとしたのだが、今度は詳細な事情の説明を求められて軍設備の一つへと半ば強制的に連行される始末となった。
 普通なら暴れそうな蓮弥であったが、今回は自分達のせいで街の住民を怯えさせ、軍まで出動させてしまった事にある程度の引け目を感じていたのか、大人しく連れて行かれる。
 そこで今回の出来事の詳細な説明をしたのだが、これに非常に時間がかかった。
 蓮弥としては何一つ嘘偽り無く、と言いたい所だったのだが、エミルの正体に関して口にしてしまえばドラゴンどころの騒ぎではなくなるので、どうやって使役できるようにしたのかと言うあたりは、ドラゴンから契約を望んで来たのだと言うことにして説明をしてみたのだが、その説明に軍部の人間は誰一人として納得しなかったのである。
 当然と言えば当然である。
 亜龍の撃破については、虚空庫から剥ぎ取った素材を出して見せることであっさりと信じてもらえた。
 もちろん、撃破したのは全てリアリスである、と蓮弥は説明している。
 問題はドラゴンを連れてきたことだった。
 一匹出ただけでこれだけの騒ぎになるドラゴンが、蓮弥達を危険な存在と認識して逃げ出しただけでなく、取り残された一匹が保身の為に自ら契約を申し出た、と言う話など信じてもらえるわけがない。
 疑われすぎて流石にキレかかった蓮弥であったが、冷静に考えてみれば当たり前とも言えるその事実に、結構ぎりぎりの所で思いとどまった蓮弥は、法術による真偽判定にも応じるからと司令官達に告げる。
 告げられた司令官達はさすがに迷った。
 事が事だけに安易な納得はできなかったが、報告を上げてきた冒険者は法術による審査すら受けると言い切っている。
 しかも、その報告を信じる信じないに関わらず、実際に人の言うことを聞くドラゴンが街の外で丸く蹲っており、その上には服を真っ赤な血に染めた女が、どことなくふてくされたような表情で座っているのだ。
 リアリスがふてくされているのは、最大限に警戒している兵士達に囲まれている上に、一人街の外に取り残されてしまったからだ。
 さらに、蓮弥達の取調べが終わるまではそこで待機するように命じられた事も加わっている。
 これ以上、あのドラゴンの使役者を待たせれば、どこで不満が爆発するか知れない。
 ドラゴンを従えた者達の不興を買う恐れのある法術による審査を行うのか。
 それとも、事実は事実として、そこに至る経過には目を瞑るのか。
 迷いに迷った上で、結局彼らは後者の選択肢を選ぶことにした。
 ここで疑うだけ疑ってドラゴンの使役者の機嫌を悪くするよりは、気分良く街に凱旋してもらって、何かの時には頼らせてもらった方が実利が大きいだろうと判断したのである。
 もちろん、司令官達はすぐにトライデン公国の首都へ「ククリカの街にドラゴンを従えた冒険者が現れた」との報せを持たせた伝令を走らせている。
 それは絶えて久しい、本物の竜騎兵の出現を表していた。
 この一報は瞬く間に人族の大陸全土へと広がり、リアリスの名前は一躍「血塗れの竜騎兵ブラッディドラグーン」の二つ名と共に、知らぬ者のない英雄として知れ渡る結果となったのだ。
 この功績により、リアリスはトライデン公国の大公より、正式に子爵に任じられ、グラナートロートの家名を下賜されることとなった。
 これは領地の持たない名誉職のような扱いでしかも一代限りと言う扱いではあったが、リアリスはこれにより正式に貴族の仲間入りをすることになる。
 伯爵家よりは一つ格下ではあるが、ドラゴン自体の武力を後ろ盾に、リアリスは押しも押されぬ貴族として名をはせることになったのだ。

 「私……何時の間にやら貴族に……しかも子爵になっちゃいましたよ、アズ君」

 一連の出来事が嵐のように過ぎ去った後、呆然と呟くリアリスに、アズも衝撃を隠せずにいる。

 「えぇっと……流石にこれはやりすぎなんじゃないのか、レンヤ?」

 「俺に言うなよ。これで無粋な横槍が入ることもなくなったんだから、喜べ、アズ」

 「そうですよアズ君! これでやっとこの間の言葉に、自信を持ってはいって言えるようになりました!」

 「……リアリス……」

 「あっ……」

 一度視線を合わせた後、お互いに頬を染めて、恥ずかしそうに視線を外すアズとリアリス。
 その光景に、口からトン単位で砂糖を吐きそうな気分になりながら、勝手に幸せになりやがれ、とどこかやさぐれた気分で蓮弥は視線をあさっての方向に向けるのであった。
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