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レジェンド 作者:青竹

0158話

 ダンスホールでの戦闘を終え、ガラハト達はボルンターの屋敷の中を進んで行く。
 たまにメイドや料理人といった屋敷で雇われている者達とも遭遇するが、幸いなことに遭遇した人物は殆どがボルンターよりもガラハトに対して好意を持っており騒ぎになるようなことは無かった。
 もっとも、それはガラハトが自分がアゾット商会の代表になった後もきちんと雇うと約束をしたからというのも大きかっただろう。そうでなければ、ここで騒いでボルンターを相手に点数稼ぎをするという者もいたのだろうから。

「……で、ボルンターがいる筈の執務室ってのは俺が奴と会った場所の近くでいいんだよな?」

 セトと共に先頭を歩きながらレイが尋ねると、ガラハトは小さく頷く。

「ああ。それに関しては間違い無いと思う。普通なら屋敷が襲われた時に避難する為の部屋を用意するものなんだが、兄貴はこの屋敷に絶対の自信を持っていたからな。実際、これまでこの屋敷に忍び込んで無事だった奴はいないんだし」

 それは警備として雇っている冒険者や、屋敷の周囲を固めるかのように柵や塀をマジックアイテムと化しているのも影響していただろう。そこを突破出来るようような者は数少なく、そしてもし突破したとしてもランクB冒険者であるガラハトを始めとした冒険者達が常駐しているこの屋敷はちょっとやそっとでどうにか出来るようなものではなかったのだ。

「でも、それはガラハトさんがいたからこそですよ。実際ガラハトさんを切り捨てる判断をボルンターがした後にこの屋敷の警備に回されていたのは、殆どが俺から見ても雑魚同然の奴等ですし」
「質が低いというのは確かにな。ダンスホールで戦った奴等が最精鋭と言っても良かったんだろうけど……あの様じゃな」

 そう呟きつつも、レイの脳裏にはハルバードの男が過ぎっていた。

(あの男だけは例外だった。ランクB相当の実力を持っているとか言っていたテンダと比べても圧倒的な実力だったからな。幸い何故か全力を出さずにこちらの様子見をしているような感じで戦っていたからどうにでもなったが……もしあのまま戦いを続けていれば、負けはしないまでも決着が付くまでは長引いただろう。特に常時回復効果を持ってるらしいマジックアイテムが厄介極まりない。セトが付けてはいるものの、敵に回すとあれ程面倒臭いとはな)

 セトも常時回復効果のある慈愛の雫石というマジックアイテムを装備してはいるものの、元々がランクAモンスターである為に余程のことがなければダメージを受けるようなことはない。その為、これまでレイがその効果を実感した覚えが殆どなかった。

「あ、ガラハトさん」

 屋敷の中を歩いていると曲がり角から1人のメイドが姿を現す。10代後半だろう年齢の娘だ。
 そしてそのメイドの顔を見たガラハトの顔が微かに歪む。
 そこに浮かんでいるのは悔恨。何故なら目の前にいるメイドは己の兄が憂さ晴らしの為だけに鞭で幾度となく打ち付けた存在だったのだから。半分とは言っても血の繋がっている自分に何を言えるか。そうも思ったが、自分の表情が強張っているのを自覚しながらも何とか口を開く。

「……傷は、もういいのか?」
「はい。ガラハトさんが私に最優先で治療を受けさせるようにと指示してくれたおかげで、動くのにもう支障はありません」
「……そう、か」

 目の前にいるメイドへ何と言えばいいのかガラハトには分からなかった。確かに傷についてはもういいのだろう。最優先で治療を行うようにガラハトの権限で指示を出したのだから。だが、それでもその背に打たれた鞭の傷跡が残ってしまっているのは事実なのだ。皮が破け、肉が裂けた幾重もの傷跡が。まだ10代の少女だという目の前のメイドにとって、それはどれ程に心に傷を負わせたのだろうか。そう思うとガラハトは思わず自らの唇を噛み切り、一筋の血が唇の端から流れ落ちる。
 それを見てメイドの少女もガラハトが何を気にしているのか悟ったのだろう。笑みを浮かべてセトへと視線を向ける。

「ガラハトさん、この子が街で噂になっていたグリフォンですよね? 人懐っこいと聞きますが、撫でてもいいですか?」
「ん? あ、ああ。……レイ?」

 頼む、と懇願するような視線を向けられたレイは何となく2人の関係を感じ取り小さく頷く。

「ああ、構わない。基本的に人懐っこいからな。害意を持って撫でるんじゃなきゃセトは大人しいから安心しろ」
「ありがとうございます。では」

 笑みを浮かべてレイへと頭を下げ、セトの頭へと手を伸ばしていく。

「グルゥ?」

 喉の奥で小さく鳴き声を上げ、小首を傾げるセト。その様子を見ていたメイドは、目の前にいるのがランクAモンスターという存在だというのが信じられないとばかりに笑みを浮かべてその背を撫でる。

「わっ、凄い滑らかな毛触り。こんなの初めてです」
「そうか、良かったな。……それよりも、兄貴がどの部屋にいるか知らないか?」

 自らの兄に酷い扱いを受けた少女に尋ねるのは酷だとも思ったが、今は一刻を争う事態でもある。この屋敷に集まっていた冒険者やチンピラといった戦力になる者達はほぼ全て倒すか無力化した筈だが、それでも何らかのイレギュラーな事態が起きる前にこの馬鹿げた騒ぎを一段落させたい。それがガラハトの正直な気持ちだった。そうすれば目の前にいるメイドの少女も結果的に安全だと己に言い聞かせて。

「ご主人様なら応接室の方にいます」
「……執務室じゃなくてか?」

 応接室と聞かされ、思わず聞き返すガラハト。執務室の方はボルンターが長時間いる必要がある為、相応に防御能力のあるマジックアイテムの類が置かれている。それなのにこの状況で応接室にいるというのが分からないのだ。
 もちろん応接室と言うからには尋ねてきた人物と会う場所であり、自分が相応に恨まれていることを知っているボルンターとしてはいざという時の備えは欠かしてはいない。だがそれでも、自分が1日の大部分を過ごす執務室に比べるとその辺はどうしても疎かになる。それでも尚応接室にいる理由を考えると……

「誰か尋ねてきてる、のか?」

 自分の屋敷が襲撃されている現状で誰が尋ねてくるのか。そんな風に思いつつも、それでも応接室を使う理由としてはそれしか思いつかなかったのだ。

「はい。お客様がお見えです」

 そしてメイドはいともあっさりと頷くのだった。

「……一応雇い主だろうに、そう簡単に居場所を教えてもいいのか?」

 ふとそんな疑問を抱いたレイが尋ねるが、メイドは小さく首を振る。

「確かに私達はご主人様に雇われています。ですが、だからと言って物言わぬ人形ではありません。相応に感情もありますし、嫌なことをされれば不満だって抱きます。それに……」

 一瞬悲しそうな表情を浮かべるメイド。その理由に気が付いたのは、怪我をしているのを直接見たガラハト。そしてそのガラハトに付き添っていたムルトのみだった。
 その2人の気遣うような表情に気が付いたのだろう。再び笑みを浮かべて小さく首を振るメイド。

「私もこのギルムの街の住人です。ここで働いていれば、アゾット商会が色々と後ろ暗いことをしているのはさすがに知っています。それに対してガラハトさんが何とかやめさせようとしてきたことも。ですから、今回のこの騒ぎは起こるべくして起こったものだと思っています」
「違う!」

 小声ではありながらも、周囲の者達には間違い無く聞こえた苦悶の叫び。その声を上げたのはガラハトだった。

「俺は……俺は、今まで兄貴がやっていることを知りつつも結局は見て見ぬ振りをしてきたんだ。お前が言うような立派な性格をしている訳じゃない! 今回のこの騒動にしたって、レイが2度は無いと宣言したにも関わらず、すぐに手を出そうとしたのを知ったからだ。兄貴がレイに殺されるよりは、俺が兄貴をアゾット商会の会頭から引きずり下ろしてレイに手出しが出来なくなるようにする。本当にそれだけを目的にして今回の騒動を巻き起こしたんだ。最初にも言ったが、俺はお前達が思ってるような奴じゃない。身勝手なだけなんだ」

 絞り出しながら告げるその声に、周囲は静まり返る。そしてメイドは笑みを浮かべながらガラハトへとそっと手を伸ばし、力の限り手を握りしめた為に爪によって皮膚が破れ、床へと血が数滴零れ落ちている手を握りしめる。

「駄目ですよ、ガラハトさん。ガラハトさんはこれからアゾット商会を背負って立つ方なんですから、こんな怪我をしちゃ。……今はちょっとこれしかないので、すいませんが我慢して下さいね」

 ポケットから出したハンカチを口へと運び、歯で抑えて2つに裂き、それぞれのハンカチでガラハトの手の平を覆って結ぶ。

「今はこれしか出来ませんけど、なるべく早く治療をして下さいね」
「……何でだ」
「何がですか?」
「何で何も言わない? 今言っただろう? 俺はこれまで兄貴が何をやっているのかを知りながら、それでも兄貴を止めなかったんだ。それを何で……俺がもっと早く行動に移していれば、お前も兄貴の憂さ晴らしなんて下らない理由で一生残るような傷跡を付けられることもなかったのに」
「それでも……」

 ハンカチで血止めをした手を握りしめるメイド。

「それでも、ガラハトさんは最終的には立ち上がってくれました。それが例えお兄様を助けたいと言う自分自身の思いからだとしても、それで助かる人が出るんならいいんじゃないでしょうか? 少なくても私はそう思います」
「……」

 笑顔を浮かべるメイドに、唖然とした表情を返すしかないガラハト。
 やがてじっと自分の顔を見つめられて恥ずかしくなってきたのか、メイドは顔を赤くしながら悪戯っぽく笑みを浮かべて口を開く。

「そうですね、それじゃあもし私を貰ってくれる人がいなくて売れ残ったりしたら……ガラハトさんが貰ってくれますか?」
「なっ! いや、待て。年の差を考えろ。俺とお前は軽く10歳以上は離れているんだぞ!?」
「そのくらい年の差がある夫婦は珍しくありませんよ?」

 メイドの言葉に頬を赤く染めるガラハト。そんな、見ている方が背中が痒くなるようなやり取りを止めたのは当然と言うべきか30を越えてもまだ独身で恋人すらいないフロンだった。

「ええいっ、こんな場所でいい加減にしろ! イチャイチャしたいんなら、この騒ぎを終わらせてからにしろ!」

 そう一喝するフロン。その言葉に多分に嫉妬が混ざっていたのはある意味しょうがないことだったのだろう。

「きゃっ、わ、私ったら何を。す、すいません。メイド如きが調子に乗ってしまって」
「そ、そうだな。確かに今は兄貴を止めるのを優先しないとな。その、この件についてはまた今度話すとしよう。今夜は色々と騒ぎになるだろうから取りあえずどこかの部屋に隠れていてくれ。これまでに会った使用人達にも言ってはいるが、この屋敷で働いている他の奴等も一緒にな」
「……はい。ガラハトさんもお気を付けて」

 頬を微かに染めて頷くと、メイドはそのままレイ達……と言うよりもガラハトの前から去って行く。
 その背を見送っていたブラッソがふと何かに気が付いたように呟く。

「今の娘。ガラハトにだけ気を付けるようにと言っておったが……儂等はどうなってもいいのかのう」
「けっ、恋する女の目に入っているのはその相手だけなんだろうよ。さて、それよりも……応接室とやらはどこにあるんだ? おい、色惚けしてないでさっさと正気に戻れ」

 フロンの言葉にメイドを見送っていたガラハトが我に返り、気を取り直すように小さく咳をする。

「すまない。で、応接室だったか。それなら2階にある。ただしダンスホールの所にある階段とは違う階段から上がらないといけないがな。方向に関してはこっちで間違ってない」
「そうか。じゃあさっさとこの騒ぎを終わらせようぜ。明日にはハーピーの解体も……」
「いや、ハーピーの解体は無理して明日じゃなくてもいいんじゃないか? この騒動を終わらせてから一眠りしてハーピーの解体をするっていうのはさすがにちょっと厳しいだろう。ただでさえ俺は明日の午後から依頼の面接を受けないといけないんだし」

 既にギルドでレノラと話した依頼の面接については随分と前の出来事だったように思い出すレイ。何しろ1日で色々な出来事がありすぎたのだから無理もない。

「そうじゃな、ハーピーの件に関しては明後日以降でもよかろう。レイのアイテムボックスが無ければ、多少無理をしてでも腐る前に素材の剥ぎ取りをしなければならないんじゃがな」

 ブラッソも頷き、フロンも異論が無いのか特に何も言わずに廊下を進んでいく。そして……

「あの部屋だ」

 10分程進み、やがて見えてきた扉へと視線を向けながらガラハトが呟く。

「この屋敷の中で応接室は何ヶ所かあるが、この非常時に兄貴が使うような応接室と言われれば外への脱出路が隠されているあの部屋で間違い無いだろう」
「脱出路?」
「ああ。応接室の中にある戸棚を動かすことで外へと続く脱出路が現れる。兄貴が……と言うよりも、代々のアゾット商会の会頭達が念の為に用意しておいた脱出路だ。部屋に入って右側の壁にある戸棚が脱出路の入り口になっているから、まずそこを抑えてくれ」
「……セト」
「グルゥ」

 レイの言葉に、任せろとばかりに頷くセト。
 少なくてもボルンターが1人でセトへと立ち向かって脱出路へと逃げ込むのはまず不可能だろうとレイも満足気に頷く。

「よし。……行くぞ!」

 ガラハトがそう声を掛け、応接室の扉を開いて中へと突入していくのだった。
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