0157話
「……お嬢様から聞いてはいたが、まさか本当にあれ程の腕を持つとはな」
つい先程までレイと戦っていた男は、そう呟きながら顔を覆っていたフルフェイスを外して小さく呟く。
その中から出て来たのは30代後半程の男の顔だ。そのまま砕けたり、ヒビが入っていたりするフルプレートメイルを強引に脱いでいき、やがてその下からはチェーンメイルを盛り上げる程の強靱に鍛えられた筋肉に包まれた姿が現れる。
「それに、あのグリフォンや馬鹿げた魔力の大きさ。本当にあんな逸材がこんな辺境に眠っているとは。いや、あるいは辺境だからこそ……か?」
フルプレートメイルを全て脱ぎ去り身軽になった男は、長年の愛用の武器でもあるハルバードを手に持ち気配を消しながらボルンターの屋敷から離れていく。
「お嬢様の人を見る目は狂っていなかった。そうなると、公爵の方でも動く必要が出て来るか。だが……ラルクス辺境伯程の人物があの男程の実力者を放っておくとも思えん。中立派にあれ程の力を持つ戦力が加わるのは公爵としても面白くはないだろうが……ベスティア帝国の影がある以上は権力闘争に明け暮れる訳にもいかないしな」
呟く男。
もしこの場にこの街の領主であるラルクス辺境伯のダスカーがいればこの男の正体が誰かはすぐに分かっただろう。あるいは、この街に駐留している貴族なら中立派、国王派、貴族派のどの派閥であろうと目を見開いていた筈だ。
なぜならこの男の名前はフィルマ・デジール。貴族派の中心人物でもあるケレベル公爵が所有する騎士団の頂点に立つ人物なのだから。
そもそも、本来であればこの場にいてはいけない人物であるフィルマが何故この場にいるのか。それはケレベル公爵が娘であるエレーナからレイの話を聞いたからだ。底の知れない実力を持つ冒険者、ランクAモンスターであるグリフォンを従えている冒険者、途方もない程の魔力をその身に宿している冒険者。恐らく将来的にはランクSにすら届くだろう可能性。それらの話を聞いたケレベル公爵は、もし本当にそれ程の実力者が隠れていたとしたのなら是非抱え込みたい。そう思いセイルズ子爵家に対する追撃を終えて戻って来たフィルマへと命じたのだ。ギルムの街へと赴き、レイという冒険者の実力を確認してこいと。
本来であれば騎士団長ともあろう人物がわざわざ出て来るような仕事ではない。だが幾つかの要因が重なり、フィルマが自ら出向くことになった。
まず第一に、セイルズ子爵家の追撃を完遂出来なかったということに対する罰……という名目。
当然ながらベスティア帝国へと逃げ込むであろうセイルズ子爵家を、一度の追撃で一族郎党全て皆殺しに出来るとは思っていなかったケレベル公爵としては、あくまでもそう言う名目を使うことにより、本来であれば簡単に動かせない騎士団長という人物をこの任務を任せることが出来たのだ。
第二に単純な理由として、ケレベル公爵が姫将軍と呼ばれているエレーナよりも信頼出来る人物がフィルマしかいなかったからだ。もちろん他にも他人の能力や適性を見抜けるような者達はいないこともないのだが、その殆どは何らかのしがらみを抱えており能力的にはともかく、その他の面で信頼出来ない所があった。
それ故、半ば骨休めの意味も込めてギルムの街に対して送り出されたフィルマは素性を隠してギルムの街に入り、協力者の伝手を使って目的の人物がアゾット商会と敵対しているのを知り、ケレベル公爵から聞いていた情報通りの戦闘能力を持っているかどうかを自らの手で確かめたのだ。
「それにしても、まさか俺と互角以上の実力を持っているとは思わなかったが。いや、向こうは明らかに手加減していたのを思えば俺よりも強いのは確実か? ……この場合はあれ程の人物の能力を見極めたお嬢様の人を見る目を褒めるべきか。ケレベル公爵としてはその辺、気が気ではないだろうがな」
厳格に見えても、それはあくまでも表向きにそう言う態度を取っているだけであり、実は自分の愛娘に強い愛情を抱いている主君の顔を思い出して苦笑を浮かべるフィルマ。レイという人物の性格や能力を説明していた時に見た主君の娘が浮かべていた表情は、とても姫将軍と呼ばれる程の異名を持つようなものではなかった。どちらかと言えば好きな相手を想う乙女と言っても良かっただろう。
今まで恋の一つすら知らずに、ひたすらに武の道を歩き続けてきたエレーナの様子を思い浮かべて口元に微かな笑みを浮かべる。
だがすぐに小さく首を振り、自らと戦ったレイとの戦闘を思い出し視線を自らの長年の相棒でもあるハルバードへと向ける。
「それに能力だけじゃない。あの大鎌も相当に高レベルなマジックアイテムの筈だ。何しろあの伝説の錬金術師、エスタ・ノールの作品であるドラゴンファングとまともに打ち合う……いや、打ち勝つ程の代物だしな」
そう。フィルマの持っているハルバードは、ゼパイル一門にして魔法時代最高の錬金術師として名を馳せたエスタ・ノールが作り出したマジックアイテムだった。その効果は使用者の魔力を消費してその分一撃の威力を高めるという物だが、単純な効果であるだけにその信頼性は高い。そしてレイはその魔力で強化された一撃と殆ど互角に……否、逆に自分の一撃よりも尚強烈な攻撃を息を乱さずに途切れることなく繰り出し続けたのだ。
自らが仕える主に対して、エレーナの人を見る目は本物であったと報告することが出来るという吉報と、ギルムの街の領主であるラルクス辺境伯が目を付けている人材である以上は、レイを自分達の派閥に取り入れるのは非常に難しそうだという2つの報告を持ってフィルマは夜の街から姿を消すのだった。
「ぐわぁっ!」
ランクCパーティ雪原の狼のメンバーでも最後の1人となった槍を持った男が苦悶の声を上げながら吹き飛ばされ、そのまま地面へと叩き付けられた衝撃で気を失う。
「予想外に手こずったな」
気を失っている3人のメンバーを見ながら呟くレイ。
本来であればフロンとブラッソを相手にしてようやく互角だったのだ。そこにさらにレイが加わってしまえばどう考えても勝ち目が無いのは明らかだったのだが、雪原の狼のメンバー達はブラッソの降伏を促す言葉には耳も貸さなかった。そして最終的にはレイが加わったことによる戦力の天秤を覆すことが出来ずにそのまま全員が気を失うまで戦闘を続けたのだった。
「アゾット商会に雇われている冒険者って言ったら、碌でもない奴等が殆どだと思ってたが……こいつ等は骨があったな。俺がギルドでちょっと聞いた感じだとここまで根性のある奴等じゃなかったんだが」
乱れた息を整えながらフロンが呟き、同感だとばかりにブラッソも頷く。
「そうじゃな。じゃが、此奴等のパーティはランクアップしてからそれ程経っていない。そんな状態で敵にあっさりと降伏したという噂が立つのを恐れた……と言うのもあるんじゃろうな」
「なるほどな。まぁ、確かにランクアップした直後に敵に降伏するようなパーティとか噂を立てられると、以後の依頼に関しても足元を見られたり、同業者に甘く見られたりするか」
剣士の男はブラッソの地揺れの槌を胴体に食らって気絶をし、槍使いはそれぞれフロンが与えた首筋への一撃と、レイによって振るわれたデスサイズの柄による一撃で気を失っていた。雪原の狼のメンバーで最も運が悪いのは、やはりと言うか当然と言うかレイにより気を失わされた槍使いの男だろう。フロンの一撃で気を失った槍使いの男は骨折もしていないし、装備品の破壊もない。剣士の男は肋骨を数本骨折してはいるが、モンスターの皮で出来ている故に柔軟性のあるレザーアーマーは殆ど損傷がない。それに比べてレイの一撃を受けた槍使いの男は、デスサイズの柄の一撃を防ごうと咄嗟に盾代わりにした槍をへし折られ、それでも勢いの殺されていない一撃で右腕の骨も同様に折られ、金属鎧と肋骨を纏めて砕かれたのだ。治療的な意味でも、装備品の金額的な意味でも最も不運なのは間違い無かった。
「……ん? どうした?」
気絶した3人を見ていたフロンが、ふと自分を睨みつけているムルトと苦笑を浮かべているガラハトに気が付き尋ねる。
先程のフロンの発言、『アゾット商会に雇われている冒険者は碌でもない奴しかしない』と言うのに自分も含まれていることに気が付いた為に向けられたムルトの視線と、これまで尊敬するとは言っても兄の所業を止められなかったガラハトの自嘲の笑みを見て、それでもフロンは何が原因でこうなったのかを理解していなかった。
「いや、何でも無いさ。確かにアゾット商会に雇われている冒険者は碌でもない奴等が殆どだってのは俺を含めて事実だしな」
ガラハトにそう言われ、ようやくフロンもムルトの怒ってる理由を理解したのだろう。頬を掻きながら明後日の方へと視線を向けて誤魔化すような笑みを浮かべるのだった。
(何やってんのやら)
そんなやり取りを眺めつつ、内心で溜息を吐いてデスサイズを肩で担ぎながら周囲を見回す。一番最初に掛かって来たテンダは肋骨を砕かれて気絶しており、雪原の狼の3人も同様に気絶している。そして……
「ひっ!」
「……」
レイの視線は自分に敵対した人物でまだ意識を保っている中年の女魔法使いと、未だにセトに背を押さえつけられて動けなくなっている弓術士の男へと向ける。
そしてその視線を受けてあからさまに怯え、腰を抜かしたまま両手で這うようにして背後へと下がっていく女魔法使い。
(……こっちは駄目だな。完全に話をする余裕すらない)
内心で呟くレイだが、それも無理はなかった。まだ技術的な問題で完全に使いこなせてはいないが、元々レイ自身が持つ魔力は莫大であり魔人と呼ばれたゼパイルすら凌駕する程の量と密度を誇っているのだ。それ故にこれまでにも何度か魔力を感じ取る能力を持つ魔法使い達や、ルーノのように魔力を視認出来る者達はレイの持つ魔力に恐怖した。そしてそれは今レイの視線の先で必死に逃げようと両手だけで後退っている女魔法使いも同様だったのだろう。だが女魔法使いの不幸は、そんなレイと敵対したことだった。レイから感じられる莫大な魔力を使った魔法を放たれたらどうなるのか。魔法使いとしての才能の差を文字通りの意味で感じ取った女は戦意を根こそぎ喪失してしまったのだ。
「……向こうがああだから、結局お前に聞くしか無い訳だが」
セトの右前足によって押さえつけられている弓術士へと視線を向けるレイ。
だが弓術士は何一言喋ることもなく、ただ黙ってその鋭い視線をレイへと向けている。
「はぁ。アゾット商会の切り札とも言えるお前達が破れた以上、もう勝ち目が無いと言うのは分かっているんだろう? ならさっさとガラハトに協力した方がいいと思うんだがな」
「……」
「向こうに残っている戦力は? ボルンターがまだ何かを企んでいるかどうかを知っているか? 今回の件にアゾット商会の幹部達はどこまで噛んでいる?」
「……」
相次いで放たれるレイの質問だが、その全てに無言で返してくる弓術士。
「……こう言う真似は好きじゃないんだけどな。セト」
「グルゥ」
レイの指示に小さく鳴き、弓術士の背中を押さえつけていた前足へと力を入れるセト。
「っ!?」
背中から押さえつけられるセトの力により、自分の身体の中で背骨がミシミシと音を立てているのを感じ取った弓術士の男だが、それでも尚その口から情報が漏れることはなかった。いや、それどころか苦悶の声すらも漏らされていない。
「レイ、駄目だ。こいつは自分の仕事にプライドを持っている目だ。ちょっとやそっとじゃ雇い主の不利になるような真似はしないぞ」
レイと無言の弓術士のやり取りを眺めていたフロンが溜息と共に呟く。
その声を聞きブラッソやガラハトへと視線を向けるレイだったが、その2人も黙って首を振って情報を引き出すのは無理だと態度で示す。
「……ランクが上になるとそれなりの奴が増える、か」
呟き、気絶しているテンダの方へと視線を向ける。
(もっとも、ああいう戦闘狂っぽい奴も増えるからな。それなりとは言っても、一概に良い意味でのそれなりって訳じゃないんだろうが。どちらかと言えば個性的になるとでも表現した方がいいのか?)
テンダの方を見ていた視線を逸らし、ガラハトへと視線を向ける。
「で、こいつはどうするんだ? こっちに協力をしないんならこのまま放って置いて背後から攻撃されるのは御免だし」
「そうだな。……最後にもう1度だけ聞く。俺に協力をするつもりは無いんだな?」
ガラハトの問いにも無言で返す弓術士の男。
自分に向けられるその視線をじっと見つめ……やがてガラハトは溜息を吐いて口を開く。
「レイ、気絶させてくれ。俺がアゾット商会のトップになったらそいつは信頼出来る。ここで下手にダメージを負わせたくない」
「分かった」
溜息を吐き、セトに押さえつけられている弓術士の首筋へと手刀を入れ、そのまま気絶させるのだった。
「取りあえずこれで兄貴側の冒険者はほぼ全滅したと見てもいいだろう。まだ何人かは残っているかもしれないが、それでも極少数の筈だ」
ガラハトの言葉に頷き、ボルンターが待っているであろう執務室へと向かうべくレイ達はダンスホールを出て行く。
「……兄貴、そろそろこの馬鹿騒ぎもお終いの時間だ」
レイ達の後に続こうとして、ガラハトが呟いたその言葉が既に意識のある者がいなくなっているダンスホールの中に不思議と響き渡った。

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