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レジェンド 作者:青竹

0136話

「山に向かう時や、登っている時も思ったが……やっぱりセト様々だな」

 街道を歩きながらフロンが告げる。山を下りてから休憩も殆どせずに歩き続け、既に視界の中にはギルムの街が見えている。
 時刻に関してもまだ午後3時から4時程度であり、領主への面会を申請しても特に問題無い時間帯だ。
 依頼を受けて山へと向かった時には、夜に行われるハーピーへの襲撃や山登りする為に体力を温存しての移動だった。だが今回はなるべく急いでギルムの街まで戻るべきだというブラッソの意見を聞き、強行軍と言ってもいいような速度で進んだ為に、行きは10時間程掛かった道程が6~7時間程度まで縮んでいたのだ。

「さて、じゃあまず街に着いたらギルドか? それとも領主の館か?」

 街道を進みながら隣を歩いているブラッソへと声を掛けるレイ。
 その質問に少し考えた後でブラッソは口を開く。

「そうだな。やっぱりここは領主への報告を最初にすべきじゃろう。ギルドへの報告をした後でもいいが、それだと予定外の時間を取られてラルクス辺境伯と面会する時間が無くなる可能性もある」
「俺もそれには賛成だな。それに依頼終了の報告をギルドにした後に心配事が残っているってのはあまり嬉しく無いからな」

 そんな2人の言葉に、レイ自身も特に異論が無いらしく小さく頷いて同意する。
 そしてそんな風に話しながら街道を歩いているとやがてギルムの街の正門へと辿り着き、街へと入る手続きをいつものようにランガ達とこなしてから街の中へと入る。

「さて、後は領主と面識があるというレイ頼りなんだが……行けるか?」

 フロンの言葉に頷き、何度か通った道を進んで領主の館のある方へと歩を進めるレイ。
 途中で何度か見回りをしている騎士達に出会ったが、グリフォンのセトを連れているのが既にレイの名刺代わりともなっているのか特に警戒されるようなこともなく領主の館へと辿り着く。
 さすがに門の前へと近付いていくと門番2人からの視線を受けるが、レイ本人は気にした様子も無く近付いていく。
 その背後からは、どこか居心地悪そうな顔をしたフロンとブラッソの2人がいるのだが。
 何しろ熟練の冒険者とは言っても、ランクCの冒険者なのだ。ランクBやAなら領主からの指名依頼やら何やらで面識があってもおかしくはないのだが、今の2人にはそんな経験はない。いや、ランクDの時点でギルムの街の領主でもあるダスカーに目を付けられて指名依頼を出されるレイの方が異常なのだ。
 そんな2人の様子に、内心で首を傾げながらも門番の片方へと声を掛けるレイ。

「ランクD冒険者のレイだ。至急ラルクス辺境伯に相談したいことがあるので、面会を頼みたい」
「……確かにお前のことは知っている。連れているグリフォンにしても見覚えがあるしな。だが、この街の領主であるダスカー様に会わせて欲しい、はいそうですかと言うのが難しいのは分かるだろう?」

 門番の言葉に、フロンとブラッソの2人はやっぱりかとばかりに溜息を吐く。
 レイとラルクス辺境伯の繋がりに期待したのだが、やはりそれは甘い見通しだったのかと。
 だがレイは、そんな後ろの2人など無視して腕に嵌めているミスティリングからブラッソが洞窟で採掘した火炎鉱石の塊を取り出す。

「うおっ!」

 門番にしても、さすがにこれは予想外の出来事だったのだろう。驚きの声をあげつつ数歩程背後へと下がり、口を開く。

「これは……」
「見ての通り火炎鉱石だ。今回、俺は依頼で後ろの2人と一緒にハーピーが巣くっている場所に討伐に出掛けたんだが……その辺の話は知ってるか?」
「あ、ああ。このギルムの街に多大な貢献をしている鉱山だからな。もちろん知っている」

 ラルクス辺境伯に仕える者として当然、とばかりに頷く門番。その門番に対して笑みを浮かべて持っている火炎鉱石へと視線を向ける。

「そのハーピーの巣くっていた場所で大量の鉱石を見つけてな。この火炎鉱石もそこで入手したものだ。その為になるべく早く報告した方がいいと思って来たんだが……」

 さすがに領地の収益に直結するような内容を持ってきた人物を……それも、自分達の仕えている領主が取り込みたいと考えている人物をそのまま帰す訳には行かず、レイと話していた門番は隣に立っている同僚へとレイから受け取った火炎鉱石を渡して声を掛ける。

「悪いが隊長に報告をしてきてくれないか?」
「分かった」

 小さく頷き、今までレイ達と話していた門番をその場に残して火炎鉱石を持ったまま領主の館の中へと入っていく。

「すまないが、返事が来るまでここで待っていてくれ。これ程の重大事だと、俺達の隊長でもそうそう軽々しく判断は出来ないだろうからな」
「ああ。無理を言ってすまない」

 門番へとそう返し、どこか落ち着かない様子を見せているフロンとブラッソへと視線を向ける。

「おい、どうしたんだ?」
「いや、お前こそどうしたんだよ! 分かってるのか、ここ領主の館だぞ!? つまり、貴族だぞ!? 何でそんなに落ち着いていられるんだよ!」

 フロンが門番に聞こえないように小声で怒鳴ってくるが、それを平然と受けるレイ。
 何しろ貴族やら何やらとは全く関係の無い世界で育って来たので、貴族と言われても尊敬の心とかは浮かんでこないのだ。
 そして何よりも、あまり貴族らしくないダスカーとは違ってエレーナ達と知り合ったのも大きいだろう。典型的な貴族と言えるキュステや、貴族派の中心人物でもあるケレベル公爵家の令嬢であるエレーナ。アーラに関してはエレーナに心酔しすぎていた為にそれ程貴族という印象を覚えなかったのだが。

「前にも何度か来たことがあるしな。それでだろう」

 取りあえずそう口に出し、誤魔化すレイ。
 そして門番が待っている間に他愛もない話をしたり、あるいはセトを撫でたりといったことをしているとやがて館の方から先程の門番が戻ってくる。

「お前達、ダスカー様がお会いになるそうだ。すぐに中に入ってくれ」
「手間を掛けたな」

 礼をを言い、小さく頭を下げるとどこか緊張した様子のフロンとブラッソの2人と共に館の中へと入っていく。 
 セトに関して言えば、門番の1人に頼んで厩舎へと連れて行って貰ったのだが。

「……おい、レイ。いいのか?」

 そんなセトの後ろ姿を見送りながらフロンが尋ねるが、レイは事も無げに頷きを返す。

「ああ、問題は無いだろう。セトも俺と一緒に以前もここに来たことがあったしな」
「お前がそう言うんならいいけどよ」

 呟きながら館の中へと入ると、50代程に見える執事がレイ達を待っていた。

「主人の下に案内させてもらいますので、よろしくお願いします」

 優雅に一礼をする執事の後をついて行き、やがて辿り着いたのはレイが以前何度か来たことのある執務室だった。
 まるで芸術品と言っても通用するような彫刻の施されたその扉に、フロンとブラッソの2人が目を奪われているのを自分もそうだったと感じつつ内心で苦笑を浮かべるレイ。
 執事はにこやかに笑みを浮かべつつ扉の隣にあるノッカーを使う。

「ダスカー様、レイ様達をお連れしました」
「ああ、構わん。入れ」

 その声と共に扉が開けられ、部屋の中に入ったレイが執務机に座って自分を見ているダスカーへと頭を下げる。

「お久しぶりです、ダスカー様」
「ああ、確かに久しぶりだな。……それにしても、お前はよくよく騒動を運んでくるな。もっとも、今回のような騒動ならこっちとしては大歓迎だが」

 ニヤリとした笑みを浮かべつつ、来客用の応接セットのテーブルの上に置かれている火炎鉱石へと視線を向けるダスカー。
 口では文句を言いつつも、その表情には嬉し気な笑みが浮かんでいた。
 だがそれも無理はないだろう。何しろ鉱山を使えなくなっていた原因であるハーピーが退治されたというだけでも上機嫌になってもおかしくはないというのに、さらに見たこともないような巨大な火炎鉱石がもたらされたのだから。

「取りあえず座ってお茶でも飲め」
「はい、失礼します」

 ダスカーに進められるままにレイ達3人は来客用のソファへと腰を下ろす。するとそれを待っていたかのようにここまで案内してくれた執事が再び執務室の中に入ってきてレイ達の前へとお茶の入ったカップを並べていく。
 軽く礼を言って紅茶を口に運び、やがてブラッソとフロンの2人も落ち着いたと見たダスカーが口を開く。

「俺が聞いたのは、ハーピーが巣にしていた洞窟からこの火炎鉱石が見つかったという話だったが……それは事実か?」

 ダスカーの言葉にブラッソへと視線を向けるレイ。だがブラッソはお前が言えとばかりに視線を向けてくる。
 その様子に小さく溜息を吐き、口を開くレイ。

「正確には違いますね。昨夜の襲撃時に俺が使った炎の魔法が何らかの効果により、洞窟の中にあった鉱石と反応して火炎鉱石になった……と言うのが正しいらしいです」
「……お前が?」
「はい。ただし、これはいくつもの偶然が重なって起きた一種の奇跡的な確率によるものらしいです。なので、もう1度同じような真似をして火炎鉱石を作れと言われてもちょっと難しい……と言うか、まず不可能だろうと」
「そうか。火炎鉱石が安定して産出するようになればこのギルムの街ももう少し豊かになるんだがな。それで、火炎鉱石についての説明はそこのドワーフから聞いたのか?」

 ダスカーの視線がブラッソへと向けられる。するとこれ以上は避けられないと判断したのか、ブラッソは持っていたカップをソーサーの上に置くと口を開いた。

「すいませんが、儂はドワーフの出で貴族に対する口の利き方は得意じゃないんで、その辺は見逃して貰えると助かります」
「構わん。俺自身元々礼儀に関してはそんなに気にしない方だしな。人前で最低限の礼儀を弁えてくれればそれでいい」

 ダスカーのその一言でようやく安堵したのか、落ち着いた様子でブラッソが説明を始める。

「その火炎鉱石は、少しでも鉱石に詳しい者が見れば出来てから殆ど時間が経っていないというのはすぐに分かります。そしてその火炎鉱石が見つかったのはハーピーの巣。そこまで分かれば、普通ならギルドを調べてハーピーの討伐依頼を受けたのが誰なのかを調べるのはそれ程難しくはないでしょう。特にそれがこのギルムの街の領主であるラルクス辺境伯であれば尚のことです。なので、変に情報が歪められて領主様に届く前に儂等が話した方がいいと思って報告に来ました。……幸い、レイは領主様と面識があるということでしたので」
「……なるほど。レイが火炎鉱石を作る為に酷使されるんじゃないかと判断した訳か」
「はい。何しろ実際に1度は火炎鉱石を生成している訳ですので。何も知らない者なら1度出来たことが2度目は出来ないなんて信じられないでしょう。領主様は幸いその辺を理解しているようですので安心しましたが」

 ブラッソの言葉に、顎に手を当てて何かを考えるダスカー。そしてやがて口を開く。

「この火炎鉱石が出来たのは本当に偶然なんだな?」
「はい。それはドワーフとして断言させて貰います」
「……分かった。この件でこれ以上レイに言及しないというのは約束しよう。それで、その洞窟にはどのくらいの火炎鉱石が出来たか分かるか?」

 ダスカーからのその問いに、ブラッソが答えるのは数秒……いや、数十秒程は間が空いていた。

「洞窟の入り口ほぼ全てが……です」
「……何?」
「レイが炎の魔法を投げ込んだ、洞窟の入り口付近。その全てが火炎鉱石と化しています。量にすれば恐らく相当なものでしょう。それこそ、錬金術師なり鍛冶師なりなら目の色を変える程に。それに……」

 いきなり出て来た、信じられない程の量の火炎鉱石。その価値を口にしながらも、さらに話を続けるブラッソ。

「それに? まだ何かあるのか?」
「はい。洞窟の奥。ハーピーが巣にしていた場所には大量の風石結晶が天井から鍾乳石のように生えており、他にもエメロスト鉱石が存在していました」
「……それは事実か?」
「儂だけではなく、レイやフロンも確認しておりますので間違い無いかと。あの量の魔法金属、どれだけの価格になるのかちょっと想像も付きません。火炎鉱石に関してだけではなく、その件もあったので急いで領主様に面会を願い出たのです」
「……なるほど。よく知らせてくれた。早速明日にでもその辺に詳しい者を騎士団と共に派遣してその洞窟とやらをしらべさせよう。この件は当然他の者には?」

 ダスカーからの視線に、レイ、ブラッソ、フロンの3人は黙って頷く。

「はい、誰にも漏らしてはいません」
「そうか。……感謝する。何しろ知っての通り、このギルムの街があるのは辺境だからな。これでまた1つ発展させられるだろう」

 そう言い、辺境伯の立場にある者がレイ達へと頭を下げるのだった。

「以後この件に関しては全てこっちで取り仕切る。お前達も余計な騒動に巻き込まれたくないのなら口を噤んでおくようにな」

 ダスカーの言葉に黙って頷く3人。その様子を見ながら再び口を開く。

「さて、何か他にあるか? もし無いようなら早速人を鉱山のある山へと向かわようとおもうのだが」
「……少し、いいでしょうか」

 ダスカーが話を打ち切ろうとしたのをレイが止める。
 貴族の話を遮るような真似をしたレイにブラッソとフロンはぎょっとした目を向けているが、それに構わずにレイは口を開く。

「今回の件とはあまり関係ないんですが、実はアゾット商会の会頭であるボルンターという男から俺が持っているマジックアイテムやセトを譲れとつい最近言われました。その件で何か聞いてますか?」
「……いや。全く知らないな。それは本当か? 幾らアゾット商会の会頭とは言っても冒険者の財産とも言える従魔やマジックアイテムを取り上げるような真似は出来ない筈だぞ」
「はい。その辺についてはギルドで聞いています。色々と悪い噂の絶えない男らしいと。……一応その件については断ったのですが、もしかしたらそれでも諦めずに何かを仕掛けて来る可能性もあります。その場合、ギルムの街でちょっとした騒ぎになるかもしれませんが」

 レイの言葉に眉を顰めるダスカー。ダスカーにしてもボルンターの悪い噂は色々と聞いているのだが、治める税金や根回しの類で迂闊に排除出来ないでいた、一種の病巣なのだ。それも下手をすればギルムの街を死へと導く可能性もあるような。

「分かった。アゾット商会には領主権限としてその辺をよく言い聞かせておこう。それでも懲りずに強引な行動にでた場合は、お前の思うように行動をしろ。幸いあそこにはボルンターよりも出来のいい弟がいた筈だからな。跡継ぎに関しては心配しなくてもいいだろう」

 ダスカーの言葉が何を示唆しているのかを悟ったレイは表情を引き締めて小さく頷くのだった。
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