0138話
「ぐ……ぐむぅ。くそう、自分達は酒を楽しめるからと言って見せつけるとは……何て奴等じゃ。酒飲みの風上にもおけん」
ギルドを出てパミドールの工房へと向かっている途中でも、ブラッソは未だにブツブツと文句を言っていた。その様子を呆れたように眺めているレイとフロン。そしてそんな一行の後を上機嫌に喉を鳴らして歩いているセト。
セトが上機嫌な理由は至極単純で、夕方という冒険者の多い時間帯にギルドへと行った為に自然とギルド周辺にいた冒険者の数も多くなっていたのだ。つまりその分セトに餌を与えてくれる人数も多くなり……結果的にセトはレイ達が出て来るのを待っている間に色々と食べることが出来たのだ。
中には従魔差別主義とも言えるような冒険者もおり、本来は倒すべきモンスターを街中に入れるのは危険だと剣を抜いてセトに攻撃を加えようとした者もいたのだが……セトの尾による一撃で足下を払われ、周囲のセトに餌付けをしていた冒険者達に殴られ、蹴られ、その場から追い出される羽目となった。
……尚、真っ先にその冒険者に攻撃したのは某灼熱の風のリーダーである女冒険者だったりする。
そんなこんなで上機嫌のセトは、喉を鳴らしながら前を歩いているレイの背へと顔を擦りつける。
「ん? どうしたんだ?」
レイもそんなセトの頭を撫でつつ、隣を歩いているフロンへと話し掛ける。
「で、フロン。そのパミドールとかいう奴の工房はどの辺にあるんだ? 俺は図書館の近くにあるってことしか知らないんだが」
「あぁ、それ程分かりにくい場所じゃないさ。ほら、あそこだ」
クイッとフロンが視線を向けたのは、図書館へと続く大通りから横へ1本ずれた場所にある脇道にある工房だった。確かに小さい工房ではあるが、大通りからそう遠くない場所という立地は悪くはないだろう。
そんな工房へと、未だに酒を飲めなかったブラッソが少し不機嫌な様子で扉を開けて声を掛ける。
「パミドール、いるか?」
「ああ? 何だこんな時間に。もうそろそろ店仕舞いだぞ!」
工房のドアを開けて声を掛けた途端に返ってくる、ドスの利いた怒鳴り声。その怒鳴り声を聞きつつも、ブラッソとフロンは特に気にした様子も無く工房の中へと入っていく。
セトはいつものように工房から少し離れた場所で寝転がり、レイはブラッソ達の後を追うようにして工房へと入る。
工房へと入ってまず感じたのは強烈な熱気だった。鍛冶場自体は工房の奥にあるのだが、その鍛冶場からの熱が工房の入り口付近にまで伝わってきているのだ。
「こんな時間も何も、そろそろ今日の仕事は終わりじゃろうに」
ブラッソがまだ微妙に不機嫌そうに告げるが、そんなブラッソの姿を見たパミドールは僅かにだが表情を緩める。
外見で言えば30代程だろう。戦士と言っても信じられる程の筋肉がついていおり、高い身長と相まってその存在感を際立たせている。また、頭部には髪の毛が1本も生えておらず、それがまた余計にパミドールの強面振りを強調していた。
そんなパミドールの僅かに緩んだ表情に気が付いたのは、レイの鋭い観察眼故に……と言う訳ではなく、ほんの少し表情が緩んだだけで厳つい男から放たれている何処か刺々しい雰囲気が若干和らいだからだった。
……それでもその顔付きはパミドールが醸し出す雰囲気と相まって凶悪といってもいいようなものなのだが。恐らく夜の人通りがない場所で遭遇したりしたら悲鳴を上げられて逃げられるのは間違い無いだろう。
「おう、誰かと思えばブラッソじゃねぇか。フロンと……そっちの小僧は?」
「レイだ。ハーピーの依頼の件で手伝って貰ったんだよ。俺とブラッソじゃ空を飛ぶハーピーを相手にするのは難しそうだったんでな」
「……レイ?」
その名前を聞き、微かに眉を顰めるパミドール。だがすぐに小さく首を振り、真剣な表情を浮かべながら口を開く。
「それで、ここに来たってことはハーピーの件は片付いたのか? 鉱山は?」
ブラッソの両肩をガッシリと捕まえているその表情は、どこをどう見ても鍛冶師というよりは盗賊……むしろ、山を縄張りにしている山賊や海を縄張りにしている海賊といった姿に見える。
だがブラッソにしろフロンにしろ、目の前にいるパミドールという男がどういう性格なのかはよく知っている為、平気な顔で問題は無いとばかりに頷く。
「ハーピーに関しては問題無い。鉱山に関しても恐らく近い内に再開されるじゃろう」
「……奥歯に物が挟まったような物言いだな。何かあったのか?」
「あったと言うか、作ってしまったと言うか……じゃな。レイ、頼む」
ブラッソの言葉に頷き、ミスティリングから一抱え以上もある火炎鉱石を取り出すレイ。その火炎鉱石を見たパミドールは息を呑んでその魔法金属へと視線を向ける。アイテムボックスという存在をその目にしたにも関わらず、その目に映っているのはレイが抱えている火炎鉱石のみだった。
「…………」
1分程じっと見つめていただろうか。ただひたすらに熱心に見つめ……否、観察してやがて口を開く。
「火炎鉱石、か?」
「うむ。これが原因でちょっと領主の館に行ってきたんじゃ」
「領主の館?」
「そうじゃ。実はこの火炎鉱石……そこにいるレイが使った炎の魔法が何らかの作用を起こして、ハーピーが巣にしていた洞窟で新たに生成された物でな」
「……なるほど。だから出来てからまだそれ程に日が経っていないのか」
ブラッソの言葉に頷きつつ、パミドールの視線はレイへと向けられる。
どこか、レイという人物の心根の奥までを覗き込むような視線に思わず眉を顰めるレイ。だがそんな視線もすぐに無くなり、笑みを浮かべてレイの肩を叩いてくる。
「まだまだ坊主の割には、俺の顔を見ても怖がらないとか随分と肝が据わってるな。気に入った」
「……へぇ。パミドールが一目で気に入るなんて珍しいこともあるもんだな」
そんな様子を見ていたフロンの、どこか感心したような言葉に笑みを浮かべるパミドール。
「実はレイという人物についてはちょっと前に話に聞いていてな。少し前にうちの坊主が絡まれてる所を助けてくれたんだろう?」
「ああ、クミトの件だな」
「そうだ。あの時からお前さんの話を時々するようになってな。いつか寄るって言ってたらしいが、それを楽しみにしてたんだよ。今はちょっと出掛けてるが、もう少しで帰ってくる筈だから待っててやってくれ」
その言葉に、小さく頷くレイ。
「で、結局今日は何の用事でこの工房に来たんだ? この火炎鉱石を売りたいってんなら大歓迎だが。っと、レイだったな。ちょっとそこの作業机の上に火炎鉱石を置いてくれ」
「分かった」
指示に従い、近くにあった作業机の上へと火炎鉱石を置くレイ。するとパミドールは火炎鉱石を惚れ惚れするように眺めながら口を開く。
「で、これは俺に売ってくれるってことでいいのか?」
「いや、まずは鑑定じゃな。もし買い取るとしたら幾らで買い取る?」
「うーむ、そうだな。一抱え程もある火炎鉱石だと相場で考えれば……白金貨5枚……いや、白金貨3枚に金貨5枚程度だな」
予想外の値段に目を丸くするフロンだが、ブラッソは溜息を吐きながらパミドールへと言葉を返す。
「ちとぼったくりすぎじゃないかのう? 儂の鑑定では白金貨8枚程度の価値はあると思うんじゃが」
「確かにハーピーの件が表沙汰になるまではそのくらいの金額だったが……今は知っての通り純粋に鉄の量が足りなくてな。そっちの方が値上がりしている分、火炎鉱石のような魔法金属は逆に値下がりしてるんだよ。それに……」
何かを言いかけ、一瞬だけレイへと視線を向けるパミドール。だがすぐに首を振って火炎鉱石の鑑定に戻る。
その様子に不思議そうな表情を浮かべるブラッソだったが、話はすぐに火炎鉱石へと戻っていく。
「確かに純度は文句がない程だ。火の魔力がこれでもかという感じに染みこんでやがる。……これ程の火炎鉱石を作りあげるとなると、余程強力な炎の魔法を使ったな?」
「ああ、凄かったぜ。周囲の温度が急激に上がる程の熱量を持った火球を10個も作り出して、それを洞窟の中に放り込んだんだ」
しみじみと自分の見た光景を思い出しながら呟くフロンのその言葉に、パミドールは思わず眉を寄せる。
鍛冶師というのは火を操って武器や防具といった品を作る。つまりは火に関しては一種のスペシャリストなのだ。その鍛冶師の中でも腕がいいと評判のパミドールにしてみれば、それだけでレイが使った魔法がどれ程の威力を持っていたのか理解出来た。しかも……
「それ程の熱量を持った火球を10個も洞窟の中に放っただと? それだと火球が連鎖的に爆発して、熱の逃げる場所が無くなって……あぁ、なるほど。だからこそこれ程の火炎鉱石が生成された訳か」
実は洞窟の出口がもう1つあったのでパミドールが想像する程の熱量は洞窟内に籠もらなかったのだが、それでもその火力はパミドールの予想を超えていたのだ。それもこれも、レイ自身が持つ桁外れの魔力量があってこそ放つことが出来た魔法だった。
「……どうだ、本気でこれは俺に売らないか?」
火炎鉱石へと視線を向けながらそう告げてくるパミドールだが、ブラッソは小さく首を振る。
「実はじゃな、レイがこの火炎鉱石を欲しいと言っておってな。お主が出した買い取り金額を3分の1ずつ儂とフロンに払うと言っておるのじゃ」
「お前が火炎鉱石を? 見た所、鍛冶の腕は無いようだが……何でまたこいつを欲しがる?」
目に力を込め、生半可な答では許さないとばかりにレイを睨みつけるパミドール。そんな視線を受けながらも、特にプレッシャーを感じた様子も無くレイは口を開く。
「少し前に大きな依頼を片付けたばかりで、今は特に金には困ってないからな。この先、何らかの理由でマジックアイテムが必要になる時が来るかもしれないから、その為に今のうちに必要そうな素材は取っておきたいというのが正直な所だ」
「……」
じっと、レイへと視線を向けるパミドール。だが、1分程もすると呆れたように息を吐く。
「はぁ、俺とまともに目を合わせることが出来る坊主だ。肝っ玉はなかなかのものだな」
自分の強面振りを理解しているのだろう。口元に笑みを浮かべつレイの肩を力強く叩いてくる。
「ただ……レイ、お前どこぞのお偉いさんを怒らせでもしただろう?」
「何?」
唐突に話を変えたパミドールに、思わず尋ね返すレイ。
心当たりが無いのではない。これ以上無い程にありすぎるからだ。
「実はな、昨日……いや、一昨日辺りか。妙な連絡が回ってきてな。もしかしたらレイという冒険者が直接鍛冶師の工房に武器の修理や買い付けに来るかもしれないから、その場合は取引をするなとな。もしレイと取引をしたのが判明した場合はこのギルムの街で武器屋との取引は出来無くなるという脅し付きでだ」
武器屋からの通告。それだけで誰がその指示を出したのかは明らかだった。そんな無茶苦茶なことを言い出すのはレイにとっては1人しか思いつかない。数日前に自分の持っているマジックアイテムを渡せと。そしてよりにもよってセトを引き渡せと高圧に命令してきた老害。
「ボルンター、か」
「そう言えば領主の館でもそんなことを言っていたな」
フロンが軽く顔を顰めながら口を開く。
「まぁ、あそこで言ったのが全てだけどな。十分に脅したと思ったんだが……まさか、直接手を出すんじゃなくて搦め手でくるとは思わなかった」
「搦め手と言うか、アゾット商会の会頭としてはある意味常套手段なんだけどな。実際に以前ボルンターを怒らせて同じような目に遭った冒険者がいるって話は聞いたことがないか?」
フロンのその言葉に、ミレイヌから聞いた話を思い出す。
「そう言えばそんな話を灼熱の風のミレイヌから聞いたな」
「お前、結構顔が広いよな。まぁ、とにかくそう言う訳だ。ボルンターの機嫌を損ねたからには、これからは武器を買えないと思うんだが……どうするよ?」
「……さて、どうしたものか。正直に言えばそれ程困らないというのが実情だな」
「何だって?」
フロンだけではなく、その場にいたブラッソ、パミドールの視線も集まっているのを感じつつレイはミスティリングからデスサイズを取り出して説明する。
「知っての通り、俺がメインとしている武器はこのデスサイズだ」
「……これは……」
デスサイズを初めて見たパミドールが、マジックアイテムとしての完成度の高さに驚愕の声を上げる。
「このデスサイズは魔力を通して使うのを前提としている為に手入れの類は殆ど必要無いし。他に俺が使う武器と言えば投擲用の槍や、あるいは素材を剥ぎ取る為のナイフの類だが……」
それに関してもミスティリングの中に在庫はかなり入っている、と告げるのだった。

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