これって効きますか?
2014年4月23日
前回、前々回と緩和ケアに関する研究報告を紹介しました。
第71回:死の直前の化学療法、続けますか?(BMJ 2014)
第72回:「痛み」や「終末期」だけではない『緩和ケア』(Lancet 2014)
ただ、どちらの報告も海外の調査データです。
医療制度や死生観の異なる日本では、状況が変わるかもしれません。
そこで、学術研究ではありませんが、先月発表された厚生労働省「終末期医療に関する意識調査等検討会」がおこなった『人生の最終段階における医療に関する意識調査』の報告書について紹介したいと思います。
厚生労働省(厚生省)は、昭和62年から約5年毎に末期医療・終末期医療に関する検討会を開催してきており、平成5年からは国民および医療従事者等に対して意識調査も実施してきました。
そして、今回実施された調査には、注目すべき点が一つあります。
それは、調査名が「終末期医療に関する意識調査」から「人生の最終段階における医療に関する意識調査」と名称が変更されたことです。
その理由として「医療行為のみに注目するのではなく、最後まで尊厳を尊重した人間の生き方に着目していくことに重点をおく」ためとされています。
調査対象は、「一般国民(5000人)」「医師(3300人)、看護師(4300人)」「介護施設職員(2000人)」「施設長(4200人)」となっています。
調査方法は、郵送配布、郵送回収でおこなわれています。
今回は、「一般国民」を対象としておこなった結果を中心に紹介していきます。
なお、一般国民の回収数は、2179人(43.6%)でした。
回答者の男女比は、男性47.8%、女性50.4%、無回答1.8%でした。
年齢別では、20~24歳3.3%、25~29歳4.5%、30~34歳5.2%、35~39歳8.2%、40~44歳7.0%、45~49歳7.4%、50~54歳7.0%、55~59歳9.9%、60~64歳11.7%、65~69歳10.3%、70~74歳10.6%、75歳以上13.3%、無回答1.7%と高齢者の割合が多い傾向がありました。
では、早速、意識調査の結果についてみてみましょう。
まずは、人生の最終段階における医療について、家族と話し合いがおこなわれているかどうかについての質問です。
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核家族の増加など家族構成の変化の影響もあってか、「詳しく話し合っている」ケースは2.8%と非常に少ないようです。
また、「全く話し合ったことがない」ケースは過半数を超えていて、人生の最終段階における医療について関心が低い状況が伺えます。もしかすると、関心はあるものの、あえて家族間の話題として避けている可能性も考えられます。
なお、男女別では「詳しく話し合っている」割合はほとんど変わらないものの、「一応話し合ったことがある」割合は、男性(34.3%)よりも女性(44.4%)の方が多い結果となっています。
また、年齢別では、年齢を追うごとに「詳しく話し合っている(20~39歳1.5%、40~59歳1.9%、60歳以上4.1%)」「一応話し合ったことがある(20~39歳26.0%、40~59歳33.9%、60歳以上49.2%)」の割合が増えています。
それでは、書面による意思表示についてはどうでしょう。
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意思表示の書面をあらかじめ作成しておくという考え方に約70%の人が賛成している一方、実際に書面を作成している人は約3%しかいません。
なお、「書面の作成に『賛成』」と回答している割合について、男女別では、男性(64.9%)よりも女性(74.6%)の方が多い結果となっています。
興味深い点として、『人生の最終段階における医療について家族と話し合う』こととは逆に、『意思表示の書面を作成する』ことに関しては、年齢を追うごとに「賛成(20~39歳76.8%、40~59歳74.0%、60歳以上63.7%)」の割合が減っています。
ただ、実際に『意思表示の書面の作成状況』をみてみると、年齢を追うごとに「作成している(20~39歳0.6%、40~59歳1.8%、60歳以上6.0%)」と回答した人の割合が増えています。
ただ、いずれの年代においても、意思表示の書面を作成するという考え方に多くの人が賛成しているものの、実際に作成している人は少ないという現状が分かります。
厚生労働省の検討会では、このような結果を踏まえ、今後求められる対策について次のような意見が出されています。
また、意思表示の書面の取り扱いについては、
『「書面に記載した希望を尊重しつつ、家族等や医師又は医療・ケアチームの判断も取り入れながら治療して欲しい」という回答がもっとも多く、書面の法制化に対しては消極的な意見が多かった。このことから、書面の作成について希望と行動に乖離がみられる理由としては、国民は一律に書面等を作成してそれに従うことを希望しているわけではなく、本人の揺れ動く気持ちや家族への配慮等に柔軟に対応して欲しいという思いがあるためと推察される。また、正面から死を意識したくないという逡巡が存在する可能性もある。』
と報告書にまとめられています。
次に、人生の最終段階を過ごしたい場所についての回答結果です。
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(※今回は、「がん」を対象にとりあげます。「心臓病」「認知症」などその他のケースについてもアンケートはおこなわれていますので、気になる方は、報告書を確認してみてください。)
食事が摂れなくなったり、呼吸が苦しくなったりしてくると、病院での療養を希望する人が多いものの、そのような状況でなければ、住み慣れた自宅での療養を希望している人が多いようです。
では、具体的な治療に関してはどうでしょう。
下記は、『末期がんで、食事や呼吸が不自由であるが、痛みはなく、意識や判断力は健康なときと同様の場合』における回答結果です。
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各治療によって、「望む」「望まない」の割合が異なります。
その良し悪しは別として、個人的に気になったのは、「わからない」と回答している人が、どの治療においても20%程度いるということです。
これは、考えることができないといった思考停止ではなく、「望む」「望まない」のどちらにするか悩んでいる人も含まれている結果としての数字ではないかと思います。
実際に、各治療は、ケース・バイ・ケースで得られるメリットが異なります。
場合によっては、治療をおこなうことでリスクのみが増加してしまう場合もあります。
例えば、つぎのようなことがあります。
・体力が十分に残っている状態で一時的な脱水になった場合は点滴をおこなうメリットはあります。しかし、がんが進行し全身が衰弱していく過程で口から水が飲めなくなった場合は点滴をおこなっても体がむくんでしまうだけの結果になってしまいかねません。
・舌癌や喉頭・咽頭癌の場合、がんの進行の早い段階で食事が口から食べられなくなることがあります。その場合、経鼻栄養や胃瘻から栄養剤を注入することで、一定期間ではありますが全身の栄養状態を保ちつつ、日常生活をおくることができます。しかし、鼻から管を入れる苦痛や胃瘻を造設する処置に伴うリスクなどがあります。また、体に傷を作ることに対するためらいのような価値観を持っている人もいるかもしれません。
・がんが進行し自然の経過で心拍や呼吸が停止した場合、心肺蘇生をおこなっても回復する可能性はほとんどありません。仮に一時的に回復をしても、健康だった時のように元気な状態に戻るわけではありません。
ですから、重要なのは、そのときどきにおける医療者と患者・家族とのコミュニケーション、それによる情報共有になってきます。
しかし、患者や家族に医療に関する知識が全くなく、また死生観について考えたこともない状態では、いざ治療法を選択するときに、円滑にコミュニケーションをとることは難しいでしょう。
ですから、人生の最終段階における医療について国民自身が主体的に考える機会を持つことが重要であると報告書では述べています。
団塊世代が75歳を過ぎる2020年代には、毎年の死亡数は150万人台に達すると推計されています。
いわゆる「多死時代」が到来します。
「尊厳を尊重した最期」を迎えるために、一度、家族で話し合いの場を設けてみてはいかがでしょうか。
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