挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
レジェンド 作者:青竹

0154話

 ボルンターの屋敷の扉の前。そこは現在静寂に包まれていた。
 レイ達を包囲していたチンピラや低ランク冒険者達だったが、今見た光景に言葉も出なかったのだ。
 何しろレイが巨大な鎌を振るうや否やその斬撃が飛んでいき、庭にある巨木の枝を切断してそこに潜んでいた弓使いを地面へと落とし、返す刃で再び放たれた飛ぶ斬撃で屋敷の2階にある窓と壁を斬り裂き、そして最後にはいつの間にか移動していたレイが振るったデスサイズの柄による一撃で巨漢と言ってもいいバルガスが吹き飛ばされて扉を破壊し、屋敷のエントランスホールの中にまで突っ込んでいったのだ。

『……』

 あまりと言えばあまりのその展開に、誰もが何も口に出すことは出来ないままレイへと視線を向けている。
 尚、ガラハトを狙って放たれた矢をセトがその鷲爪で弾き返したりもしていたのだが、レイの行動が派手であった為に殆ど目立ってはいなかった。
 最後に矢を放ってきた者もレイやセトがいる限り弓での攻撃に意味は無いと判断し、飛ぶ斬撃で他の者の二の舞になるのはごめんだとばかりに既に移動してその姿を消している。
 そんな沈黙が周囲を包む中、振り抜いたデスサイズを肩へと担いだレイが自分達を囲んでいる者達を一瞥する。

「さて、お前達の頼りだったバルガスはいなくなった訳だが……どうする? まだやる気がある奴がいるのなら1歩前に出ろ」

 そう宣言するも、今の凶悪とも言える一撃を見ては誰も前に出るようなことはない。
 吹き飛んでいったバルガスへと視線を向ける者もいたが、つい数分前までは金属の鎧を装備していたバルガスは現在その鎧の脇腹部分を砕かれて完全に気を失ったまま屋敷の扉を破壊して気を失っている。
 もし意識を保ったままだとしたら肋骨の骨折で地獄の苦しみを味わっていただろう。
 現在ボルンターの屋敷にいる中でも上位の実力を持つバルガスが手も足も出ずに、文字通りの意味で一蹴されたその光景。それはその場にいた者達の戦意を削り取るという意味ではこれ以上ない効果を持っていた。

「どうした? さっきまで俺に向かって威勢のいい声で吠えてたじゃないか。その実力を見せてみろよ。この人数差で向かって来るのは常識がないとか、尻尾を巻いて逃げ帰れとか言っていただろう?」
『……』

 レイの圧倒的な実力を見てしまった今では何かを言うことは出来無かった。もし何かを言ったとしたら、それが敵対行為と受け止められてバルガスと同様の運命を辿ることになるだろうと本能的に理解していたからだ。

「全く、雑魚共が。群れて強気になったと思ったら、すぐにこれか。……まぁ、いい。ならどこへなりとも散れ」
『……』

 そう告げるレイだが、かと言ってこの場から逃げるとアゾット商会に目を付けられるということになりそれも出来ない。
 だが、そのどっちつかずの態度がレイの苛立ちを誘う。

「これから俺達はボルンターの屋敷に乗り込む。それを許せないと言うのなら、俺の前に立ち塞がれ。その場合は当然敵と見なして排除させて貰うがな。それが嫌な者はさっさと尻尾を巻いて逃げ帰れ。……行くぞ」

 自分の背後にいる、フロン、ブラッソ、ガラハト、ムルト。そしてセトへと声を掛けて1歩を踏み出す。当然その肩にはデスサイズが担がれており、いつでも振るえるように準備は整えられていた。
 レイ達が1歩を踏み出すごとに包囲していた者達は1歩下がる。そんな状況が続き、最終的には何の手出しをするまでもなくレイ達は無事に門の前へと辿り着く。とは言っても、既に門は先程吹き飛ばされたバルガスによって強引に開かれているのだが。
 そしてその門の前ではサンカントとフェーダー。2人の門番が槍を構えてその場に留まっていた。

「退け」

 短く命じるレイ。その声を聞いたフェーダーは一瞬大きく震えて相棒のサンカントへと視線を向けるのだが、サンカント本人は顔を青くしてもその場を譲る様子は見せていなかった。

「お、おいサンカント」

 その様子に、思わず声を掛けるフェーダー。バルガスとやり合った一連の出来事を見ていれば、レイが自分達でどうにか出来る相手ではないというのは明らかなのだ。それなのに何故立ち塞がるのかと視線で尋ねている。

「これまで俺みたいなのでも雇ってくれたんだ。それなりに恩は感じてるんでな。……フェーダー、別にお前まで付き合えとは言わないから好きにしろ」
「……あぁっ、くそっ! 畜生がっ! そんな風に言われてお前をそのままにしておけるかよ!」

 相棒の言葉に思わず怒鳴り、持っていた槍の穂先をレイへと向ける。

「俺の馬鹿に付き合わなくてもいいものを。……お前は本当に馬鹿だな」
「うるせぇっ! 馬鹿馬鹿言われなくても分かってるよ。ったく、何だってこんなことを俺がわざわざ……」

 舌打ちをしつつも自分へと槍の穂先を向けてくる2人に、レイは一瞬だけ感心したような笑みを浮かべるもすぐにその笑みを消す。

「俺に対して敵対する。そう言う認識でいいんだな?」
「うおおおおぉぉぉっっっ!」

 レイの問いに返ってきたのは、言葉ではなく雄叫びだった。自らの恐怖を鼓舞する為に雄叫びを上げ、槍の穂先をレイの胴体を狙って突きだしてくるサンカントとフェーダー。さすがに2人で組んで門番をやっていただけあってその連携はそれなりに様になっている。最初にサンカントが槍を突き出し、その槍を防ぐか回避した所を狙ってフェーダーの槍が突き込まれるのだ。一種の時間差攻撃と言ってもいい。
 それは普通の相手には効果的であっただろう。だがサンカントとフェーダーの唯一にして最大の誤算。それは敵対した相手がレイだったことだ。

「それなりに筋はいい……なっ!」

 最初に突き出されたサンカントによる槍の一突きをデスサイズの刃で受け止めて穂先を切断し、そのままデスサイズを持っていた手首をクルリと素早く回転させ、柄の部分でフェーダーが突き出してきた槍を弾き上げる。

「ぐあっ!」

 弾かれたその威力に、思わず苦痛の声を上げるフェーダー。サンカントの槍は穂先を鋭く切断されただけだったので特にダメージは無かったのだが、レイの力と圧倒的な重量を誇るデスサイズの柄で自分の槍を弾かれたフェーダーの手に既に槍は存在していなかった。弾かれた時の衝撃に耐えきれずに手を離し、遥か真上へと打ち上げられてしまったのだ。

「……」

 一瞬にして自分の槍を切断し、同時に相方の槍を弾くという真似をしたレイに唖然とした表情を向けるサンカント。
 畏怖とも取れる視線を受けながらレイは空いていた左手で落下してきたフェーダーの槍を受け止め、そのまま地面へと勢いよく突き刺す。
 ズゴンッ、という槍を地面に突き刺しただけでは決して出ない筈の音を周囲に響かせながら、穂先どころか柄の部分も50cm程地面へと突き刺さる。

「もういいだろう。お前達に俺達を止める手段は無い。退け」
「……頼む。俺としてもお前達にこんなことで怪我をして欲しくないんだ。大人しく退いてくれ」

 レイに言葉に被せるようにしてガラハトの口から漏れた言葉だったが、それを聞いたサンカントはそれでも1歩前に出ようとして……

「サンカント、もういいだろう。俺達は十分役目を果たした」

 フェーダーの言葉にその足を止めるのだった。

「……」
「分かってるだろう? そのレイって奴がいる時点でボルンターさんは詰んでるんだよ。それでもお前は勝負を挑んだんだから、門番としての役目は十分に果たした筈だ」
「……そうだ、な」

 フェーダーの言葉に、サンカントは小さく溜息を吐きながらそう返す。

「分かりました、ガラハトさん。……通って下さい」
「悪いな。だが、お前達にとっても悪いようにはしないから安心してくれ」

 ガラハトが頷き、どこか慰めるようにサンカントとフェーダーの2人へと声を掛け、2人の間を通るようにして門を通っていく。

「待って下さいよガラハトさん。今のガラハトさんは本調子じゃないんだから!」

 ムルトがそう言いつつ追いかけ、レイ、フロン、ブラッソの3人も後を追う。
 つい数分前まではレイ達を囲んでいたチンピラや低ランク冒険者達は黙ってその背中を見送るだけだった。





「何て言うか、まさにうわぁ……としか出てこないな」

 門から10m程離れた場所にあるボルンターの屋敷の玄関。そこに嵌っている筈の扉は、レイの一撃によって吹き飛ばされたバルガスがぶつかったことによりものの見事に破壊されていた。
 扉を破壊し、屋敷の中に入った場所にあるエントランスホール。その床の上に完全に気を失ったバルガスが倒れ込んでいる。

「ま、扉に罠が仕掛けてあった可能性もあるんだし……結果良ければ全て良しって奴じゃないか?」

 フロンが呆れたような目で気を失っているバルガスを眺めながらそう告げる。
 フロンにしてみればレイと一度戦ってその実力を知っている筈のバルガスが、それでも懲りずにレイに戦いを挑んだというのはまさに呆れという感情しかもたらさなかった。自らを鍛えて実力を上げてから再戦を挑むのならまだしも、遠距離から弓矢で狙撃。それもレイ本人ではなく怪我をしているガラハトを人質に取るという手段を使った時点でフロンにしてみれば結果は見えていたのだ。
 それはブラッソも同様だったのだろう。だらしなく床に崩れ落ちて気絶しているバルガスに一瞬だけ視線を向けると、鼻で笑ってすぐに視線を逸らす。
 そもそもハーピーの討伐でレイの実力の一端を感じ取った2人にしてみれば、ランクDやC程度では何人が纏めて襲い掛かったとしてもレイに勝てるとは思えなかった。可能性があるとすれば四六時中休み無しで延々と消耗戦を仕掛けるくらいだが……それにしてもレイの実力を見る限りでは炎の魔法か何かで一掃されそうな気がしている。

「グルルルゥ」

 最後にエントランスホールに入って来たセトが喉の奥を鳴らしながら周囲を見回す。
 本来であればグリフォンであるセトが屋敷に入るようなことはまず無いのだが、今回はボルンターに雇われている冒険者達との戦いということもあり、誰もその件については文句を言うつもりはなかった。この屋敷に一番縁のあるガラハトにしてもセトの戦力を考えると歓迎こそすれ排除するような気は一切無い。

「それにしても、お出迎えが1人もいないというのは寂しい限りじゃのう」

 地揺れの槌を肩にエントランスホールを見回すブラッソだが、確かに見渡す限りでは人の姿は無い。

「これは……どこか一箇所に戦力を集中して俺達を待ち受けているってことか?」

 いつでも腰から剣を抜けるように準備しつつフロンも呟く。

「だろうな。レイがいる時点で戦力的に不利だから一点集中して現状を打破しようとしているんだろう。……兄貴らしいと言えば兄貴らしいな」
「となると、その纏まった戦力はどこにいると思う? 有象無象はその殆どが屋敷の前にいたし、ある程度はここに来るまでで片付けている。人数的にはそう残っていない筈だが」
「ああ、レイの言うことももっともだ。……恐らくレイが以前兄貴と会った部屋。その隣か向かいにある部屋が怪しいだろうな。一応あそこには兄貴の執務室として使える部屋が何部屋かあった筈だし。……いや、違うな」

 言い掛けた自分の言葉を遮るガラハト。何かを考えるようにして周囲を見回し……やがて再び口を開く。

「確かに兄貴の執務室が一番怪しいだろうが、そこだと冒険者達が戦闘をするのには狭すぎる。そうなると俺達もそうだが、兄貴の方でも防衛力に不安が残る筈。そうなると……」

 呟き、2階へと視線を向けるガラハト。

「2階には何があるのじゃ?」
「ダンスホールの類だな。兄貴は自分の知り合いを招いてよくパーティを開いていたが、その時に使われていた」
「なるほど。ダンスホールということは、当然相応に広いのか。……例えば冒険者達が戦闘を行えるくらいには」

 ブラッソのとガラハトの会話を聞き、納得したような表情を浮かべながらフロンが呟く。

「ああ。この屋敷の中で一番広い部屋になる。もちろん兄貴があくまで自分の身の安全を第一に考えて執務室の方に籠もっている可能性もあるが」
「ま、どのみちここで調べないで執務室へに向かって背後から攻撃されるのも馬鹿らしいし、そう手間でもないんだ。確認した方がいいんじゃないか?」
「……いや、その必要は無いらしい」

 フロンの言葉を遮るようにレイが呟く。その視線の先は2階にあるダンスホールの入り口近くにいる人影を捉えていた。
 そしてその人影は弓を引き絞っており……

「はぁっ!」

 その矢が放たれた瞬間。レイが1歩前に出て構えていたデスサイズを振るう。一瞬の閃光の如く振るわれたデスサイズの刃は、ガラハト目掛けて飛んできた矢を容易く両断していた。

「見ての通り招待状付きだ。向こうとしてもこれ以上屋敷の中を荒らされたくはないんだろう」

 矢を放った人物がこれ見よがしにダンスホールの中へと入っていくのを見ながらレイが呟くのだった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
▲ページの上部へ