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レジェンド 作者:青竹

0151話

「さすがにこの時間になってくると殆ど人の姿は見えなくなってくるな」

 スラム街から出て、大通りを貴族街の方へと向かって進みながらレイが呟く。
 既に時刻は午後10時近く。この街の住人にとってはそろそろ深夜と言ってもいい時間帯だ。当然酒場を含む歓楽街もその賑わいはそろそろ終わりへと向かっていた。
 そんな中を進む一行なので、既に周囲に見える人影は酔っ払いが道端で眠っている姿や一晩の恋人と共に歩いている姿を見かけはするが、その数はガラハトの隠れていた小屋に向かった時に比べるとかなり少なくなっている。

「にしても、もう晩秋に近いってのに酔っ払って道端で眠ってていいのかね? 良くて風邪。下手すりゃ凍死だぜ?」

 樽を抱えて道端で豪快にイビキをかいている冒険者らしき男へと視線を向け、呆れたように呟くムルト。

「ま、何だかんだで人のいい奴が結構いるからな。それに……ほら」

 そんなムルトの隣――と言うよりも、怪我をしているガラハトを庇うような位置に立っていると表現する方が正確だが――でガラハトが向けた視線の先には、眠っている男へと向かっていく数人の集団がいた。

「あれは?」

 冒険者のようには見えないが、かと言って普通の住民にも見えない。そんな人物達へと視線を向けてガラハトへと尋ねるレイ。

「あれはギルドの職員達だよ。ああやって夜も深くなった頃に見回って、酔っ払いの類を保護して回っている」
「……ギルドがそんなこともしてるのか?」
「ああ。何しろこのギルムの街は辺境だからな。その分危険が多い為に冒険者の存在が欠かせない。なのに酔っ払って外で寝て体調を崩したり凍死したりされたら、ギルドの方でも依頼を受ける冒険者の数が減ってしまうからな。それに……」

 どこか哀れみの表情を浮かべつつギルドの職員達に連れて行かれる酔っ払いを見送るガラハト。
 そのまま小さく首を振り、再度口を開く。

「当然、ああやって保護されるのは無料って訳じゃない。何しろこの季節だと凍死する可能性もあるしな。あの酔っ払い、明日の朝には結構な金額を要求されることになるだろう」
「……意外としっかりとしてるんだな」

 保護費とでも言うべき料金の徴収をしていると聞き、小さく驚きの表情を浮かべるレイ。
 そんなレイの隣では、事情を分かっているのか分かっていないのか……セトが周囲の様子を確認しつつ敵の襲撃を警戒するようにして歩いていた。

「そうでもしなきゃ、ここで寝ててもギルドが助けてくれるだろうと考えて皆酔っ払ったまま道端で眠ってしまうからな。しょうがないと言えばしょうがない」

 ちなみにこの保護費と言うのはギルドの収入の中でもそれなりの額を稼いでいたりするのだが……その辺まではさすがにガラハトも知らなかった。
 そんな様子を見ながら歩き続け、大通りを抜けるとやがて貴族街が見えてくる。

「そう言えば、結局ガラハトに味方をしているという冒険者達はどうしておるんじゃ? 最低でも5人程度はいるとか言っておったが」

 地揺れの槌を肩に担ぎつつブラッソがムルトへと尋ねる。

「そっちはアゾット商会の、ボルンター派の幹部を抑えるのに回って貰ってる」
「む? それはガラハトに協力している者達が担当するのではなかったか?」
「もちろんそうだけど、アゾット商会に雇われている冒険者が全部ボルンターの屋敷に回されているって可能性はないだろ? もしかしたら数人程度は幹部を守る為に派遣しているかもしれないし。そっちに対応して貰う為、ガラハトさんに協力している幹部達の護衛に回って貰ってるんだよ」
「うーん、確かにそれはそうだけど……」

 2人の話を聞いていたフロンが、どこか奥歯に物が挟まったように呟く。

「何か問題あるか?」
「いや、俺の知ってる限りのボルンターの情報だと、部下とは言っても所詮は取り巻きだろう? 自分の身の安全を少しでも犠牲にして部下とは言っても他人を守る……なんて気概はない筈なんだけどな」

 フロンの、ある意味で当然と言えば当然のその言葉に思わず苦笑を浮かべるガラハト。その隣ではたった今まで話していたムルトもまた同様に苦笑を浮かべている。

「確かに兄貴の性格を考えればその可能性が高いだろう。だが、兄貴の家に代々仕えている執事は相応に頭が切れる。可能性としては少ないが、兄貴を説得して取り巻き達に護衛を派遣するという可能性は十分にあるだろう。ただでさえ少ない俺の支持者達なんだ。安全に気を配って配りすぎるということはない。……こっち側にレイがいる時点で戦力的には十分だしな」

 そこまで言い、チラリとレイの横を悠然と歩いているセトへと視線を向ける。
 百獣の王である獅子と猛禽の王である鷲が合わさったその姿は、まさに高ランクモンスターの風格を感じさせる佇まいだ。

「それにグリフォンのセトがいる時点で駄目押しと言ってもいいだろう」
「まぁ、普通の冒険者ならグリフォンと好んで敵対をしたくはないよな」

 しみじみと呟くフロン。
 おまけにこのギルムの街ではセトは非常に人気者であり、そのセトと戦うことになったというのが街の住民に知られでもしたら色々な意味で拙いことになるだろう。

(まず食べ物の屋台の住人からは商品を売って貰えなくなる可能性が高いし、それは他の商人も同様だ。武器屋に関してはアゾット商会の影響で売っては貰えるだろうが、それにしたって今夜ガラハトがボルンターを会頭から引きずり下ろせば分からなくなる。商売をしていない街の住人にしても、当然セトと敵対……と言うか、苛めたとみなされればまず冷たい視線で見られるのは間違い無いだろうし)

 このギルムの街で暮らしている限り、否応なく他人とは関わらなければならない。それはギルドしかり、宿しかり、食堂しかり、商店しかりだ。そしてその度に決まって全員から冷たい視線を向けられ、あるいは街の人気者を苛めた卑怯者として陰口を叩かれるようにでもなれば……ギルムの街でそのまま暮らすのは難しいだろう。他人の視線を一切気にしない図太い神経を持っているのなら何とかなるかもしれないが、それ程の神経を持っている者がそうそういる筈も無い。そうなれば自然とこの街から出て行かざるを得なくなる。
 あるいは、レイとセトに誠心誠意謝って許して貰うという可能性もあるが……レイやセトと1度でも敵対して、それでも尚話し掛ける勇気や根性を持つ者も、図太い神経の持ち主と同様にそれ程多くはない。

(結局、ガラハトにレイが味方した時点で向こう側は一種の詰みなんだよな)

 フロンは内心でそう考え、レイと敵対した運の悪い冒険者達に対してせめて怪我が少なくなりますようにと祈るのだった。
 そんな風にそれぞれが沈黙したまま道を進んで行くと、やがて貴族街の入り口へと到着する。
 そこには既に夜も遅い時間ということもあって、貴族街の見回りとして雇われている冒険者達の姿が数名程存在していた。

「止まれっ! ここから先は貴族街だ。こんな夜更けに何の用……あれ? ガラハトさん?」

 警戒するように声を掛けて来た冒険者だったが、自分が声を掛けた相手がガラハトだと知るとすぐに構えていた斧を地面へと下ろす。
 そんな冒険者達に対して、ガラハトは笑みを浮かべながら近付いていく。まだ怪我か完治していない為に多少動きはゆっくりとだが、足取りに不安な様子は見えない。

「見回りご苦労だな。貴族街で何か騒ぎが起こってる様子は?」
「今の所は特に」

 斧を持っていた男はガラハトの問いに小さく首を振るが、その隣にいた長剣を持っている男が何かを思い出すように口を開く。

「そう言えば、ボルンターさんの屋敷にアゾット商会に雇われている冒険者達が集まっているらしいですが……何か聞いてますか?」
「ちっ」

 冒険者の言葉を聞き、思わず舌打ちをするフロン。幸い、音は小さくそれ程周囲には響かなかった為に冒険者達も聞こえなかったらしい。

(やっぱり冒険者を集めているのか。当然と言えば当然だが……出来れば向こうの戦力は少ない方が良かったんだけどな)

 そう内心でフロンが呟いている間にも、ガラハトと冒険者達の会話は続いている。

「ああ。その件に関しては聞いてる。アゾット商会としてちょっと揉め事があってな。その関係でだと思う。俺の後ろの奴等もその関係だしな。ほら、グリフォンを連れてる冒険者とか噂に聞いたことがあっただろ?」

 ガラハトのその言葉とともに、今まで周囲を警戒して気配を消しながらレイ達の背後に隠れていたセトがその鷲の頭をひょっこりと伸ばす。

「おわっ!」

 さすがにいきなりグリフォンを見た冒険者は驚き、咄嗟に持っていた斧を持ち上げようとするがそれをガラハトに止められる。

「おいおい、やめておけ。今も言ったようにグリフォンのセトと、ランクD冒険者のレイだ。噂くらいは聞いてるだろう?」
「……そう言えば、聞いたような覚えが」

 ガラハトの言葉で、グリフォンを連れている冒険者というのを思い出したのだろう。無精髭の生えた顔でドラゴンローブを着ているレイへと視線を向ける。

「坊主が噂のレイか。……確かに噂に聞いたように頼りない体型をしてるな。その割にはかなり力が強いって話だが。まぁ、いい。ガラハトさんの知り合いなら問題無いだろ。通っていいぞ」

 他の冒険者達も、ガラハトに対しては信頼感があるのか特に何をするでもなくそのまま道を空けて一行を通す。
 そして見張りをしている冒険者達から十分離れた所で、レイが呆れたような視線をガラハトへと向ける。

「よくもまぁ、あんなにペラペラと口から出任せが出てくるな」

 だがそんなレイの呆れた視線を、ガラハトは当然とばかりに受け止める。

「そうか? 少なくても俺は嘘を言った覚えはないけどな。兄貴の屋敷に冒険者が集まっているのはアゾット商会の揉め事が原因だというのは事実だし、レイ達がその揉め事に関係しているというのも事実だろう? ただ単純に全てを話した訳ではないというのも事実だが……」
「それだけ口が回れば十分だよ」
「……レイ、憶えておくといい。高ランク冒険者になってくれば、時には相手を誤魔化すように煙に巻くなんてことも必要になるんだ。……まぁ、レイの様子を見る限りでは嘘をついても気に病むような性格じゃなさそうだが」
「まぁな。別にそこまで良い子ちゃんって訳じゃない。実際、もし良い子ちゃんならボルンターに対してある程度は穏便に済ませようとかはしただろうしな」

 ニヤリとした笑みを浮かべて返すレイ。何しろ良い子ちゃんであれば現状のような、アゾット商会のお家騒動的な騒ぎにはなっている筈もないのだから、これ以上の説得力は無かった。

「さて、やっぱりと言うか、予想通りと言うか。ボルンターの屋敷には相当数の冒険者が集められているらしいな」
「すいません、ガラハトさん。俺の動きが向こうに知られたばかりに」

 気を取り直したかのように呟いたレイの言葉に、ムルトはガラハトに頭を下げる。
 だがガラハトは気にしていないとでも言うように、ムルトの肩へと手を置いて頭を左右に振る。

「気にするな。どうやったってこれだけの動きだ。兄貴に知られないで最後まで運ぶことなんて出来なかっただろう。向こうに知られたのが、たまたまお前の動きだっただけだ」
「……ガラハトさんの身は、俺が必ず守って見せます」
「そうだな。期待してるよ」

 そんな風に会話をしながら貴族街の道を進んでいくと、やがて夜も深いと言うのに大量の明かりで照らされている屋敷が見えてくる。

「随分と豪華と言うか、何と言うか……」

 呆れたようにその屋敷を眺めながら呟くフロンだったが、ガラハトは苦笑を浮かべながら口を開く。

「いつもはあそこまで明かりを点けたりはしていない。恐らく今日は俺達を警戒しているんだろう」
「あぁ、なるほど。そう言えばそうか。何しろムルトを追っていた奴等は殆どが返り討ちに遭っているし、あるいは夕暮れの小麦亭でセトに襲い掛かってこっちも返り討ち。そりゃ警戒はするか」
「と言うよりもじゃ。確か向こうの戦力は40人弱で、フロンが言ったように既に10人近くが返り討ちに遭っておる。つまり計算上では30人程度しか残っていない筈なんじゃが……妙に人影が多いように感じるのは儂の気のせいか?」

 徐々に近付いてくるボルンターの屋敷を眺めながらブラッソが呟く。確かに屋敷の庭に見える人影は30を優に超えている数が存在していた。屋敷の中にもある程度の護衛がいることを考えると、事前にムルトやガラハトから聞いていた話とは随分と違うのがレイ達にも分かるのだった。

「恐らく夕暮れの小麦亭に来たようなチンピラ達をかき集めたんだろうな。純粋な戦力になるかどうかは分からないが、人数が多ければそれだけ威圧感もあるしな」

 レイがそう呟き、冒険者達が守っているボルンターの屋敷の扉へと近付いて行く。
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