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レジェンド 作者:青竹

0145話

「……これでいいのか?」

 チンピラ達のリーダーが持っていた武器や有り金全てを床へと置いてそう告げる。
 さすがにレイが欲しかった槍を持っているような者はいなかったが、それでも殆どの者がナイフの類を持っていたし、中には片手斧や長剣を持っている者もいた。武器だけでも売ればそれなりの金額にはなるだろう。売れればだが。そして……

「へぇ、予想外に持ってたな」

 リーダーが懐から出した布袋の中身を確認して思わず呟くレイ。何しろその布袋の中には数枚の金貨が入っていたのだ。街のチンピラ風情がそうそう持てるような金額ではない。何処から出て来たのかを悟ったレイは薄い笑みを浮かべてリーダーへと話し掛ける。

「これが今回の報酬だったようだが……残念だったな。次からはもっと相手との力量差を考えてから引き受けた方がいいぞ」
「……」

 レイの言葉に沈黙を貫くチンピラ達。
 その様子を眺め、クイッと顎で扉の方を指す。

「行け。次に同じようなことがあったら、その時は……まぁ、お楽しみってことにしておくか」

 ニィッとでも表現すべき笑みを口元に浮かべながらそう告げるレイに、チンピラ達は特に何も言わずに……否、言えずにそのまま宿屋から出て行く。
 数名がその懐にはまだある程度の金額を隠し持っているのはレイにしても予想はしていたのだが、今はそれを取り上げてさらに騒動を起こすよりもさっさとチンピラ達に目の前から消えて貰うのが最優先だと判断した為だ。
 そしてチンピラ達が消え去ると床に置かれている硬貨の類を金貨の入っていた袋へと纏めてからラナと商人達へと視線を向ける。

「迷惑を掛けたな」
「いえ、とんでもないです。この宿に泊まっているからには、私のお客様ですから」
「いよっ、さすが夕暮れの小麦亭の女将! 俺達皆の母親代わり!」

 武装商人達からの声に、頬を僅かに赤くしながら振り向くラナ。

「貴方達も、危険な真似はしないで下さい! お客様に怪我でもさせたら夕暮れの小麦亭の名に傷が付きます!」
「あー、ごめんごめん。けどこの宿は俺達に取っては大事な場所だしなぁ……そんな場所にズカズカと無遠慮に上がり込んできたらさすがに対応するさ」
「全くもう。皆さんには今回の罰として、明日の朝食にファングボアのシチューを食べて貰いますからね」

 そう言いつつも、自分の宿を大事な場所と言われては悪い気がしないのだろう。口元に笑みを浮かべつつもそう告げるラナ。
 ファングボアのシチューという言葉に、歓声を上げる商人達。そんな商人達に対してレイが声を掛ける。

「折角の宴会に水を差して悪かったな」
「気にすんなよ、坊主。こっちはこっちで勝手にやったことだからな」

 ユースラ、と仲間達に呼ばれていた男が豪快に笑いながらレイの肩をバンバンと叩く。
 その様子に苦笑を浮かべつつ、チンピラ達から巻き上げた金貨や銀貨、銅貨の入った布袋をラナへと放り投げる。

「レイさん?」
「宴会に水を差した詫びに今日の食事や酒の代金は俺が支払う。取りあえずそれは手付けだ。足りなかったらまた後で言ってくれ」
『うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!』

 レイの奢りだという言葉に、食堂にいた武装商人や冒険者達は歓声を上げるのだった。

「坊主、お前背は小さいがは器が大きいなぁ!」

 ユースラもまた奢りという言葉に豪快に笑っていた。本人に悪気はないのだろうが、それでもレイは若干不満そうな表情を浮かべていた。
 そんな中、武装商人達の中から1人の人物がレイへと近付いてくる。
 一見すると40代程で身長は170cm程度と、レイとそれ程の差がない。顔には人当たりの良さそうな笑みを浮かべている。
 ただし、その目は違った。その辺にいる街の住人にはとても放てないような、深い、それでいて相手を見抜き、包み込むような視線。その視線だけで男が誰なのかがレイには想像がついた。この武装商人達を率いている者だろうと。

「今日は貴方に奢って貰えるとか。この者達の代表として礼を言わせて貰います」

 ペコリ、と頭を下げて手を差し出してくる。

「申し遅れました。私はこの者達を率いて辺境から辺境へと渡り歩くキャラバンを率いている、ヴェトマンと申します」

 その手を握り返しながらレイもまた言葉を返す。

「レイだ。冒険者をやっている。奢りに関しては気にしないでくれ。俺の騒動に巻き込んで折角の楽しい気分に水を差してしまったからな。その埋め合わせのようなものだ」

 レイが握り替えしたヴェトマンの手は、とても商人のものとは思えないものだった。明らかにその手には武器を握って訓練したタコが出来ており、街から街へと物を運ぶ商人よりも冒険者や傭兵と言われた方が納得出来るだろう。
 感心したようにヴェトマンへと視線を向けるレイだったが、ヴェトマンは逆にどこか困惑したような視線をレイへと向けている。
 いつの間にか消えているデスサイズのような巨大な獲物を振り回している人物だと言うのに、その手には武器を握って訓練して出来たようなタコが一切なかったからだ。先程のチンピラ達の前で振るわれた一撃は一流の戦士が振るう剣の風切り音にも似たようなものがあったと言うのに。
 レイの肉体がゼパイルによって作り出された以上、その回復能力や治癒能力は並の人間を上回っている。その為にレイが幾らデスサイズを使ったとしてもその修練の証とも言えるタコのようなものは出来ない。その為、現在のレイはとても戦う人間としての手とは思えないような柔らかさを保っていたのだが、当然ヴェトマンにそれを悟れと言うのも無理な話だろう。

「どうした?」

 そんなヴェトマンの様子に気が付いたレイが尋ねるが、すぐに何でも無いと首を振る。この辺はさすがに武装商人達を率いているだけあってレイに感じた疑問を表情に出すようなことは一切無かった。

「なんでもありません。ところで聞きたいのですが、さっきの大きい鎌は……」
「ああ。まぁ、予想出来てると思うがアイテムボックス持ちでな」
「何と……まさかとは思いましたが、やはり。いや、初めて本物のアイテムボックスを見せて貰いました。一部では極小規模の疑似的なアイテムボックスのような物も使われているという話を聞きますが……まさか本物のアイテムボックスをこの目に出来るとは」

 感心したように呟き、食堂の方へと視線を向けるヴェトマン。
 そんなヴェトマンを見ながら、疑似的なアイテムボックスと聞き、ダンジョンでエレーナが使っていた物を思い出すレイ。

「よろしければご一緒にどうですか? レイさんの奢りだというのですし、是非一緒に」
「あー、いや、悪いな。部屋で何人か待ってるんだよ。それに……」

 チラリと宿屋の扉へと視線を向ける。
 それだけでヴェトマンもレイが何を言いたいのか分かったのだろう。小さく頷く。

「なるほど。そう言えば先程の者達はレイさんのお客でしたな。では少々お待ちを」

 呟き、食堂へと行き1分もしないうちに戻って来る。その手に酒が入っている小さい樽が存在していた。

「せめてものお礼ですが、これをどうぞ。私の好きな酒ですので口に合うかどうか分かりませんが」
「……そうか。ならありがたく貰っておく」

 酒はそれ程好まないレイだったが、そもそも部屋に戻れば身体の血は酒で出来ていると豪語するブラッソがいる。ワインでは飲み足りない様子であったことだし、とありがたく受け取るレイだった。

「私達は1月程この宿に滞在する予定ですから、機会があったらまた飲みましょう」

 そう告げ、ペコリと頭を下げると武装商人達を率いて食堂へと戻っていく。
 その武装商人達や冒険者、傭兵といった者達も、今夜の料金を全て持つと言ったレイに対して気軽に礼を言いながらヴェトマンの後を追って食堂へと戻って行った。
 そして最後に残ったのはレイとこの宿の女将であるラナの2人のみ。

「騒ぎを起こして悪かったな」
「いえ、気にしないで下さい。冒険者や傭兵を相手に商売をしているんだからこんなのは慣れっこですよ。では私も食堂の方に戻りますので。折角レイさんが大盤振る舞いをしてくれたのですから、旦那と一緒に普段は作れないような料理を作って皆に出させて貰いますね」

 肝っ玉母さんここにあり、とでも言うように笑みを浮かべて食堂の方へと戻っていくラナ。
 その後ろ姿を見送り、床に落ちていたナイフや長剣、片手斧の類をミスティリングに収納してからレイもまた自分の部屋へと戻るのだった。





「よう、1階の様子はどうだった? お前にしてはちょっと手こずったみたいだが」

 レイが部屋に入ると、フロンに声を掛けられる。部屋の様子は特に変わったようなこともなく、1階の騒ぎが陽動ではないかというのは疑い過ぎだったらしいと笑みを浮かべながら首を左右に振る。

「1階に来ていたのは街のチンピラ達だったよ。それよりもやっぱり陽動とかそういうのじゃなかったのか?」
「ああ。こっちは特にこれといって何も起きなかったが……って、何だよその樽は」
「この宿に泊まっている商人達の纏め役から貰った」
「……何がどうなればそんな展開になるんだ?」

 そう呟くフロンだったが、ブラッソが目敏く樽の中身を嗅ぎ分ける。

「その樽に入ってるのは酒じゃな。それも、この芳醇な香りからすると相当な上物じゃな。……レイ、お主は確か酒がそれ程得意ではなかった筈じゃな? ならばその上物の酒は持っていても宝の持ち腐れではないかと儂は思うんじゃが……」

 ブラッソの視線を釘付けにしている樽を見て、小さく溜息を吐いて持っていた樽を床へと置く。

「そんな物欲しそうな顔をしなくてもいい。元々お前にやる為に貰って来たんだ」
「うむうむ、さすがレイじゃ。どこぞの女冒険者と違って年上を敬うということを知っておるのう」
「……へぇ、その女冒険者ってのは誰のことだ?」

 ジト目で視線を向けてくるフロンに構わず、早速とばかりに樽を開けてコップへと酒を注ぐブラッソ。すると部屋の中に熟成された酒特有の芳醇な匂いが立ちこめる。

「これは、確かにかなりの上物じゃな。銀貨数枚……いや、下手をすれば金貨が必要な程かもしれん」

 匂いを堪能しつつ、思わず呟くブラッソ。
 そんなブラッソを羨ましそうに見ながらもムルトが口を開く。

「で、話を続けてもいいか? ガラハトさんの件なんだが……」
「ああ、そう言えばそうだったな。お前がアゾット商会に雇われている者達に狙われていたってことはガラハトも危ないんじゃないのか?」
「勿論だ。だからこそ俺とガラハトさんだけが知ってる隠れ家で休んで貰ってる。何しろ本来の実力なら返り討ちにするのも楽なんだが、まだ怪我が治ってないからな。迂闊に暴れるなんて真似は出来ないんだよ」
「……じゃあ、お前もその隠れ家に隠れて暫く安静にしていた方が良かったんじゃないのか?」

 ムルトの言葉に、思わず尋ねるレイ。そのまま隠れ家とやらに隠れていれば今回のような騒ぎにならないんじゃないかとも思ったのだが……

「それじゃあ遅いんだよ」

 ムルトが悔しげに言葉を返す。

「遅い?」
「ああ。パミドールとかいう奴の工房でもちょっと言ったが、ガラハトさんが指示をしたのは簡単に言えば下克上、アゾット商会の乗っ取りだ。アゾット商会と一括りにしてはいても、当然内部には色々な派閥がある訳だ」

(それもこれも、全てはお前からボルンターを守る為の方策なんだけどな)

 と、内心で呟くムルト。もちろんそれを口に出すようなことはない。

「まぁ、そうだろうな。人間が3人いれば派閥が出来るってくらいだし」
「まあな。で、その派閥なんだが……当然現在の主流派って訳じゃない。何しろ主流派はボルンターにくっついて甘い汁を吸ってる奴等だからな。そう言う汚い真似が嫌いで、真っ当にギルムの街の為に働こうって奴もいるんだよ」
「……いるのか?」

 ムルトの言葉に、思わずと言った様子でフロンが尋ねる。
 自分を雇っているアゾット商会の評判については十分以上に承知しているムルトは、苦笑を浮かべつつも頷く。

「一応、いるんだよ。当然数は主流派とかと比べると圧倒的に少数派だがな」
「じゃが、儂はそれなりに長い間このギルムの街に住んでおるが……そんな者達の存在は聞いた覚えがないのう。悪い噂に関しては色々とあるんじゃが」

 レイから貰った酒を味わいつつブラッソが呟く。
 美味そうに酒を飲む様子を数秒程羨ましそうに見つめるムルトだったが、やがて小さく首を振って話を続ける。

「それはそうだろ。よく考えてみろ。自分達が甘い汁を吸っているのに、それを止めようとしてくる奴等なんだぞ? 弾圧……ってのはちょっと言い過ぎだが、基本的には閑職に回されたりといった風に冷遇されているんだよ」
「……それだと、幾らガラハトがその気になってもアゾット商会を乗っ取るなんて真似は出来ないんじゃないのか?」
「確かに普通に考えればレイの言う通りなんだが……別にアゾット商会に所属している者達全員がボルンターの息の掛かっているものじゃない。いや、むしろそんな奴等はどちらかと言えばボルンターの側近とかその辺に多いからな。組織の末端は普通の善良と言ってもいい商売人達なんだよ。……でもなければ、ボルンターのような欲深い男が牛耳っているアゾット商会がここまで無事にやってこれる訳がないだろ? もっとも、ボルンターはボルンターで強引に物事を運ぶのは妙に上手いから、完全な無能って訳でもないんだが……」

 それが裏目に出たのが、今回のレイとの一件だったと続けるムルト。

「となると、今まで散々ボルンターの横暴に泣かされてきた奴がいるんだろうな」
「否定は出来ないな。実際、俺もアゾット商会に雇われてから何度かそんな奴等を見てきたし」

 そう告げて溜息を吐くムルトだった。
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