どうもそう言うことらしい
相手が魔族である、と言うクロワールの警告も忘れて。
足に包帯が絡みつき、いつでも攻撃される状態にあることも忘れて。
すぐ近くでドラゴンが、丸まったまま状況の推移を見守っていることなどすっかり忘れて。
ついでに、背後で警戒中のクロワールと、まだ鎧の中に入ったままでいるリアリスの存在もド忘れして。
蓮弥は自分が剥いてしまった少女の上半身を凝視してしまった。
ついでに、手に掴んでいた包帯を取り落とした後、隠そうともされずに露になっている双丘を、無造作に両手で鷲づかみにする。
「レンヤさん!?」
「あ、これ。本物だ?」
むにむに、と揉んだ感触を確かめる蓮弥。
クロワールが背後で、悲鳴にも似た非難の声を上げるのを聞きながら、思う存分に感触を確かめ、引っ張ったりした挙句に、何度か抓って少女の表情を確かめた後、ようやく蓮弥は手を離して少女の胸を解放する。
「レンヤ君、君ねぇ……」
顔が赤くなったり、青くなったり、抓られた痛みに顔を顰めたりしていたエミルは、ようやく解放された胸を、やはり隠すようなことはせず、腰に右手を当て、左手で額を押さえて怒りを押さえたような声を出す。
蓮弥は平然と。
「前、男だったモノが、女の格好で現れたら、そりゃ確かめるだろ?」
「そ、それはそうかもしれないけれども。いきなり揉んで抓って引っ張ってって、君はオンナノコの胸をなんだと思ってるのかねぇ?」
抗議っぽいものをするエミルであったが、蓮弥の返答は即時にして簡潔だった。
「主に、脂肪」
「正論すぎて、反論が見つからないねぇ……」
だめだこりゃ、と溜息をつくエミル。
何故か、蓮弥の背後でクロワールも額を押さえてがっかりしたような顔をしている。
「それで、ご感想はどうなのかねぇ」
「脂肪の感触だったぞ? 別に夢やロマンは詰まっちゃいないだろ、魔族なんだし」
「ああ、そう……まぁいいけどねぇ……それで引き続き、下も外してくれないかねぇ?」
「ああ、わかっ……」
「させませんからね!」
頷きかけた蓮弥は、背後から飛びついてきたクロワールに首を絞められて、言葉が途中で途切れる。
「何をしれっと、下まで脱がせる気でいるんですか、レンヤさん!?」
「いや……その、途中で止めると言うのは……どうなのかなぁって」
「相手は魔族ですよ、魔族! 分かってるんですか!?」
「魔族相手にする前に……お前に絞め殺されそうなんだが……」
クロワールの腕は、的確に蓮弥の気道を塞いでいた。
腕力の方も魔族を焼いて以来、妙に強くなった気がしているクロワールである。
喉を絞め付ける細い腕は、蓮弥からしてみれば骨を折る気で無理に引き剥がそうとすれば、できないこともない程度ではあったが、クロワール相手にそこまでするつもりもない。
どうにかこうにか、左手でそれ以上絞められるのを防ぐくらいの力でクロワールの腕を抑えながら、右手でクロワールの腕をタップして降参の意を伝える蓮弥だが、こちらの世界にタップは降参と言う意味があるわけがない。
「クロワール……今、あいつが攻撃してくるつもりになったら……二人ともヤバいと思うんだが……」
「……あ」
言われてようやく気がついたのか、クロワールは蓮弥の首を絞めている力を緩めて、魔族の方を見る。
エミルは、やはり上半身を隠そうともしない状態のまま、蓮弥とクロワールの様子を見て、笑いをかみ殺している所であった。
「ん? あぁ、こちらには攻撃の意志はないからねぇ。レンヤ君も斬りかかってこないって、約束してくれるのならば、足のそれ、外してあげるけどねぇ?」
「わかったわかった。刀を抜かないから、これを外してくれ。あと上隠せ」
「別に良くないかねぇ? レンヤ君とて、眼福だろう?」
「オカマの胸を見て喜ぶ趣味はないぞ」
きっぱりと言い切った蓮弥に、唖然とするエミル。
蓮弥の背後で、クロワールが思い切り吹き出す音が聞こえた。
「だ、誰がオカマだって言うのかねぇ?」
「お前だ、このオカマ魔族。前に会った時は男だったじゃないか」
「あれはあれ! これはこれ! この身体は間違いなくオンナノコなんだがねぇ!?」
「嘘をつけ。そうホイホイ性別変えられてたまるか。どうせ工事済みとかそういうオチなんだろうが」
この世界でもシリコンってあるんだな、と言ってのけた蓮弥に、エミルの額に青筋が浮いた。
顔は笑顔のままであるが、相当怒っているらしいことは、蓮弥の背後にいるクロワールからも分かるくらいだった。
「ちょっと、気が変わったよ、レンヤ君。これはこのままじゃ済ませないよねぇ」
「やる気か、オカマめ」
「だ、誰が……」
蓮弥の足を束縛している包帯の圧力が高まった。
背後にいるクロワールを突き飛ばして、蓮弥は足に致命的なダメージを受ける前にと、刀を抜き放とうとして、その動作の姿勢のまま固まる。
その目の前で、エミルの腰から下を覆っていた包帯が、すとんと全て落ちた。
「誰がオカマだこらぁ! ちゃんと確認してもらおうじゃないか!」
「は!?」
まるで当たり前のように、エミルは下半身も裸であった。
一糸纏わぬ裸身のあまりに唐突な晒し方に、動きの止まった蓮弥の腕にも、包帯が巻きつく。
しまった、と思ったときには両腕両足を拘束された状態で、蓮弥の身体はエミルの方向へと引っ張られていく。
「何をするつもりだ!」
「そりゃ確認作業に決まっているじゃないかねぇ?」
「確認作業って……」
ある程度近くまで引っ張られた蓮弥と、エミルの足元から大量の包帯が巻き上がる。
それは二人を覆い隠すような繭のようなものを作り始めた。
「そりゃ、純情なエルフのお嬢さんにはお見せできない作業に決まっているじゃないかねぇ?」
「わ、馬鹿! 近寄るな気持ち悪ぃ! 俺にそっちの趣味は無ぇ!」
「まだ言うか……レンヤ君、ちゃんと確かめてもらうじゃないか! その身体でねぇ……」
「寄るな阿呆! しがみつくな! 腰をすりよせるな! 耳に息を吹きかけるな!」
「そんなことを言う口はこれかねぇ……ほら、ちゃんと指で確認しないと……これでもオカマだと言うのかねぇ?」
「な、なんかぬるっとしてぷにっとして生暖かくて柔らかい!?」
<あ、あのー……私そろそろ逃がしてもらえると有難いなーなんて思ったりするんですが>
包帯が作った繭の中から、エミルと蓮弥の声がする。
突き飛ばされたせいで、その包帯に飲まれることはなかったクロワールだが、中から聞こえてくる声はダダ漏れ状態であり、中で何が起こっているのかは、いかにエルフとは言え70年も生きていれば、なんとなくは察することができるくらいの知識の持ち合わせはあった。
完全に、放置された状態にあるドラゴンが、おそるおそるクロワールに念話で話しかけたが、轟然と見下ろしたクロワールの瞳に宿った殺気に、即座に黙り込む。
「何、馬鹿な事を言ってるんですか? 逃がすわけがないでしょう?」
<で、ですよねー……>
「所でトカゲさん、この繭、貴方のブレスで焼き尽くせたりしません?」
<え、あの……私はドラゴン……>
「トカゲさん。質問には即時答えてくれませんと……」
抗議しかけたドラゴンの頭にそっと手を置くクロワール。
その笑顔の背後に、ドラゴンは何か黒々とした名状し難い存在を感じ、慌てて答える。
<は、はい! トカゲと致しましては! 魔族の力の篭った物品を貫通する程のブレスは持っていないです!>
「……ちっ……使えないトカゲですね」
クロワールの指が、ドラゴンの鱗をつまむと、ぶちっと無造作に引きちぎった。
皮から鱗が引きちぎられる痛みに、ドラゴンはなんとか耐えながら、目の前のエルフは本人が自覚していないだけで、通常のエルフよりもずっと高い能力を持っていることを悟る。
そうでなければエルフが素手で、ドラゴンの鱗を引きちぎれるわけがない。
ああ、こいつも化物なんだ、とドラゴンは涙に霞む視界にクロワールを捉えながら、諦めたように思った。
「このままだとレンヤさんが魔族に……それだけは絶対にさせません……」
自分の知る、幾つかの致命的な魔術を思い起こしながら、呟くクロワールであったが、その危惧は杞憂に終わる。
蓮弥とエミルを飲み込んだ包帯の繭から、蓮弥の刀の刃が突き出てきたのだ。
その刃はゆっくり、ぶちぶちと音を立てながら包帯の繭を切り裂き、ある程度の隙間ができた所で中から蓮弥が酷く疲れた表情で這い出てきた。
服にあまり乱れはないが、シャツのボタンが外されて、胸元が大きく開いている。
「レンヤさん!? 御無事ですか?」
「あぁ……なんとか、一線は守りきった」
なんの一線だろうかと思うクロワールの視線の先で、包帯の繭がぱらりと形を失って地面へわだかまる。
その中から現れたエミルは、全裸状態ではなく、青のチューブトップブラに同色のホットパンツ。
襟の高い、くるぶし辺りまで届く長い皮のレザーコートの前を開け放った状態、と言う服装に変わっている。
「私がオンナノコである、と言うことは理解してもらえたかねぇ? こないだ見せたあれはデコイ、囮、義体! この包帯は、義体に入っていた精神を、こっちの身体に戻して定着させるための呪符帯! OK?」
「……分かった。オカマとか言わないから、こっちに来るな……」
息も絶え絶えと言った感じで言う蓮弥に、不満そうな顔を向けるエミル。
しかしその顔はどことなくつやつやしているような気がして、クロワールはエミルを睨みつけた。
「魔族がこんな所で何をしている? また何かの悪巧みか?」
抜き放った刀を鞘へ納めつつ蓮弥が尋ねると、エミルは少し困ったような表情へと変化する。
「いや、実はねぇ。ちょっと魔族の国の方がいろいろと騒がしくてねぇ。今とても居辛い状況なんだよねぇ」
「何を企んでやがるんだ?」
「それは私の口からは言えないよ。一応、魔族なんだしねぇ」
「それで?」
「ちょっとほとぼりが冷めるまで、国を離れようとか思ったんだけどねぇ。行くアテもないわけでさぁ。困った所で君の事を思い出したわけだよ、レンヤ君」
言われた蓮弥は非常に迷惑である、と言う意志を表情としてエミルに伝えるが、エミルは気にした様子も無い。
「どうやってここに来た? と言うか、なんで俺の位置が分かるんだ?」
「来た方法は転移だよ? 魔族もそれなりに技術を習得すると、個人だけなら転移くらいはできるんだよねぇ。もちろん飛ぶ先の正確な座標が必要になるけど、場所に関してはほら、前にお別れする時にあげたものがあるじゃない?」
「……ペンか」
エミルに手を出されなくなる印が書けるあのペンが、自分の居場所をエミルに報せているのか、と思った蓮弥であったが、エミルは胸の前で両手を交差させてバツを作った。
「ハズレだねぇ。正解は手の平に書いたマーク」
どうやら文字通りマーキングされていたらしいことを悟った蓮弥。
魔族に居場所が知られるマーク等、あっても迷惑なだけなのだが、消し方が分からない。
これはエミルを締め上げて聞き出す以外ないのだろうかと思う蓮弥の思いを察したのか、エミルが言う。
「それで位置が分かるのは私だけだからねぇ?」
「十分迷惑だ」
「そんなつれない事言わないでさぁ。ちょっと面倒見て欲しいんだよねぇ、私。もちろん、魔族だって言うことは可能な限り隠すし、いろいろとお手伝いもするから、お願いできないかねぇ?」
「できるわけないじゃないですか!」
蓮弥が答える前に、指を突きつけて拒否したのはクロワールだ。
相手が魔族と言うことが、すっかり頭から抜け落ちているのか、蓮弥の背後から蓮弥の前へと出てきて、エミルに言い放つ。
「図々しいにも程があります!」
「正論っぽいが……お前も似たような状態だからな、クロワールよ……」
背後から蓮弥に突っ込まれて、冷や汗を流すクロワール。
そんなクロワールをじっと見ていたエミルは、ふーっと長く息を吐き出すと。
「そっか、ダメかねぇ。仕方ない、またその辺に巣作りでもして……」
「ちょっと待て、そこの魔族……じゃないエミル」
クロワールをそっと脇へどかし、エミルの目の前まで来た蓮弥は、自分の両手をエミルの両肩にぽんと乗せて正面からじっとエミルを見つめた。
「いいだろう、面倒を見よう。条件は正体を隠す事と言わない事、それと家主である俺の言う事には可能な限り従う事、それと仕事の手伝いはすすんでやる、問題を起こさないくらいでいい。それでいいか?」
「レンヤさん!?」
あっさりと面倒を見ることを了承した蓮弥に、クロワールが驚きの声を上げる。
クロワールからしてみれば、エミルの面倒を見ると言うことは、蓮弥に取ってマイナスばかりで利益があるようには思えなかったからだ。
しかし、蓮弥からしてみれば、エミルの面倒を見なくてはならない明確な理由があった。
「クロワール、こいつを野放しにするくらいなら、多少の面倒には目を瞑っても目の届く範囲にいてもらった方が間違いなく安全なんだ……野放しにした場合、比喩表現ではなく現実的に国が一つ滅びるくらいの可能性がある」
「う、それは……」
「俺がその面倒を背負い込む義理はないんだが……俺以外に誰に背負わせるか、と聞かれれば、誰でも無理、としか言えない」
「実に明瞭な分析だねぇ」
笑うエミルに、疲れ果てた表情を浮かべる蓮弥。
「約束だからな? 頼むから俺の手に負えない面倒は起こしてくれるなよ?」
「おっけーマスター。約束しよう」
肩に置かれた手をそっと握り、エミルは邪気の無い笑顔でそう答えるのだった。
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