リアリスとドラゴンらしい
「取り敢えずはそこに転がってるドラゴンの利用方法からだねぇ」
エミルがドラゴンに歩み寄り、その頭に手をポンと置く。
既に諦めてしまったのか、ドラゴンはエミルに手を置かれても、反応がない。
「どうするかねぇこれ?」
「最初は倒してバラして、それでいいと思ってたんだが」
蓮弥の視線が寝転がっている鎧の方へと向く。
リアリスは、クロワールが鎧の除装途中で放置してしまっているので、まだ鎧の中にいる。
あまり気が進まないんだが、と思いつつ、蓮弥は鎧へと歩み寄ると、手早く留め金を外して鎧を開いた。
中は蓮弥の予想通り、潰したワイバーンやら岩龍やらの血が入り込み、真っ赤でどろどろの様相を呈している。
救いは、と言えばそれらの血が思ったよりも臭わないと言うことだろうか。
鎧の中がそれだけどろどろなのだから、当然そこにいたリアリスも同じ程度にどろどろになっている。
ようやく開いた鎧の中から、半身だけをがばっと立ち上げたリアリスは、血だらけの顔で蓮弥をじーっと見上げた。
「どうした?」
「……もっと……早く救助して欲しかったです」
どこか空ろに、恨みがましく言うリアリス。
鎧の外で何が起こっているのかも分からない状態で放置された上に、年頃の女性が血やら何やらでどろどろの状態でいる、と言うことは恨み言の一つも言いたくなる気持ちは蓮弥にも分からないでもない。
血泥で汚れまくっている姿のまま、鎧の中から這い出て立ち上がるリアリス。
「仕方ないな。重要度が低かったんだから」
リアリスの抗議らしきものをあっさりと切り捨てた蓮弥は、リアリスを指差しながらエミルに尋ねる。
「そのドラゴン。このコに使役させることは可能か?」
ぎょっとするリアリスとクロワールを、取り合えず無視して、蓮弥がエミルに尋ねると、エミルはぽりぽりと頭を書きながらしばし考えたあとで。
「可能だけど……もったいないんじゃないかねぇ?」
「俺は別に、ドラゴンとか要らないしなぁ」
「国とか偉いさんとかに献上すると、覚えがめでたくなったりするけどねぇ?」
エミルの言葉を、蓮弥は鼻で笑い飛ばす。
「くだらん。なんで俺がそんなのに贈り物をして媚びを売らなきゃならないんだ?」
「権力者に擦り寄っておくといい事がある、んじゃないかなぁ」
正論っぽいことを語っているエミルではあるが、声音から全くそう思っていないことは丸分かりだった。
魔族だから、と言うよりはエミルの性格的なものなのだろうが、権力者と言う単語に紙くずほどの価値も見ていないらしい。
「そんなのは要らないから、このコに使役できるようにしてくれ」
「あの……レンヤさん? 一体何が……」
「ああ、リアリス。手っ取り早く実績と実力を得る為に、お前さんにはこのドラゴンを使役して、竜騎兵になってもらうから」
「……は?」
唐突すぎる蓮弥の宣言に、リアリスの理解力はついてこれなかったらしい。
だが、蓮弥からしてみればこれは実に良い考えのように思えた。
ドラゴンを捕まえたと言う功績に加えて、それを使役することで少なくともドラゴン一匹分の戦力をリアリスは手に入れることになるわけである。
ただ、討伐しただけでは蓮弥におんぶに抱っこだったのではないか、と疑う者も出てくるだろうが、実物が目の前にある上に、それがリアリスの命令を聞くとなれば、そう言った陰口を叩く者も出なくなるはず、と考えたのだ。
仮に出た所で、あまり面倒になれば、リアリスの焼き払えの命令一つで、全て解決である。
「やりませんからね!?」
「おや、口に出ていたか。しかし、妙案だとは思わないか?」
「そりゃ……まぁ確かに。ですが私、ドラゴン一匹なんて飼育できないですよ?」
本人評価でこの辺のドラゴンの中では一番弱いと言ってもドラゴンである。
街中で飼える様な存在では決して無い上に、図体も大きすぎてとてもではないがドラゴンを収納できるような厩舎にあたる建物など、ククリカには存在していない。
だからと言って街近郊に野放しにできるような存在でもない。
「エミル、なんとかしろ」
「人使いが粗すぎやしないかねぇ?」
問題を丸投げされた形のエミルはぶつぶつと文句を言いながらも。
「そのドラゴンと、お嬢さん……リアリスとか言うんだっけ? その思念をいい感じにリンクさせておくから、呼べば来る様にして、普段はここで生活してもらえばいいんじゃないかねぇ。人の足でも二日もあれば行ける距離なのだから、飛んでるドラゴンならすぐじゃないかなぁ」
<いい感じにリンクって言葉にそこはかとなく不安を感じるのですが……ああああっ!?>
不安を口にしたドラゴンの、頭に置かれていたエミルの手が、ドラゴンの頭へずぶりと沈み込む。
思念で悲鳴を上げて、口をぱっくりと開き、白目を剥いたドラゴンの身体が、エミルが何事か作業を施すたびに、びくりびくりと痙攣し始め、それを見ていた蓮弥とクロワールは、頬に冷や汗が伝うのを感じた。
「ワイバーンなんかと違って、ドラゴンは頭の中に必ず魔石があるんだよねぇ。これを魔石とは別に竜魔石って呼ぶんだけどさぁ」
ずるりとドラゴンの頭からエミルは手を引き抜く。
まるで何事もされなかったかのように、手が引き抜かれた後のドラゴンの頭には、今しがたまでエミルの手が突っ込まれていたような形跡は無い。
引き抜かれたエミルの指の間には、小さな紅色の透明な石が摘まれていた。
一見するとフサスグリの実にも見えるそれを、エミルは指の間でころころと転がした後、リアリスの方を向く。
「リアリスさん、あーんして」
「はぁ……ってこの方誰なんです? まぁいいですけど……あーん」
言われるがままに口を開いたリアリスの口の中へ、エミルは人差し指でその紅色の石を弾き飛ばした。
いきなり口の中に入ってきた異物に、驚いたリアリスは口を閉じ、弾みでそれを飲み込んでしまう。
「うぇ!? って何飲ませたんですか!?」
「その竜魔石。ちょこっと削り取ったのを飲んでもらったんだよねぇ」
「なんで!?」
「言ったでしょ。いい感じにリンクさせるって。飲ませた竜魔石は君に同化してドラゴンの思念と君の思念をリンクさせる。これは1対1の専用経路だから、相当離れてても繋がるよ」
「思念がリンクした所で、ドラゴンが私の言うことを聞くとは思えないんですが?」
もっともなリアリスの疑問に、エミルは笑顔で答えた。
「大丈夫。ドラゴンの頭の中に残してきた竜魔石の方にちょっと細工しておいたから。まぁ契約者が死亡した場合には解除される仕様だから、運が悪かったとドラゴン君には100年ほど諦めてもらおうじゃないかねぇ」
<うぇ? あぁ? はぁ? あ、はい……それくらいでしたら我慢します>
なんだか奇妙な声、ではなく思念を上げて、白目を剥いた状態から現世に復帰したドラゴンが、エミルの言葉にこくこくと頷いた。
リアリスは、まだエミルの言う言葉が信用できないようだったが、おそるおそると言った感じでドラゴンへと近づく。
近づいてみれば、そこに蹲る生物は確かに、およそ既存の魔物の中で、ほぼ最強の呼び声も高いドラゴンである。
リアリスからしてみれば、普通遭遇した時点で死亡が確定するような存在が、まるでうちひしがれた飼い犬のようにアゴを地面につけて蹲っている姿は、想像の範囲を遠く通り越して異様だ。
気のせいなのか、弱弱しく感じるその視線は、近づいてきたリアリスをじっと見つめている。
「命令は共通語で十分。答えは念話で返ってくるから」
エミルに言われて、リアリスは一つ息を吐き、自分を落ち着かせてからドラゴンに向けてはっきりと告げた。
「ドラ君、お手!」
「ドラ……君か……人の事は言えないが、センス無いな」
「レンヤ君もそう思うかぁ。ちょっとくらっと来たよ今のは……」
眉間を押さえて言う蓮弥と、力の無い笑いを顔に浮かべながら言うエミルの目の前で、ドラ君と名づけられたドラゴンは、物凄く嫌そうな顔をしながら、リアリスが差し出した手にそっと自分の前足の指を触れさせた。
普通にドラゴンの力で触れられれば、リアリスの細腕等なんの抵抗も無く千切り取っていくであろうドラゴンの鉤爪のついた指が、リアリスの手を傷つけないようにそっと触れたのを見て、ようやくリアリスは本当にそのドラゴンが自分の指示を聞くのだと理解することができた。
「さて、あっちはあっちでいいとして……クロワール?」
「言われなくても分かっています。エミルさんについては、人族の方として扱え、と言うことですね?」
「非常に申し訳ないとは思うんだが、頼めるか?」
つい最近、魔族に同胞を多数殺されたばかりのクロワールに、これを頼むのは難しいか、と思う蓮弥である。
魔族は悪である、と言う考えが普通にまかり通っている現実から考えてみても、エミルを街に入らせることをクロワールに目を瞑れと言うのはかなり無理の有る要求なのは蓮弥も分かっている。
幸いリアリスについては鎧の中にいたせいなのか、それともドラゴンを使役させられることが本人の意思に関係の無い部分で突貫的に決定したせいなのか、エミルの正体について思いをめぐらせる余裕がないままに、なし崩し的に受け入れてしまっている。
エミルを放置するよりは幾分マシと諦めて、クロワールに何か交換条件を出させてでも納得させるべきかとまで考える蓮弥だったが、クロワールの答えは実に簡潔であっさりとしたものであった。
「分かりました」
「……いいのか? 頼んでおいて俺が言うのもなんだが……」
「居候の身で、嫌だとも言いづらいじゃないですか」
苦笑するクロワール。
「それに、ここで空気を読んで物分りの良い女を演じると……一つ貸しにできそうですし」
「そこは一つ借りてもいいんだが……心情的に無理がないか?」
「それは、ちょっとはありますよ。砦で死んだ者達に聞かれたら、何考えているんだと言われそうですし。ですが、そういう揉め事が嫌で逃げてきたみたいな雰囲気でしたので、攻めて来た魔族と同類に考えるのもどうかな、とも思いますし」
「できた子だなぁ……」
頭で思っていても、心ではそう割り切れない事が多い。
自分が同じ立場に置かれれば、もっと面倒な事を言いそうな気がしている蓮弥は、クロワールの言葉に感心したように唸った。
クロワールはにっこり笑って蓮弥を見る。
「惚れてくれてもいいんですよ?」
「いや、惚れると漏れなくあの皇帝陛下が付いてくるんだろ? あれはちょっと嫌だ」
「むぅ……思わぬ所にお邪魔虫が……」
「仲のよろしい所を邪魔するようで心苦しいんだがねぇ」
難しい顔をして考え込んだクロワール。
蓮弥とクロワールの会話が途切れたタイミングを見計らって、エミルが声をかけた。
「話がまとまったのであれば、撤収しないかねぇ? 何時までもドラゴンの住処を占拠し続けると言うのも彼らに悪い気がするんだけどねぇ」
「心にも無い事を……」
呆れた蓮弥の声に、エミルはちっちっと人差し指を振ってみせる。
「考えが浅いね、レンヤ君。こう言うのを世間ではギャップ萌えとだね……」
「黙れ変態」
一刀に切って捨てられて、絶句するエミルを尻目に、蓮弥はてきぱきと指示を飛ばし始めた。
「クロワールは周囲警戒。リアリスはドラゴンを大人しく待機させててくれ。その間に鎖を切るから」
「切れますかこれ? ドラゴンを拘束してた鎖ですよ?」
ドラゴンの鼻面を撫でてやりながらリアリスが尋ねる。
普通に考えればドラゴンを拘束する程の強度を持った鎖が、そう簡単に斬れるわけが無い。
斬れるわけが無いのだが、蓮弥は腰の刀を抜き放つとその刃の根元をそっと鎖に当て、そのまま一度だけ引く。
それだけの動作で、鎖は呆気なく断ち切られて、地面へと落ちた。
「まぁ、こんな感じで」
「はぁ……まぁ、レンヤさんだし……」
妙な納得の仕方をしたリアリスは、ドラゴンの首にまだつけられている首輪と札を指差す。
「こっちは取ってくれないのですか?」
「別に付いていても問題は無いだろう?」
贈答品と書かれた札がぶら下がったままのドラゴンは、蓮弥の言葉に酷く哀しそうな表情をするが、行動するにしても何をするにしても、問題がない代物のことまで知ったことかと蓮弥はドラゴンの視線を黙殺する。
「それじゃ、こいつに乗って帰ろうか」
「え? レンヤさん、ドラゴンに乗ってククリカまで飛ぶんですか!? 街がパニックになりますよ!」
「街から少し離れた所で着陸して、そこからドラゴンを連れて歩けばいいだろう。それにしても……」
蓮弥はドラゴンを見る。
先ほどの哀しみの表情から一転して、もうどうにでもなれーと言った感じのドラゴン。
「4人乗れるかな?」
「えーと……」
リアリスはドラゴンと視線を合わせ、しばし見詰め合う。
やがて視線を外したリアリスは、蓮弥に向き直ると。
「たぶん大丈夫みたいです」
「そうか。まぁ多少無理でも根性でなんとかしてもらおうか。鞍が無いから安定性が心配だが」
「それなら私にお任せだねぇ」
エミルがコートの中から包帯の束を取り出す。
一体どこにそれだけの量の包帯が収納されていたのだろうと首を捻る程の量を取り出したエミル。
「落ちないようにこれで梱包してあげよう」
「普通にやれよ? 妙な拘束の仕方とかするなよ? 絶対だからな?」
「信用がないねぇ。大丈夫、任せておきなってねぇ」
酷く安請け合いするエミルに、蓮弥はやはり不安に思う気持ちを消せないのだった。
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