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レジェンド 作者:青竹

0164話

「ぎゃああああ……あ……あ?」

 1cm程にまで圧縮された炎を体内に埋め込まれ、思わず悲鳴を上げるボルンター。だが次の瞬間には全く熱さを感じさせないことに気が付き、思わず立ち上がって自らの身体を確認する。
 つい数秒前まではハルバードでボルンターを押さえつけていたムルトだったが、レイの魔法で危険を感じたのだろう。既にボルンターから距離をとって様子を眺めていた。

「……何も、ない?」

 身体中を確認するが火傷の類は一切無く、服装にも焦げすらも無い。何らかの魔法を使われたのは確実なのに、だ。

「儂に何をしたぁっ!」

 分からない、理解不能。その混乱が容易に頭に血を昇らせ、結果的に短絡的な行動を選択する。
 デスサイズを肩に担いでまるでゴミでも見るような目で自分を見ている目の前の若者……否、どちからと言えば少年とでも表現出来そうなレイに対して反射的に拳を振り上げ……

「がふぅっ!」

 難なく拳の一撃を回避したレイに、デスサイズの柄で腹を殴られてその場に踞る。

「落ち着け。別に死ぬような魔法は使っていない。それは魔法を使った俺自身が保証する」

(まぁ、毎日日付が変わる時間に体内を焼き尽くすような、ある意味で死ぬ程の激痛を味わうことになるだろうが、それでも実際に死ぬことはないし発狂しそうになれば強制的に回復してくれるんだから嘘は言ってないよな)

 内心で呟き、説明を続ける。

「お前の中に埋め込まれた炎は、一定の時刻になるとその体内を燃やし尽くすような激痛を生じさせる。……ただ、その激痛に関してはお前の罪が償われたと判断されれば解放される、とだけ言っておこう」
「なっ!」

 レイの言葉に絶句するボルンター。自分がこれまでの人生でどれだけの罪を重ねてきたのか。それを理解しているだけに、その表情には既に絶望しか浮かんでいない。
 またブラッソやフロンにしても、予想以上の凶悪と言ってもいい魔法に思わず眉を顰める。
 それでもレイに対して文句を言わないのは、ボルンターがこれまでの人生でどれだけ非道な行いをしてきたのか理解しているからだろう。

「昼は尋問官や拷問官による肉体的な苦痛。夜は体内を燃やすかのような精神的な苦痛。……お前の人生の結果だ。存分に味わえ」

 そう呟いた時、1人の人間が応接室の中へと飛び込んでくる。

「旦那様! ご無事ですか!」

 ボルンターと同年代、いや若干年上にも見えるその老人は部屋に入ってくるや否や周囲を見回し、厳しい視線でガラハトを睨みつけて怒鳴る。

「ガラハトッ! 貴様大恩ある旦那様に何という無礼を! 身の程を知れ!」

 執事服を着たその老人の叫びが応接室の中へと響き渡り、その場にいた殆どの者が思わず眉を顰めた。

「誰だ、こいつは」

 そんなフロンの呟きに答えたのはムルトだった。
 忌々しげに執事の老人へと視線を向けながら口を開く。

「この屋敷の執事長だよ。何でも幼少の頃からボルンター付きだったんだとよ」
「……なるほど」

 ムルトの説明に納得の表情を浮かべるフロン。
 見た感じ年齢的にはボルンターとそう大差がないその執事は、文字通りにボルンターのお付きとして共に育って来たのだろう。そして……

(こいつが甘やかし放題だったのが、今のこの性格を育てることになった訳か)

 これまでどのように育って来たのかが容易に想像出来た為、思わず舌打ちをする。
 恐らく本来は主を諫めたりするのも役目なのだろうが、それを一際せずに、あるいは殆どせずにきたのだろう。アゾット商会のこれまでのやり方や、この応接室に入って来た時の言動を見ればそんな風に想像するのは難しくなかった。

「ガラハト、こいつはどうする? 一応騎士団に引き渡すか?」

 自分に使われた魔法がどれ程に非道なものなのかを理解し、絶望により身動きすら出来なくなったボルンターを放っておき、厳しい目付きでガラハトを睨みつけている執事へと視線を向ける。

「あ、ああ。そうだな。うん。そうするのがいいのか?」

 ガラハトはガラハトで、自分が兄を慕う最大の理由だった母親の病気がそもそもボルンターの仕組んだマッチポンプであったと知り、こちらもまた呆然としている。恐らく自分でも何を口走っているのか良く分かっていないのだろう。
 そんな様子を見て溜息を吐き、ムルトの方へと視線を向けるレイ。

「ガラハトがこの様子だと、ボルンターの屋敷にいる者達を一番よく知っているのはお前だろう。この執事はどうした方がいいと思う?」
「……そうだな。ボルンターの腹心的な立場だったんだし、色々と事情は知ってると思う」
「それにじゃ。辺境の街とは言っても、1つの街で最大規模の商会がベスティア帝国と繋がっていたなんて話を知ってる者は少ない方がいいじゃろうて」
「くっ、ははははは。無駄だよ、無駄無駄。幾らここで僕やそこの人形を捕らえたところで、この国にちょっかいを出しているのは僕以外にも何人もいる。僕は所詮トカゲの尻尾、氷山の一角でしかないのさ」

 縛られたまま得意気にそう話すポストゲーラだったが、その場にいる殆どの者がどこか冷めた視線を向けているのに気が付くと詰まらなそうに舌打ちをしてからそっぽを向く。

(馬鹿かこいつは。自分以外にも潜んでいる者がいるとわざわざ俺達に教えてどうするんだ? ……いや、どのみちベスティア帝国との国境から遠く離れたこのギルムの街にいたんだ。他の街にいてもおかしくないと推測するのは難しくない、か)

 この件が明るみに出るようなことはないだろうが、それでも恐らくこれから暫くミレアーナ王国内でベスティア帝国の手の者を探し出す狩りが行われるだろうことはレイにも予想出来た。スパイ自体は珍しくもないだろうが、権力者のすぐ近くにまでベスティア帝国の者が潜んでいるとなれば話は別だろう。

「何をする! 離せ、離さんか! 貴様等冒険者如きがボルンター様の執事である私にその薄汚い手で触れるな!」
「はいはい、確かに薄汚い手かもしれないけど……それを本人に、それも女に言うと無駄に痛い目を見るだけだぞ」

 執事の言葉に額に薄らと青筋を浮かべたフロンが、執事の太股へと長剣を振るう。その長剣が鞘から抜かれていなかったのは狙っていたのか、あるいは単に忘れていたのか。どのみち執事は太股を鞘で強打されてその場へと崩れ落ち、痛みに呻きながら床へと転がる。
 そしてその時……

「ここか!」

 そう叫びつつ応接室へと入って来る30代程の男。
 またか、と思いつつどこか呆れたようにその部屋にいた者達は扉の方へと視線を向け……そこにいたのがギルムの街の騎士団に所属する騎士の鎧を着ているのを見て安堵の息を吐く。

「む……?」

 いきなり部屋にいた者達から視線を集中して向けられ、一瞬戸惑ったような声を出した騎士だったが部屋の中を見回しながら口を開く。

「あー……事情を説明してくれ」

 恐らく呼びに行かされた下働きの者は殆ど事情を説明せずに連れてきたのだろう。そう判断したフロンやブラッソの視線がガラハトへと向けられるが、そこでは未だにどこか心ここにあらずといった様子のガラハトがいる。

「ムルト、ガラハトがあの様子じゃからお主が説明せい」
「あ? ああ分かった。じゃあ暫くボルンターを任せてもいいか?」
「うむ」

 ブラッソが頷き、ムルトが騎士へと近付いていくのを見ていたレイだったが、その前にと割り込む。

「その前にちょっといいか?」
「む? お前は確かダスカー様に何度か会いに来ていた……レイとか言ったか」

 幸いレイのことを知っていたらしい男の言葉に小さく頷き、応接室に空いている壁の穴へと視線を向ける。

「そこの穴から見て貰えば分かるが、庭に2人程倒れている。そっちをなるべく早く確保しておいた方がいい」
「何故だ? 詳しい話はまだ聞いていないが、それでもここにいるボルンターよりも重要視する人物がいるとは思えんが」
「庭で倒れているのはベスティア帝国の秘密兵器とも言える存在だとしてもか?」
「……何?」

 ボルンターの方へと向き直ろうとしていた動きを止め、尋ね返す騎士。

「ベスティア帝国の秘密兵器だと言ったんだ。正確に言えば……」

 そこまで告げ、継承の儀式について話していいものかどうか一瞬迷うレイ。だがすぐ近くにはベスティア帝国の錬金術師でもあるポストゲーラがいる以上は迂闊なことを言わない方がいいだろうと判断する。

(後でラルクス辺境伯にだけ言っておけばいいだろう)

「ベスティア帝国の錬金術師が作り出した、人とモンスターのキメラのような奴だ」
「何だと!?」

 レイの言葉に、どれ程の重大事か理解したのだろう。急いで壁に空いている穴から庭を覗き込む。
 その視線の先には身体に鱗の生えている女と、蟹のような甲殻に上半身を覆われており下半身からは幾多もの触手が伸びている、遠目からでは明らかにモンスターにしか見えない存在が並べられるように倒れており、その隣ではグリフォンであるセトが2人を見張っていた。

「……確かにレイの言う通りのようだな。それにしてもベスティア帝国の錬金術師め。このような外道な手段に手を出すとは」
「はっはっは。何を言ってるのさ。技術の進歩に失敗は付き物。いや、その失敗を下敷きにして技術を伸ばしていくんだよ?」

 縛られていたポストゲーラの声に、胡散臭そうに視線を向ける騎士。

「こいつは?」
「何、君が今言っただろう? 僕は君の言う外道さ」
「っ!? ベスティア帝国の錬金術師!?」

 魔獣兵を見た時よりも驚きの表情を露わにする騎士。

「これは……どう言うことだ?」
「つまり、アゾット商会は……」

 レイはそこまで呟き、ガラハトへと視線を向けて言い直す。

「ボルンターはベスティア帝国と繋がっていた訳だ」
「……違う、違う、違う! 儂はそいつがベスティア帝国の錬金術師だとは思ってもいなかった。決してミレアーナ王国を裏切った訳ではない!」

 このままだと裏切り者にされると理解したボルンターがそう叫ぶが、この場にポストゲーラがいる以上は何を叫んでも言い訳にしかならなかった。
 その様子を見ていた騎士は数秒程考えて小さく溜息を吐き、ムルトの方へと視線を向ける。

「すまないが、何か書く物と紙を用意してくれ。こんな大事になってしまっては俺だけではどうにも出来ん。上司やダスカー様にも相談しないとな。出来れば俺が直接出向いて呼んできたいんだが、この場を放棄する訳にもいかない」
「あ、ああ。確かその辺にあったと思う」

 ムルトの言われた場所を探すと筆記用具や紙が出て来たので、それにベスティア帝国の錬金術師を捕らえたといった様な大まかな事情を書くと再び屋敷にいた下働きの者を領主の館へと使いに出す。
 その後ろ姿を見送ってから、改めて騎士はレイ達へと振り向く。

「詳しい話については俺の上司や応援が来てから聞かせて貰うことになるだろうが、取りあえず今は大雑把でいいから何があったのかを聞かせて貰おうか」
「ガラハトさんはあの状態なので、俺から……」

 そう言い、今回のお家騒動に至った理由やその顛末を語るムルト。
 レイはその話を聞くとはなしに聞きながら、デスサイズをミスティリングへと収納して1人未だに呆けているガラハトの元へと向かう。

「……」

 目の焦点が合っていない状態で自分へと近付いて来るレイを眺めていたガラハトだったが、その様子を眺めていたレイは、やがて溜息を吐きながら拳を握りしめた。

「いい加減に……正気に戻れ!」

 本気ではないが、それ程手加減した訳でもない一撃。つまり通常の人間なら悶絶する威力の一撃がガラハトの腹へと叩き込まれる。

「ぐっ!」

 一声呻いて床へと膝を突くガラハト。そんなガラハトの両肩を掴み、無理矢理立ち上がらせる。

「ボルンターがどれ程にどうしようもない奴かってのはお前自身が一番良く分かっていたはずだろう? 実際奴に酷い目に遭わされた奴もお前はこれまで見てきたはずだ。それが、自分の番になったらそうやって現実逃避をするのか?」

 頬を軽くではあるが、手の平で打つレイ。
 その強引な態度を見たムルトが頭に血を昇らせて文句を言おうとするが、ブラッソとフロンの2人に止められる。
 1度、2度、3度、4度。
 その度にパンッ、パンッ、と言う軽い音が周囲に響く。
 そして次第にではあるがガラハトの視線の焦点が合い、手を伸ばしてレイの腕を受け止めた。

「……もう大丈夫だ。済まないな、心配させた」
「別に心配はしてないけどな。今回の件については俺が原因だったかもしれないが、実際に行動を起こしたのはお前なんだ。最後まできちんと責任を取れよ」
「ああ。そうだな。色々と予想外の事態は起こったが、確かに今回の件は俺が始めたことなんだ。俺が最後まで責任を取るのが筋だろうな」

 こうして、敬愛していた兄に裏切られ、利用されていたというのを知ってしまったガラハトは立ち直りはしていないものの、それでも何とか我を取り戻してムルトと共に騎士へと説明を始める。
 レイやブラッソ、フロンの3人はこれで自分達の仕事も終わり、ようやくゆっくり休めるとばかりに安堵の息を吐いてその様子を眺めていた。
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