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二度目の人生を異世界で 作者:まいん

活動編のようなもの

幕間その9らしい

 「皇帝陛下、本当にあれでよろしかったのでしょうか?」

 傍らからかけられた声に、玉座の肘掛に肘を付いて思索に耽っていたロイシュ=パス=ティファレトは意識を現実へと復帰させる。
 考えなくてはならないことは文字通り山ほどあった。
 内政、外交は言うに及ばず、人事、軍事も皇帝の裁可を受ける範囲の中だ。
 さらに最近は瘴気の森方面から流れてくる魔物の動きも活発になり、前線の都市の防衛に関する兵站等は非常に頭の痛い問題となってきている。
 それこそ全てに最善の解決策を見出す程考えるのであれば、永いエルフの寿命の全てを費やしても足りないくらいである。
 もちろん、山積する問題はそんな時間をかけるほど待ってくれるはずもなく、思いついた政策を最善手だと信じて執り行う以外に解決方法はないのだが。
 思索を止めて声の主を見れば、それは常に傍らに付き従っている近衛兵長だった。
 長きに渡りその役職を勤め上げてきたこの男は、ロイシュにとっては皇帝となる前から皇帝となった今に至るまで、公私を問わず付き合ってきた数少ない者達のうちの一人だ。
 その男が一兵卒だった頃から知っているロイシュは、その勤勉実直な性格を気に入り、皇太子であった頃から身近に取り立てて皇帝となった今も、近衛を任せる重役を任せる程に信頼している。
 その男が、皇帝の思索を邪魔することを良しとするはずがなく、それを踏まえた上で声をかけてきたと言うことは、相当に重要な案件についてなのだろうか、とロイシュは考えた。

 「あれ、とはどれの事を指している?」

 心当たりのないロイシュは、近衛兵長に問い返した。
 近衛兵と言う立場上、この男が政治に関して口を出してくることは今まで無かった。
 それなりに高い立場であるとは言え、兵なのだから当然と言えば当然の行動であるが、それを考えると今、この男が何に関して自分に声をかけてきたのかが分からない。
 尋ねられた近衛兵長は、辺りをうかがうように視線を走らせる。
 今いる場所は謁見の広間であり、内密な話をするのにはまるで向いていない場所だが、ちょうど公務と公務の間の空き時間であり、現在その場にいるのは皇帝と近衛兵長の二人だけとなっていた。

 「構わぬ。話せ。多少問題のある話題であろうが、今この時点において話される事は無かったものとする」

 少々しゃべりづらそうな近衛兵長の様子を見て、ロイシュはそう言って話を促す。
 皇帝自身がこう言えば、その場で話されることは例えどのような内容のものであったとしても、無かったものとして処理される。
 その場に居合わせた誰かが聞き耳を立てていようが、あの時のあの話がですね、等と持ち出した時点で皇帝の意思に反した行動を取ったとみなされ、適当な罪状をつけられた上で処分されるのがオチだ。
 そんな皇帝のお墨付きをもらった近衛兵長は、言葉を選ぶようにゆっくりと話す。

 「人族の若者の下へ行かれた、クロワール皇女殿下のことであります」

 「おお……それとなく調べはさせているのであろう? 息災だろうか?」

 「お元気のようではありますが、場所が人族の支配地域でありますので、あまり目立った動きもできず、常時監視下に、と言うわけには行きませんので」

 エルフの国から見て人族の大陸は魔族の国を挟んで反対側にある。
 転送門と言う手段もあるが、おいそれと使えるものでもなく、自然とクロワールにつける監視の目は限られた極小数の手しか割けないのが現状だった。
 これは彼らのあずかり知らぬ所で、彼らにとっては幸いなことであった。
 もし彼らが十分な監視の目をクロワールにつけていたのならば、彼女が蓮弥についてドラゴンの住処に乗り込むことが事前に知られることとなり、おそらく彼らはなんとしてもそれを止める為に様々な手を打った挙句に人側もエルフ側も大混乱になっていただろうことは想像に難くない。
 また、蓮弥の家への監視の目も、人手が足りない上に派手な動きができないので、遠巻きに見守る程度だったのだが、これが人手が十分で蓮弥の家へ忍び込むような行動に出ていれば、今頃はフラウがエルフの死体を山積みにして、一体何があったのだろうかと首を捻っていたに違いなかった。

 「息災ならば問題ない」

 「ですが……あのような別れ方をされ、皇女殿下の心痛いかばかりか、と。それに人族の若者への頼み方もあのような話され方では、皇女殿下の扱いに問題が発生するのでは……」

 「近衛兵長、そなたは善い男であるな」

 笑みを含んだ皇帝の言葉に、近衛兵長はその場に畏まる。
 その様子を微笑みを湛えた表情で見ていたロイシュは、さらに言葉を続けた。

 「私の娘たるクロワールを、そこまで気にかけてくれる気持ち嬉しく、そして有難く思う」

 「もったいないお言葉です」

 「しかしながら、その心配は無用であろうと思っている。クロワールも私の娘ならば理解しているであろうし、あの人族の……レンヤとか言ったか。あの男もあの会話の中身は理解しているだろう」

 「と、申されますと?」

 皇帝の言葉が理解できなかったのか、不思議そうな顔で問い返す近衛兵長に、ロイシュは笑みを苦笑へと変えた。

 「そなたはあまり謀には向かぬ男だな。まぁ謀と言えるようなものでもなかったが。まず私はあの男に娘を娶れと言った。これは無理な話よな? 現時点では、と言う条件がつくが」

 「いずれは無理な話ではなくなると?」

 「さて、どうであろうな。もしかすれば、クロワールを娶れと言う事自体が不遜に値するようになるかも知れぬが、それは今は分からぬ事」

 皇帝陛下はあの人族の事を随分と高く評価されているのだな、と驚きつつ近衛兵長は次の皇帝の言葉を待つ。

 「最初に無理難題を押し付けて、そこから条件を下げていく。使い古された手ではあるが、意外と嵌まる事の多い手段であるな。使い古されているからこそ、確実性が高いとも言い換えることができるが。そこからクロワールの扱いを軽いものだと口にすれば、今度はある程度の同情を誘える。この二つを見透かされても今度は別の同情を誘うことが可能だ」

 「それは一体?」

 「皇帝ともあろう者が、そんな手を使ってまでも娘を預かってもらいたいと言う事は非常に困っているのだろうと思われる、と言う同情だな。姑息な手段であるが故に、こちらの窮状を察してもらえると言うわけだ。皇帝がそこまでするのか、とな」

 玉座に深くもたれかかり、一つ深呼吸をしてロイシュは続けた。

 「どこまで悟った上で、私の話を引き受けてくれたのかまでは分からないが……仮に全く気がついていなかったとしても、今度はあのような扱いをされるクロワールを哀れと思ってくれたのやもしれぬ。どちらにせよ愚かではないし、あれも善い男なのだろう」

 「色々と、お考えなのですね」

 ようやく合点がいったのか、感心したような近衛兵長へ、皇帝は疲れた笑みを向ける。

 「皇帝ともなればな。その一言が事態を大きく左右する故に、言葉一つにも無駄に考えねばならぬ。全く割りに合わぬ仕事故、誰か代わってくれぬものかと日々思っているよ。このような雑事に心惑う日々など捨てて、草木を愛でつつ子作りをする生活が送りたい」

 さらりと、とんでもないことを口にする皇帝に対してなんと言えばいいか分からずに、近衛兵長はやや時間をかけて言葉を選んでから、ようやくと言った感じでしゃべりだす。

 「……不敬を承知で、まだ作るつもりですか、貴方は。奥方様はなんと?」

 それだけ時間をかけて、言う言葉がそれか、とロイシュは苦笑した。

 「確かに不敬であるが聞き流そう。あれはあと10人は欲しいな、と」

 「夫婦仲のよろしいこと、お喜び申し上げます」

 頭を下げつつ言った近衛兵長の口調は丁寧そのものであるが、込められた感情は如実にこりゃだめだ、と言う近衛兵長の内心の呆れ具合を伝えてきている。
 それに気がつかない振りをして、皇帝は笑顔で近衛兵長に言った。

 「見習ってそなたも励むべきだな。仕事ばかりにかまかけていては奥方が寂しがるであろうに」

 「そうありたいものですが……現状は中々に難しく」

 「そうであるな。確かに現状は、すこぶるよろしくない」

 皇帝の顔が苦虫を噛み潰したような渋いものへと変わった。
 組織の下部から吸い上げられた情報は、様々な者の手を経て皇帝のもとへと届けられる。
 それらの情報は、ロイシュに現在エルフの国を取り巻いている状況を逐次伝えてきていた。

 「魔物達の動きが活発過ぎる。しかも瘴気の森から漏れてくる魔物の数がいつもに比べ、異常に多い」

 「やはり魔族どもに何らかの動きが?」

 「そうあって欲しくない、と思うが……現状では肯定も否定もできぬ。だが例年に無いことなのは確か。警戒を怠るわけにはいかぬ」

 「そうなってみますと、あのレンヤと言う男を囲い損ねたのは痛い気が致しますな」

 一人いるだけで味方の戦力を何十倍にもできるレンヤの存在は、確かに兵を預かる身である者からすれば是が否でも手元に置いておきたい人物であったことだろう。
 だが、皇帝は近衛兵長の言葉に首を左右に振った。

 「いや、むしろ手元に置けなかったのが幸いした、とも言える」

 「と、申されますと?」

 「あれが手元にあれば、使わざるをえまい。そして使えばかなりの戦果を上げることだろう。だがあれは人族であり、人族がエルフの国で重く用いられることを面白くなく思う者は多かろうよ」

 優秀であればあるほど、活躍すればするほど、元から皇帝に仕えていた者達からの妬みを受け、身内に不満の種を抱え込む結果となりかねない。
 せめて蓮弥がエルフであったのなら、と思ってしまうロイシュであったが、無いものをねだることほど無駄な行為も他に無い。

 「そう思えば、あれの身近に私の娘を置けたことは僥倖である、とも言えるな。少なくとも傍にある間は、あの男もクロワールを無碍にはしないだろうし、あの男の傍らほど安全な場所も、人族の大陸には他にあるまい」

 惜しむらくはクロワールが女性であり、蓮弥が男性であったことだな、とロイシュは口には出さずに思う。
 仮に二人の間に子ができれば、ほぼ10割の確率で人族の子が生まれる。
 極稀に、女性側の種族の子が生まれることも前例がないわけではなかったが、ロイシュの数百年に及ぶ人生の中で、それが報告されたのは僅かに数件と言った所だ。
 これが逆であったのならば、例えエルフの国において皇族が全滅したとしても、確実に血筋を残すことができたのにと思うと、本当に惜しく思うロイシュである。

 「現実は現実として受け止めねばなるまい」

 そろそろ次の公務の時間が来たらしい。
 近衛兵長が定位置である玉座の背後へと戻っていく。
 先触れが謁見の広間へ皇帝への拝謁に訪れた人物の名前を読み上げるのを聞きながら、ロイシュは小さく呟くと、考えを次の問題の解決へと切り替えるのであった。
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