「STAP細胞」から「STAP現象」へ - 定義を改竄する理研のアルケミー

当初、笹井芳樹についてはシロだと確信していた。笹井芳樹が捏造に関与しているという疑いは抱いていなかった。その理由は、不正に手を染める動機が考えられないからであり、功なり名遂げて科学世界の雲上人となり、いずれ文化勲章も首にぶら下げる身の笹井芳樹が、そのような人生を棒に振るリスクを冒すとは思えなかったからである。心証が変化したのは、4/16の会見を見てからだ。言い逃れと他者への責任の押しつけに終始した醜い口上を聞き、そして、小保方晴子と共に「STAP」論文のNature採択に狂奔した2013年の姿を想像し、さらにそこから、今年2月の疑惑発覚後の二人の不審な行動を訝ると、本人も何らか改竄や捏造にタッチしていたのではないかという疑念を拭い去れない。大隅典子の反論記事は、笹井芳樹が「STAP細胞」の存在を合理化する根拠の3点全てに対して、真っ向から疑義を唱えて反駁し、「STAP細胞」そのものが捏造の産物ではないかとする見解を示している。もし仮に、大隅典子の記事のコメントが指摘するように、ライブセルイメージングの観察と解析のプロセスで、そこに操作や偽装が入っていたなら、笹井芳樹の関与は免れないことになるだろう。笹井芳樹には不正の動機がないと思った。だが、よく考えれば動機はあるのだ。それは、後から、下から這い上がってきて、自分を追い越した山中伸弥へのリベンジの執念である。人間の欲はどこまでも深く、男の嫉妬は凄烈だ。

柴門ふみが、久米宏と壇蜜の新番組の中で、「男の嫉妬は成功に対して、女の嫉妬は幸福に対して」と、そう語っていた。真理を衝いている。誰より優秀な頭脳を持ち、52歳で雲上人となり、人も羨む地位と名誉と富を得、周囲から尊敬され、何不自由ない暮らしをしながら、それでも男は自分の上の成功を手に入れた者を嫉妬する。追い抜いてやろうと強烈に焦燥する。笹井芳樹は京大医、山中伸弥は格下の神戸大医。同じ1962年生まれ。ドラマとしての小保方晴子事件の面白さ、その要素の一つは間違いなくここにある。さて、笹井芳樹の会見の中で、何度も語られた言葉がある。それは、「理研はSTAP細胞の検証をすべきだが、小保方さんがすべきなのは検証ではなく再現だ」という主張だ。会見を聞きながら、ずっとその点が引っ掛かっていた。会見後、特にこの件に関して話題になったことはない。私の疑問は、率直に、「STAP細胞」の検証実験と再現実験と、一体どこがどう違うのだろうということだった。スペシフィックに何が違うのか。二つの語は日本語としては意味が違う。ここには、専門家である笹井芳樹の巧妙なレトリックがあり、「検証」と「再現」の二つの実験が別々のものであるように印象づけ、そのことで「STAP細胞の存在」が確定された出来事のように人の耳を誘導し、同時に小保方晴子の「実績」を強調して擁護する言説が繰り出されているように感じられた。笹井芳樹の狡猾な言葉の作為を直観したのだ。

Nature論文は、「STAP細胞」が作製されたことを説明し、それを実験で証明したものだ。誰もが「STAP細胞」を作ることができ、再現できると書いたものだ。論文が掲載されて以降、多くの世界の研究者が追試をやり、悉く失敗して、成功した例は一つもない。3月中旬までの理研の説明では、小保方晴子以外に作製に成功した者はなく、若山照彦も一人では何度やっても失敗で、小保方晴子と一緒に実験したときに、一度だけ成功を見たというものだった。中間報告の後、理研の態度が妙に怪しくなり、小保方晴子をトカゲの尻尾切りにして、「STAP細胞」は生かすという苦肉で卑劣な方針が次第に明確になる。同時に「STAP細胞」の定義が揺れ始めていく。理研自身が「STAP細胞」の定義のスリカエに着手し、以前のくっきりした定義ではなく、曖昧な意味での言葉遣いに変質させる。3月中旬以前には人口に膾炙されることのなかった「STAP現象」という用語が多用されるようになり、「STAP細胞」は未だ仮説の段階だが、「STAP現象」は科学的に確定された現象なのだと、そう説明されるようになった。「STAP細胞」の「STAP現象」へのスリカエであり、理研の姑息なエクスキューズであり、「STAP細胞」を科学世界の可能性として生き残らせるための苦心の小細工だ。まさに、科学にあるまじき、政治の世界で頻繁に見られる言葉のトリックである。優秀な科学者が揃っている理研が、言語のアルケミーに汗をかいている。

まさに概念の操作だ。その「STAP現象」なるものの正体は、分化したマウスの体細胞が弱酸性溶液のストレスによって初期化され、蛍光発色してOct4-GFP発現を示す多能性マーカー陽性反応の細胞塊が出現する、という意味になった。このレベルの現象に限定された。現時点で、理研は、笹井芳樹と丹羽仁史の言葉を借りて、このレベルで「STAP現象」の存在をコミットしている。が、海外を含めたラボの追試では、このレベルの再現にも成功していない。NHKのクローズアップ現代で、関西学院の関由行が登場し、3度実験に挑戦して全て失敗した報告があった。また、中文大学(香港)の李嘉豪が、追試でOct4発現を検出したが、多能性マーカーの発現量が多能性細胞に比べて100分の1以下だったため、細胞死に伴う副産物の現象であろうと推論、「個人的にはSTAP細胞は実在しないと考える」とコメントしている。笹井芳樹は、ライブセルイメージングの撮像データの特徴を根拠に、Oct4発現の細胞を「STAP細胞」だと断言したが、その主張を根底から崩す反論を大隅典子が返していて、現状で言えば、Oct4発現の細胞現象を「STAP現象」と呼んでいるのは、理研と小保方晴子とバカンティだけだ(幸福の科学も)。小保方晴子が200回作製に成功した「STAP細胞」は、2-3日で、あるいは7日間で作られるのだが、理研の最終報告から3週間経ち、小保方晴子の会見から2週間経った今でも、誰からも実験成功の声が出ない。

このOct4発現(多能性マーカー陽性)の細胞が生成されるのが、「STAP細胞」の実験全体の第一段階である。実験はここからさらに各段階がある。理研広報が1/29に発表した文書に従って辿ると、まず、TCR再構成のプロセスがある。これは、Oct4陽性細胞(=「STAP細胞」)を遺伝子解析して検証し、それがリンパ球の中の分化したT細胞から生成されたことを証明する実験で、T細胞受容体遺伝子に特徴的な組み替えを検出することによって確認が果たされる。T細胞が初期化されて「STAP細胞」になったことを証明するものだ。Nature論文でも、したがって広報文書でも、このTCR再構成が首尾よく検出されたと報告され、「STAP細胞」の科学的根拠を確立する一つの重要なファクトとして位置づけられた。しかしながら、後に、3/5に発表されたプロトコル(実験手順書)によって、TCR再構成が認められなかったことが公表され、大問題に発展、若山照彦が「STAP細胞」を根本から疑う原因になった。このTCR再構成の問題は、「STAP細胞」の虚偽を暴露しようとする者にとって、攻防の急所に違いないと思われるが、4/16の笹井芳樹の会見で質問する者はいなかった。その次に、「STAP細胞」を培養して胚様体を形成し、外胚葉、中胚葉、内胚葉の組織に分化することを確認するプロセスがある。同時並行で、マウス生体への「STAP細胞」の皮下移植により、奇形種を形成して、同じく外胚葉、中胚葉、内胚葉へと分化することを確認する実験が行われる。

この、「STAP細胞」が3胚葉組織へ分化することを証明する重要な画像で、小保方晴子は捏造をやった。実験全体の核心となるデータだ。したがって、このプロセスは現在白紙であり、何の科学的根拠もない状態と化した。その次に、「STAP細胞」をマウスの胚盤胞に注入して、キメラマウスを作成するプロセスがある。理研の文書では、「そのマウスからはOct4陽性細胞由来の遺伝子を持つ次世代の子どもが生まれました」という報告になっている。「生殖細胞を含む体のすべての細胞に分化する能力を持っていることを示した」と言い、ES細胞にはない、胎盤を形成できる分化の能力を持った万能細胞だと強調された。しかし、このリザルトについても、マウスすり替えの疑惑が若山照彦から提出され、ES細胞にすり替えられたのだとか、胎盤と胎子の撮像(発色)にトリックを使ったのではないかという疑念が上げられ、信憑性については何も言えない状況になっている。そもそも、キメラマウスの実験を行ったのは若山照彦だ。若山照彦は、マウスに注入するべく小保方晴子から手渡された現物が、本当に「STAP細胞」だったのかどうか怪しんでいる。最後に、STAP幹細胞を樹立するプロセスが述べられている。「副腎皮質刺激ホルモンを含む特殊な培養液を用いることで、STAP細胞の増殖を促し、ES細胞と同様の高い増殖性を有する細胞株を得る方法も確立しました」とある。この実験とその成功については、小保方晴子の4/9の証言により、全面的に若山照彦が行ったものとされた。小保方晴子の証言は事実だろうが、培養液に浸されたものが「STAP細胞」だったのか、他のものだったのかどうかは分からない。

以上、理研の文書を読みながら、複雑で難解な「STAP細胞」の実験には何があったのか、どのようなフェーズがあり、そのそれぞれが、現時点でどのような議論となっているのかを整理した。(1)Oct4発現、(2)TCR再構成、(3)テラトーマ形成と3胚葉分化、(4)キメラマウスの作成と胎盤分化、(5)STAP幹細胞の樹立。現在、この5つのプロセスは、(1)を除いてすべて否定されたか破綻がきわまった状態にある。(2)-(5)は、実験が正常に行われたと認定されず、仮説を検証することもできない。(1)だけが、かろうじて可能性の余地を残していて、それだけを指して理研は「STAP現象」と呼んでいる。(1)を「STAP現象」として、「STAP」の呼称を残し、理研の「STAP」事業を残し、理研の研究費が止まらないように命綱にしている。それはまさに、腐りきった技官がカネ(税金)目当てに国民を言葉で騙し、翻弄し、「成長戦略」の安倍政権と癒着する図だ。神聖な科学の世界を言葉遊びで冒涜する行為だ。1/29に発表された文書を読み直すと、いろいろな問題が見えてくる。ヒントが隠されている。この事件を考察するためには、基本テキストである理研の文書を精読することが必要だ。文章は平易に読みやすく記述されている。文系だと怖じけづくことなく、全体を読み通し、「STAP細胞」の概念に接し、その輪郭を多少とも把握することをお勧めしたい。密林のように錯綜し、素人には複雑に見える「STAP細胞」の世界だが、腑分けすると幾つかのステップに分割できる。

困難は分割して解決せよとデカルトは言った。それが科学の方法だ。誰かが完璧な解説書を素人に提供してくれるわけではない。素人なりに、言葉(ターム)に慣れ、自分の頭で齧りついていかないと、この問題の議論には参加できない。最初の問いに戻ろう。果たして笹井芳樹は、(1)-(5)のうち、何を再現せよと小保方晴子に言っているのだろうか。



by yoniumuhibi | 2014-04-22 23:30 | Trackback | Comments(1)
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Commented by momoji at 2014-04-22 22:11 x
 屁理屈をこねるのは、日本では長らく恥ずかしい行為だったはずだ。
 テレビの討論会で「なぜ人を殺してはいけないのか」と質問した高校生に、その場にいた文化人と呼ばれる大人たちが、誰一人まともに答えられないという事件があった。高校生の質問そのものは、若者にありがちな物言いの典型であり、驚くほどのことはない。
 この番組が事件だったのは、大の大人が、「屁理屈を言うな」「悪いものは悪い」「それが分からないのはお前が馬鹿だからだ」といった毅然とした態度を取れず、全員うろたえてしまった点にある。こんな質問に対しては、「答える必要などない」と頭から一喝すべきだった。
 他人の論文の文章を、何の断りもなく自分で書いたかのように盗用すること(つまりコピペ)が悪いのは、当たり前であり、議論の余地などない。「悪気がなければ悪くない」というのは屁理屈だ。
 画像を他のものとスリカエるのは悪いことだ。「理由によっては悪くない」などということはあり得ない。
 悪いものは悪い。
 屁理屈を恥とする高い教養を持っていた我々日本人が、今まさに自滅しかけている。なんとか踏み止まりたい。
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