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レジェンド 作者:青竹

0162話

「はあああぁぁぁっ!」

 地を蹴ったレイが、デスサイズを構えながらコルドとの距離を縮めていく。
 自分をどうにかする手は幾らでもあると宣言したにも関わらず、結局は先程と同様の力尽くの一撃かと一瞬安堵したコルド。
 だがすぐに先程の『レイの魔力を通していない一撃』と言う台詞が脳裏を過ぎる。

(確かに魔力を通していない一撃では下半身の触手はともかく、俺の甲殻を破壊出来なかった。そうなると次の手段は当然魔力を込めた一撃と見るべきだな)

 自分に向かい、急速に近付いてくるレイを見ながら大きく息を吸い込むコルド。
 その仕草を見たレイは嫌な予感が脳裏を過ぎり、殆ど反射的に叫ぶ。

「マジックシールド!」

 デスサイズが有するスキルのうち、あらゆる攻撃を一度だけ防ぐ光の盾を生成する能力。その能力により作り出された光の盾は、形成されるのに若干時間が掛かるが、幸い今回は何とかその瞬間には間に合った。そして作り出された次の瞬間には霞のように消えて行く。
 そう、コルドの口から吐き出されたウォーターブレスを受け止めてだ。
 高圧で放たれた水は、金属をも滑らかに斬り裂く。コルドが放ったそのウォーターブレスはそこまでの威力ではなかったが、容易に人を傷つける程度の威力は持っていた。だがそれでもマジックシールドによってその一撃は防ぎきられる。

「っ!?」

 コルドとしても自らが持つ切り札とも言えるウォーターブレスを防がれ、さすがに驚きで一瞬動きを止める。そしてレイにとってはその一瞬があれば十分だった。

「はぁっ!」

 デスサイズに魔力を込めた下から掬い上げるような一撃。それだけでも自分の甲殻を砕き、あるいは斬り裂くだけの威力を持っているのは理解していたが、レイが狙ったのは甲殻のつなぎ目の部分。いわゆる関節だった。
 そしてそれをコルドが悟った時には既にどうしようもない程にその刃は近付いており、次の瞬間にはレイの振るうデスサイズの刃は右脇腹から伸びている触手3本と同時に右腕の肘から先が綺麗に斬り裂かれて宙へと飛ばされる。

「ぐっ!」

 さすがに魔獣兵とは言っても痛覚はあるのか、右の鋏を斬り飛ばされた痛みに呻くコルド。そしてレイは一瞬ではあるが痛みで動きの固まった隙を見逃す程には甘くはなかった。

「がぁっ!」

 再び呻くコルドの声。
 レイが右の鋏へと放った刃の斬り上げ、その返す刃で左肩の関節も切断したのだ。
 右腕の肘から先と左腕丸々1本。それもコルドの最大の武器でもある鋏を失ってしまった以上は既に攻撃手段は殆ど残されていない。防御に強い効果を発揮する脇腹から伸びている触手も左右の3本全てが切断されており、既にコルドに攻撃が可能な手段は殆ど残っていなかった。……たった1つ、つい先程防がれたウォーターブレス以外は。

(そのまま近付いてこい。例え俺がこの場で死ぬとしても、魔獣兵として最低限の仕事はさせて貰う。俺達魔獣兵は常に結果を出し続けなければならない。それが、それこそが後に続いた者達の糧となるのだから)

「……」

 右肘と左肩を切断された衝撃を受けて吹き飛ばされたコルドは、逆転の一撃に最後の希望を託して気を失った振りをし、自らの最後の一撃を放つ隙を狙う。
 ざっざっざ、と庭の地面を踏んでレイが自分に近付いてくる音を聞きながらタイミングを見計らい……

(……?)

 地面へと倒れ込んでいる自分の数m程先で足音が途絶えたのを疑問に思う。
 しかしそれでも自分がまだ意識を保っていると相手に知られる訳にはいかない為、ひたすら目を閉じて隙を窺うコルド。
 その音に気が付いたのは、コルドが最後の一撃を放つ為に意識を極限まで集中していた為だろう。そうでなければ恐らく見逃していた音。自分の真上から聞こえて来る、そしてそのまま真下に。つまりは自分へと向かって降って来るその音に。

「っ!?」

 咄嗟に下半身の触手を動かして移動する。次の瞬間には一瞬前までコルドのいた場所へとレイがデスサイズの柄を振り下ろしていた。

「……だろうと思ったよ。魔獣兵とか言ったか? ベスティア帝国の切り札があの程度で気絶をするとは思ってなかったんでな」

 殆ど音を立てずに地面へと着地し、デスサイズを構えながら呟くレイ。

「……」

 コルドもまた騙し討ちの一撃が効果が無いと知り、苦々しげに唇を歪めながら下半身の触手を使って起き上がりレイと向き直る。

「さて、どうする? もうお前に攻撃の手段は残されていないだろう? このまま降伏してくれると楽でいいんだがな。素直に情報を話すのなら恐らくそれなりに好待遇で迎えて貰えると思うぞ?」
「……」

 レイからの提案は一顧だにしないとばかりに無視を貫く。
 コルドにしてみれば、もし今ここで自分が裏切りを働いてしまうと他の魔獣兵達に対する扱いが酷くなるというのは自明の理であり、そうである以上はここで降伏という手段を選ぶことは絶対に出来なかった。

「どうやらそのつもりはない、か。何に義理立てしてるのかは知らないが、そんな身体にされた相手に忠誠を誓う必要があるのかね」
「貴様には分からんさ。……そう、貴様のように才能のある者には俺達の気持ちは決して分からん!」

 今までの感情の無い平坦な声が嘘であるかのように叫び、甲殻に覆われた顔の口から再び放たれるウォーターブレス。
 だが不意打ち気味に放たれた最初の一撃ならともかく、既にレイはその存在を知っている以上対応するのはそう難しくはなかった。

「っと!」

 自分の顔面目掛けて飛んできたウォーターブレスに対し、顔を数cm程度動かして回避するレイ。

「奥の手を見せた以上、それが2度も3度も通用すると思われては困るな。それよりも降伏しないとなると多少強引な手段に出ることになるが……構わないな?」
「くっ!」

 デスサイズを構えつつ近付いていくレイ。それを何とか防ごうと連続してウォーターブレスを放つコルドだったが、その全てを回避し、あるいはデスサイズで防ぎ続けるレイ。そしてやがてウォーターブレスとして吐き出される体内の水分が無くなったのか、ただ黙って自分へと近付いて来るレイへと視線を向けていた。
 その目は殆ど感情を現してはいなかったが、それでも決して自分は屈しないと言う意志が込められている。

「出来ればお前が動けないように下半身の触手を斬り捨てたい所だが、さっきの様子を見る限りでは再生するんだろうな。そうなると、気を失って貰うしか無いか」

 微かに眉を顰めてコルドへと視線を向けるレイ。その身体の殆どが甲殻によって覆われており、防御力に関しては折り紙付きだと言ってもいいだろう。そんなコルドを気絶させるような一撃となると、デスサイズに魔力を込めて行うしか無いのだが……

「まぁ、生きてさえいればラルクス辺境伯の方で何とかしてくれるだろ。……死ぬなよ」

 呟き、デスサイズに魔力を通してその柄で鳩尾を突こうとしたその時。

「っ!?」

 視界の隅で何かが動いたと思ったその瞬間。レイは地を蹴ってコルドの前から飛び離れていた。

「……」

 起死回生の一撃を狙ったのだろう。無念そうな表情を浮かべるコルド。
 そのコルドから距離を取ったレイが一瞬前まで自分のいた場所へと視線を向けると、そこにはまるで槍のように鋭く尖った切っ先を持つ2本の触手が地面へと突き刺さっている。その触手を辿った先にあるのはコルドの下半身だった。
 下半身から生えている20本近い触手。その中で2本だけ他の触手よりも長く、そしてその先端が鋭く尖っている物があったのだ。

(……触腕って奴か?)

 触腕。それはイカが持っている足の中でも特に長い2本を指す。イカが獲物を捕らえる為に使う器官であり、イカにとっては最大の武器と言えるだろう。

(まさか、本当にイカを使った魔獣兵とかじゃないだろうな? いや、そもそもイカはモンスターじゃないから魔石なんか無い筈だし)

 内心で疑問に思いつつ、鞭の如く振り回される触腕目掛けて素早くデスサイズを一閃する。

「ぐっ!」

 下半身から生えている他の触手と違い、痛覚がきちんとあるのか苦痛の声を上げるコルド。一瞬だけ動きの止まったその隙を逃さず、レイは横に一閃したデスサイズを握っていた手首を返し、柄の先端をコルドの胴体へと向けてそのまま勢いを付けて突き出す!
 生半可な剣なら逆に折ってしまう程の固さが自慢のコルドの甲殻だが、さすがに魔力を込めたデスサイズを防ぐことは出来ずに鳩尾へと柄の先端が甲殻を破壊しながらめり込んでいく。
 そのまま力の限り柄を埋め込んでいれば苦もなくコルドの鳩尾から背中へと貫通していただろう。だが今回の目的はあくまでもベスティア帝国の……それも、その全体像が把握し切れていない魔獣兵という存在の情報を得る為の捕虜なのだ。その為、殺してしまっては元も子もない。
 あるいはボルンターの執務室で抑えている筈の錬金術師や、セトと激しい戦いを繰り広げているミナスからも情報は入手出来るかもしれないが、
情報源は多い方がいいだろうという判断だった。

(まぁ、このコルドとか言う奴の言動を見る限りでは義理堅い性格をしているから、そうそう仲間の情報を売るとは思えないけどな。その辺は尋問するラルクス辺境伯の部下に頑張ってもらうとしよう)





 レイがコルドを半死半生の状態で気絶させた頃、セトとミナスの戦いもクライマックスを迎えようとしていた。

「くっ、何で……何でっ!」

 どこからともなく取り出した鞭を振るうも、その先端は自由に空を飛び回るセトに対してはかすり傷一つ付けることすら出来ていなかった。
 魔獣兵という括りは同じであっても、両腕が巨大な甲殻類の鋏と化しているコルドと違いミナスは鱗こそ生えてはいるが普通に人間の手のままだ。その為、純粋な一撃の威力という意味ではコルドよりも大幅に劣るのだが、人間同様の器用さで武器を使えるという特徴があった。
 ベスティア帝国の行っている継承の儀式は簡易版という影響もあり、実際に儀式を完了するまではどのような姿形になるのかは全く不明だ。魔石の質、被験者のもつ個性や身体能力、魔力、性格。そして魔石と被験者との相性。それらが複雑に絡み合って最終的にどのような姿になるのかが決まるのだ。そう言う意味ではまだ人間の形を保ったままのミナスは魔石との相性が良かったのだろう。
 だが幾ら魔石との相性が良くても、さすがにグリフォンを相手にするのは無理があった。
 戦闘開始当初こそ魔獣兵である自分が、幾らランクAモンスターとは言っても所詮はモンスターに負けるとは思いもしなかったミナスだったが、その己に対する過信は戦闘開始数分で崩れていく。

「このっ! ケダモノの分際で魔獣兵である私より強いなんて……絶対に認めない。認められるものですかっ!」

 叫びつつ鞭を振るうミナス。
 魔獣兵として通常の人間に比べて数倍の膂力を誇るミナスが振るう鞭だ。その膂力で振るわれた鞭は目にも止まらぬ速度でセトへと襲い掛かるのだが、セトはその全てを見切って回避し、あるいは前足で弾いていく。

「グルルルルゥッ!」

 パーンッ! という音が周囲へと響き渡る。
 だがその音が鳴るということは、鞭がセトへと命中せずに地面へと叩き付けられている音なのだ。
 そしてそれを見たセトは、まるで空中を蹴り上げるようにして翼を羽ばたかせて上空へと舞い上がっていく。
 こうなるともう、遠距離攻撃の手段が無いミナスにはセトが降りてくるのを待つしかなかった。
 そしてセトは空中を自由自在に飛び回り、隙を狙ってはミナスへと上空から襲い掛かる。
 だがセトもまた、ある意味でハンデを背負っていた。何しろこんな街中。それもボルンターの屋敷から数え切れない程に複数の視線を向けられているのだ。そんな中で魔獣術の特徴でもある、他のモンスターの魔石を吸収して習得したスキルを迂闊に使う訳にもいかない。使えるとすれば夜の暗さで誤魔化しやすいサイズ変更くらい、とセトは理解していた。あるいは毒の爪辺りなら使っても周囲の者達に決定的な瞬間を見られるようなことは無いかもしれないが、その毒の爪を受けた本人から情報が漏れる可能性もある以上はこちらも使えない。

「グルルルゥッ!」

 結局は肉弾戦で取り押さえるしかないと判断し、20m程の高さから自分へと鞭で狙いを付けているミナスへと向かい急降下を開始する。

「来たわね!」

 ミナスもまた、セトの身体を鞭で打ち据えるべく待ち受け……

「はぁっ!」

 セトの身体が射程距離内に入った所で鞭を振るう。しかし。

「グルゥッ!」

 高く鳴いてサイズ変更のスキルを使用したセトの身体が次の瞬間1m程にまで縮む。
 この時、鞭を回避する為にバレルロール回転のような動きをしながらの急降下だったのでセトの動きを見ていた殆どの者は違和感は受けたが、明確に身体が縮んだというのを確信出来る者はいなかったのは幸いだっただろう。もちろんセト自身それを狙ってのバレルロール回転だったのだが。
 そのまま身体を縮めたバレルロール回転で高速で放たれた鞭を回避しつつ、ミナスへと急降下するセト。

「グルルルルゥッ!」

 そして鞭を回避したと見るや否や、再びサイズ変更のスキルを使用して元の大きさに戻り……

「グルゥッ!」

 右前足を横に振るう。

「キャアアアッ!」

 もちろん普通の一撃ではない。グリフォンの、セトによる一撃なのだ。その威力は凶悪と言ってもいい程のものであり、幾ら魔獣兵でその身を鱗で覆っているミナスと言えども防ぎきるようなことは出来ず、真横へと10m近く吹き飛ばされ、その衝撃により気を失う。
 つい数分前までは激しい戦闘音が周囲へと響き渡っていたこの庭も、戦闘が終了して再び夜の静寂へと包まれる。
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